第十四話 図書室にて【2】
「あぁっ!ず、ずずずズルい!わ、わわわ私も、私も!」
僕がクーリンを撫でていると、横からワイワイと騒ぎながらピョンピョンとその場でジャンプを繰り返すクランクハイト。
……もう、素が出まくりだよ。
彼女の目標を知っている僕は、全然達成されそうにないことに笑ってしまう。
クランクハイトの要求通り、彼女のこともナデナデしてもいいんだけれど……。
クーリンに意地悪をしてしまったし、クランクハイトにもしちゃおうか。
「えっ!?」
僕がナデナデの対価に要求したことを聞くと、クランクハイトはビクッと身体を震わせる。
そして、僕とクーリンをチラチラと交互に覗き見る。
僕が要求したことは簡単だ。
クーリンに見せろと言われていたものを教えてほしい。
「ま、マスターだけなら構わないんだけれど……」
うーん……相変わらず心を中々開かない子だなぁ。
とはいっても、このことはクランクハイトに限ったことではなく、ギルドメンバー全員に言えることなんだけど。
小さなころから育てている僕にはあまり壁はないと信じているのだが、メンバー間はどうなのだろうか?
じゃあ、とりあえず僕にだけ見せてと頼んでみる。
「う、うん……。ま、まままマスターだけなら……」
クランクハイトが安心したようにほっと表情を緩め、僕にとある物を差し出してくる。
それは、一冊の本だった。
かなり分厚いその本の表題は、『傾国の悪魔』とされていた。
あぁ……それって昔に僕がクランクハイトに上げた本だったね。
「お、おおお覚えていてくれたの……?」
そりゃあね。
僕はギルドメンバーの『特別な日』には必ず何かしらのプレゼントを上げるように心がけているんだけど、重複しないように全部覚えている。
……みんなが子供のころは物を欲しがっていたのに、最近ではあまりねだられなくなったんだよね。
皆、僕と一緒に過ごせたらいいとか言ってくるし……。
嬉しいけど、気を遣っているのがバレバレだよ。
……もっと、皆に甘えてもらえるような頼りになるギルドマスターにならないとね。
いやー、それにしても懐かしいなぁ。
まさか、まだクランクハイトが持っていてくれたとは……。
「こ、これは、マスターからもらった大切な本だから……。わ、私だけの、大切な……」
クランクハイトはギュッと『傾国の悪魔』を胸に抱いて、とてもきれいな顔をする。
うーん、クランクハイトも綺麗になったね。
彼女をお嫁さんに出すときが楽しみだ。
「はふぅ……。……で、結局それってなんだったのよ?」
僕のナデナデに満足したのか、クーリンが再びクランクハイトに尋ねる。
もう頭から手を離してもいいのかなと思うと、ギロリとクーリンに睨まれてしまう。
どうやら、まだ続きをご所望のようだ。
ここで知らないふりをして手を離すと、クーリンは泣いてしまうから離すことができない。
気が強いけど、涙もろいのは彼女の特徴の一つである。
「っ!?離れてっ!!」
「わっ」
そうして覗きこもうとしていたクーリンを、激しく拒絶するクランクハイト。
……とても当たりが強いね。
僕には気の弱い素顔を見せてくれるので、こんなに気の強い彼女は凄く新鮮だ。
クーリンもびっくりしちゃったかなと見るも、あまり驚いていないようだ。
「これは、私がマスターから頂いた大切な……大切な!ものなのよ。あなたが触っていいものではないわ」
「なによ、その言い方。マスターからもらったものを大切にするっていうのはとても共感するけど、ムカつくわね」
クランクハイトの態度が、いつもの意味深な笑みを浮かべるミステリアスな女性のものへと変わる。
うん、いつも通りに戻れたんならよかったんだけど、クーリンと一触即発な状態になっちゃったね。
この二人の喧嘩の場面にいたら、間違いなく僕はお陀仏してしまう。
この子たちの戦い方って、派手だからなぁ。
僕は冷や汗ダラダラの状態でも笑顔を浮かべながら、二人の仲介をする。
「ま、マスターが言うんだったら……」
僕はあの本のことを教えてもいいんじゃないかと言うと、クランクハイトは渋々頷いた。
そして、おずおずと『傾国の悪魔』をクーリンに差し出した。
「なんだ、これってクランクハイトがいつも大事に持っているものじゃない。別に、隠すことはないでしょう?」
クーリンは不思議そうに聞いてくる。
いや、多分クランクハイトはその本の中身を知られたくなかったんじゃないかな?
「中身?」
クーリンは丁寧に、優しく本を開く。
しばらく読み進めていると、何かに気づいたようで眉を顰めながらクランクハイトを見る。
「何だか、この本の主人公ってあんたに似ているわね。……ううん、似ているっていうか、クランクハイトが不出来な偽物って感じ」
「うぐぅっ!!」
クーリンのズバッと突き刺さる言葉に、クランクハイトは胸を押さえて苦しむ。
あぁ……やっぱり、キツイなぁ。
別に、クーリンに悪気があるわけじゃないんだろうけど。
そう、クランクハイトは『傾国の悪魔』の主人公に強いあこがれを抱いており、その主人公の口ぶりなどを真似しているのである。
『傾国の悪魔』の主人公はミステリアスな大人の女性で、数々の国を滅ぼしていく。
僕はそれほど魅力的には見えないんだが、小さなころに僕が買い与えてしまったため、クランクハイトはすっかりのめりこんでしまったのだ。
「ふーん……まあ、頑張りなさいよ」
「わっ」
興味を失ったのか、クーリンはひょいっと本をクランクハイトに投げ渡した。
クランクハイトは驚きながらも大事そうにそれを抱え、ギロリとクーリンを睨みつける。
うぅん……これは、彼女のガス抜きをしないといけないね。
「あっ……」
僕はクランクハイトの髪の毛を優しく撫でた。
これで効果があるかはわからないけど、他の皆は喜んでくれていたのでいけると思うんだけれど。
「お、大人の女の頭を、そうたやすく撫でるものでは……ふへへ」
よかった、クーリンへの怒りを誤魔化すことができたようだ。
最初は『傾国の悪魔』の主人公を真似した口ぶりだったが、すぐに蕩けた顔を見せてくれた。
その表情の変化が可愛くて、ついつい構ってしまう。
うりうりーと撫で続けていると、近くにいたクーリンが破裂しそうになるくらいまで頬を膨らませていた。
「もう!そろそろいいんじゃない?あんたも、行くところがあるでしょ?」
おっと、クーリンの言う通りだ。
ギルドメンバーと話していると、楽しくてついつい時間が過ぎるのを忘れてしまう。
せっかく、ここまで皆と会えたんだから、最後の『あの子』にも会っておきたいね。
僕は二人に別れを告げて、あの子がいるであろう場所に向かうのであった。
◆
「……そんなに、私が撫でられているのが嫌だったのかしら?」
「嫌に決まってるでしょ。あたし以外の奴にマスターが優しくするところなんて、見たくないわ」
「分かるけど……。でも、あなたが『傾国の悪魔』を普通に返してくれるとは思わなかったわ。あなたの性格で考えれば、破り捨てるかなって思っていたのに」
「まあ、それはしたかったんだけどね。マスターの前だったし、それに、あんたそれが『複製』のものでも怒るでしょ?」
「当たり前でしょう。殺すわよ。これは、マスターに私だけを見てもらうための教科書なのよ」
「なに、ふざけたこと言ってんの?あたしがあんたを殺すわよ」
「…………」
「…………」




