第百二十九話 適当な選択
「ずーいぶん、マスターの独占時間が長かったですね、リッター」
食堂に入ってきたリッターを出迎えたのは、緑色のふわふわとした髪を持つ小さな女の子であるララディの、可愛らしい皮肉であった。
皮肉であるのならば、厭らしい笑みの一つでも浮かべていられたらいいのだが、残念ながらそこまで精神年齢が成熟していない彼女は、感情のままにその表情を歪めていた。
つまり、嫉妬と怒りである。
「そうですわ!あなた、マスターの独占時間最長ではありませんの!」
それに便乗して怒りを表すのは、サラサラとした長い金髪を持つヴァンピールであった。
まあ、彼女が文句を言ってくることは簡単に予想がついていたので、とくに予想外でもなかったが。
「こら、お前たち。リッターに殺気を向けるな」
「あいたぁ!ですっ!」
「痛いですわ!」
そんな中、リッターに助け船を送ったのが、最早『救世の軍勢』の良心となっているリースであった。
彼女たちの頭に軽いげんこつを落とし、怒りを収めさせる。
しかし、リースにとっての軽いげんこつは、どうにもララディとヴァンピールには強すぎたようで、震えながら地面に突っ伏した。
「リッターさん、どうぞ」
「うん」
自分に与えられている椅子に座ると、褐色肌のメイドであるシュヴァルトがお茶を差し出してくれた。
リッターはそれを受けとり、お茶を飲み干すことによって喉を潤した。
そこに仕込まれていた毒は、あいにく悪魔憑きである彼女には通用しなかった。
リッターに何も影響がないと分かると、小さく舌打ちをする音が聞こえてきたが、きっと気のせいだろう。
『救世の軍勢』のメンバーの中に、素直に毒を食らって死んでくれるようなメンバーはいるのかと疑問に思うが、シュヴァルトはこれからもめげずに毒を盛るだろう。
「はぁ……まったく……」
リースはシュヴァルトが毒を盛ったことを知り、呆れたようにため息を吐く。
「どうでもいいけど、さっさとあたしたちを集めた目的を終わらせてよ。あたし、今日はそこらへんにいる暇人と違って、マスターのために頑張ったから疲れているのよね」
「なんだとぉ!!です!!」
「なんですってぇっ!!」
クーリンが面倒くさそうに頬杖をついて言うと、ララディとヴァンピールが即座に噛みつく。
「……まあ、拙者はリッター殿には何も言えないでござるからな」
大人しくしていたポニーテールの忍者、ソルグロスはボソリと呟く。
しかし、リッターは彼女がマスターと抱き合っている時に苦無を何本も投げつけてきていたことを知っている。
「ほほほ本当に、うるさいわね……」
ぎゃいぎゃいと騒ぐメンバーを見て、煩わしそうにしている灰色髪のクランクハイト。
彼女が手に持っている紙の束は見ないようにしている。
悪魔憑きのリッターからしても、かなりの瘴気が溢れ出しているからである。
「相変わらず全員が集まるとうるさいわねぇ……」
そして、『救世の軍勢』のメンバーのまとめ役とされているアナトが現れ、ようやく騒ぎに一つの区切りがつく。
大体こんな感じで殺気や武器が飛び交うので、ほとんど全員が集まる機会は少なくなるのだ。
「さて、王国も完全に『救世の軍勢』のものになったとは言えないけれどぉ、私たちの影響が随分と及ぶようになったわぁ。王国に関しては、これくらいでいいでしょう」
「私はお役御免。じゃ」
「待ちなさいぃ、リッターぁ」
アナトの言葉を聞いてすぐさま食堂を後にしようとするリッター。
そんな彼女の肩を鷲掴みにして、制止するアナト。
優しげな微笑みと声音の割に、リッターの肩にめり込んでいくほど握力が強かった。
流石に、四面楚歌なことは分かっているので、大人しく元の席に座る。
「大体、ララたちが新しい仕事をしているんですから、お前が自由になれるはずないです」
「尤もでござる」
すでに、自分の担当していた仕事を完遂したにもかかわらず、新たな仕事を押し付けられているララディとソルグロスが反応する。
もし、リッターだけフリーになったら、能力を使って大暴れしていただろう。
「とにかく、王国を相手にする必要はないんでしょ?だったら、次はどうするの?」
クーリンが本当に面倒くさそうに言う。
彼女は王都の騒ぎの際、多くの魔物を使役したせいで少々魔力を消費しすぎた。
そのせいで、今とてつもなく眠い。
「そうだな。マスターに敵対しようとしてきた連中を連続して潰してきたわけだが、今のところそんな馬鹿共はいないからな」
勇者パーティーのロングマン。闇ギルド『鉄の女王』のギルドマスター、ルーセルド。そして、エヴァン王国第一王子、リンツ。
『救世の軍勢』が潰してきたのは、マスターを狙って何かしら仕掛けてきた連中であった。
手を出してきた者から順に消してきたのだが、リースの言う通り、今のところマスターに明確な敵対意思を示している者はいなかった。
「うーん……どうしようかしらぁ。計画は、もう進んでいるしねぇ……」
流石のアナトも、どうしようかと悩む。
ララディやシュヴァルトなどは、理由なんて関係なく、目につく勢力から順に叩き潰していって、早くマスターに世界をプレゼントすればいいのに……なんて脳筋的な考えをしていたが。
「……あ、そう言えば、わたくし用事があったんですの。このあたりで、失礼させていただきますわ」
ヴァンピールが唐突にそう言って立ち上がり、メンバーを驚かせる。
「何でしょうか……。マスターの所に行く……とかではありませんよね?」
「ギックー!!」
「…………」
シュヴァルトの尋問にあっけなく吐いてしまったヴァンピールに、メンバーたちからの白い視線が飛んでくる。
「ち、違いますわ!ま、まあ、マスターにもお会いする予定ですが、本当に用事があるんですの!」
「ななな何よ、それ……?」
ヴァンピールが必死に手を振って言うので、一応話だけは聞いてやる姿勢をとるクランクハイトやメンバーたち。
下手なことを言えば、武具やら魔法やらが飛んでくることが分かっているヴァンピールは、冷や汗をダラダラ流している。
「吸血鬼領で『真祖会議』がありますの!それに、わたくしも出席しなくてはいけませんの!!」
「嘘です!」
「本当ですわ!!」
ヴァンピールの言葉に、マスターが関係することで他のメンバーをまったく信用していないララディが食らいつく。
ヴァンピールも、言葉で説得できるような頭はしていないため、ギャアギャアと言い合いになってしまう。
「……それで?ヴァンピールの言っている『真祖会議』って本当なのか?」
「本当でござるな。少し先に、吸血鬼領に普段は散らばっている真祖の吸血鬼が集まって会議があるという情報は入っているでござる」
リースが『救世の軍勢』の情報通に聞くと、そう答えがかえってくる。
「うーん……。じゃあ、吸血鬼にしましょう~」
アナトがポンと手を叩いて、なんでもないように言った。
メンバーたちの目が、彼女に集まる。
「次の標的は、吸血鬼にしましょう~」
吸血鬼陣営が、『救世の軍勢』側に何かしらの攻撃を仕掛けてきたわけではない。
ただ、彼らは運が悪かったのだ。
こんな何でもないような思い付きで、吸血鬼たちは強烈な変化を受容せざるを得なくなってしまうのであった。
第五章の王国編、終了です!
次の章も、是非読んでください。




