第6話 意図的な消滅
麻美は今、テニス部の部室前にいた。そろそろ部活も終わり、みんなが帰るころだ。麻美は1人、副部長の先輩を待っていた。
それは、赤い石を使って恋を叶えたということの真相を確かめるためだ。
麻美は、顔しか知らないその先輩が出てくるのを今か今かとそわそわしながら待っていた。
しばらくして、その先輩が友達と部室から出てきた。
「あ、あの先輩!恋愛相談なんですけど!」
慌てたように麻美がそう言うと、先輩は怪訝な顔をした。隣の友達は、ふふっと笑っていた。
「南の知り合い?可愛い後輩じゃん。相談に乗ってあげなよ。」
副部長さんは南というらしい。
「やめてよ。こんな子知らない。何を聞いたのか知らないけど、他を当たってくれる?」
あまり聞かれたくない話なのか、南は麻美を邪険にした。そこで麻美は、ポケットから赤い石を取り出して、そっと見せながら話を続けた。
「あの、”おまじない”の石のことで相談なんですけど。」
南は、赤い石を見た瞬間、目つきが変わった。明らかに、その石のことを知っている様子だった。
「わ、分かった。でもそういう相談って、こんなところじゃなんでしょ?ちょっと場所を変えましょ?どこか、人気のないところに。」
「あ、南、後輩ちゃんを人気のないところに連れ込んで何する気だー?」
「うるさい。」
「ごめんってー。それじゃごゆっくりー!」
お茶目な先輩がいなくなると、2人は校舎裏に移動した。
「で、何を聞きに来たの。どこまで知っているの。」
着くなり、南は麻美に早口で質問した。
「あの、これって、恋愛成就じゃないですよね。何かを作ることはできない。けど、何でも消すことはできる。…人間でも。」
麻美がそう答えると、南はふう、とため息を1つついた。
「そこまではもう知っているのね。私のこと、誰かから聞いた?」
「ええ、美樹ちゃん、南さんの後輩…だった人からです。」
南はうーんと考えた後、なるほど、と1つ呟いた。
「私は美樹ちゃんって子は分からない。けど、”いた”のね。で、あなたが消した、と。」
「そういうことに、なりますね…。」
改めて言われて、麻美は少しうつむいた。そんな麻美を見て、南はくっと笑った。
「賢明な判断だと思うわ。だって、その子から情報が漏れることも無くなるもの。」
「違うんです、消すつもりなんて無かった…。」
麻美がさらにうつむくと、南は声を上げて少し笑った。
「でも、実際少し気は楽でしょ?石を持っていると知られる恐れも無い、石を持っているって分かっても石の話自体知らない人ばっかりなんだから。」
麻美はさらにうつむいた。
「うーん、あなたにその石を使いこなすのは難しそうね。深く考える必要なんてないの。いたことすらみんな知らないんだから。」
そう言われた麻美は、少し泣きそうになった。
「そこがちょっと辛いんです。いたことすら、思い出すら無くなるなんて。私以外誰も覚えていないなんて。」
南は、少し困った顔をした。
「そう、気に病む必要はないわ。簡単なこと。あなたも忘れてしまえばいい。」
麻美は、えっと声を上げた。
「あなたしか覚えていない人なら、あなたが忘れれば存在しなかったことにできるの。人間の記憶って曖昧なものよ?写真も音声も、何もなければ案外簡単に忘れてしまうわ。私の時がそうだった。」
「そう、それを聞きに来たんです。石をどう使ったのか。それが知りたいんです。」
南は、決心したような顔で話し始めた。
「まあ、だと思ったわ。でも、聞くまでも無い。簡単なことよ。」
南はまた1つため息をついた。
「ライバルを、消したのよ。…といっても、向こうからしたらライバルなんて思っていてはくれなかった。だって、その子はすでに彼と付き合っていたんだから。」
麻美は驚いた顔をしていた。
「そんなに驚くこと?ライバルがいなければ、アタックもしやすい。それに、ちょうど彼が落ち込んでいるときだったから、優しく慰めてあげれば簡単に落ちたわ。前の子も慰めるのが上手な子だったから。」
