攻略宣言!
さて、問題です。
久々に実家に帰省して、家族との夕食を終えて、一仕事終えた気分で風呂に入ってさあ寝るかとベッドに横になった途端。
「クルスー!!!」
「うわああああああああああああああああああ!!?」
突如として幼馴染の少女が上から降ってくるのを見た、その時の俺の気持ちを考えて述べよ。(配点10点)
「クルストファー様、どうなされました!?」
「な、なんでもない! 気にするな!」
ドンドンドンと激しく寝室の扉をノックする音に交じって使用人のあわてる声がする。そりゃ、こんな夜中に大声出せば何事かと思うよな。もう今日の仕事は終わりだっていうのにたたき起こして申し訳ない。
俺は急いでベッドから降りてドアに駆け寄り、なるべく落ち着いた声で重厚な扉の向こうに語りかけた。
「少し夢見が悪くて寝ぼけていたんだ。なんてことはないから、今日はもう下がっていい」
「では、何か温かいお飲物でも……」
「いや、必要ない。すぐ寝る。だから、お前たちももう寝ろ。起こしてすまなかった」
「そのようなことは……」
さすがリーガルト公爵家お抱えの使用人。夜中にたたき起こされても文句ひとつ言わず主人の心配をするとはなんて優秀なんだろう。優秀ついでに、「頼むからドアを開けずに帰れ」と願う俺の内心も汲み取ってくれないだろうか。正直、「アレ」が見つかるのは非常によろしくない。
だめ押しのように「おやすみ」と声をかけると、少しの間の後「おやすみなさいませ」という声がして扉の向こうの気配が遠ざかっていった。よっしゃ、さすがリーガルト公職家の使用人、優秀だ。俺は君を信じていた。
気配が完全に遠ざかったのを確認し、目の前の扉に両手をついてながーく息を吐く。……正直肝が冷えた。
「…………ナル」
くるりと振り返っていまだにベッドの上にいる幼馴染に声をかけた途端、ギクリと「ナル」の肩が震えた。一応、悪いことをしたという自覚はあるらしい。その恰好はどう見ても「これから寝ます」って感じのパジャマ姿だし、先ほどの現れ方といい、もしかしなくてもここまでは魔術で空間転移してきたんだろう。
今年二十歳の成人男性の寝室で茶色い髪と茶色い瞳のあどけない美少女が寝間着姿でベッドに座りびくびくしている図……というのは……なんというか、怒られるのを恐れる子供にしか見えないという俺の主観はともかく、客観的には見つかったらマズイどころの騒ぎではない状況だ。倫理とかモラルだとかの面でもそうだが、なによりこの少女の身分的にも。
この突然の不法侵入者。正式にはナルディアーラ・ディ・オーランド・ハスファルという長ったらしい名前をしており、十年以上前から腐れ縁をやっている五歳年下の幼馴染で……ついでに言えば、我が国の王女様だ。
「ナル! お前、こんな夜中になにやってんだ!?」
「すいませんでした!!」
また使用人に駆けつけられては困るので、一応抑えた声で、しかし鋭く非難するとナルはガバッと勢いよくベッドの上で土下座をした。
「古馴染みとはいえ異性の寝室に侵入するなんて、クルスの名誉を傷つけかねない行動にでたのは認める。でも、こちらとしても緊急事態だったというか、正直私もパニックというか! あ、安心してくれ。何をする気もないし、万が一、今回のことでクルスに不名誉な噂が流れたら、その時は私が責任をもってクルスをお婿さんにするから!」
「逆! なんかもう、いろいろと逆!! 俺もそうだが、『不名誉な噂』たてられて困るのはどっちかというとお前だからな!?」
うわあ、王女様おっとこまえー。でも、ナチュラルに男女の立場を入れ替えて話すのはいい加減にしろ。こんなんで嫁の貰い手があるのかとか、女性としての危機意識はどうなっているんだとか、いろいろと心配になる。
「……お前な。俺だからいいようなものの、よその男相手にこんなことするなよ?」
「分かっている。いくら緊急事態でも、兄上とクルス以外の男性にこんなことはしない」
本当にわかっているのだろか、この王女様。
土下座から正座に体勢を戻し、ドヤッと言わんばかりの顔で見上げてくるナルを見ているとどうしても一抹の不安感をぬぐいきれない。こいつがこんなでは、両陛下や王太子殿下がこいつに過保護になるのもなんとなく頷けるというものだ。
