第百三十話 執事の回想
とある部屋で、複数人の者たちが一つの大きなテーブルを囲って座っていた。
そして、僕はそんなテーブルに座っている一人の後ろに立っていた。
……何故か、執事服を着用して。
……いや、本当にどうしてだ。
一応、僕がどういった者なのかを確認しておこう。
僕は、闇ギルド『救世の軍勢』のギルドマスターだ。
本来は、ギルド本部で書類仕事をすることが主な責務であり、決して執事をするような役柄ではない。
「ふーん……」
さらに付け加えれば、僕のことをじーっと見てくる少女をどうにかしてほしい。
どうしてそんなに見つめてくるのか……。僕、変なことをしただろうか?
もしかして、執事服が似合ってないとか……?
「ねえ、ヴァンピール。あなたの執事のこと、紹介してくれるかしら?あなたが執事を連れてくるなんて、初めてじゃない?」
「確かに、それは気になるな」
少女の言葉に便乗して、テーブルを囲んでいた男も聞いてくる。
「ふふん!知りたいですか?まあ、わたくしのマスターは格好いいですからね!」
そして、何故か自慢げに胸を張っているヴァンピール。
……どうして、こんなことになったんだったっけ?
僕は笑顔のまま、思い返すのであった。
◆
少し前に、僕は一人でとある依頼を引き受けて、紆余曲折はあったもののそれを成功させることができた。
その依頼というのも、案外難しいものだった。自分で言うのもなんだけれどね。
この依頼を達成することで、僕は『救世の軍勢』メンバーからの信頼を得ようとしていた。
そんな僕のもくろみは見事に成功し、なんと今僕は……。
「うーん、いい天気ですわねぇ。消滅しちゃいそうですわ」
なんと、僕は外に出ることに成功していたのであった!!
いつもなら、メンバーたちに心配されてギルド本部の執務室に閉じ込められていた僕が、外に出ている……。
外出くらい普通のことなんだろうけれど、僕にとってはとんでもなく大きな進歩であった。
そんな僕の外出に同行してくれるのは、ヴァンピールであった。
日の光に反射して輝く金色の長い髪が、優しい風に揺られている。
青白い肌は彼女の神秘性のようなものを生み出しており、真っ赤な目は呆けてしまいそうになるほどきれいだ。
絢爛なドレスに包まれた身体のスタイルも、抜群に良い。
ヴァンピールは、男に困らないだろうなぁ。
いずれ、僕の前に連れてきてくれるであろう夫のことを想像し、笑みが深くなる。
その時は、寂しさのあまり少し涙してしまうかもしれないけれど、それも父親としての立ち向かわなければならないことである。頑張るとしよう。
「あら?わたくしと一緒にいるというのに、何か考え事ですの?暇ですから、構ってくださいまし」
ヴァンピールは僕を見上げて、そんなことを言ってくる。
今、僕と彼女は一つの馬の上で相乗りをしていた。
普通の馬なら二人も乗っていたら潰れてしまうかもしれないけれど、馬といっても魔物の馬である。
僕たち二人程度、何の苦もなさそうにカポカポと歩いている。
構うのは構わないけれど、とりあえず君は馬の乗り方をどうにかした方がいいんじゃないのかな?
「……そうですか?」
不思議そうにしているヴァンピールだけれども、馬は跨いで乗るものでしょ?
君、横に座っていたら、落馬しちゃうよ。
「うふふ。わたくしの心配をしてくださるのかしら。嬉しいですけれど、大丈夫ですわ!」
自信満々に胸を張るヴァンピール。
……その自信の根拠は?
「……根拠?自信を持つことに、根拠は必要ですの?」
キョトンと首を傾げて見上げてくる。
う、うぐぅ……。ま、まあ、根拠のない自信が必要な時や人もいるだろうけれども……。
しかし、ヴァンピールはどうにも過剰な自信家なような気がして、見ていてハラハラしてしまう。
目が離せないんだよね……。
まあ、身体能力の高い彼女のことだ。簡単に落馬なんてしないだろうから、大丈夫だ。
そう言えば、僕たちの向かっている先は、このままの方向で合っているのだろうか?
「ええ。吸血鬼領はこのまま行ってもらえると着きますわ」
へー。僕の勝手なイメージだけれど、吸血鬼たちの住んでいる所には、案外簡単に行けるものなんだね。
これまで馬に乗っているけれども、難所といえるような場所はなかった。
「まあ、エルフのような超閉鎖的種族と違って、領を隠蔽しているわけでもありませんしね。ただ、人間が入ろうとしたら、悪い吸血鬼に食べられちゃいますわ」
がおーっと可愛らしく威嚇してくるヴァンピール。
そうか……僕、人間なんだけれどなぁ……。
もしかして、僕も悪い吸血鬼に食べられちゃったりするんだろうか?
「……マスターが人間?何か悪い冗談ですの?」
……なに、その反応?
いや、僕は人間だからね。
確かに、普通の人よりも長生きしているけれども、他は普通の人たちと変わらないし。
「ふーん……まあ、マスターがそう思いたいのでしたら、否定はしませんわ。納得はしませんけれど!!」
……そう。
「あと、人間でも大丈夫かということですが、マスターは大丈夫ですわ。わたくしのものなんですから、他の吸血鬼どもにとやかく言われることはありませんわ!」
……そっかー。
まあ、僕としても襲われるのが怖いからといって、ヴァンピールとの外出を止めるつもりはないけれどね。
彼女と二人きりで外出なんて久しぶりだし、向かう先は彼女の故郷でもある吸血鬼領だ。
ヴァンピールが仕事で向かう先も、吸血鬼領や吸血鬼に関することが多い。
昔、初めて僕が彼女と出会った時と、今の彼女がどのような評価を受けているのかの違いを知ってみたいしね。
「そう言えば、マスターは『あの子』と会うのは久しぶりではありませんの?」
あの子……ああ、うん、そうだね。
確かに、彼女と会うのはとても久しぶりだ。
……ほとんど、ギルドの外に出ることができなかったからね。
それにしても、ヴァンピールの仕事ぶりを見ることもそうだけれど、彼女と会うことも楽しみになったな。
「あら、着いてしまいましたわ。楽しい時間は、すぐに過ぎ去るものなんですのね」
ヴァンピールはそう言って、前を見る。
道路の先には、深い霧がかかっていた。
それが、吸血鬼領への入り口になることを、僕は知っていた。
なので、僕はヴァンピールと共に、その霧の中に入っていくのであった。
第六章吸血鬼編、始まります!




