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侯爵令嬢の冒険記  作者: 神嶋桜貴
第一章 婚約破棄されました
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婚約破棄されました 二の一

   二


 着替えを終え、兄二人や屋敷の者達と別れを告げたクリスティアは今、馬車に揺れていた。


「お兄様達の心配性にも困ったものですわ」

「それだけお嬢様を大事にされているのです」


 本当であれば、今頃は二人だけで目的地へ向かっているはずだったのだ。なのに隣街まで馬車で行くようにと、半ば強引に押し込められてしまった。さすがクリスティアの兄なだけあるのか、なにか感じる所があったらしい。

 しばらく車窓を流れる景色を眺めていると、馬車がゆっくりと停まった。町に着いたのか、御者が扉を開ける。その手をとって馬車を降りると、御者は恭しく礼をして去っていった。


「さて。ようやくこれで、自由に旅ができますわ」

「おめでとうございます、お嬢様。本日はこのままこの町に泊まられますか?」


 満足気に笑うクリスティアに、ハンナが問う。夕方に差し掛かってきた今の時間を考えれば、普通はこの街で一泊して翌日から本格的に動く事になるだろう。そう、普通の旅行者なら、の話だが。


「いいえ」


 クリスティアは不敵に笑うと、街へ入らずに森へと入っていく。慣れているのだろう、ハンナも止める事無くその背中を追った。


「この辺りでいいですわね」


 街道から見えなくなった辺りで立ち止まると、一つ頷く。


「どちらへ?」

「ふふふ。もちろん、リュスティカですわ」


 言うが早いか、クリスティアの足元が淡く輝く。足元の光は、クリスティアを中心にして大地に何かを描く様に幾重にも広がっていく。二人を囲むように円を描き、内側には不可思議な文字が浮かぶ。完全な円を描き、陣が完成すると光が強くなった。


「行きますわよ」

「仰せのままに」


 ハンナが頭を垂れる。同時に光が一際強く輝く。クリスティアとハンナの視界が真っ白に染まった。

 徐々に光が収まり視界が戻ると、二人の前には陽に赤く染まった高い城壁が現れた。先程とはまったく違う景色だが、二人に焦った様子は無い。


「お嬢様の転移魔法はさすがでございますね」


 クリスティアは微笑むだけで、ハンナの評価を否定も肯定もしない。魔石もなく、ましてや事前準備も無く転移をする事は上級魔法士でも難しい事を知っているからだ。

 転移魔法。

 同一の転移魔法陣間を移動するか、行った事のある場所へ一瞬で移動する事の出来る魔法だ。転移魔法陣は主要都市には必ず配置されているが、陣を描く材料が高価な事。陣自体が精緻すぎて描く事に時間がかかり、それなりな量の魔石も必要とする事もあって、使用する為には高額な料金が必要になる。その為、使用出来るのは王族か貴族の中でも上流の者がほとんど。庶民にとっては非常時以外には見る事すら出来ない。一方、個人が自分の魔力や魔石だけで行使する場合は、転移魔法陣を使用するより安価で出来るし、自分が行った事のある場所であれば行先に魔法陣が無くても転移出来る。ただし、転移魔法陣よりも膨大な魔力を必要とする為、上級魔法士でも行使出来る存在はほとんどいない。たとえ出来たとしても一日に一回が限度で、行使前に魔法を使う事はもちろん。その後もしばらく魔法が使えなくなる程に疲労してしまうのだ。


「お嬢様。それでは、私は宿をとって参ります」

「いいえ、ハンナ。先にギルドへ行きますわ」

「ギルド、でございますか?」

「ええ。会いたい人がいるのです」

「……あの方ですね。かしこまりました」


 不承不承としたハンナの態度に笑ってしまう。そんなクリスティアを見て、ハンナは諦めたように嘆息した。クリスティアが先導して歩き始める。一度来たことがあるのだ。迷うはずもない。




