第十話 訓練場にて【2】
僕の前から姿を消してしまったリース。
その代りに、僕の目の前にリッターが現れる。
「おはよう、マスター。今日はとてもいい天気」
挨拶をしてくるリッターに、僕もおはようと返す。
確かに、いい天気だ。
だからこそ、普段はメイドのシュヴァルトに起こされるか、ララディがもぐりこんでくるまで起きない僕が、早朝から起きているのだ。
……ん?
リッターがじーっと僕を見てくる。
しかも、どんどんと顔を近づけてくるので、僕の視界にはリッターの綺麗な顔がいっぱいになってしまう。
ど、どうしたの……?
「リースにはナデナデをしていたのに、私はまだない」
ああ、そういうことか。
ふふっ、リースに対抗意識を燃やすなんて、二人は本当に仲がいいな。
僕は微笑ましさを覚えながら、彼女の頭に手を伸ばした。
……のだが。
僕の手はガシッとリッターに捕まえられてしまったのである。
あれ?どうしたの?
「頭を撫でられるのもいい。幸せになる。けど、私は違うところを撫でてほしい」
リッターは僕の指に自分の指を絡ませながら、そう言ってきた。
違うところ?どこだろうか……。
そして、自然と恋人つなぎになる僕とリッターの手。
彼女はにぎにぎと優しく力を入れて握ってきて、とても可愛らしい。
どこを撫で欲しいのかと聞くと、とんでもない返事が返ってきた。
「マスターの紋章が入っているところ」
なん……だと……?
リッターはポッと可愛らしく頬を染めているが、僕は汗を垂らして青ざめた顔をしているに違いない。
僕の……というよりギルドの紋章は、メンバーそれぞれが入れたいところに入れている。
たとえば、ララディなら右のほっぺだし、ソルグロスなら右の肩である。
そして、リッターが紋章を入れているところは……。
「お願い、マスター……」
リッターはお尻を突きだしてきて、そうねだってきた。
そう、彼女が紋章を入れている場所はお尻!
ついでに言うと、右のお尻である。
ぼ、僕に……ギルドマスターに女性メンバーのお尻を撫でろと……?
「勿論、直接」
ちょ、ちょちょちょちょ直接!?
スカートの上ならまだしも、直接だって!?
そ、それはいくらなんでも厳しすぎやしないだろうか。
小さなころから育ててきたため、娘のように思っているギルドメンバーから、お尻を撫でろと言われただけでも大分ショッキングだったのに……!
「早く、早く」
期待を込めた目で僕を見ながら、お尻を何度も突きだしてくるリッター。
ど、どうしてそんなにノリノリなんだ!
今から男にお尻を触られるし、さらにはナデナデまでされるんだぞ!?
何でそんなに期待している目をしているんだ!?
「……ダメ?」
リッターは首をコテンと傾げて、悲しそうに見てくる。
うぅっ……娘のおねだりを断れない父親たちの気持ちがよく分かる。
小さなころから愛情をこめて育ててきた子供にそんな目をされたら、断れるはずがあろうか。いや、ない。
だけど、娘からお尻を撫でてほしいなんてとんでもないおねだりをされた父親もそうはいないだろう。
うぅ……紋章を入れるとき、止めるように説得をしておけばよかった。
しかし、時はすでに遅し。
僕はゆっくりと、リッターのお尻に手を伸ばしていく。
「わくわく」
リッターはとても嬉しそうだ。
言葉で感情を表しているほどだ。
そして、ついに僕の手が彼女のお尻に触れようとした時―――――。
「待てっ!!」
「ぶっ」
リッターに吹き飛ばされていたリースが復活し、リッターを両手でドンと突き飛ばした。
突き飛ばされたリッターは、凄まじい勢いで地面に倒れこむ。
……いや、ちょっとめり込んでいるんじゃないか?
