第百四十一話 視察
「視察に行きますわ!!」
席をガタンと立ち、大声で宣言するヴァンピール。
綺麗な金髪も、サラリとそれに流れて動く。
お、驚いた……。この子は唐突に思いついたことを叫ぶので、いつも心臓に悪い。
……というか、今は食事中だろう?座りなさい。
「はいですわ」
僕の注意に大人しく従い、ちょこんと椅子に座り直すヴァンピール。
今、僕たちは遅めの朝ごはんをとっていた。
ヴァンピールは真祖の吸血鬼といえども、朝にとても弱かった。
先ほどまで、所々寝癖で金色の髪を跳ねさせて、ぼーっと半分寝ている状態でもそもそと食事をとっていた。
それが、急にそんなことを言うものだから、本当に驚いたよ。
まあ、今はメルが作ってくれた料理をおいしくいただこう。
普段は『救世の軍勢』のメンバー……とくに、シュヴァルトの作ったご飯を頂くことが多いのだけれど、メルの料理はそれに勝るとも劣らない美味しさである。
メイドや料理上手、ヴァンピールの天敵といった意味で共通点の多い二人は、会えば仲良くできるんじゃないだろうか?
そうして、しばらく食事を進めて食べ終わった後、再びヴァンピールが話しだした。
「視察に行きますわ!!」
メルに食後のお茶を入れてもらったことにお礼を言いながら、僕は首を傾げる。
さっきも言っていたけれど、視察ってどこに行くの?街?
「いえ、今回は村の視察に……熱いですわっ!?」
メルはヴァンピールの所にも行ってお茶を注いでいたのだけれど、僕より明らかに雑であり、飛び散ったお茶がヴァンピールにかかって悲鳴を上げていた。
……僕のは適度な熱さなのに、ヴァンピールのはアツアツなのか。
それにしても、村かぁ……。
そう言えば、昔にもそんなのがあったような気がしないでもないけれど……。
正直、昔は昔でいっぱいいっぱいだったから、村とかにあまり気を配っていなかったんだよねぇ……。
ところで、どうして村の視察なんかするの?
「えーと……あれですわ。わたくしは吸血鬼の領主になるんですから、それを辺境の村々にまで知らしめる必要があってですね……。ついでに、リトリシアさんを打ち負かしたことを広めるのですわ!」
それはまた何とも……リトリシアが聞いていたら激怒しそうなことだね。
最近、ヴァンピールの屋敷にリトリシアは時々遊びに来るので、聞かれないとは限らなかった。
幸い、彼女も朝に弱いようで、まだここには来ていないけれど。
僕としては、再び真祖同士の決闘になってほしくないし、そういうことは遠慮してほしいのだけれども……。
「まあ。でも、また戦っても、わたくしが勝ちますわよ?」
うーん……確かに、地力じゃあヴァンピールが上回っているかもしれないけれど……。
戦いというのは、何が起きるかわからないものである。
絶対という言葉がない以上、あまり強敵と好んで戦わない方がいいと思う。
まあ、彼女は僕に心配されるような弱い子じゃないんだけれど。
「し、心配ですか……。マスターにそう言われると、従うしかありませんわね」
ヴァンピールは頬をポッと染めて、そう言った。
おぉう……何が起きたのかわからないけれど、そうしてくれると嬉しいよ。
「ですが、村の視察は行きたいですわ!マスターも、付いてきてくれますわよね?」
じーっと上目づかいで見つめてくるヴァンピール。
うん、それくらいなら全然かまわないよ。
「そうですか!なら、早速準備をしませんと!」
僕の返答を聞いて、がたりと立ち上がるヴァンピール。
僕も『救世の軍勢』の皆にもう少し外泊するかも……と連絡を入れようとして、思いとどまった。
普段なら、心配をかけないようにしていただろう。
しかし、今は必要ないのである。
僕は以前、リッターの頼みによってニーナ女王の護衛をしていたのだけれども、その依頼を達成したことによって『救世の軍勢』メンバーにも少しだけ認めてもらえたのだ。
おそらく、今の僕は一週間程度の外泊なら許されるのではないだろうか?
ふー……あの時も大変だったけれど、頑張って良かったよ。
「それでは、出立の準備をします」
メルは食器を片してくれながら、そう言ってくれた。
おぉ、この子に準備をしてもらえるのであれば、安心だ。
ヴァンピールに任せたら何か重要なことも忘れてしまいかねないので、僕がやろうと思っていたのだけれど……。
そう思っていると……。
「あら?準備をしてくれるのは結構ですけど、あなたは付いて来させませんわよ?」
「…………は?」
ヴァンピールの言葉に、ピシリと固まる空気。
メルは使用人が主人に絶対にしてはいけない言葉を発しているし……。
こ、怖い……。
「どうしてか、理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「理由も何も……。あなたは、今はわたくしの使用人ではないでしょう?今のわたくしの側近は、マスターだけですわ」
ヴァンピールは、リトリシアとメルの関係のことを言っているのだろうか?
しかし、あれは決闘のことで解決したんじゃあ……。
「あ、あれは……」
「あなたの悪戯だったのでしょう?それは分かりましたが、少なくとも一度真祖の吸血鬼の従者を務めることになったのであれば、せめて吸血鬼領の領主が決まるまでの間は務めを果たしなさいな」
「うっ……」
ヴァンピールの発言に言葉を詰まらせるメル。
そうした後、チラリと助けを求めるように僕を見上げてくる。
うーん……助けたいのはやまやまなんだけれど、君は少しからかいすぎたと反省することも大事なんじゃないかな?
「うぅ……」
僕の言葉に、ついに諦めたようにがっくりと肩を落とすメル。
なぁに、視察といってもすぐに終わるものだろう。
また、この屋敷に戻ってくるから、それまで屋敷のことを頼むよ。
「……はい」
メルは渋々といった様子で頷いてくれた。
……とりあえずは、これで大丈夫だろう。
「……あら?何だか、マスターがわたくしよりも主人らしいですわ?」
冗談言っていないで、早く準備するよ。
「……冗談ではないのですけれど」
こうして、僕とヴァンピールは郊外の村に行くことに決まったのであった。