 たどり着いたギルドは、決して豪華とは言えない木造の建物だった。けれど清潔に保とうとしているのだろう。一見しただけでは粗野な感じは見られない。だがやはり、出入りする人間は言わずもがな。見るからに荒々しい。普通の貴族子女ならば怯えて絶対に近づかない。だがクリスティアは、何の気概も感じさせず自然な足取りで入っていった。その姿を、周囲の人間がギョッとした様に見ていたのは本人達だけが知らない。

 中に入るとまっすぐカウンターへ向かう。受付の女性がにこやかにクリスティア達を出迎えた。


「いらっしゃいませ。ご依頼の申請ですね。それでしたらこちらの紙に」

「違いますわ。わたくし達は冒険者の登録をしたいのです。それと、アンゲル・ロドリゲスを呼んで貰えますか」


 言葉をさえぎって発したクリスティアの言葉に、女性が目を見開く。


「それ、は……」

「ああ。アンゲルとは既知の中ですわ。信用出来ないのでしたら、どうぞこちらを」


 クリスティアは受付の上に、女性がつけるには大きい銀色の指輪を置いた。指輪には何かの印章が彫られている。


「こ、これは!っかしこまりました。少々お待ちくださいっ」


 バタバタと慌てて女性が奥に姿を消した。その様子に、遠巻きにしていた周りの人間から探るような気配を向けられる。不躾に見てくるような者はいないが、気にはなったのだろう。そんな状態に不快を感じるが、絡んでこないだけこのギルドはまともなのが分かる。

 それから少し待たされて、先程の女性が一人の大柄な男を連れて戻ってきた。

 日に焼けて引き締まった体。ただ短く切っただけで、整えているとは言いがたい赤茶の髪。くすんだ青い瞳は鋭い。首から顎にかけて走る傷跡が印象的だ。とても四十前には見えない、どこか肉食獣を彷彿とさせる男だった。

 その男は、クリスティアを見つけた途端に顔をゆがませる。


「っぶは!」

「ぎ、ギルド長!?」


 噴き出して大笑いを始めたこの男。彼の名はアンゲル・ロドリゲス。

 このギルドの長を務める、ギルドマスターだ。


「会って早々に大笑いとは、アンゲルも変わっていませんわね」

「お嬢様、やはりこの男は生かしておかない方が宜しいかと思います」

「いやいや、待て待て!まさか本当に来るとは思わないだろうが!まったく、クリスティア嬢には毎回おどろかされてばかりだな。そしてハンナ殿は相変わらず手厳しい!」


 ひとしきり笑った後、アンゲルは目元を拭いながらクリスティアの言葉に答えた。目の周りに滴がみえたのはきっと、見間違えではないだろう。クリスティアは今度は深々と息を吐き出した。


「指輪をいただいておいて良かったですわ。でなければ、こんな簡単に会えなかったかもしれませんもの」

「……いや、あいつが混乱したのは、俺に会わせろって事よりも、冒険者になりたいって言った事だと思うがな」

「?」


 不思議そうにクリスティアが首を傾げる。


「いやぁ、あんたのその格好は冒険者って感じじゃないだろう」


 言われて、クリスティアは自身の格好を見返した。

 紺色を基調とした、どこか騎士服を彷彿とさせる上下。靴はかかとの無い茶色のブーツ。腰には小ぶりのウエストポーチと、細身の剣をさしている。動きやすさを重視したデザインだ。だが、そこはやはり女性。上着は膝丈までの長さがあり、その裾には華美にならない程度に。けれど繊細で精緻な刺繍が薄い青の糸で刺されている。腰に佩いた剣も同様だ。鍔にも繊細で精緻な意匠が匠の技で彫られ、澄んだ空を思わせるブルーの石が填められている。