だが、普段の彼女はいくら信頼する相手であってもこんな礼に欠ける行動をとる人間ではないし、こう見えて本当に緊急事態でパニックだったのだろうと、ひとまずため息とともにこの問題を考えるのは保留にした。
「で? 緊急事態ってのはどういうことだ?」
「ああ、そのことだが……。できれば真剣に聞いてほしい。私の命にかかわることだ」
「……命?」
思っていたよりも重い単語に、頬が若干ひきつるのを感じた。嘘や冗談を言っている様子ではない。自然、俺の口調もマジなトーンになる。
ナルも改まってベッドの上で姿勢を正して真剣な顔で見つめてきた。
「クルス……いや、来栖」
「ん?」
俺は二回に分けられた呼びかけの微妙なニュアンスの違いに気がついた。後者のそれは文字に書き起こすとしたら多分、漢字だったろう。
そして、ナルはゆっくりと口を開いた。
「私もさっき気が付いたんだが……。この世界、前世で私が知ってた乙女ゲームの世界だ」
「は?」
「それで、私はその乙女ゲームの主人公だ!」
「はあ!?」
俺は王女様兼幼馴染兼不法侵入者兼――前世、日本で生活していた記憶を持つ転生者仲間の言葉に、目を剥いた。
「来栖義孝」。それが俺の前世での名前だ。それが今ではクルストファー・リーガルトというなんだか大層な名前なのだから笑ってしまう。ちなみにナルは「鳴海真子」という名前の女子大生だったらしい。俺が彼女のことを「ナル」と呼ぶのは、この辺りにもひっかけている。向こうが俺を「クルス」と呼んでくるのだって同じような理由だろう。
そんな俺たちは十年以上も前に知り合い、互いが同じ転生者と知って友情をはぐくんできた。男女間で友情が成立するかについては人によって言い分は違うだろうが、少なくとも俺は彼女のことは幼馴染で、親友で、秘密を共有する同士で、身分の差はあるが妹も同然だと思っている。
そんなナルの言うことだから、その言葉は信用したい。しかし、彼女の語る内容は「へー、そうなんだ。わかったー」とあっさり頭から信じるにはなかなか衝撃的だった。
「ちょっと待て。それってどういうことだ」
「うん、私も今さっき思い出したばかりでまだ少々混乱してるんだが……。順を追って話すから聞いてくれ」
なんだか長くなりそうだ。
そう思った俺はベッドに腰掛けるナルの隣に椅子を引っ張ってきて腰掛け、手の動きでどうぞ、と促した。
ナルが語るにはこの世界はナルが、というか「鳴海真子」がプレイした乙女ゲームの世界……に、限りなく近い世界であるらしい。
そのあらすじはこうだ。
ハスファル王国の王女である主人公は、その身分とは裏腹に庶民的で平凡な能力と容姿な自分にコンプレックスを抱いていた――。
「……誰が『庶民的で平凡』だって?」
「乙女ゲームではよくあることさ。まあ、私も攻略対象よりも主人公ちゃんを攻略したいと何度思ったかしれないが」
「……乙女ゲームだよな?」
「乙女ゲームではよくあることさ。続けるよ」
そんな主人公は自らのコンプレックス払拭と伸び悩む魔術の研さんのために、身分を隠して王立キュラリス魔術学園に入学することを決める。
「俺の母校だな」
「そして、昨日、私もそこに入学することが決定した」
「ああ、試験合格してたのか。おめでとう。なるほど、それでそのゲームのことを思い出したか」
「まあ、そんなところかな、ゲームと入学する理由は違うけど、身分を隠すのは一緒だよ。えこひいきとかされたくないし」
「うん。お前、平凡顔コンプレックスとか持ってないもんな。かわいいし」
「……何度も攻略したいと思った顔だしね」
「……こういうのも自画自賛っていうのかね。……どうした、顔赤いぞ?」
「続けるよ」
自画自賛呼ばわりが気に入らなかったのか、ナルはふいと横を向いてしまった。
そこで出会った攻略対象たち(もちろんイケメン)と交流を深めていく主人公。しかし、徐々に主人公の周りで不穏な事件が起こり始める。
不審な点の残る魔術事故、学校に現れる神出鬼没な謎の人物、廊下に残された血文字。そして、ある日ついに、主人公が何者かに襲われる事件が発生する。
