第2話 麻美の抵抗
「おはよー。」
麻美はいつも通り、挨拶をしながら教室に入った。
「あ、おはよー麻美。」
「あ、本当だ。麻美ちゃんおはよー。」
「麻美、おはおはー。」
今返事をしてくれたのが、麻美の同じクラスの友達。まあつまり、今の麻美の悩みの原因たちだ。3人はなぜか、麻美の机を取り囲んでいた。
「3人とも、私の机に集まって何してるの?」
きょとんとした表情で、麻美は鞄を置くことすらできずに質問した。
「いやー、昨日返ってきた数学の小テストのプリントあったじゃん?あれ、机に入ってないかなーって。」
悪気無さそうに、美樹があっけらかんと答えた。
「え?美樹のプリントを私が持っているわけないじゃん。どうしたの?無くした?」
まだ状況が飲み込めていない麻美は、思わずそんなことを聞く。
「違うってー。あれ、50点以下は再テストじゃん?あたしら3人は再テストなわけじゃん?だから、答えを確認しようと思ってー。」
にこにこしながらそう答えたのは桜。それを聞いて、麻美はぽかんとした。
「え、昨日の小テストって、先生が授業中に答え全部言っていたじゃん。なんで私のプリント見る必要あるの?」
「は?姫らが先生の話ちゃんと聞いていたとでも?ウケるー!ってか、美樹がいなかったら、姫も桜も再テストがあることすら知らなかったし。」
何を当たり前なことを聞いているんだ?という顔で、そう言い放ったのは姫。姫というのは本名である。
「だからって、勝手に人の机の中探らないでよ…。」
心底呆れた顔で麻美がため息をつく。それを見た3人はきょとんとしていた。
「え?何?別によくない?もしかして、何かイケナイものでも入ってんの?」
「マジで!えー、じゃああたし、麻美ちゃんがイケナイもの持ち込んでないかチェックしたるー!」
「こら桜!今はプリント探しなさいよ!」
3人はそう言いつつ、机を探る手を全く止めない。
「じゃなくて!机勝手に漁らないでってば!というか、プリントは机に入ってないから!」
そう言った途端、やっと3人の手が止まった。
「え?なんで?じゃあ、どこにあるの?」
美樹が、信じられないといった表情で麻美に聞く。
「え?いや、あれは、持って帰って家にあるままだよ。」
麻美は、なるべくぶっきらぼうに答えた。実は、そのプリントは今、鞄の中にある。それを知られたら、またいつも通り貸して貸して!となるだろう。今日は言いなりにはならないんだ!プリントは貸してやるもんか!と麻美は思っていた。
「えー!麻美ちゃんの卑怯者ー!」
「麻美、姫らが再テストって知っててやっただろーくっそー!」
「え?じゃあマジで私らどうすんの?当てが外れたんだけど。」
3人が口々に不満を口にした。
「そんなこと言われても…。」
本当に困っているのか、3人は明らかに戸惑い始めた。麻美のプリントだけを頼りにしていて、全く勉強していないようだ。
「ほ、ほら、再テストあるんでしょ?早いうちに勉強しときなよ。」
麻美がそう言ったところでチャイムが鳴り、先生が入って来た。
「何やってんだお前らー。さっさと席につけー。」
先生がそう言うと、やっと3人は自分の席に帰った。そして、麻美はやっと鞄をおろすことができた。
「はあ、朝から疲れた…って、これ2度目か?」
麻美は独り言を呟きながら席に着き、鞄を机の横にかけた。
その鞄を、桜がじっと見ていたことには気が付かなかった。
4時限目の授業の終わり、先生が麻美に声をかけた。
「竹谷さん、ちょっと荷物運ぶの手伝ってもらえる?」
この先生は英語担当の若い女性で、麻美としゃべることもよくあったため、度々麻美に頼みごとをしているのだった。
「いいですよ。プリント多いですからね。」
