ハカイシン
「よぉ、お前、何なの?」
そう、いかにも性質の悪い感じで、俺はそいつに話しかけた。別に理由なんてない。ただ何となくの気分でからんだだけだ。
俺は酔っ払っていた。俺がいたのは安い飲み屋で、ほろ酔い加減ですっかり気分が良くなっていた俺は、いつもよりも随分と気が大きくなっていて、それで、普段なら絶対にしないようなそんな大胆な事をしてしまったんだ。
そいつは飲み屋の隅っこで一人でずっと飲んでいた。偶には見かける顔だったが、何処に住んでいるとか誰も知らない。仲間内で口を利いたことのある奴はいないのじゃないかと思う。そいつには、何というか、普通じゃない雰囲気があった。いつも何故か、工事現場で使うようなでかいハンマーを傍らに置いていて、寡黙に動かず酒を飲んでいる。
多分、誰も話しかけないのは、そんなだったからだと思う。関われば、何か面倒事に巻き込まれそうな気がしていたんだ。
しかし、俺は自ら関わっちまったワケなんだが。
俺の言葉を聞くと、そいつはこんな事を言った。
「オレはハカイシンだ」
ハカイシン?
それを聞いて、俺は笑った。一体、どこがハカイシンだってんだ? それで、
「へぇ、面白いな。で、そのハカイシン様には、一体、何が破壊できるんだ?」
と、そう尋ねた。すると、真顔でそいつはこう答えた。
「世界の全て」
「世界の全てぇ?」
俺はまた笑った。
「もしかして、その横にあるハンマーで壊すってのか? やれるもんなら、やってみてくれないか? 世界の全てが破壊されるのを見てみたいからさ」
そのハンマーで、そいつが暴れ出す危険性もあったが、俺は大して気にせず、そう言っていた。どうせ、逃げ出すだろうと思っていたんだ。しかし、
「分かった」
そう言うと、そいつはおもむろにハンマーを握ったんだ。そしてそれから、ハンマーを思いっきり振り回して……
ガコッ
何かが外れるような音。そう形容するのが一番だと思う。そんな音が鳴り響いた。そして、次の瞬間には、床の上にそいつが突っ伏して倒れていた。
……信じられるかい? 自分で自分の頭に、思いっきりハンマーをぶつけやがったんだよ、こいつは。
頭蓋骨が砕け、血と中身がはみ出ていた。
俺にはそいつの行動の意味が分からなかったが、しばらくして気が付いた。
そいつは嘘は言っていなかった。確かに、そいつは世界の全てを破壊したんだ。何しろ、そいつの世界は、これで全て終わりになったのだから……。