「……乙女ゲームだよな?」
「乙女ゲームだよ。ここまでは共通ルートで、この主人公が襲われるあたりで主人公が誰を頼ることになるかで誰のルートに入るのか決まるんだ」
「あー、うん。なるほど」
ルート分岐後の攻略対象たちの行動は様々だ。
身を挺して主人公をかばい傷つく者。主人公とともに事件の解決に乗り出し、やっぱり傷つく者。過保護に主人公に付きまとい、ストーカーじみてくる者。主人公を安全な場所に隔離しようと監禁してくる者。主人公を殺そうとしてくる者……。
「乙女ゲームだよな!?」
「まあ、どの乙女ゲームにも一人くらいヤンデレ枠がいるよね」
「今の例、どう考えても『一人ぐらい』じゃなかったぞ!? なんだよ、『殺そうとしてくる』って!」
「さっき、謎の人物が現れるって話しただろう? 実は学園に殺人鬼が紛れ込んでいて主人公の命を狙っているって設定なんだが、この殺人鬼も攻略できるんだよ」
「なんで自分を殺そうとしてくる相手と恋愛できるんだよ! それともそれが乙女の夢ってやつか!?」
「こんな時に便利な言葉があるよ、クルス。『ただし二次元に限る』。まあ、確かにプレイヤーの間では初見殺しだの、死にゲーだの、ホラゲーだの、サスペンスゲーだの言われていたけど、ちゃんと乙女ゲームだったさ。選択肢を一つ間違えるだけで殺人鬼に殺されたり、監禁エンドになったり、心中エンドになったり……。最後のほうは『あはは、また死んだwww』と笑えてくるほどだったけどね」
「およそ、恋愛シュミレーションゲームとは思えない評価だな。……って、ちょっと待て。さっき、お前がそのゲームの主人公だっていったか?」
「言ったね」
ナルはやれやれとでも言いたげに肩をすくめて首を振っているが、その顔は青ざめている。
「…………」
「…………」
微妙な沈黙が落ちた。
「あー、その、何かの勘違いって線は」
「私の名前と、そのゲームの主人公の名前が同じなんだよ。ほかの登場人物も、なんだか社交界で聞いたことのある名前だし」
「えー、ほら。でも、お前、そのゲームプレイしたことあるんだろ? 殺されないように立ち回ればいいんじゃないか?」
「……クルス。十年以上も前にプレイしたゲームの内容事細かに覚えてる? さっきも言った通り、私の記憶では選択肢一つミスるだけで死ぬかもしれないゲームだったんだが、それで一度もバッドエンドを迎えず攻略できると思う? 第一、一部を除いて攻略キャラって地雷揃いだし……。かといって、誰の好感度も上げずに放置すると、守ってくれる人がいなくて殺人鬼に殺されるバッドエンド……」
「…………」
「…………」
……詰んだ。
「お前、もうなんか理由つけて入学断れ! 殺人鬼のいるような学園行くことない! だいたい、なんで学園に殺人鬼がいるんだよ、俺の母校はどうなってるんだよ!」
「『殺人鬼がいるから入学したくないです』って言うのか!? あと、クルスの質問に答えると、殺人鬼は人外なんだ! 学園が創立される前から存在する石碑に封じられていた悪魔なんだよ! それが主人公……つまり私の魔力に反応して復活するんだ! 私の魔力の性質と王族の血がどうたらこうたらって設定で」
「あ~~~~~~!! もう!!」
俺はイラつきのままに自分の黒い長髪をかき回した。
さっき、ナルは『入学が決まった』と言った。キュラリス魔術学園は王族と言えど裏口入学を許すような場所ではなく、ナルはきっちり試験も受けて入学願いも出している。この時期だともう書類関係の訂正が間に合うかどうか微妙だし、なにより王女の入学だ。そこに政治的な配慮や調整がないわけがなく、それを覆すとなると相応の理由が求められる。まさか、まだ存在してもいない殺人鬼だか悪魔だかの危険性を訴えるわけにもいかない。
なんだ、この糞ゲー! 乙女ゲームっていうかサバイバルゲームじゃないのか!? ああ、でも確かにナルの周りは本人含め顔面偏差値の高いやつらばっかだった!! 両陛下とか! 王太子殿下とか!! 俺とか!! いや、別にナルシスト宣言ではなく、転生して初めてまともに鏡見たときのある意味客観的な意見というか。
