ダンジョンマスターの憂鬱
「ははははは、見ろ我が娘よ。一人の冒険者が盾になったものの、我がモンスターの前では無意味だったな!」
いつだって不愉快な声で笑う父親だった。その声は体中に虫が這いあがるようで非常に気色悪く、まるで呪いのように体中の動きが鈍くなってしまう。
「ほら、見ておけ。これからお前が何千、何万とみる中でも最高に面白い冒険者たちだぞ?」
顔をそらしたかったけど、そらせばあいつは不機嫌になることは分かっていた。だから私は画面を見つめた。そこには泣き叫びながら走って逃げようとする幾人かの人が居た。必死になって入ってきたドアから出ようとするも、無駄だった。そのボスステージは一度は行ったら戻れない。冒険者たちの死は確定的だった。
そんな時、斧を持った一人の獣人男性が二つに切り裂かれた。すると我慢の限界が来たのだろうか、目を血走らせた銀色の鎧を着た剣士が剣を振り上げ斬りかかる。だけどボスにはまるで効果は無かった。剣士が地面と接吻してから、ヒーラーらしき女性が宙を舞うまで時間はかからなかった。
全滅だった。幾度となく見て来た光景だ。見ていてちっとも楽しくないけれど、見慣れた光景だった。
父は笑っていた。真っ二つになったヒーラーの絶望顔がアップにされると更に大きな声で笑った。父の笑い声を聞きながら、私は先ほどのヒーラーが吹き飛ぶ姿がフラッシュバックしていた。まぶしいくらいに。え……まぶしい……?
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目を開けてみればそこは見慣れた自分の部屋だった。立ち上がろうとしてベッドに手を置いた瞬間、私はかなりの寝汗をかいていることに気が付いた。
「後でメイドにお願いしよう……」
私は適当にシーツを引っ張り、取り出しやすいようにしておく。そして身につけている物を脱ぎ、ベットの上にほおると部屋横にあるお風呂へ向かう。そして歩きながらダンジョンコアのメニュー画面を開くと、メイドの一人を部屋に呼びだした。
シャワーを浴び終わった私は、タオルを巻いたまま部屋に行く。するとそこには綺麗なシーツに取り変えられたベッドと畳まれた服が置いてあった。
「居るのでしょう? お願い」
私がそう言うと一人のメイドは私の部屋に入り服の前に立つと、私が来やすいように服を持ち上げてくれた。
「食事はどうなさいますか?」
メイドは服を着せながらそう言う。だけどあの夢の所為で食欲は無かった。
「今日は要らないわ」
着替え終わった私はお礼を言うと、メイドは小さく一礼をし部屋を出て行く。私は鏡でもう一度身だしなみをチェックすると部屋を出て制御室へ向かった。
そこにはこのダンジョンに住む執事とメイドの中で、最高の権力を持つ彼がダンジョンコアのリモート画面を操作していた。
「おはようございます」
彼は私に気が付くと画面を閉じ、一礼する。
「おはよう。ダンジョンの状態はどう?」
私にとってダンジョン経営とは、親から受け継いだたいくつな仕事、もしくは生活のため仕方なくしていることだった。A&A商会内外で伝説と呼ばれている執事が、私のダンジョンに来るまでは。
「とても良好ですよ。先ほど先月の記録を見ていましたが、前年比105%程で約数百人ほどダンジョン挑戦者が増えたようです」
「そう……」
A&A商会から雇ったこの執事は非常に有能だ。この、ではないか。A&A商会で雇った全ての執事、メイドが有能だ。ただ彼はその中でも突出して優れている。私が何を言わなくても私の求めていることをある程度察知してくれるからだ。
「街の発展も予定どおり順調のようね?」
「ええ。順調に人口も増加しておりますし、他の街との交流も増えているようです」
だけど以前の執事だった『彼』とどうしても比べてしまう。今のこの執事が『有能』だとすれば、以前の彼は『異次元』だった。
