漆 翠色
「それでねっ! おさかなやまほどつったらそれをげんかんにおいて、そしたらねこがくるらしいから……。それをつかまえていっしょにくらすんだ!」
「猫が好きか。それなら今度、知り合いに頼んで一匹譲ってもらおうか?」
「んーん、げんかんでつかまえる!」
玄関で捕まえた猫ともらった猫の一体何が違うのかと疑問に思ったが、それにはそれなりの理があるのだろう。年端も行かぬ子供の話をつつきまわすのも無粋な話だ。何より大袈裟な身振り手振りを交えつつ語る様がとても可愛らしいので、好きなだけ話させておくことにした。
舟は間もなく北側の地に到着することだろう。少し早いが櫂を握り締めたまま伸びをすると、背中から丁度枝を踏んだときのような音がした。
「ね、ね、ぼく。もうちょっとでつくの?」
「よくわかったね。見ていてご覧、そろそろ桟橋が見えてくる頃だ」
一転、静かになった。船べりにはりつき、きらきらとした目で北を見つめている。獲物を狙う猫のようだと思ったが、黙っておくことにした。
「わぁっ! みてみて、ぼく! はしだよっ! ねぇねぇ、みえるっ?」
「見えるよ。……んん?」
「んん?」
まるで宝の山を見つけたように、喜び騒ぐそれに微笑ましさを感じたのも束の間。桟橋のすぐ横に見覚えのある姿を捉えた。この地には赤や金銀と、漆以外の特徴的な色をした髪を持つ者が多いが(現に僕の髪も漆ではない)、その中でも一際珍しい翠色の長髪は、遠くにいてもよく目立つ。
「詠ーッ! こーんな山奥まで誰かと思えばー! おーまーえーかー!」
背にした森から鳥が飛び立ち、湖面が海さながらに揺れる。声の大きさも変わらずか。きんとした頭痛を覚えげんなりと下に目を遣ると、いつの間にやら、怪訝そうな顔をして僕を見上げていたそれと目が合った。
「……ねぇねぇ、ぼく。あのひとだぁれ?」
「……んん……」まあ、いづれは通る道だろう。
あれは葉柴、僕の従兄弟だ。
そう教えてやるとそれはひどく驚き、僕と奴を交互に見比べ始める。後に会いに行くつもりではあったが、あれでいて、妙に勘の良い男だ。先に見つかってしまうとは……。
「…………」
「……んん? ぼく、なんだか、うれしそう」
「そ……。……そうか?」
「詠ぃー! なーにをぐずぐずとしておるかー! はよう来て、俺も混ぜろー! そこの子は誰だー!」
この子も勘が良いのか、僕が分かり易いのか。
ぶしつけな蛮声にやや辟易としながらも、また舟を漕ぐ。当然のように、湖面が揺れた。