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第百十話 テルドルフの事情

 









「非道の騎士か。まさに、今のお前にふさわしいな、テルドルフ!」

「…………」


 ニーナとの会談を終えた後、リンツは寝室に戻ってきていた。

 そこには、当然先ほどまで同じ会談に参加していたテルドルフとヴィッセンの姿があった。


 リンツが嘲るようにテルドルフを揶揄するが、それに眉一つ動かさないテルドルフ。

 それを見て、つまらなさそうに舌打ちをするリンツ。


「ちっ。……リッターとの戦いだが、勝てるのだろうな?この戦いは、私が王となるために必ず勝利しなければならん。敗北は許されんぞ」

「……リッターは、強き騎士です。されど、私も王国騎士団の団長を務めております。絶対に敗北することはありません」


 テルドルフの言葉に、満足そうに頷くリンツ。


「そうか、それでいい。だが、分かっているな?もし、リッターに負けることがあれば、お前の娘の治療からは手を引くからな」

「……はっ」


 テルドルフは深くリンツに頭を下げると、部屋を出て行った。


「……ふん!相変わらず、つまらない反応しかしない男だ」

「いひひっ!そもそも、テルドルフさんの思想はリンツ様のものとは正反対ですからねぇ。それを無理に引き留めているのですから、反応が悪いのは当然でしょう」


 去った男を不快気に批評するリンツに、残ったヴィッセンが言葉を返す。

 そもそも、テルドルフという騎士はニーナの評価通り、清廉潔白にして最強の騎士。


 弱気を助け、強きをくじく、まさに騎士の中の騎士という男であった。

 そんな彼が、たとえ自らの欲望のためならどれほど他人に不幸を敷いても構わないリンツの派閥に加わっているのは、当然ながらそうせざるを得ない理由があった。


 それが、テルドルフの娘である。

 まだ幼い女児であるが、現在彼女は原因不明の病に身を侵されており、最早打つ手がないのである。


 それを、リンツがヴィッセンという治療師を派遣することで、何とか命をつないでいる。

 その見返りに、テルドルフはリンツの派閥に入っているのだ。


「まあ、それも私がやったことなんですがねぇっ!いひひひっ!」


 しかし、その原因不明の病に侵させたのは、リンツからの命令を受けたほかでもないヴィッセンであった。

 それに、テルドルフの娘を侵しているのは病ではない。呪いである。


 ヴィッセンの開発した新たな呪いを、少女にかけたのであった。


「それにしても、テルドルフさんという武力を手に入れるために、何の罪もない幼子に呪いをかけさせるとは……。リンツ様も悪い人ですねぇ」

「私が王となるために、一人の国民が犠牲になるくらい安いものだ。それに、貴様も呪いをかけることに乗り気だっただろう」

「そりゃあ、研究の成果を確認するのに、喜びこそすれど躊躇することはありませんねぇっ!!」


 身勝手極まりない会話。

 しかし、この場に止められる者は誰一人としていなかった。


「お前は口が軽いからな……。テルドルフの前で、そのことを言うんじゃないぞ?」

「もちろんですとも!下手しなくても、私めった切りにされてしまいますからねぇ」


 リンツとヴィッセンは、暗い部屋で陰険に笑い合うのであった。












 ◆



 ニーナ王女とリンツ王子が会談してから数日後、リンツ王子から決闘の詳しい情報が渡されてきたらしい。

 当事者であるリッターはもちろんのこと、僕もニーナ王女から説明を受ける。


 場所は、郊外にある寂れた闘技場らしい。

 昔は奴隷や魔物を戦わせていたらしいけれども、今は衰退したようだ。


 そこで、観客は呼ばずにリッターとテルドルフが戦うことになった。

 まあ、観客なんて呼べるはずもないけれど。


 そう、これだけなら何ら問題ない。

 問題は……。


「その闘技場に行くことができるのは、決闘の当事者であるリッターとテルドルフ。そして、見届け人である私と兄上だけだ」


 そこが、大きすぎるほどの問題なんだよ!

 どうして僕が行ったらダメなんだ!怒るよ!


 僕が笑顔のまま詰め寄ると、ニーナ王女は頬を引きつらせながら答えてくれた。


「い、いや、兄上はもし他の人間が来たら、自分も人を入れると言ってきたんだ。下手をすれば、兄上たちと全面衝突してしまうかもしれん。王族同士の激突は、内乱へとつながる。それは、避けなければならない」


 知らないよ、そんなこと!

 リッターが戦っているのを、直接見られないとかどういうことだ!


 もう我慢ならない。リンツ王子の陣営の者を、僕が皆倒してしまおうか?


「……大丈夫」


 そんな危険な思想に取りつかれそうになっていた僕を止めてくれたのは、リッターだった。

 僕の手を握りしめ、見上げてくる。


「いつまでも、悪魔にうじうじしていられないから」


 リッターの言葉を聞いて、僕は感動していた。

 本当、子供はいつの間にか成長するものなんだね……。


 思わず、うるっと来てしまったよ……。

 そうだね。一度、リッターに任せると決めたのだから、最後まで信じないといけないよね。


 よし!リッターに任せるからね!


「……うん。マスターを蔑ろにしたリンツと、マスターを襲ったテルドルフ。両方とも仕留めてくる」


 いや、そこまではしなくていいから。

 そういうことで、僕はリッターとテルドルフの決闘を見に行くことができなくなったわけだけれど……まあ、遠視の魔法で観戦するとしようか。


 もし、何かあればすぐに介入できるようにね。


「……マスター見に来ないんだったら、やる気出ないな」


 あと、リッターが途中で放棄しないかもちゃんと見ておかないと。








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