第百三十五話 真祖会議
真祖会議という、何だか凄そうな会議が始まった。
……といっても、別にこれといって何か特徴のあるものでもなかった。
吸血鬼領での簡単な問題の解決やら、ヴァンピールとリトリシアの言い争いやら……。
エヴァン王国の王女……いや、今は女王だったか。ニーナ女王の護衛を務めて彼女の会談に付き添っていた方が、何だか厳かな雰囲気があった。
それに比べて、この真祖会議というのは……何だかとてもワイワイとしていた。
おそらく、ニーナ女王との違いとは、その責任感の重さだろう。
ニーナ女王は、エヴァン王国を良くしようという決意と責任の元に、その公務に当たっていた。
会談などが真剣に行われるのも当然である。
一方、吸血鬼領の行く末を決めるはずの真祖たちは、どうにもその責任感が希薄であった。
「基本的に、真祖の方々は自分の欲望のことしか考えていません。真剣に吸血鬼領のことを考えている者など、存在しないでしょう」
メルがいつの間にか僕の近くに寄ってきて、そう教えてくれた。
へー、やっぱりそうなのかー。
さらに不思議なのは、真祖の吸血鬼の少なさである。
『真祖会議』と銘打たれているこの会議であるけれど、集まっているのはヴァンピール、リトリシア、ゲヒルネッドの三人のみである。
……少なくない?
「いえ、むしろ、これくらいが普通ですよ。化け物みたいな力を持つ真祖が、そう何人もいられたら鬱陶し……大変ですから」
……やっぱり、メルは眷属であるけれども吸血鬼に対しての敵意は強いね。
僕が昔、ヴァンピールやメルに出会った時のことを思い出せば、それも当然かもしれないけれど……。
しかし、そうかぁ。これが、普通なのか。
僕とメルが話していると、ふと気になったのがもう一人の従者である。
ヴァンピールが僕、リトリシアがメルといったようにそれぞれ従者を連れてきていたわけだけれども、ゲヒルネッドも従者を連れてきていた。
メルと同じようにメイド服を着た女性なのだけれど、彼女はこちらに近づこうとはしなかった。
ただ、ゲヒルネッドの後ろに控えて、無表情に会談を聞いているだけである。
……おそらく、彼女は彼の眷属なのだろう。それも、ほぼ完全に支配された。
意識から何まで完全に支配されてしまったら、自分の意思で行動することもできなくなる。
ヴァンピールはメルを眷属としているけれど、そんなにガチガチに支配していない。
だからこそ、メルはリトリシアの従者をすることが可能だった。
……まあ、ゲヒルネッドのことで僕がとやかく言うつもりはないし、資格もないと思っている。
僕はこの場においてはヴァンピールの従者にしか過ぎないし、いちいち他の真祖の吸血鬼の行動を制約するつもりもない。
まあ、好きにすればいいと思う。『救世の軍勢』に手を出さない限りね。
「さて、一通りのことは話したな」
ゲヒルネッドがそう言う。
あ、もうそろそろ終わりかな?
ヴァンピールの仕事ぶりが見たくてついてきた僕だけれども……いつも通りの彼女とほっと安心したのが八割、少々残念だったのが二割かな。
彼女がのびのびと心を殺さずに仕事ができていることは凄くいいことなんだけれども、あまりにいつものお嬢様すぎてとくに変わった一面を見ることはできなかった。
会議中も、リトリシアと口論している方が多かったし。
「あら。なら、少しいいでしょうか?」
真祖会議が終わりに差し掛かった時、ヴァンピールが声を上げた。
おや、何か言うのだろうか?
リトリシアとゲヒルネッドも気になったようで、彼女を見る。
多くの人の注目が集まったヴァンピールが、口を開いた。
「吸血鬼領、わたくしにくださいませんか?」
ヴァンピールの言葉に、会場がシンと一気に静かになる。
誰も言葉を発しない。
皆、目を丸々とさせて彼女を見ていた。
……えぇ。どうして、いきなり唐突にそんなことを……?
