第百四十四話 焼かれた村
ヴァンピールの村の視察は、意外とスムーズだった。
というのも、最初の村以外には僕を知るような古い吸血鬼は存在せず、村長が卒倒するようなこともなかったのである。
真祖の吸血鬼が村に来たということで、軽い食事会などが催されたくらいだ。
食事は普通だったんだけれど、飲み物に誰かもわからない血が出てきたのは吸血鬼らしかったなぁ……。
僕はもちろん、ヴァンピールも飲んでいなかったけれど。
ヴァンピールも飲まないのはちょっとだけ驚いたなぁ。
さて、後は最初に回った村を残すのみだ。
「うぅ……あそこも回らなければいけませんの……?」
何を言っているんだ。
村の視察は、ヴァンピールの言いだしたことなんだから、ちゃんとこなさないとダメだろう。
それに、後で向かうとも約束したし、もしかしたら歓迎の場を設けていてくれているかもしれないんだ。
行かないと、君が領主争いに勝って領主になったときに、問題になるかもしれないし。
「……あの子さえいなければ、わたくしだって嫌がったりなんてしないですわ」
むすっとしてヴァンピールが言うあの子って……あの子供のことかい?
僕は苦笑してしまう。
可愛らしくて、良い子じゃなかったか。
「……でも、わたくしのマスターの血を欲するなんて」
吸血鬼なんだから、血を欲しがるのは当たり前じゃないか?
それを言うなら、真祖の吸血鬼であるリトリシアだって僕の血を狙っているみたいだし……。
「……ああ、もう!マスターの血はわたくしのものと皆さんに伝えるべきかしら!?」
がーっと大声を上げるヴァンピール。
確かに、真祖の吸血鬼であるヴァンピールがそう命令したら、他の吸血鬼たちも従わざるを得ないだろうけれど……。
逆に、僕の血がどれほど美味しいのかと興味を持つ吸血鬼も増えるのではないだろうか?
「うぐぐぐぐぐ……!!」
どこからか取り出したハンカチを噛みしめ、悔しがるヴァンピール。
まあ、僕だってだれかれ構わず血を吸わせるわけもないし、安心してくれていいよ。
とりあえず、君は子供相手にムキになって全力で喧嘩しようとしないようにしてね。
「……わかりましたわ」
よし、これで少しはすんなりと視察が進むだろう。
夜になれば、吸血鬼領を覆う霧は晴れる。
今は、とてもきれいな夜空が頭の上に広がっていた。
……たまに、のんびりと夜空を見上げるのもいいなぁ。
僕はそう思いながら、馬を操っていると……。
「あら……?」
ヴァンピールが前を見つめ、不思議そうな声を漏らした。
僕も前に目を向けると……。
……明るいな、随分。
すでに、日は沈みきって辺りを照らすのは月の光だけのはずである。
しかし、前方は不自然なほど明るくなっていた。
……火かっ!!
ちょっと、急ごうか、ヴァンピール。
「ええ、そうですわね」
僕は、馬を走らせて明るい村へと向かうのであった。
◆
僕たちが最初に回った村。
村長が僕を見て卒倒し、ヴァンピールと張り合うような子供がいた村。
今、そこが燃え盛っていた。
「酷いですわねー」
ヴァンピールは棒読みでそう呟いた。
……いや、もっと感情を込めようよ。
まあ、僕も痛々しくこそ思えど、それ以上の感情は沸いてこないわけだけれども。
長生きする秘訣は、あまり気にやまないことだろう。
といっても、今回僕に非はないと思うけれど。
「火事でしょうか?」
うーん……違うんじゃないかなぁ……。
火事だったら村人が避難していてもおかしくないのに、生きている村人がさっきから一人も見つからない。
というか、死体すらない。
……いったい、どういうことだろうか?
「あら、戦闘音でしょうか?」
僕がうーんと考えていると、近くから何かが壊れる音や爆発のような音が聞こえてきた。
やっぱり、火事ではなかったか。
吸血鬼は戦闘経験がなくても、その持前の身体能力が高いため、何らかの襲撃を受けたとしても何も抵抗できずに殺されるということは少ない。
だから、死体がいくつかあってもおかしくないと思っていたんだけれど……。
とにかく、音があった方に行ってみようか。
「ええ」
◆
僕たちがその場に着いたとき、すでに戦いは終わっていた。
「……なんだ。まだ、生き残りがいたのか?」
その場に立っていたのは、二人だけだった。
ここには、先ほどから一切見なかった死体が多く転がっていた。
しかし、吸血鬼の死体はほとんど存在せず、多くが人間のものだった。
吸血鬼領の村の中に、大勢の人間の死体。
……この人たち、吸血鬼領の外から来て村を襲ったのか。
「ふん!こいつに散々にやられて、こっちはイライラしていたんだ。良い吐け口じゃねえか」
冷静に僕たちを見つめる男と、少々苛立たしげに見る女がいた。
二人とも、人間のようだ。
……君たちは、また何でこんな場所にいるのかな?
