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6-1

 西津森に、また良くない知らせが届いていた。

 隣森の中津森の主が、戦死したというのだ。

 喪に服す間もなく、主の意志を継いだその妻、奥方により新しい将軍も任命されたという。

 久しぶりに戦場から帰ってきたライオルが、消沈した様子で神殿のイーシュの元を訪れていた。いつもの鼻息の荒さがない。

 隣森のこととは割り切れないからだ。

 森は別の統治者がいるとはいえ、命運をともにしていると言ってもいいほど密接なつながりを持っている。血縁のある者たちも多く、互いの連帯感も強い。同胞の東津森を十数年も前に失ってからはましてだった。


「大勢の中津森の民が森を去ったらしいな……戦況の悪いこっちにわざわざ来る奴なんていないが、大陸の北の岬から船に乗ったって……。当然だよな。今、中津森を率いているのは、戦どころか剣も握ったことがないような深窓の奥方様だっていうからな」


 当番で神殿内を拭き回っているイーシュについて回ってはいるが手伝うことはないライオルは、そこらに腰掛けてため息をもらす。


「一人息子がいるはずだが、まだやっと喋りはじめたくらいなんだってな。そんなのじゃあ、戦にはなんの力にもなんねえやなあ……」


 ライオルの語気は、すっかり中津森が窮地に、もしくは陥落寸前とでも言わんばかりの勢いのないものだった。

 無理も無い。

 領土の広さは西津森よりもまだ保ててはいたが、これまで民を率いてきた戦慣れした主を失っては当然の見解ではあった。


「皇国の攻撃は今、大半こっちに向いてるが、中津森も長くないかもな……」


 ライオルがため息をつく斜め上の、長細い窓をひとつ、丁寧に拭き上げたイーシュが脚立を降りてくる。


「あの方なら、きっと中津森の旦那様と同じように民を導いてくださいます」


 いくら俗世を離れ、神職に染まりきっているとはいえ、イーシュにだって戦況の悪さや中津森の状況くらいはわかっている。それでも笑う。それもなにか確信めいたものを匂わせて。

 そんなイーシュをライオルは横目で見た。口を尖らかす。


「そういやイーシュは昔、中津森の奥方様と直接話をしたことがあるんだったっけな。でも、たったそれだけでずいぶん信用してるんだな」

「ええ。でもライオルも会えばわかります。太陽のようなお方ですよ」

「……ふーん。こっちに来てる時、遠目には見たことくらいはあるよ。綺麗なおばはんだったけど、確かになんかすっげー威圧感はあったな」


 イーシュがくすくす笑う。隣森の奥方のこととはいえ、こんな無礼な言い方をする人間はイーシュの周りにはライオルくらいしかいない。

 そのライオルがまだ口を尖らせ、眉をひん曲げ続ける。


「こんなこと言いたくないけど……その奥方が選んだって言う新しい将軍も心配だよな」


 イーシュが首を傾げる。


「心配? どうして……どんな方々なのですか?」

「一人は異民族のさ……十年位前に中津森にやって来たって男でさ。腕っぷしには問題は無いらしいけど、なんでも昔は流れの傭兵だったとか。海の向こうの生まれらしいけど大丈夫なのかな? 裏切ったりしないんだろうかな?」


 あまり交流はないが、遠く北の海には小さな島々があり、こことは別の文化を持った人々が住んでいるという。南の皇国のアンデルア人ほどではないが、大柄で筋肉質、魚や獣を獲り、その毛皮をまとう人々だという。まとまった国というものは無く、部族単位で暮らすと伝え聞く。

 そしてその海のさらに向こうには大陸があるという。そこは北の島々以上に交流が無く、寒さ厳しく、閑散としていて、慣れない人が住むには苦しい場所だという。そのさらに奥地の戦続く国から、その中津森の将軍となった男は来たのだと言う。

 森にひっそりと暮らす森の民の集落には、あまり異民族はいないのだ。だから異民族というだけでも好奇の目で見られる。ライオルの心配も、別にここでは誰かに非難されるような発言ではない。

 ライオルは続ける。


「それにもう一人の将軍もさ……、ああ、そいつは森の民だけど、術士でさ、亡くなった中津森の主の元護衛隊長だったって……。主を護れなかった護衛隊長なんかに将軍が務まるんだろうか? 年は二十二? いや、二十三才って言ったかな? 護衛隊長だったって件もそうだけど、将軍になるには若すぎるって反対も多かったって聞くぜ。なんかえらく顔がいいらしいけど、顔じゃあ戦は勝てないからな」


 ライオルは仮にも幼い頃から将軍に憧れ、目指してきた少年だ。審査の目は厳しい。それでなくても、いわくつきの人間たちだ。評価するはずが無い。

 険しい顔のライオルとは対照的に、話を聞くイーシュは穏やかな微笑を湛えていた。


「あの奥方様が選んだ方々なら、心配には及びませんよ」


 そう言って何事も無かったかのように脚立をずらして、隣の窓を拭き始める。

 毒でも抜かれたように、ライオルは肩の力を落とした。力ないため息を吐く。諦めのていだ。


「ほんと、イーシュはずいぶん、あの奥方を信頼しているんだな。よく知りもしないくせに」

「ええ。でもあんな強い光を魂に湛えたお方はそうそういらっしゃりませんから」


 イーシュの理由は、どうせ目に見えないものが由来なのだと、長年近しくしているライオルにはわかっていたらしい。別段怒りも、驚きもしない。


「ふうん……魂のことはよくわかんねえけど……まあ確かに、『強い』って所には頷ける部分もあるよ。中津森の主が健在だった頃も、政務に口出しすることはなかったけど、その他での奥方様の影響力ははんぱなかったらしいからなあ」


 それにはイーシュも苦笑いを返す。

 感じ取れたものしか知らないが、それは否定できなかったのだろう。


「まあでも、他に立てる奴がいなかったんだろ。仕方ないな。同じ森の民として、中津森の奥方の采配が森のためになることを祈っているよ」


 疲れがたまっていたのだろう。

 そう言ってライオルは壁に深く寄りかかって眠ってしまった。







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