 対してハンナは、庶民が着るような簡素な茶色のワンピースだ。特に目立った刺繍も無く、どこからどう見ても平民にしか見えない。


「動きやすさを考えて、わたくしは騎士服を参考に作ったのですが。冒険者には服装の決まりがあるのでしょうか?知りませんでしたわ」

「お嬢様、私も初めて知りました。アンゲル殿。仕立て直すまで、この服を着ている事は可能ですか?」


 二人とも至極真面目な顔をしてアンゲルを見つめる。再びアンゲルが笑いだして、二人は半眼で睨み付けた。


「あー、すまん。服に決まりなんざねえよ。なんたってここは荒くれ者どもの溜まり場だぜ?俺が言いてえのは、そんな見るからに金持ってますって格好の事だよ。それと、その軽装備は冒険者としては普通じゃありえねえからな?」

「まあ、この服の良さが分からないなんて、アンゲルも落ちたものですわね。装備に関しては、アンゲルも知っているでしょう」


 この服は仕立屋と練りに練って作った傑作だった。その良さが分からないなんて、クリスティアには理解出来ない。


「まあ、な。服については、まあ、あんた達がそれでいいなら俺は何も言わねえよ」

「納得できませんが、まあいいですわ。それより……」


 ああ、とアンゲルは頷くと、後ろにいた受付の女性に指示を出した。すぐに棚から二枚のカードを出してアンゲルへ手渡す。


「さて、これがギルドカードだ」


 ギルドカード。

 冒険者である事を証明する、大事な物だ。所持者のランク。所属ギルド等が記入されているらしい。クリスティアも話には聞いたことがあったが、見るのは初めてだった。

 アンゲルが一つ息を吸い込んで姿勢を正す。クリスティアとハンナも釣られる様に、姿勢を正した。


「ここにクリスティア及び、ハンナ。二人のパーティーを認め、Bランクのライセンスを授ける」


 アンゲルの言葉が終わると、ギルドカードが淡く発光した。

 クリスティアは微かに目を瞠った。これは魔声だ。声に魔力を纏わせて行う魔法で、誓約を行う時などに使われたりする。


「さて、と。んじゃあ、二人ともこのギルドカードに魔力を流してくれ。それで冒険者登録は完了だ」


 ギルドカードを受け取ると、言われたとおりに魔力を流し込む。するとクリスティアは虹色、ハンナは赤く発光した。光と同時にカードへ文字が浮かぶ。やはり名前やランク、所属ギルドだ。光が収まると文字も一緒に消えて、ただの白いカードになった。


「これは?」

「そのカードは魔力紋認証でな。登録した本人の魔力を流し込まなければ使えないようになってる。まあ、安全の為だな」


 魔力紋とは魔力の波長のような物だ。人それぞれ違い、同じ魔力紋になる事は無い。前世で言う所の、指紋のような物だ。


「ギルドカードは要所要所で使うからな。無くすなよー。んで、それの詳しい説明は後でこのフィリアに……って、どうしたフィリア」


 アンゲルが心配するのも無理はない。フィリアと呼ばれた受付の女性は、何故か凄く動揺している。


「あ、あの……。ギルド長はこちらの女性達をご存知、なのですか?」

「ああ、フィリアには言ってなかったな。こちらは――」

「わたくしはクリスティア。こちらはパートナーのハンナですわ。以降、お見知りおきを」

「は、はあ。と、あ、いえ!私はフィリア・アリュー。このギルドの職員です」


 アンゲルの言葉を遮って、クリスティアが礼を取った。さすがはギルドで働いているだけはある。混乱していてもやるべき事は分かっているらしい。


「ギルド長とお知り合いなのは分かりました。ですが、あの……、最初からBランクにするという事にはどうしても納得できません」


 言ったあと、意を決した様にフィリアが口を開く。


「本来であれば、冒険者になるだけでも試験があります。そして試験に受かったとしても、最初はEランクからと決められています。それを、ギルド長の知人だからと優遇されるべきではないかと」


 言い切ってから、フィリアはごくりと唾を飲み込んだ。アンゲルに意見した事で、もしかしたら罰せられるかもしれないと思ったのかもしれない。それでも苦言を呈せる彼女に、クリスティアは好感が持てた。


