第十一話 お茶会【1】
おっと……。
地面が少し揺れて、僕もよたよたとよたついてしまう。
こんな大きな城が揺らされるとか、一体何があったのだろうか?
リッターとリースの二人から逃れた僕は、朝ののんびり散歩を再開していた。
いやぁ……二人の、というよりもリッターの教育をもう一度やり直した方がいいのかなぁ。
いくらなんでも、お尻を撫でろと言うのはとんでもないことだ。
僕のことを信頼してくれていると思えば嬉しいけれど、流石にダメだと思う。
しかし、そんな適任者がいるだろうか……。
と、うんうんと唸りながら考えていると、僕はもう一つの庭に出てきていた。
ここは訓練場のある庭とは違って、緑豊かなのんびりとした空間に仕上がっている。
小動物や蝶などの昆虫もいて、とても居心地の良さそうな場所だ。
少し奥に行くと、小川なども作ってある。
ここは、とあるギルドメンバーの強い要望で作られた場所だ。
僕も静かで癒される場所を作ることに何の異議もなかったために、すぐに作った。
おそらく、ここにいるのは……。
また、僕は想像しながら歩いて行く。
しばらく、豊かな自然の中を歩いていると、少し開けた場所に出てこられた。
木々で天を覆い隠されており、直接日差しがあたることはない。
しかし、木々の間の木漏れ日で優しい明りが辺りを照らしていた。
小さな川もサラサラと流れており、とても涼しい。
そんなとても癒される場所に、二人の人影があった。
「あら、マスター?」
そのうちの一人が僕に気づいて、声をかけてくる。
長い金髪に真っ赤な瞳が特徴な彼女は、ヴァンピールといった。
肌が病的なまでに白く、顔はとても美しく整っている。
ヴァンピールもかの有名な魔族の種族の一人なのだが、今はそのことは言う必要はないだろう。
彼女は真っ赤なとても似合う豪華なドレスを着て、優雅に紅茶を飲んでいた。
ヴァンピールだからこそ絵になることで、仮に僕がそんなことをしていても失笑しかされないだろう。
「シュヴァルト、マスターを席までご案内差し上げてくださいまし」
「はい」
ヴァンピールの側に立っていて、紅茶を注いで上げていたメイドの女の子が僕のところにまで歩いてくる。
ちなみに、二人の関係は主従ではなく、対等なギルドメンバーである。
多分、ヴァンピールが紅茶を淹れるのが上手いシュヴァルトに頼んだんだろうなぁ。
僕も、彼女が淹れてくれる紅茶が楽しみだもの。
「おはようございます、マスター。ご案内させていただいてよろしいでしょうか?」
ペコリと頭を下げ、挨拶をしてくれるシュヴァルト。
短い銀髪の上にホワイトブリムを乗せている。
彼女の肌はヴァンピールとは対照的に、健康的に焼けていて褐色である。
短い髪の間から見える耳は、人間とは違っていて尖っている。
この容姿からも、彼女が人間とは違う種族であることが分かる。
ロングスカート状のメイド服を着用した、我がギルドが誇るパーフェクトメイドである。
そんな彼女に、僕も挨拶を返して、笑顔を浮かべながらありがとうとお礼を言う。
「……いえ、マスターの手足となれるならば、これ以上の喜びはありません」
シュヴァルトは謙虚にもそんなことを言ってくる。
しかし、お礼を言われて嬉しかったのか、褐色の頬は少し赤らんでいる。
うん、彼女もやっぱりまだまだ子供だね。
微笑ましくなっちゃうよ。
「ちょっと!まだですの!?」
僕とシュヴァルトが見つめ合っていると、ヴァンピールの怒声が飛んでくる。
ごめんねと笑いながら謝り、シュヴァルトに案内される。
僕が案内されたのは、ヴァンピールが座っている前の席である。
どうやら、ここでお茶をいただくことができるようだ。
「おはようございます、マスター。いつもお寝坊さんなマスターが、こんなに早起きしているとは思いませんでしたわ」
酷いなぁ。
別に、昼過ぎまでグータラといつも寝ているわけではないんだけれど。
「マスターは普段お忙しいので、睡眠時間が長くて当然です」
「……分かっていますわよ。そんなこと、あなたに言われなくても」
苦笑をしている僕をかばってくれたのはシュヴァルトだった。
僕のために紅茶を淹れてくれながらも、ヴァンピールに一言言ってくれる。
ヴァンピールも頬を膨らませながら、不快そうにしている。
彼女の性格をよく知っている僕は、ヴァンピールが嫌味で言ったわけではないことが分かっていた。
ちょっと、からかってみたくなっただけだろう。
ヴァンピールに落ち込むなということと、シュヴァルトに彼女も悪気があったわけではない、でもありがとうということを伝える。
「お、落ち込んでなんていませんわ!ちょっと、煩わしかっただけで……」
「いえ、マスターのことを『一番』知っているのは私ですから」
図星を言われて恥ずかしかったのか、顔を赤くするヴァンピール。
しかし、次のシュヴァルトの言葉に怒りの表情を浮かべる。
「シュヴァルト、どういうことですの?わけのわからない妄言なんて吐いて……」
「妄言ではありません。事実ですから」
ピシリと、空間が音を立てた……気がするくらい張りつめた緊張感だ。
ど、どうしてこうなった……?
やっぱり、思っていたことだが、僕のギルドのメンバーは仲が良いけれど、よく喧嘩はするんだよね。
まあ、その一度の喧嘩であとくされなく交流しているのはえらいと思うけれど。
僕はメンバー間での喧嘩は禁止していないが、僕が側にいるところで喧嘩をされるのは困る。
巻き添えで僕、死にかねないし。
この冷え切った空間を瓦解するため、僕はシュヴァルトが淹れてくれた紅茶を飲む。
……うん、やっぱり美味しい。
こんな緊張感のある空気じゃなかったら、もっと美味しかっただろう。
「……ありがとうございます。お代わりもありますので、お申し付けください」
シュヴァルトは嬉しそうに微笑んだ。
彼女もリッターと同じようにあまり表情を変えないのだが、それ故にたまに見せる笑顔はとてつもない破壊力を秘めている。
ほら、僕の心もぽかぽかしてきた。
「……ふう、気が抜けましたわ」
自分の意見は他人の意見を押しつぶしても推し進めようとするヴァンピールだが、ここでは食いつかないでくれるようだ。
眉を盛大に顰めながらも、大人しく紅茶を飲んでいる。
……しかし、こうして紅茶を飲む姿も様になっているなぁ。
ヴァンピールが良いところのお嬢様出身ということは知っていたけれども、目の前で見ると改めて思うよ。
このまま、のんびりとした時間を過ごせればいいんだけどなぁ……。
残念ながら、そううまくはいかないことは分かっている。




