第4話 偶然
赤い石を手に入れてしまった次の日。
麻美は赤い石は机の中にしまったまま学校へ登校した。いつものように洋子にも会ったが、赤い石のことはなぜか話す気にならなかった。
また人のお願いを断れなかった話をして、普段通り慰めてもらい、叱ってもらった。
そして、本当にいつも通り教室へたどり着いた。
その途端、麻美は美樹に廊下へ連れ戻された。
「え?な、何?」
「いいから。こっち。」
美樹は、麻美を連れて、女子トイレに入っていった。
「あのさ、赤い石が手に入らなかったから、もう自分でどうにかしようと思って。」
美樹はいつになく真剣な顔をした。
「え、な、何?何を?」
麻美は戸惑った様子だ。
「あのね、私…優斗くんのことが好きなの!!だからお願い!協力して?」
美樹からの恋の相談だった。が、麻美はより一層戸惑ってしまった。
「…え?それ本気で言ってる?」
「こんなこと冗談で言えるわけないでしょ!何よ!」
美樹は怒ってしまった。しかし、麻美はそれ以上に呆然としてしまっていた。
「美樹、私が優斗くんのこと好きなの知ってるよね…?」
そう、麻美も優斗くんのことが好きなのだ。それは、半年ほど前にみんなで恋バナをしていたときに話してあったはずだ。そのときは、美樹は別の男子が好きだと聞いていた。
「え?そうだっけ。まあいいじゃん。ずっと好きだったのに付き合ってもいないってことは、脈なしなんでしょ?私に譲ってよ。」
美樹はあっけらかんと答えた。
「え、ちょ、ちょっと待ってよ。それはなしでしょ。美樹が優斗くんを好きなのはしょうがないけど、譲ってって言うのはおかしくない?」
「おかしくないって。ね、またいつもみたいに協力して?情報とかどんどん流してよ。好きなら結構知っているんでしょ?」
美樹は、本当にいつも通り、麻美に上目使いでお願いをしてきた。それを見て、麻美は心底呆れた。
「し、信じらんない!さすがにそのお願いは聞けないから!」
「は?ケチ!脈もないくせに!!」
美樹は怒った様子を全身に見せながら、だしだしと足音を踏み鳴らしてトイレを出て行った。
「ほんっとに信じらんない…。」
麻美はしばらくその場で立ち尽くしていたが、チャイムが鳴ったことで我に返り、教室へと慌てて帰った。
その後も隙あらば、美樹は麻美に、相談にのって、情報を流して、と言い続けた。麻美はさすがにへとへとだった。それでも、これだけはさすがに聞けない、と麻美も頑張っていた。
明日、洋子に愚痴聞いてもらおう、今回はちゃんと断れているよって報告しよう、と思っていた。
その日の放課後、麻美は珍しく洋子に呼び出された。
「どうしたの?ひーちゃんから話なんて珍しいね。」
呼び出された空き教室で、麻美は洋子に話しかけた。
洋子は、とても言いづらそうに、少し下を向いていた。
「ひーちゃん、いつもと何か様子違うけど、何かあった?」
洋子はこくんと頷いた。
「あ、あのね、その…、私のお父さんの会社潰れたんだって。さっき。でね、もうこの学校には通えなくなるらしいの。その、明日が引っ越しなんだ。」
珍しく歯切れの悪いしゃべり方で話した洋子の話の内容は衝撃的なものだった。
「え?え?な、何、え?ほんとに?う、うそ…。」
「私、あさみんと一緒に卒業したかった。卒業したかったのに…。」
そう言うと、洋子は麻美に抱き着いて大泣きした。麻美も一緒に大泣きした。
洋子は、学校にかかってきた親からの電話で、ついさっきそのことを知ったらしい。それで、別れは今日中に済ませてこいと、せっつかれたようだ。
引っ越しは明日の昼らしい。だから、麻美は明日の朝、学校に登校する時間にまた会おう、会って話そう、いつも通りに、と約束した。
すでに顔を泣きはらした洋子は、うん、うん、と頷いていた。
次の日の朝、麻美は少し早めに家を出て、洋子に会いに行った。
洋子は、高校の制服で出迎えてくれた。せっかくなら、最後はいつものこの格好で会いたいと思ったから、と言っていた。
2人は本当に他愛のない話で盛り上がった。少し思い出話なんかも挟みつつ、2人とも泣かないように必死だった。
最後は、絶対絶対、また会おうね!と約束した。
麻美は、それまでの悩みなんかよりも、洋子と会えなくなることの方がショックだった。またいつか、絶対会えると信じながら、2人は別れ、洋子は引っ越しの準備に、麻美は学校へと向かっていった。
麻美がとてもブルーな気持ちで教室に入ると、教室内が静まり返った。
みんな、麻美を見て、ひそひそくすくすしていた。
「…え?何?」
今とてもナイーブになっているときだというのに、一体これは何だ?何があったんだ?と麻美は戸惑っていた。
麻美がおろおろしていると、近くの女子が麻美に声をかけた。
「竹谷さん、美樹ちゃんに謝りなよ?」
麻美は意味が分からなかった。謝らなければいけないようなこと、したのだろうか?