「…………クルス」
そんなことをぐるぐる考える俺の寝巻きの裾を、小さな手が引っ張った。
思わず顔をあげると、ナルが泣きそうな、途方に暮れたような顔でうつむいている。
「そ、その……突然、こんなことを言われて、困るのはわかる。こんな夜中に尋ねてきてしまったし、その、でも、他にこんなことを話せる人はいなくて、だから、その……」
「ナル」
その手が震えているのを感じて無理するなと言う代わりにゆっくりその頭を撫でていると、やがてぽつり、とナルがつぶやいた。
「…………死にたくない」
ナルの声は小さかったが、深夜の寝室でそれは思いのほか響いた。
「うん」
「……死にたくない。怖い。また、あんな思いをするのはたくさんだ」
「うん」
『今度こそは天寿を全うする』。
それはたぶん、俺とナルの共通の願いだ。
ナルの享年は二十歳だった。俺はもう少し長生きで、享年二十三だ。つまり、どちらも穏やかな死ではなかったわけで。
ナル自身からその死にざまを詳しく聞いたことはないが、以前、冗談めかして「たぶん、ぐっちゃぐちゃのR18Gな感じだったんだろうね」と言っていた時のナルの目は、笑っていなかった。
「……クルス……」
その声は細く震えていた。言いたくなくて、でも言わずにおれないというような、妙にためらう間があった。
「……助けて……」
「何をいまさら。言われなくても助けるに決まってるだろう」
だって、俺にとってナルは幼馴染で、親友で、同士で、困ったところがあってもかわいい妹なんだから。
ナルの目がぱっと俺を見る。おい、なんでそんな不安そうな、罪悪感にまみれた目をしてるんだ。そんなに俺は信用ないか。
「だって、でも、こんな危ないことに巻き込んで……。もしかしたら、ク、クルスも死ぬかもしれなくて……」
「『だって』も『でも』もない。だいたい、なんで俺の心配してるんだ。どっちかというと心配すべきなのはお前の身だろう」
ナルの頭に乗せたままだった手を勢いよく左右に動かし、その茶色い髪をぐしゃぐしゃにする。
「うわっ」
「そんなに俺のことが心配なら、お前が俺を守ってくれよ。お前のことは俺が守ってやるから」
「…………っ」
……我ながら、なんか気障なこと言った。しかも、妹のような存在に「守ってくれ」って、おい。言ってしまった後でなんだが、情けなくないか、俺。
気恥ずかしさをごまかすために、そっぽを向いてますますナルの髪をぐしゃぐしゃにする。そのせいで俺は、ナルの表情が決意を固めるようなものになった瞬間を見ていなかった。
「……うん。うん、そうだね。クルスは私が守ればいいんだ」
「あー……えー……。あ、そうだ。さっき攻略キャラは地雷揃いって言ってたが、『一部を除いて』なんだろ? じゃあ、その『一部』を狙って攻略すればいいんじゃないか? なるべくバッドエンドにならないよう、俺も全面的に協力するし……」
「本当か!?」
「うお!?」
急に頭を撫でていた手が、ナルの両手にがっしり掴まれた。
「本当に、クルスが、乙女ゲーキャラの攻略に、全面的に協力してくれるのか!?」
「あ、ああ……」
急に元気になってどうした。なんだ、そのぎらぎらした目は。さっきまでの不安げな色はどこいった。まあ、男に二言はない。俺にできることならなんでも……。
と、そこで俺にはナルを直接的に助けられる手段があまりないのに気が付いた。学校はもう卒業しているし、あそこは全寮制で関係者以外立ち入り禁止。いや、OBだしいけるか? 今までその道は考えていなかったが、研究員として学校に戻るというのもありかもしれない。
「じゃあ、クルス。お願いがあるんだ」
「なんだ?」
そんなことを俺が考えているとは知らず、ナルは実に真摯な目で俺を見てくる。全面的に協力するとは言ったが、こいつのお願いが俺にできる範囲のことならいいのだが。
ナルは俺の右手をしっかりと握り、まっすぐに俺の目を見て、言った。
「クルストファー・リーガルト。どうか、私のお婿さんになってください!」
「……………………ワッツ?」
今、こいつ、なんて、言った?