「あー…、言うの忘れていたからなー。フィリアも『銀冠の魔女』は知ってるだろ。それがクリスティア嬢なんだわ」


 アンゲルが、首の裏をかきながら何でもない事のように言う。その瞬間、ギルド内がどよめいた。


「ま、まさか!?先の西区防衛戦で敵の一個中隊を、たった一人で壊滅状態に追いやったという、あの『銀冠の魔女』だと言うんですか!?」

「アンゲル、わたくしはあまりこの事を吹聴していただきたくないと言った筈ですわ」

「ん?そうだったか?」


 白を切るアンゲルを、クリスティアは睨み付けた。

 西区防衛戦。

 三か月前。隣国が突如攻め込んできた事で始まったこの戦いは、一か月も続き。二か月ほど前にようやく終息した。クリスティアも学生ではあったが、その戦いに参加していたのだ。そこで不本意極まりない二つ名を与えられたことは、クリスティアにとって忘れたい過去の一つだった。


「という訳でだ。それに俺も参加してたっつー事で知り合ってな。しかも危ない所を助けてもらった借りなんかも出来ちまって。冒険者になる場合は、俺が斡旋してやるって啖呵きっちまったんだよ」

「な、なんで言ってくれなかったんですか!」

「まさかホントに来るとは思わなくてな」


 まったく悪びれる様子の無いアンドレに、フィリアは嘆息した。


「……。分かりました。それでしたらBランクである事にも納得できます。クリスティア様、ハンナ様。失礼致しました」

「いいえ、アンゲルの性格は分かっておりますから」

「お嬢様が問題とされないのでしたら、私も問題ありません」

「そう言っていただけると助かります」

 フィリアはホッとした様に笑った。

「それで、ギルドカード等についての詳細ですが。本日はもう遅いので、明日でも宜しいですか?」


 言われて外を見れば、すでに日は沈みきって暗くなっている。確かに今から話を聞いていたのでは、夕飯も食べられなくなってしまうだろう。


「そういえば、クリスティア嬢達はどこに泊まってるんだ?」

「まだ決めておりませんわ」

「おいおい」

「え、えええ?!どうして先に決めて置かなかったんですか!?宿はたくさんありますが、いい宿や部屋は先に無くなってしまうんですよ!?」


 アンゲルが呆れ、フィリアの慌てた姿に、クリスティアは肩をすくめた。クリスティアにとって宿は二の次なのだ。


「宿が無くても、それはそれでやりようがありますわ」

「お前なあ……。ったく。確かにクリスティア嬢なら、宿は必要じゃないかもしれねえが」

「どういう事ですか?」

「ふふふ。それは営業秘密、ですわ」


 どこから出したのか、いつのまにか扇でクリスティアは口元を隠していた。


「それに、きっとアンゲルが宿の手配をしてくださる筈ですわ」

「おい、なんでだ」

「あら、わたくしは『銀冠の魔女』だと公言しないようにお願いしていましたのよ。それを破ったのは、いったいどこのどちら様でしょう。ねえ、ハンナ?」

「私の目の前にいる、脳筋……いえ、ギルド長と呼ばれている方です」


 言っちゃってる、言っちゃってるから、と言う周りの声が聞こえてきそうだ。黒い笑みを浮かべた二人に、アンゲルは肩を落とした。


「……お前、初めからそれも狙いだったな?」

「あら、どうでしょう?でも、泊まった宿で詐欺に合うことも多いと聞きますから。ギルド長のアンゲルが手配して下さる宿なら、さぞ安心して泊まれるでしょうね?」


 扇で口元を隠しているとはいえ、にっこりと笑う笑顔が初めからその気だったと雄弁に語っている。


「はあー。フィリア、クロネコ亭に使いをやってくれや」

「か、かしこまりました!」




誤字を訂正しました。

アンドレではなく、アンゲルになります。

混乱させてしまい、申し訳ありません。

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