「ありがとう、いつも助かるわ。」
麻美は、この先生に頼まれるときは嫌な気はしなかった。話してても面白いし、物腰が柔らかい。
麻美はそんな先生とたわいのない話をしながら、職員室までついて行った。
麻美が教室から見えなくなったときだった。桜が迷わず麻美の鞄に手をかけた。そんな様子を見て、近くの女の子がびっくりしながら声をかけた。
「ちょ、ちょっと、勝手に竹谷さんの鞄開けるのはやめなよ。」
そんなことを言われ、桜はきょとんとした。
「だいじょーぶ。麻美ちゃん、そのくらいで怒んないって。だって、友達同士なんだから、このくらい当たり前でしょ?」
「そ、そういう問題じゃないんじゃないの?」
困惑した様子の女の子。
「え?何で?まあ、あたしらの問題なんだから、口出さないでよ。」
桜はむっとした表情を浮かべ、女の子を軽くにらんだ。
「え?あ、うう…。」
桜の口調に少し怖気づき、女の子は黙ってしまい、それ以上は何もできなかった。
桜はそのまま麻美の鞄を探り続けた。
「お、ビンゴー!」
嬉しそうに取り出したのは、昨日の数学の小テストのプリントだった。
「え?何々?どしたん?」
嬉しそうにしている桜を見て、姫が駆け寄ってきた。
「ふふーん。麻美ちゃんったら、鞄にプリント入れてたよーん。」
「おおお!でかした!桜やっるう!」
ふふん顔の桜と、目をキラキラさせた姫。2人を見て、美樹も寄ってきた。
「え?何?プリントあったの?」
2人とは違い、訝しげな表情を浮かべる美樹。そんな様子に気づかず、2人はにこにこしながらプリントを写していた。
しばらくして麻美は教室に帰ってきた。
「はあー、国語の先生に捕まっちゃったよー。」
国語担当は、にこにこしたおじちゃん先生。悪い人ではない。むしろとてもいい先生なのだが、いかんせん話が長い。そのおかげで昼休みが割とつぶれてしまった。
少し疲れた様子で帰ってきた麻美を見て、桜と姫はにこにこしていたが、美樹が怒った顔で近づいてきた。
「ちょっと!どういうこと!?」
「へ?何が?」
麻美は状況が飲み込めず、妙に高い声を上げた。
「これだよ、これ!」
美樹はそう言うと、2人が一生懸命に写している麻美の小テストのプリントを乱暴に取って、麻美の前に掲げた。
「あ、まだ写してるのに…」
桜の声は、美樹の怒鳴り声でかき消された。
「家に置いてきたって言ったのに!!私らを騙したってこと!?信じらんない!!」
「え?いや、そんなつもりじゃ…。」
まさか鞄を勝手に開けられるとは思っておらず、バレたときのことなんて麻美は一切考えていなかった。
「麻美、友達だと思ってたのに…。私らを騙すようなことするなんて…。ひどい。」
美樹はすでに半泣きになっている。泣きたいのはこっちだよ、と麻美は思っていた。感情が高ぶりやすい美樹は、こうなったら中々戻らない。
そこに、思わぬ助け舟が来た。
「えー?家に置いてきたと思ってたけど、鞄に入れっぱなしだったってだけのことでしょー?麻美ちゃん悪くないじゃーん。」
桜だった。
「そうそう。とりあえず、プリント写したいんだけど。あーあ、握ってたからぐしゃぐしゃじゃん。どーすんの、これ。」
姫も。
「だ、だって無いって言ったのにあったから…。」
ぐずぐずと泣きながら、美樹が言う。
「だーかーらー、あったんだからいいじゃんって。私のプリントー。」
「って、それ麻美のプリントだから。姫も見るー。」
なんだかんだで収まったみたい。美樹も、泣きながらもプリントを写し始めた。ああ、嘘つくものじゃないなーと麻美は思った。
でも、面と向かって拒否が上手くできない。今回もまた、結局はプリントを貸してしまっている。
何か、何かいい方法はないのかな。