「ふうん、じゃぁダンジョンは今までのオート設定を継続でいいわね」
彼は小さく頷くのを見て私は心の中で小さく息をついた。
私はそんな彼から目線を外し、リクライニングソファに座ると、ダンジョンコアをリモートディスプレイで操作する。ちらり、と横目で執事を見つめる。するとそこで執事は私の大好きな(正確に言えば大好きになった)ミルクティーを入れていた。
確かに彼は素晴らしい。求めていることをそつなくこなすし、気がきく。それだけ聞けば『今の執事は最高ではないか?』と言われてしまうだろうが、あの元執事の『彼』を経験してしまえばどんな有能な執事だって色あせてしまう。
『彼』は不思議な人だった。私が求めていたことの斜め上の事を言ったり、実施したりする。それは今まで担当になったどんな執事にも無かったことだ。本来執事と言うものは主人に絶対服従で、基本的に主人の言われたことしか行わない。だけど、彼は違った。
「ありがとう」
私は出されたミルクティーにお礼を言うと、執事は小さく礼をして退室した。私は執事が入れてくれたミルクティーに口をつけながら、天井を見上げあの『彼』の事を思い出す。
『彼』はする事なす事が奇想天外だった。だけどその行動は私の心を満たしてくれるものだった。ただただくだらなくて、達成感もないこのダンジョン経営と言う地獄を天国……とまでは行かなくても楽しめるモノに変えてくれた。
「はぁ……」
私はA&A商会に大変失礼なことをした事がある。執事やメイドを困らせるつもりで嫌がらせをしたのだ。それは私のダンジョンマスターとしての信用を失いそうになった。が、『彼』のおかげで私の信用は何とか保たれた。
『彼』は私のしでかしたことをどれもこれも私の親のせいだと言ってくれたけれど、私は分かっていた。確かに親の所為でもあるかもしれない。だけど行動を起こしたのは私なのだから、一番悪いのは私だ。
「一番悪いのは私、ごめんなさい……か。懐かしいわね」
私が『彼』や元メイドに言った言葉だ。『彼』はにっこり笑って私を褒めてくれた。あの時の『彼』の本当に嬉しそうな顔は今でも思い出せるし、顔が熱くなる。
多分あの時から私の心は彼に奪われていたのだろう。
あの時のメイド、セツカには大変悪いことをした。でもそれのおかげで全てを打ち明けることが出来る数少ない友人となったのだから、悪いだけではないかもしれない。もちろん『彼』にだって全てを打ち明けられるけど。
「あの子、どうしてるかな?」
あの時のメイドである彼女は、つい最近までこのダンジョンに居た。だけど彼女は『どうしても行きたい所がある』と私に言って、他のダンジョンへ移動してしまった。もちろん私は引きとめたけれど、彼女の意思は固かった。仕方がなかったので私は休暇はたまにこちらのダンジョンに顔尾出すように約束して、涙ながらに送り出した。
『貴方はわたくしを心から羨むでしょうね……』
ダンジョンを去る時に妖艶な笑みを浮かべながら言った、彼女の言葉。
「羨む……か」
彼女が去ってから既にひと月。そろそろ何かしらの連絡が合って良いのだはないかと思うのだけれど。
とそんな事を考えながらA&A商会御用達ダンジョンマスター用の掲示板を見ていると、不意に右上に小さな手紙アイコンが写し出された。どうやら私にメッセージが届いたようだ。
それは見たことのない宛先だった。だけど件名を見て私はチェアから立ち上がり、すぐにメールを開く。
「セツカ……貴方がいきたいと言っていたダンジョン、絶対此処よね!? 卑怯だわ、ああもう、羨ましい」
私は即座にメッセージを作ると『彼』、ミヤジに返信を送る。そして天井を見上げると大きく息を吸い込んだ。
「ずるいわよ! セツカァァァ!」
さあ、すぐに行動よ。まずは私の声をききつけたメイドに外へ出ることを話しましょう。そして今すぐ着替えを用意させて……いきましょう、ミヤジ達に会いに!