来客
ルベルが僕のダンジョンに来たのはそれから約1時間後だった。またメッセージを送ってから8時間後でもある。さて僕は今更だけど一つ言わせてもらいたい。
確かに僕はダンジョンへ招待した。だから来てくれることはもちろん良いし自分も嬉しい。だからと言って8時間後に来ると言うのは気が早過ぎではないだろうか。
「お久しぶりですね。ルベル様」
「あらミヤジ。貴方はもうすでに私の執事ではなくて、同じダンジョンマスターなのですから普通に呼びなさい。それにあなた私と二人の時は呼び捨てだったじゃない」
「……そう呼べと命令したのはルベルではありませんか。まぁ今は良いですけど、あの時はフォルネウス先生にバレたらどうしようかと冷や冷やしていたんですからね? あんまり無茶な命令はメイド達に出さないでくださいよ?」
「怒られるとか、それは私が知ったこっちゃないわね」
いかにも残念そうな表情を浮かべて、わざとらしく首を振るルベル。僕が昔によく見た光景だ。
「ふふ、お変わりないようで安心しました」
「あなたもね」
僕、ルベルそしてセツカの三人でひとしきり笑い一息ついた所で僕は手で魔法陣を差した。
「ではそろそろ参りましょうか。どうぞこちらへ」
僕の横をルベルとセツカが通り過ぎて行く。そしてその後ろを一人の男性エルフがルベルの後をついて来る。彼は僕の前に来ると大きく礼をして、今度はエディスに向かって大きく礼をした。
「ミヤジ様エディス様とお話できて光栄の極みでございます。大変失礼なこととは存じますが、後ほどわたくしとお話をさせていただきたく」
「僕はもちろん構わないよ、エディス?」
「わたくしもかまいません。それはいいのですがアルベルティーナ様をお待たせしないように早く行きなさい」
彼はもう一度スッと会釈すると、小走りでルベル様の元へ向かう。
「さて……僕たちも行こうか」
先を進む彼女たちの後ろをゆっくりと追いかける。
コアルームには僕の契約者であるセラフィが優雅に紅茶を飲んで待っていた。セラフィは僕たちに気が付くと、紅茶を机に置いてこちらに歩いてくる。
「ルベル、紹介するよ彼女が僕の――」
「契約者たるセラフィーナじゃ。セラフィで良いぞ」
僕の言葉をかぶせるように彼女は自己紹介する。
「私はアルベルティーナ、ルベルでいいわ」
「ルベル、な。よろしくのう」
僕は挨拶が終わった彼女たちをソファーに座らせると、セツカに目配せをする。だけど反応したのはエディスだった。エディスは手でセツカを制止させると、飲み物の準備を始める。どうやらルベルと親交があるセツカをこの場に残してくれたらしい。エディスは本当に気がきく。多分その気のききようは僕以上であろう。
「はぁーぁ、まったくもう。びっくりしたわ。セツカが急に別のダンジョンに行きたいだなんて言い出したと思ったら、まさかね?」
セツカは少しだけ目じりを下げると口元に笑みを浮かべる。
「しかし、色々と納得できたのではございませんか?」
「ええ、納得出来たわよ。思わず叫んだわ。卑怯よ」
僕には何の事を話しているか分からなかったけど、多分セツカがルベルの『ディアナダンジョン』を辞める時に何か伏線めいたことを話していたのだろう。
「それにしても……」
彼女は辺りをさっと見渡すと、言いにくそうにもごもごした。だけど僕にはその理由がよく分かる。
「はっきり言って良いですよ?」
彼女はコア前に表示されている、ダンジョン概要が表示された画面に視線を固定しため息をつく。
「何も無いわね」
「それは迷宮ですか、モンスターですか? それともこの部屋ですか?」
「もちろん。どれもこれも、よ。特に来賓用の部屋がないと言うのがね、さらに驚きよ」
実を言えば普通のダンジョンは、必ずと言って良いほど来客用の部屋を用意する。ダンジョンマスター以外には余り知られていないことだが、かなりの数のお客様がいらっしゃることがある。もちろんダンジョンマスターにもよるが。
たとえばアマテラス様やミネルヴァ様。アマテラス様は職業柄仕方ないとはいえ、毎日誰かと合っている。またミネルヴァ様は作られるアイテムを購入させてほしいと言う人が後を絶たないため、非常に高頻度で来客がある。
しかし小さなダンジョンであったとしても、A&A商会の役員や他のダンジョンマスターが訪れることはある。だからダンジョンマスターは、必ずと言って良いほどお客様用の部屋をつくるのだ。
「ふふ、だってまだ要らないですから。いずれ作りますけど、それはもう少し先ですかね?」
「まだ要らないって……まるで誰も呼ぶ気が無いじゃない」
ダンジョンマスターは知り合いや同盟を結んだマスターを呼ぶことだってある。それも結構な頻度で。中には夫婦ダンジョンと呼ばれる、ダンジョンとダンジョンをつなぐ転位装置を設けているダンジョンすらある。
だけど僕には来客用の部屋はまだ不要だった。
「ルベル以外はまだ呼ぶ気が無いからね」
アマテラス様は何も言わなくても勝手にきそうだけど。玉藻前様は以前メッセージを送った時にセラフィに会ってみたいと仰っていたから、来るかもしれないな。しばらく控えるように言っておこう。
