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第百十八話 混乱の王都

 









「マスター、身体拭いて?」


 だから、それはダメだと言ったでしょ。

 高熱で倒れてからすぐの時は、確かに自分の身体を拭くことさえ出来なさそうだったからしたけれども、今は微熱程度だろう?自分でやりなさい。


「ぶー」


 僕のビシッとした娘を注意する言葉に、リッターは無表情で頬を膨らませて怒りを表現する。

 ……うん、全然怒っていると伝わってこない。


 リッターが王国最強の騎士であるテルドルフと決闘をしてから、数日が経っていた。

 つまり、彼女が高熱を出して寝込んでから、数日経ったということである。


 この間に、リッターの症状はだいぶ回復したと言っていいだろう。

 一般人なら一度使っただけでも死に至るような悪魔の力だけれども、現在闇ギルドに所属し、かつては帝国の……まあ、これはいいか。


 とにかく、実力者であるリッターは悪魔の力の一部を使った程度では、数日寝込むだけで回復するのである。

 それよりも困ったのが、リッターの甘え具合と『救世の軍勢(イェルクチラ)』メンバーへの説明である。


 まあ、眠るまで一緒にいてというものだったら大歓迎だし、ご飯を食べさせてというのも許容範囲内である。

 しかし、身体を拭いてというのは、流石にやり過ぎではないだろうか?


 いや、まあリッターが僕のことを男としてではなく、父親として見てくれているからこそこのようなお願いをしてくれるんだろう。

 それは、信頼されていて嬉しいんだけれども、やはり年頃の子の肌に触るのは……。


 リッターも自分でできないのであれば、同性……ニーナ王女やメイドさんとかにしてもらえばいいと思うんだけれど、彼女たちには頼まないんだよね。

 そして、『救世の軍勢(イェルクチラ)』メンバーたちへの説明である。


 ずっと連絡をしないのは心配をかけるだろうから、時々リッターが眠ったころを見計らってギルド本部に戻っていたんだけれども……。

 説明したら、戻ってきてほしいという反応ばかり。


 ……どれだけ信用されていないんだろう、僕。

 少し悲しくなったけれども、このニーナ王女護衛依頼を完遂して皆に認めてもらうぞ!


 それに、リッターが高熱を出していて、看病しないといけないから戻るまで少し時間がかかると伝えれば、一瞬皆の目がスッと冷たくなったのは気のせいだろうか?

