第百三十四話 興味をひかれる血
「どうしたもこうしたもないわ。メルは、私の使用人なんだもの」
リトリシアがふっと鼻を鳴らして主張する。
えぇ……そうだったの……?
「ば、馬鹿な……っ!わたくしの眷属ですのに……!!」
そうだ。ヴァンピールが戦慄するのも分かる。
メルはヴァンピールが吸血鬼にしたので、彼女の眷属である。
そんな彼女が、まさか他の真祖の使用人になるとは……。
「…………」
メルは僕と目が合うと、うっすらと笑って片目をぱちりと閉じた。
……あっ、僕やヴァンピールが危惧していたような、完全な寝返りをしたわけではないようだ。
多分、ヴァンピールをからかいたかっただけなんだろうなぁ……。
おそらく、リトリシアもそのことを分かっていて受け入れたのだろう。ヴァンピールに一泡吹かせるために。
「くぅぅぅぅぅぅっ!!」
バンバンと机をたたくヴァンピール。相当悔しいようだ。
これを見ると、メルとリトリシアのもくろみは成功したと言えるだろう。
それにしても、力の強いヴァンピールが普通の机を何度もたたいていたら……。
バキッと音がして、僕はあっと察してしまった。
「おい、もういいかよ?こっちは待たされた上に、お前らの夫婦漫才を見せられてイライラしてんだ」
「夫婦!?何を言っているのよ!」
「あら。わたくしとマスターのことでしょうか?」
ここで、僕は初めて男の言葉を聞くことができた。
えぇと……メルの言葉を思い出すと、彼の名前はゲヒルネッドというんだったか。
……言いづらい名前だなぁ。
「さあ、ヴァンピール。その男のことを説明しなさいよ。あなたがメル以外の使用人……それも、男を連れてくるなんて初めてじゃない」
「それは、俺も気になるな」
リトリシアとゲヒルネッドの視線が僕を捉える。
ゲヒルネッドなんてイライラしていた様子なのに、僕を見定めるような視線を送ってきている。
い、いやー。真祖の吸血鬼に興味を持たれるような人間ではないんだけれど、僕。
ちょっとした、小規模のギルドのマスターをしているだけだし。
「ふふん、気になりますか?まあ、わたくしのマスターは素晴らしいですからね!」
何故か、当事者の僕より自慢げなヴァンピール。
……あれ?もしかして、僕たちのことを全部話してしまうのではないだろうか?
機嫌のいいおバカなヴァンピール。
……マズイ。何でも話してしまいそうだ。
「マスターはわたくしたちの――――――」
うわぁ!やっぱり、全部話してしまいそうだ。
僕は後ろから慌てて彼女の口を塞ぐ。
ごめん、ヴァンピール!でも、『救世の軍勢』のことをペラペラと話しちゃうと、他の皆にも迷惑がかかるから……。
目を丸くしてこちらを凝視してくるリトリシアとゲヒルネッドに、仕方がないので僕自身が説明することにした。
僕が話したのは、僕がとある小さなギルドのギルドマスターであったということ。
ヴァンピールに、餌として捕らえられたと伝えた。
「へー」
「…………」
リトリシアとゲヒルネッドの反応を見る限り、疑っている様子はなさそうだ。
というよりも、僕の出自よりも気になるところがあったらしい。
「……そんなに美味しいの?こいつの血」
「それはもう!!」
リトリシアの言葉に、口を塞がれて何故かうっとりとしていたヴァンピールが答える。
このことは、完全にヴァンピールに任せるほかない。
自分の血の味なんて、美味しいか不味いかなんてわかりやしないのだから。
何度か……というよりも、割と頻繁にヴァンピールは僕の血を吸っているから、そのあたりは彼女が一番よく分かっているだろう。
「マスターの血は、この世に存在するありとあらゆる血を超越したものなんですわ。わたくしは、吸血鬼として今まで多くの血を啜ってきましたが、マスターの血を飲んでからはそれらが全て泥水と変わらないように思えましたの」
「へー……」
「ああ、語っているだけで欲しくなってきてしまいましたわ。マスター……」
ヴァンピールは甘えた声を出し、僕を見上げてくる。
いや、今はダメだよ。
他人の前で血を吸われるのは、何だか恥ずかしいし……。
それに、君、僕の血を吸うと酔ったように腰砕けになるじゃないか。
真祖会議がどれほど価値のある会議なのかは知らないけれど、吸血鬼領の行く末を決めるものなら大切なものなのだろう。
だったら、それを終わらせないとね。
「うぅ……意地悪ですわ……」
いやいや、普通の判断だよ。
そんな風に僕とヴァンピールが話していると……。
「ふーん、興味深いわね。ねえ、そこの男……マスター……でいいのかしら?少し、私に血を分けてくれないかしら?」
リトリシアがそう提案してくるのであった。
えぇ……僕の血を……?
正直、あまり気は進まない。
ヴァンピールは僕の娘のような存在で、『救世の軍勢』の仲間だ。
しかも、彼女は僕の血を吸うとき、ちゃんと遠慮してか極少量で満足している。
……それでも、腰砕けになっているけれど。
しかし、ヴァンピール以外の吸血鬼はどうだろうか。
一般の吸血鬼は餌とした者から、一滴残らず……本当にそのままの意味で血を吸い尽くすと聞く。
だから、吸血鬼ハンターなんて職も生まれるのであって……。
僕、リトリシアに血を吸われて殺されるのは嫌だなぁ……。
それに、吸血鬼はその気になれば血を吸った相手を眷属に……吸血鬼もどきにすることだって可能だ。
ヴァンピールは僕をそんな風にしていないけれど、リトリシアがどうするかはさっぱりわからない。
どうにかして断ろうとしていると……。
「ダメですわ」
短くも鋭い声が響いた。
それは、ヴァンピールが発した言葉とは分かっていたけれども、普段の騒がしくも楽しい声音の彼女とは思えないほど冷たいものだった。
「な、何よ。少しくらいわけてもらっても……」
「ダメですわ」
リトリシアの言葉に積極的に食らいつくというわけではない。
むしろ、ニッコリと微笑んで優しげである。
しかし、その声音は多分に拒絶の色を含んでおり、『これ以上言うんだったら分かってんな、おお?』といった意味が込められているように感じた。
その証拠に、あれほど口げんかしていたリトリシアも口をつぐむほどである。
「……はあ、もういいだろ。血の味なんて相性によるんだから、ヴァンピールが美味いと感じてもお前があの男の血を吸っても美味いと感じるかは別問題だ。それより、さっさと始めるぞ。面倒なんだからよ」
「え、ええ」
「いいですわよ」
ゲヒルネッドの言葉に、リトリシアとヴァンピールが答える。
こうして、ようやく『真祖会議』が始まるのであった。




