第十二話 お茶会【2】
「それで、今日は何をやらかしましたの?」
ん?
突然、おかしなことをヴァンピールに聞かれて、僕は首を傾げる。
「今朝から、ギルドは騒がしかったですわ。ララディとソルグロスの殺気がぶつかり合ったと思いましたら、今度はリッターとリース」
あぁ、皆今日僕と会ったギルドメンバーだね。
というより、さ、殺気……?
皆、そんなものを発していたの?
「リッターとリースはしょっちゅう殺し合いをしているから大した問題ではないですけれど、ララディとソルグロスは珍しいですわ」
うんうん、それは僕も良く知っているよ。
リッターとリースは武人気質だからね。
よく己を高め合うために、朝に戦闘訓練をしていたことは知っているよ。
しかし、僕はヴァンピールの言ったことがどうにも信じられなかった。
ララディはすぐに抱っこをせがむ甘えん坊だし、ソルグロスは一歩も二歩も下がって守ってくれる控えめな性格である。
どうにも、この二人が殺気をぶつけ合っている姿が想像できない。
「はぁ、鈍感ですわね。ま、それもいいですけれど。で?マスターはなにをしたんですの?」
何をって言われてもなぁ……。
リッターとリースにお尻と舌をナデナデするように要求されたとは、口が裂けても言えない。
ということで、僕は事実を優しい嘘で丸めて言うことにした。
具体的には、頭をナデナデするよう要求されたと伝えた。
これくらいなら、大した反応はないだろう。
「なっ、ナデナデ……ですって……!?」
ヴァンピールは紅茶をかちゃんと音を立ててテーブルに置き、目を見開く。
あれ、凄く反応を示しているんだけれど……。
「マスター、紅茶を淹れますね」
そう言って手を伸ばしてくるシュヴァルト。
えっ?まだ、結構紅茶は残っているんですけれど。
あぁっ!なみなみ注いじゃってるよ!
ストップ、ストップ!
「あっ……すみません」
しゅんと申し訳なさそうにするシュヴァルト。
いやいや、いいんだけどね。結局、こぼれなかったし。
しかし、パーフェクトメイドと僕の中で勝手に呼ばれているシュヴァルトがこんなミスをするなんて……。
一体、どうしたんだ……?
「お、おほん!マスター?そのナデナデとやらはなにを対価にすればいいのかしら?」
ヴァンピールは一つ咳払いをし、ナデナデについて聞いてくる。
うん?対価?
そんなものはないよ。僕がギルドメンバーを……娘みたいな存在を褒めたり甘やかしたりしたい時にするだけだから。
そのことを伝えると、むむむっと顔を難しくするヴァンピール。
「むぅ……一体、何を頑張ればナデナデという至福の時を過ごせるのかしら……。わたくしの心身はすでにマスターのものだから……。もう!金銀財宝みたいなわかりやすい対価があればよかったのに……っ!」
ヴァンピールが一人でぶつぶつと言っている。
顔を蕩けさせたり、怒ったりと忙しそうに変えている。
何だろう……頭を撫でてもいいのかな……?
そんなことを考えていると、シュヴァルトがちょいちょいと控えめに僕の袖を引っ張ってくる。
ん?どうしたんだろう?
「マスター。私は普段からメイドという職務を忠実に遂行しております。勿論、マスターにお仕えしているだけで天にも昇る気持ちなのですが、ちょっとした……ほんのちょっとした褒美があれば、嬉しいです」
そうか。確かに、シュヴァルトのメイド仕事のおかげで、このギルドは随分と助かっているだろう。
僕たちのギルドは少々特殊なために、マスターである僕もほとんど書類作業はないが、たまにあるとシュヴァルトが手伝ってくれる。
僕個人的にも、凄く頼りにさせてもらっているのだ。
それのご褒美が僕のナデナデだとまったく割に合っていない気がするが、シュヴァルトがそれを望んでいるんだったらさせてもらおう。
僕も、久しぶりにシュヴァルトの頭を撫でることになるから嬉しい。
「んふふ……」
短い銀髪をポフポフと撫でていると、凄い声を漏らすシュヴァルト。
本当に彼女が言ったのかと驚いた。
まあ、僕の顔は笑顔のままだけど。
とにかく、これだけ喜んでもらってなによりだ。
「あー!ズルいですわ!シュヴァルトは何にもしていませんのに!」
ブツブツと独り言を続けていたヴァンピールが、僕たちを見て大きな声を出す。
何もしていないって……。
君、シュヴァルトが淹れくれた紅茶をおいしそうに飲んでいたじゃないか……。
「ま、マスター?あなたがどうしても!撫でたいとおっしゃるのでしたら、特別に!わたくしの美しい髪を触ってもいいですわよ……?」
ヴァンピールは所々声を大きくして強調しながら言ってきた。
ほほう……ヴァンピールの髪を撫でてもいいのかぁ……。
彼女が自信満々に自画自賛する通り、彼女の金髪はとてもきれいだ。
あれを撫でたら、僕も気持ちいいだろうなぁ。
ふらふらーっと近寄っていきそうになると、冷たい声がこののんびりとした空間に響いた。
「マスターに懇願するならまだしも、してもいいとは何事ですか。そんな不敬な言い方、許しません」
それは、ナデナデをされてなかなかの蕩け顔を見せてくれていたシュヴァルトだった。
すでに、顔は絶対零度の無表情へと変わっており、ヴァンピールを見下ろしている。
ひ、ひえー。せっかく朗らかな空気に戻したのに、一気に逆戻りだよ。
それに、僕はそんなに気にしていないから。
「あら、またあなたが出張ってくるんですのね、シュヴァルト。使用人の分際で、わたくしに文句を言いますの?」
「私が仕えているのはマスターただ一人です。決して、あなたではありません、ヴァンピール。それに、これは文句ではありません。命令です」
ぎょえー!空気が凄まじいほどにピリピリしているよー!
表はニコニコ笑顔のままだけど、心の中ではビビりまくっているよ、僕!
ヴァンピールがシュヴァルトの言葉を聞いて、立ち上がる。
「どうやら、言葉の使い方から教育をしなければいけないようですわね。感謝しなさい。わたくしが鞭を使って直々に教えて差し上げますわ」
「結構です。私に命令できるのは、マスターだけですので」
二人揃って物凄い圧を発する。
僕は、ニコニコと愛想笑いをしながらこっそりと後退し、朝の散歩を続行するのであった。
◆
「あら!?マスターがいませんわ!」
「当たり前でしょう。ヴァンピールのあまりにも不敬な態度に、呆れて帰られたのです」
「ち、違いますわ!マスターはそんな心の狭い方ではありませんもの!」
「……冗談ですよ。だから、泣くのはやめてください。いい歳をしているのに、情けないですよ」
「泣いてなんていませんわ!それに、歳は関係ないでしょう!」
「はいはい。紅茶、飲みますか」
「……いただきますわ。……あれ?そう言えばシュヴァルトはナデナデをしてもらって、わたくしはされてない……?」
「はい、できましたよ」
「え、ええ……。あら、美味しい」