 ヴァンピールが『あー!わたくしもちょっとお熱があるようですわー!しんどいですわー!』と言いながらチラチラと見てきたこともあった。


 僕は苦笑だけしてニーナ王女の屋敷に戻って来たけれどね。

 と、こんな感じで僕の数日間は過ぎていった。


「マスター。甘い果物、食べたい」


 僕が少し前のことを思い出していると、ベッドの上にいるリッターがそんなおねだりをしてきた。

 もう、随分回復しているのだから、それくらい自分で食べればいいのにとは思うけれども、彼女におねだりされたら断れないんだよなぁ。


 やっぱり、甘えられたり頼られたりするのは嬉しいし、リッターも可愛いし……。

 僕は苦笑しながら置いてある果物を手に取ろうとして……。


 ……あ、もうなかった。


「…………」


 リッターの顔がシュンと沈む。

 彼女はよく果物などをあーんとしてもらうことをおねだりしてきていたから、果物の消費も早かったのだ。


 仕方ない、買ってくるとしようか。


「……本当?」


 リッターの雰囲気がパアッと明るくなる。可愛いなぁ。

 うん、病人には優しくしないとね。いっぱい、美味しい果物を買ってくるよ。


「……うん、待っている」


 目をキラキラとさせているリッターが可愛らしくて、僕はまた笑ってしまう。

 さて、期待されているようだし、いっぱい買ってくるとしよう。


 僕はリッターの部屋から出て、屋敷の廊下を歩く。

 何人かのメイドさんや騎士たちとすれ違って挨拶をしていると、屋敷の主も登場した。


「うん?どこかに行くのか?」


 剣の鍛錬の帰りだろうか。汗を拭きながら聞いてくるニーナ王女に、コクリと頷く。

 うん、リッターが果物をご所望でね。


「そうか、優しいな。……まあ、お前たちはあのような仲だしな」


 ニヤリと笑ってからかってくるニーナ王女。

 ……いや、ちゃんと説明したじゃん。汗を拭いていただけだって。


「ふふふっ、分かっているさ。お前は優しいからな。ついつい、意地悪をしたくなるんだ」


 えぇ……特段優しいというわけではないんだけれど……。

 ……とにかく、街に行ってくるよ。


「ああ。お土産、期待しているぞ」


 ……分かったよ。

 僕はニコッと微笑むニーナ王女に見送られながら、屋敷を出るのであった。












 ◆


「まいどー!」


 果物屋さんで、一通りリッターが好きな甘い果物を買う。

 何個かは珍しい果物もあり、面白くてつい買ってしまった。これは、ニーナ王女のお土産用だ。


 ……さて、もういいかな。

 僕は腕の中にある紙袋をゆすって、ニーナ王女の屋敷に戻ることにした。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 そんな時、耳をつんざくような悲鳴が響き渡った。

 な、何事!?


 驚きと怯えでびくりと身体を震わせた僕は、おそるおそる悲鳴がした方を見る。

 僕より先に視線を動かしていた人たちは、皆一様に同じ場所を凝視していた。


 そこには、絶対に安全なはずの王都では、絶対にいるはずのない生物がいた。


「ま、魔物だぁぁっ!!」


 男性が叫ぶと、それを皮切りに皆我先にと逃げはじめる。

 僕は呆然として、その場に突っ立っていた。


 ま、魔物?変だな……王都は、騎士団が数多く存在するから、外から入ってくることはできないはずなのに……。

 僕が不思議に思っていると、街中を闊歩する魔物の中に見知ったものがいた。


 き、キマイラだ……。

 以前、王城からニーナ王女の屋敷に戻る時に、僕たちを襲ってきた魔物と同じ種類のものだった。


 ……もしかして、これって王の選定が絡んだ騒動だったりするのかな?

 キマイラの他にも、色々な魔物や動物を無理やりくっつけたような生物が、屋台や建物を破壊しながら歩いていた。


 うーん、どうしようか。僕程度の力でどうにかできるとも思えないし……。


「魔物どもを駆逐せよ!国民を守り抜け!!」

『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』


 僕がうんうんと唸って悩んでいると、そんな勇ましい雄叫びが聞こえてきた。

 何事かと振り向けば、全身を騎士甲冑でフル装備した王国騎士たちが、王都を荒らしまわるキマイラたちに襲い掛かっていた。


 おぉっ!流石はエヴァン王国の精鋭たち。あの強力な魔物たちを相手に、互角に渡り合っている。


「マスター殿!」


 あ、テルドルフ。君も来ていたんだ。

 厳つい風貌の騎士団長も、この異常事態に駆けつけていた。


 僕の元に来るさい、ついでとばかりに魔物を二匹ほど切り裂く。

 ……いやー、本当に強いね。リッターは、よくこんな男に勝ったものだよ。


 さて、王国騎士団長のテルドルフなら、この事態の詳細が少しは分かっているかな?


「……おそらく、これはリンツ王子の仕業だ。正確には、王子の側近であるヴィッセン。奴の仕業だ」


 ほほう、ここでもリンツ王子の名前が出てくるのか。

 それに、ヴィッセンか……あの胡散臭そうな男だね。


「ああ。奴は錬金術師だ。魔物を生み出すような畜生にも劣ることを、平然とやってのける男だ。いずれ、牢屋に閉じ込めてやるつもりだったが、遅かったか……!」


 そっかー。僕の中での錬金術師というイメージがボロボロと音を立てて崩れ落ちていく。

 錬金術師って、割と黒いことをやっているんだね。


 ……生物を引っ付けたりしていることが、割とで済まないかもしれないけれど。

 僕がそう思っていると、テルドルフが強い目で僕を見つめてくる。


「この場は、私とニーナ派の騎士たちでどうにか抑えてみせる。マスター殿は、ニーナ王女のことを頼む!」


 テルドルフに言われて、僕はようやく気付いた。

 そうだ!王都をこんな目に合わせたのがリンツ王子だとするならば、ニーナ王女の所にも同じく魔物がけしかけられているに違いない!


 そして、ニーナ王女の屋敷には、回復途上とは言えど熱を出して寝込んでいるリッターが……。


「頑張れ、お兄ちゃん!」


 テルドルフの陰からひょっこりと現れて激励してくれるのは、彼の娘であるミルちゃんだった。

 可愛らしく応援してくれる彼女に、コクリと頷く。


 僕は、テルドルフの言う通りに屋敷に戻るよ!後は、任せたよ!


「ああ!」

「おー!」


 僕はテルドルフの勇ましい返事と、ミルちゃんの可愛らしい応答に頬を緩ませながら背中を向けて走り出したのであった。




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