「お婿さんになってください」……つまり、結婚しろと。なんで、結婚することが乙女ゲーキャラ攻略に協力することになるんだよ。今、そんな話してなかっただろ。そういうのは攻略キャラに言ってやれってバカだなー。確かに俺は乙女ゲーの主人公、つまりお前の幼馴染で兄貴分で? 自分で言うのもなんだけどそれなりに美形だし攻略キャラになってもおかしくないポジションかもしれないけど、肝心のお前が事件に巻き込まれることになる学校はもう卒業しているわけでゲームになんか登場できないんだぞ。そりゃあ、研究員として学校に残ったり戻ったりする連中もいるけど……。あ、でも、俺が強制的に戻される可能性もあるのか。両陛下にしろ王太子殿下にしろ、ナルに関しては心配性が過ぎるところがあるからなあ。こいつが身分隠して大々的に護衛やお目付け役をつけられない状態で入学するなんて心配でたまらないだろうし、内密のお目付け役を頼まれる可能性も……って、まさか。
「……まさか……俺も攻略キャラの一人かあああああああああああああああ!!!?」
「その通り! 主人公をかばって傷つくキャラがいるって言っただろう? それがクルス、君だ!」
君だ! じゃねえ!
「クルストファー様!! 今度はどうなさったんです!!」
ドンドンドンと叩かれる扉。うん、悪いね、何回も起こして。なのに、文句ひとつ言わず主人の心配してくれるなんて、リーガルト公爵家の使用人、マジ優秀。
でも、こっちはそれどころじゃない!
「おっと、しまった。さすがにこの場が見つかるのはまずいね」
「ちょ、おい、ナル!?」
「まあ、すぐに返事をもらえるなんて思っていないよ。クルスが私を妹としてしか見ていないのは知っていたし、いきなりでびっくりしてるだろうし」
びっくり? びっくりどころじゃないわ! 思考回路はショート寸前っていうか、とっくに熱暴走起こしてブラックアウトだ!
何か言いたいことがいろいろあるような気がするが、脳と口をつなぐ回路がうまく機能しない。俺が間抜けにぱくぱくと口を開けたり閉めたりしている間に、ナルは颯爽とベッドの上に立ち上がって空中に空間転移用の魔方陣を描き始めた。
その顔が、一瞬曇る。
「……本当はね、クルスは巻き込まないつもりだったんだ。『クルストファー・リーガルト』のルートでは主人公をかばって彼が死ぬエンドもあった。運よくハッピーエンドに行けても、『クルストファー・リーガルト』が傷つくのに変わりはないし」
あー、それで俺が死ぬかもとかわけのわからないことを言ってたのかー。珍しくしおらしいから、なんか変だとは思ったんだー。
で、さっきのしおらしさは夢か幻でしたとでも言いそうなその凛々しい顔はなんだ。
「でも、クルスは私が守るから。だから、覚悟して攻略されてくれ! クルストファー・リーガルト!」
次の瞬間、空間転移の魔術が発動しナルの姿が消える。
そこで、ようやく俺の脳と口をつなぐ回路がつながった。
「~~~~~~~~おい、言い逃げか! ナルディアーラああああああああ!!」
誰もいない虚空に向かって叫ぶのと同時に、マスターキーで鍵を開けた使用人が飛び込んできた。
後日、王女のひそやかなお目付け役として、研究員という名目で母校に戻るようにとの王命が本当に下る。
攻略宣言された俺と、攻略宣言したナルの関係が果たしてどうなったのかについては……うん。
色々と気恥ずかしいので、「ご想像にお任せします」とでも言っておこう。
はやりの乙女ゲーム転生ものを読んでいるうちに思いついた一発ものです。深いところはあんまり考えず、深夜テンションで書き上げました。