「(ふぃ~。アナトから吸血鬼領を手中におさめろと言われていたこと、忘れていましたわ。ギリギリセーフですわね、セーフ!)」
いったい、ヴァンピールが何を考えているのだろうか。
それは、付き合いの長い僕にもさっぱりわからなかった。
「あなた、ふざけているの?」
ヴァンピールの衝撃の発言から最初に立ち直ったのは、彼女と犬猿の仲であるリトリシアであった。
彼女も、口論していた時のような声音ではなく、強力な魔族である真祖の吸血鬼としての声と態度で聞き返した。
「もちろん、大真面目ですわ。まあ、わたくしが吸血鬼領を手中に収めても大してやることはありませんし、今と同じような生活が一般の吸血鬼たちには与えられますわ。ただ、この真祖会議のようなものが不要だと述べているのですの」
ヴァンピールはリトリシアの言葉に臆することなく返す。
「いい加減、三人の真祖が共同代表のような形じゃなくて、一人の真祖を立ててもいいのではありませんか?」
「……昔の血が騒いだか、ヴァンピール?」
次に口を開いたのは、整った顔立ちのゲヒルネッドだ。
「もともと、吸血鬼領を収めていたのは、強大な力を振るっていたお前だったからな。ある日、唐突に合議制のものに変えて吸血鬼領を飛び出したお前だったが、昔の権力が惜しくなったか?」
「……?え、ええ、そうですわね」
あ、ヴァンピール、ゲヒルネッドの言葉の半分も理解していないな。
しかし、昔のことかぁ。彼の言葉に、僕もうっすらと思い出す。
僕とヴァンピールが出会った時、吸血鬼領は今のような真祖会議などはなく、一人の吸血鬼が頂点に君臨していた。
まあ、それがヴァンピールだったんだけれど。
そんな彼女と……まあ、あれこれあって、僕は吸血鬼領を出たわけだけれど……。
そうかぁ……今の形を創り出したのも、ヴァンピールだったんだね。
「私は認めないわよ。今の形で問題も起きていないわ。民たちに、余計な混乱をもたらす必要なんてないもの」
リトリシアはそう言ってヴァンピールの提案を拒絶する。
いや、まあ普通そうだよね。
今、吸血鬼たちのトップはここにいる真祖の三人ということになっている。
それぞれが持っている権限を、全てヴァンピールに集めろというのだから、権力を持っているリトリシアやゲヒルネッドからすれば受け入れがたいものだろう。
それでも、リトリシアが自分のためではなく一般の吸血鬼たちのことを考えている点で、ニーナ女王と同じようにえらいなぁと思う。
「いや、いいんじゃねえか?」
「ゲヒルネッド!?」
しかし、意外にもヴァンピールの援護をしたのはゲヒルネッドであった。
「確かに、ヴァンピールの言う通り三人もトップがいるのは面倒くせえだろ?トップを一人にすることに、俺は賛成だ」
ゲヒルネッドはそこまで言って、ただ……と付け加える。
「ただし、トップに立つのはヴァンピール……お前じゃねえ。俺だ」
「あら……」
おぉ……そうきたかぁ……。
やけに、あっさりとヴァンピールの主張を認めたなぁと思っていたら、そういう思惑があったのか。
まあ、ゲヒルネッドも真祖の吸血鬼。吸血鬼領のトップに立つと宣言する資格は持っているだろう。
「あなた、正気?」
「大真面目だっつーの」
リトリシアの言葉に、ゲヒルネッドは返す。
「いっそのこと、リトリシアも出て来いよ。誰が、吸血鬼領のトップにふさわしいか……勝負しようぜ」
リトリシアはうっと言葉を詰まらせる。
あぁ……凄いことになってきた……。
「……いいわよ。あなたたちなんかに、吸血鬼領を任せることなんてできないわ。あなたたちに任せるくらいなら、私がトップに立つ」
そして、一番乗り気でなかったリトリシアも、その誘いに乗ってしまった。
こうして、ヴァンピールの不用意な言葉によって、吸血鬼領にとってとてつもなく重要で危険な勝負が始まることになったのであった。
ヴァンピール……。




