第十三話 図書室にて【1】
僕の行く先々で争いが起こるのだろうか?
朝から爽やかな気分だったのに、流石に疲れてしまった。
日はまだ完全に上りきっていない朝である。
まさか、こんなに疲れるのが早いとは……。
そんな僕が向かっていた先は、この城に備え付けられている図書室である。
あそこなら、静かに過ごせるだろう……。
そう思って来たのだが……。
「うふふっ。これのすべては見せられないわ。あなたには、まだわからないことよ……」
「何よ、それ。良いから見せなさいよ」
「あっ!あっ!や、ややややめ―――――」
図書室もダメだったか……っ!!
僕が来る前からすでに来客がいたようで、二人分の声が聞こえてくる。
このまま立ち去ってもいいのだが、まだ今日会えていなかったと思って挨拶をしようと考えた。
ガラガラと音を立てて扉を開き、中に入る。
その図書室は、なかなか立派なものだと自負している。
僕がこのギルドを創る前から、コツコツと集めていた本が貯蔵されている。
この図書室ができてからも、ギルドメンバーの有志がちょくちょく本を入れていってくれている。
結果、かなりの蔵書数を誇る図書室へとなったのだった。
そんな図書室の中に置いてあるテーブルに向かい合わせで座っている二人を見る。
「ま、まままマスター!た、たたた助けてぇっ!!」
僕が入ってきたことをすぐに察知すると、一人の少女が涙目で助けを求めてきた。
この子が、先ほど意味深なことを言っていた子とはとても思えない。
……まあ、この子は背伸びしたがりな女の子なのだ。暖かい目で見守らなければいけない。
僕に抱き着いてきた彼女は、クランクハイトという。
グレーの髪をクルクルと可愛らしくドリルさせた女の子で、顔も可愛らしく整っている。
何かと大人ということを意識しているクランクハイトだが、どうにも大人の女性=ミステリアスな女といった方程式ができあがっているようで、いつも慣れないミステリアスな女を演じている。
ただ、本当に慣れていないので、今みたいに弄られるとすぐに素を出して僕のところに駆け寄ってくる可愛い娘だ。
背中にひょこひょこと小さな黒い翼が生えているところから、彼女も人間ではないことが分かる。
「こら、待ちなさいよ!というか、なにマスターに抱き着いてんのよ!殺すわよ!」
そして、とんでもない物騒な言葉と鬼のような形相でクランクハイトを追ってきた少女は、クーリンという。
豊かな赤い燃えるような髪を持ち、その色が表すようにかなり気が強い女の子だ。
彼女は人間である。
もちろん、うちのギルドに所属しているから普通の女の子ではないんだけど。
うちのギルドメンバーって大体皆ぶっ飛んだ力を持っているからね。
二人が共通するのは、二人ともいかにも魔法使いといった衣服を着こんでいることだ。
ローブは着ていないけど、外に出るときは使うらしいし。
「ぴぃぃぃっ!」
クーリンに詰め寄られて、ヘンテコな悲鳴を漏らすクランクハイト。
悲鳴だけ聞くと笑ってしまいそうになるが、彼女は真剣に怖がっているのだ。
……うむ!ギルドメンバーを守るのも、マスターとしての役目だろう!
とりあえず、ニコニコと笑いながらクーリンを制止する。
「うっ!で、でも、クランクハイトはマスターに抱き着いているのよ!?怒って当然じゃない!」
いやいや、クランクハイトだってわざと抱き着いたんじゃないよ。
多分、恐怖の対象が近づいてくるから、誰にでも縋り付きたくなったんじゃないかな?
「コクコクコクコク」
ほら、クランクハイトも頷いているようだし。
僕は腰に抱き着いているクランクハイトが激しく頭を振っていることを感じ取り、予想が正しいことを確信する。
「違うわ!見なさいよ!凄いにやけ面しているわよ、クランクハイト!」
え?
クーリンの指摘を受けて腰に抱き着いているクランクハイトを見下ろすが、目をうるうるとさせて縋り付くような目を返される。
うーむ……。
どうやら、クーリンの勘違いのようだね。
「そんなわけないわ!あぁっ!ほら、今も!」
また、クーリンに言われて見下ろすも、フルフルと震えているクランクハイトしかおらず、にやける彼女は見えない。
いくら喧嘩をしているといっても、嘘はよくないよ、クーリン。
「あー、もう!どうして分かってくれないのよ!!」
「ふっ……」
クーリンは顔を真っ赤にし、目はうっすらと涙を浮かべている。
あぁ……ちょっとからかいすぎたかな?
クランクハイト。クーリンをからかうんだったら、最後まで頑張らないといけないよ?
笑いを漏らしているようじゃ、まだまだだよ。
ということで、クーリンにからかいすぎたことを謝罪しつつ、クランクハイトにデコピンをペチンとする。
「え……」
「あいたっ!?ば、ばばばばれてた!?」
キョトンと目を丸くさせて僕を見るクーリンと、おでこを押さえながら慌てるクランクハイト。
いや、本当にからかいすぎたよ、ごめんね。
クーリンはそんな嘘を言ったりするような子じゃないことは、マスターである僕が一番よく知っているよ。
「ふ、ふん!私のことを知っていることは評価するけど、さっきのことは許さないんだから!」
そう言ってプイッと顔を背けるクーリン。
僕はそんな可愛らしい態度に頬を緩めつつ、豊かな赤い髪を撫でる。
「……っ!?」
一瞬、何が起きたかわからないといった様子のクーリンだったが、僕が彼女の髪を撫でていると知るとボフっと顔を赤らめた。
おぉっ、クーリンはすぐに感情が表に出てくるよね。
まあ、それが彼女の良いところでもあるんだけれど。
「な、何よ……いきなり……」
クーリンにしては小さな声で聞いてくる。
嫌だったかと聞いてみる。
「嫌なんて言ってないでしょ。……もっと撫でなさいよ」
僕が手を離そうとすると、ぐいぐいと頭を押し付けてくる。
そんなにグリグリしてきたら、せっかくの綺麗な赤い髪が乱れてしまうぞ。
そう思いながらも、甘えてくるクーリンを可愛く思う僕であった。