「……どう言う事? 初めにするのはダンジョンを作ることと、横のつながりの構築だと思っていたけど」
彼女は初期からダンジョンを作ったわけではない筈だが、しなければならないことは把握しているらしい。眉を潜め僕を見つめる。
「僕はまずはダンジョンバトルをしようと思うんだ。それで、ルベルにも少し協力してもらいたい」
「はぁ? ばっ、馬鹿じゃないの!? こんなダンジョンで勝てるわけないでしょう!?」
ルベルは勢いよく立ち上がる。だけど隣に座っていたセツカ、そして斜め前に居るルベルの執事は表情を変えない。しかし無反応のように見えるがセツカは一瞬体がぶれたし、あっちの執事は一瞬顔が歪んだ。が、まあ及第点だろう。これ以上反応していたら後で叱らなければならなかった。そもそもA&A商会の執事やメイドはどんな時も動揺を見せてはならない。動揺はマスターに悪影響を及ぼすからだ。
「それがね、勝てるんだよ」
「勝てる? これでっ!?」
「まぁまぁ、一旦落ち着いて座ろうよ。ほら、エディスがお茶を持ってきてくれたみたいだしね」
僕がそう言うとルベルは頭を掻きながら、ソファーに腰を落とす。そして大きく深呼吸するとエディスの入れた紅茶を一口飲んだ。
「その自身がどこから来るのか分からないけれど、ダンジョンバトルはダンジョンがある程度出来あがってからじゃないと不利になることが多いわ。いえそもそも……」
そういって彼女はダンジョンコア前に表示されている画面をちらりと見つめる。
「貴方のダンジョン、モンスターが一匹たりともいないじゃない! 誰が戦うって言うのよ?」
「うん、目の前に居るじゃないか」
「あのねぇ……」
そう言うとルベルまたまたため息をついて、呆れた口調で話し始めた。なんだか昔よく見た光景である。いつもそうだった。僕が言うことでルベルが驚いて大声を上げるのだ。
「ダンジョンマスターが直々に戦うっていうの!? 前代未聞よそんなの?」
確かにダンジョンマスターが直接戦うのは僕も見たことは無い。一応昔々にはそんなこともあったらしいけれど、今は非推奨される。表向きは『ダンジョンマスターは召喚したモンスターと作った迷宮に全てを任せ、どっしり構えているものだ。ダンジョンマスターが直接戦うなんて美しくない』とか『直接戦うのは恥だ』なんて言われている。
「今回はセラフィに任せようと思うんだ」
そう言うと先ほどから会話に興味を示していなかったセラフィの耳がピクリと動く。
「その契約したっていう属性狐? 確かに属性狐が強いことは知っているわ。だけどね9割9分のダンジョンは強大なボスモンスターを所持しているのよ。それはD・Eランク以上なら10割と言って良いわ」
彼女は矢継ぎ早に言葉を続ける。
「彼女は勝てるの? 悪魔や天使や竜に? 相当な力が無ければ一瞬で蒸発して終わりよ!」
数秒の沈黙。
「ふ、」
僕がルベルに否定の言葉を入れる前に、沈黙を破ったのはセラフィだった。
「ふは、ふはははははは!」
堪え切れないと言った様子で、セラフィのは高笑いする。見た限りでは心から笑っているようだ。弱く見られたことへの憤りは一切感じない。むしろそれは笑いに変換されている。
「は、ははは、ははははははっ。こなたがか? はぁっはっはっはっは! こなたが負けると? それはあり得んな!」
「そうだね。戦闘で限って言えば、ほぼ無いだろう」
僕も同意を打つ。実際に彼女は戦闘において負けることは無い。負けるのだとしたらそれは相手が神か、神に等しい能力を持ったフォルネウス先輩のような者でないと無理だ。そんなのほとんど居ない。セラフィに負ける下級神も居るだろう。
「ふむ、ミヤジはこなたが戦闘以外では負けると言うておるようじゃが、こなたとしては戦闘以外でも負ける気はしないのう」
その言葉に僕は思わず眉をひそめてセラフィを見てしまった。
記憶の改竄はしないでほしい。口には出さないが、君は僕に負けたんだぞ。何もしていない僕に負けを認めて好きにしてくれと言ったんだ。寝起きのよさ勝負だったら100回やって100回僕が勝つだろう。
「……」
頭が痛いのか、手で頭を抑えぶんぶん振るルベル。
「とりあえず……分かったわ、それで私は何を協力すれば良いの?」
「うん? 協力してくれるのかな?」
思わず問い返してしまった。セラフィの実力について半信半疑なのに、何故協力してくれるんだろうか?
僕の返しに、彼女は苦笑する。
「当り前よ。貴方はいつだってそうだったじゃない。私が呆れるようなことをさらりと口にして、それをして本当にありえない戦果だったり成績だったり数字を出してしまうんだもの。っと、その、ね。そ、それだけじゃないけどね」
「それだけじゃない?」
彼女は少しだけ顔を伏せると、どもりながら答えてくれた。
「わ、私の一番大切な時に、貴方は私を支え助けてくれた。だから私は貴方がどんなにピンチの時でも、たとえ負けが決まっていたのだとしても私はあなたの味方で居るわ」