「優斗と付き合ってないのに付き合ってるとか嘘ついて、優斗が好きな美樹を突き飛ばしたんでしょ?さすがにそれはないって。」
軽蔑したような、嘲笑したような目でみんなが麻美を見ていた。
「してない!そんなことしてないよ!」
「ほら、また嘘ついてる。うそつき女。」
麻美が焦って否定しても、誰も話を聞いてはくれなかった。くすくす笑う美樹の隣には姫もいた。姫も、侮蔑した目で麻美を見ていた。
今までいろいろしてきたのに、こんな仕打ち受けなきゃいけないの?なんで?と麻美はもう泣きそうだった。
そこでチャイムが鳴った。
授業中も、麻美は泣きそうだった。こっそり回されてきた手紙に”虚言癖”とか書かれていたり、先生に当てられて黒板の前に立っていた時も、ひそひそされたりした。
ひそひそしている中に優斗くんがいたのもショックだった。
2限目の終わり、遅刻して2限目から来た桜が話しかけてきた。
「ねえ、何があったの?なんか雰囲気サイテーなんだけど。」
桜は周りを一瞥すると、麻美にひっそりと聞いた。
「えっと、桜、授業中に手紙とか回ってこなかった?」
「え?何、手紙?来たよ?でも、内容おかしくない?」
桜は、授業中に回ってきた手紙を手に持っていた。それに美樹が言った内容は全て書いてあるはずだ。朝、遅刻してきた人にも手紙で”真実”を伝えると言っていたから。
「いやいや、それよりも麻美ちゃんの話聞きたい。麻美ちゃん、優斗と付き合ってんの?」
麻美はぶんぶんと首を横に振った。
「そっか。じゃ、突き飛ばしたってのは?」
麻美はまた、ぶんぶんと首を横に振った。
「だあよねえ。だと思ったー。麻美ちゃんが優斗なんかと、おっといけない。優斗と付き合ってないっていうのは知っていたし、美樹の方が力強いんだから、麻美ちゃんがもし突き飛ばしても怪我なんかしないよねえ。」
「え?怪我?」
「え、何、知らない?麻美ちゃんに突き飛ばされて、肩にアザ出来たって言って回ってるよ?でも、美樹の肩のアザって、多分産まれた時からあるやつのことだよねー。」
そう言うと、桜は笑った。
「桜だけだよ、私のこと信じてくれるのは。」
そう言うと、桜はくすっと笑った。
「え?別クラスの洋子ちゃん?だっけ?も信じてくれるでしょー。」
そう言われ、麻美はうつむいた。
「え?何?信じてくれてないの?」
「そうじゃなくて、ひーちゃん、引っ越したから…。」
「え?あ、そーなんだ、うわ、ごめん。知らなかった。」
桜がおろおろしていた。
「ううん、いいよ。しょうがないことだし。」
「え、えっと、ほら、元気だしなよ?」
「ふふ、ありがとう。」
麻美は、桜がいるときは少し笑えるようになった。でも、桜がいなくなった途端に美樹が、優斗の情報くれ、と言って来たり、桜も他の人から考え直せとか言われたりしていた。
「桜、私のせいで、ごめんね?」
申し訳なさそうに麻美が言うと、桜は笑っていた。
「いいよいいよー。全然気にしてないしー。」
桜に救われつつ、麻美はなんとか家に帰った。
はあ、やっと落ち着ける、と思った矢先だった。美樹からメールが届いた。
「早く情報よこしてよ。じゃないと手遅れになるよ?」
今の状態を手遅れと言わずに何を手遅れと言うのか。麻美は本気で腹が立った。
でも、今のままだと桜にも迷惑がかかってしまうかもしれない。
「どうしよ…。」
いっそこのまま言うとおりに情報を流してしまった方が楽かもしれない。でも、それはすごく悔しい。
「はあ、美樹なんか消えちゃえ。」
麻美は机に突っ伏したまま、思わずそう呟いた。
その途端に、ずっと送られ続けていたメールがピタッと止んだことには麻美は気づかず、ベッドに潜り込んで寝たのだった。