「そこまでして、付き合いたい人だったんですか?」
「ええ。それに、あの子もいけすかなかった。彼氏のいない子を見下すような子だったからね。いなくなって、ちょっと、すっとしたわ。でも罪悪感はあった。」
「そんな時、どうしました?」
「…なるべく考えないようにしたわ。今を楽しもうって。”みんなが見ている今”を見ようって。そう思ったの。そうしたら、そのうち、それが当たり前になったわ。」
「へえ…あの、石はどうしました?」
南は少し黙ってから、口を開いた。
「捨てたの。そうしたら、石がひとりでに家に帰ってきた。机の上に、置いてあったのよ。間違えて消しちゃいけないものまで消してしまわないように捨てておきたかったのに。だから、今も机の中に石が入っているわ。」
「あ、あの、どうやって手に入れました?」
「あのね、放課後の学校の、窓ガラス。未来の自分が知らないおじさんにもらったものだとか何だとか言っていたかな。」
麻美は思わず、あっと声を上げた。
「私も、同じです。」
「あ、やっぱりそうなんだ。扱いには気を付けなよ。本当に消しちゃいけないものまで消す羽目になるかもだし。でも、せっかくなら有意義に使いな。消えても誰も分からない、覚えてないんだから、そこまで深く気にする必要はないよ。私が言えるのはこれだけ。じゃあね。」
「あ、はい、ありがとうございました。」
足早に帰っていく南を見送って、麻美も家に帰った。
「みんなが見ている今を見る、か。」
家に着いた麻美は、ベッドに寝転がり、天井を見ながら呟いた。
そんな時、麻美の携帯が鳴った。
画面を見ると、桜からのメールだった。
「大変!姫が優斗くんと付き合い始めたって!」
そんな文を見た途端、麻美は背筋が凍りついた。
なんだって?美樹どころか姫まで?
麻美は思わず赤い石を握りしめていた。
次の日、麻美は学校に赤い石をポケットに忍ばせて来ていた。
学校では、姫と優斗が付き合っているという噂がみんなに知れ渡っていた。が、2人とも否定していた。
「あ、麻美!姫、優斗なんかと付き合ってないから!誤解なんだ!」
姫が麻美を見つけて思わずそう叫ぶ。
「付き合っている人はいるけど、姫ちゃんじゃないって、本当だって。」
その横で優斗がみんなに向かって叫んでいた。
「幼馴染なんだし、恥ずかしがるなよー。このこのー。」
周りの男子が優斗をそんな風にいじった。
「へえ、幼馴染なんだ。知らなかったなあ。」
そう麻美が呟くと、姫はビクッとした顔をした。
「麻美!言わなかったのは誤解を生まないようにと思って!違うから!本当に何もないから!」
それを聞いて、麻美はにこっと笑った。
「隠さなくてもいいじゃん。おめでとう。良かったね。」
「だから違うんだってばあー!」
叫ぶ姫を尻目に、麻美は貼り付けたような笑顔でしゃべっていた。
美樹が噂を流したとき、姫は麻美を信じなかった。麻美には姫に対する信頼が無かったのだ。誰も覚えていないその出来事のせいで、麻美の心は前より少し荒んでいた。
「ごめん、ちょっとトイレ。」
そう言って麻美は教室を抜けた。
トイレの個室に籠ると、ポケットから石を取り出した。
「忘れてしまえばいい。こんな出来事も、何もかも。私が忘れれば何もかもなかったことにできる。…優斗くんが彼女出来たことも無かったことにしてしまえばいい。」
そう呟く麻美の目に、戸惑いは無かった。
「お願い、姫を…消して?」
呟いた直後、胸がざわざわした。でも、それもなるべく気にしないように、考えないようにした。
何事も無かったフリをしながら教室に戻ると、教室がさっきよりも静かに、だが確実にざわついていた。
「なあ、優斗、彼女出来たんだろ?誰だよ、教えろよ。」
そこには、友達に突かれて照れている優斗君の姿があった。