「それは、俺たちが吸血鬼ハンターだと言えば分かってもらえるか?」
あー、なるほど。
僕は男の言葉に、コクリと頷いた。
吸血鬼ハンターは、吸血鬼狩りに特化した冒険者である。
彼らなら、領の境界を突破して村を焼打ちにすることだって可能かもしれない。
それでも、吸血鬼の門番たちを連絡する暇さえ与えずに屠ったのは凄いと思う。
……まあ、周りを見ても倒れている人間の数はそこそこ多い。
質よりも量で押しつぶしたのかもしれないけれど、生き残っているこの二人の吸血鬼ハンターには油断ができない。
「で、お前らは誰なんだ?吸血鬼だからどちらにせよ殺すけど、名前だけは聞いてやってもいいぜ?まあ、覚えねえけど」
吸血鬼ハンターの女が、ニヤニヤとしながら獰猛な笑みを浮かべた。
うーん……じゃあ、僕はいちいち自己紹介しないかな。
覚えてくれないなら、言う意味ないし。
「ふふん!なら、わたくしの名を教えて差し上げますわ!」
まあ、僕がそうでもヴァンピールはノリノリなわけだけれど。
「わたくしはヴァンピール。真祖の吸血鬼ですわ!」
「なに……?」
「し、真祖!?」
ヴァンピールの言葉に、吸血鬼ハンターたちは目を見開く。
……いつものヴァンピールを見ていると忘れそうになるけれど、真祖の吸血鬼というものはこういった反応をされるくらい凄いのだ。
いや、凄いというよりも、恐れられている。
その強大な力は、数多く存在する魔族の中でもトップクラスと言われるほどだ。
吸血鬼ハンターとして吸血鬼に精通している彼らは、そのことが一般の人たちや僕よりもよく分かっているのだろう。
「よぉっしゃぁっ!真祖を殺せば、もう一生働かなくてもいいくらいの金が入るぜ!ついているなぁっ!」
「……そうだな」
女がガッツポーズをし、男も冷静だけれどそれに同調する。
あ、あれ?もっと、怯えるとかないのかな?
しかし、この反応で分かったように、彼らは自分の実力にとても自信を持っているようだ。
これは、ヴァンピールも油断していたら危ないんじゃないだろうか?
「はぁ……はぁ……おじ、さん……?」
そんな時、聞き覚えの声を僕の耳が捉えた。
視線を向けると、燃え盛る炎の中からフラフラと歩いてくる小柄な人影。
それは、この村に入る以前に出会い、僕と遊ぶ約束をしたあの子供だった。
頭からは血が流れ、その足取りは非常に危なっかしいものの、彼女は生きていたのだった。
「あぁ?こいつら以外にも、まだ生き残りがいたのかよ。面倒っちいなぁ」
女はそう言うと、懐から短剣を取り出した。
そして……。
「さっさと死ねよ、化け物!」
それを、子供に向かって投げつけたのであった。
あの子はそのことを認識できていない。
そもそも、認識できていたとしても、どうすることもできなかっただろう。
女は自信を持っている通り、かなりの速度と正確さで短剣を投じていたのであった。
その短剣は、間違いなく子供の命を刈り取るだろう。
まあ、今は僕がいるからさせないけれど。
「なっ!?」
「……ほう」
子供の元に行き、迫ってきた短剣をペチンと振り払う。邪魔。
大丈夫……ではないよね。
「うん……。村長さんが、守ってくれたから……」
村長が?
なるほど。このあたりに散らばる吸血鬼ハンターの死体は、村長一人でやってのけたのか。
老齢になればなるほど強くなる吸血鬼らしい戦闘力だな。
子供に短剣を投げたあの女がイライラしていたのも、村長がかなり善戦したからなんだろう。
……僕を見て卒倒したとは思えないな。
「うっ……おじ、さん……」
おっと。僕は倒れかかってきた子供を優しく受け止める。
いくらヴァンピールと張り合えるといっても、それは力ではないからね。
こんな酷い目に合えば、気絶してしまうのも無理はないだろう。
僕は子供に回復魔法をかけながら、ヴァンピールを見る。
で、どうするの?
「もちろん、このお二方には村をこんな目に合わせた責任をとっていただきますわ。もちろん、その命で」
ヴァンピールはそう言って、凄惨に微笑む。
彼女も、ちょっとおバカなところはあるけれど、吸血鬼領を治める真祖の一人。
吸血鬼たちをこんな目にあわせられて、思うところがないわけではないだろう。
「いずれ、マスターの臣民となる者たちを勝手に殺して……っ!マスターのための労働力が減ったではありませんか!許しませんわ!!」
あれー?どういう理由で怒っているのかなー?
臣民ってなに?この領を治める争いをしているのは、君たち真祖の吸血鬼たちだよね?
「そうか。戦うのであればこちらも文句はない。二対二だし、ちょうどいいな」
おっと、そうだ。
今回は、ヴァンピールだけではなく、僕も戦闘に加わることになるのだ。
うーん……ヴァンピールは大丈夫だろうけれど、子供のことを巻き込まないようにしないとなー。
「はんっ!そんな優男が、本当に戦えるのかよ?」
「は?殺すぞ、お前」
ヴァ、ヴァンピール……?
女の言葉に僕が反応するよりも先に、彼女が反応した。
でも、いつものお嬢様口調が取れてチンピラのような声を出していたんだけれど……。
ま、まあ、確かに僕は戦闘がそれほど得意というわけではないからね。
ヴァンピールや『救世の軍勢』のメンバーの方が、断然強いし。
「あら。なら、私が参戦してもいいかしら?」
そんな声が、上空から聞こえてきた。
ふわりと地面に降り立ったのは、小柄な女の子だった。
「……お前は?」
「私はリトリシア。このおバカと同じ、真祖の吸血鬼よ」
クスクスと、体躯に見合わぬ色気を醸し出すリトリシアが、参戦するのであった。