それに、スカートがめくれあがってパンツが……。
な、なかなか過激なパンツをはいているじゃないか……。
「マスター!何をじっくりと見ているんだ!」
ご、ごめん……。
ぐわっと怒りを表すリースに、僕は素直に謝る。
だって、物凄い迫力なんだもの。
うちのギルドメンバーは皆怒ると怖いんだけれど、リースは圧という意味では上位に位置するだろう。
僕が普段から心がけている笑顔も引きつり気味だ。
「……何するの。リースの馬鹿力で突き飛ばされたら、死ぬ」
「ピンピンしているくせに何を言っているんだ、お前は。それに、止めるのは当たり前だ!マスターに何をさせようとしているんだ!」
「なにって……ナ―――――」
「―――――うわぁぁぁっ!馬鹿!変なことを言おうとするな!!」
地面に密着していたリッターが復活し、リースと激しい口論を繰り広げる。
リッターの爆弾発言を、リースは顔を真っ赤にしながら阻止する。
ナイスプレー、リース。
何も想像していないから、僕を涙目で睨みつけるのはやめてくれ。
僕は苦笑することしかできないから。
「それに、ただナデナデをしてもらおうとしていただけ。リースもされていた」
「私は頭だろう!お前はどこを撫でられようとしていたんだ!?」
「紋章のあるところ」
「お尻だろうがぁっ!!」
二人の喧嘩はまだ続く。
うーん……長くなりそうだなぁ。
僕的には、どちらの味方にもなるつもりはない。
基本的に、ギルドメンバー間の喧嘩はそれぞれでどうにかするようにと指示している。
怪我をすれば僕が直してあげればいいし、もし最悪の状況になっても僕ならどうにでもできてしまう。
それに、何でもかんでも守って過保護になりすぎたら、この子たちが成長しないからね。
「私が紋章のある場所を撫でられるのが嫌なの?」
「い、嫌というか……。常識としてだな……」
「じゃあ、リースも紋章の入れている場所を撫でてもらえばいい」
「え?」
……え?
おやおや、何やら雲行きが怪しくなって来たぞ?
先ほどまで散々口うるさくリッターを糾弾していたリースが、何かを考えるように沈黙する。
顔が赤くなったり普通に戻ったりと、せわしない。
こ、この展開は何かマズイ気がする……!
しばらく、考えていたリースは目を見開いて自分の答えを言う。
「そ、そうだな。私も撫でてもらえばいいんだな」
「そう」
ち、違うぞ、リース!
その判断は致命的に間違っているぞ!
リッターも頷いたらダメだろ!
た、確か、リースもリッターほどではないけれど、なかなか撫でづらい場所に紋章を入れていた気が……。
「じゃ、じゃあ、おねがひすりゅ……」
リースは口を開けて、舌足らずな言葉でそう言ってきた。
彼女が口から外に出した真っ赤な舌の上には、僕のギルドの紋章が……。
そうだった。リースは舌の上に紋章を入れていたんだった……!
リッターほどではないけれど、舌を撫でるなんてかなりアブノーマルな展開になることは間違いない!
「私も」
なにぃっ!?
リッターはスルスルとパンツを脱ぎ始めたではないか。
割と過激なパンツが丸まりながら脚を滑り落ちていく。
ま、マズイ……。このままでは、僕は娘同然の二人のお尻と舌をナデナデする羽目になる。
インモラルでアブノーマルな光景になることは確実だ。
本来ならリッターの暴走を止めるべきリースも暴走気味である。
こ、こうなったら……!
「あっ」
「マスターっ!?」
ごめん、用事があるから。
と僕は清々しい笑顔と共に去ることにした。
すまない……!僕には無理だったよ……っ!
ごめんね、リッターにリース。また、普通の頭をナデナデさせてほしい!
僕はそう思いながら立ち去るのであった。
◆
「……逃げられた。リースのせい」
「な、何で私なんだ!?」
「あのとき、リースの邪魔がなければマスターは私のお尻をナデナデしていた。そして、そのまま私の身体の魅力にひかれて……」
「はっ!馬鹿なことは休み休み言えよ。マスターが私より先にお前なんかに手を出すわけないだろ」
「…………」
「…………」
「死んで」
「上等だ!」




