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5-1

 今日も動かぬ亡骸となって帰った兵士たちの合同の葬儀が、神殿では執り行われていた。

 外では冷たい雨が降りしきる。


 十七年前に始まった一方的なアンデルア皇国からの侵略で、西津森の領土は今やかつての三分の一にまで狭められていた。

 皇国が近隣の諸国を攻撃するのは珍しいことではない。国土のほとんどが乾燥した土地で、豊かな土地を奪うように広大な領土を手に入れた国だからだ。

 最初に侵攻を開始したのは現皇帝の弟だったという。

 そして今、その跡を継ぎ侵攻を推し進めているのは、まだ二十歳を少し過ぎたほどの年若い皇帝の息子、第二皇子だという。

 築いた屍の山すら踏みつけていく、そんな荒々しく非情な猛将。戦場で彼に出会った兵士たちは揃ってそう語った。


 雨音は止まない。埋葬は延期された。

 葬儀だけが終わった神殿の広間には埋葬を待つ死者となった英雄たちが静かに横たわっていた。親族が訪れてはそのそばでしゃがみこんで動かなくなった。

 陽が暮れ、集落の窓々に明かりが漏れ始める。神殿の燭台に蝋燭を灯しに回っていたイーシュは、広間のその中に見知った影を見つけた。


「……ライオル?」


 雨に濡れて多少はおとなしくなっていたが、赤茶色の、どんなに整えてもぼさぼさに跳ねてしまう髪はその人に間違いがない。けれどほどよく鍛えられたその体は、いつもよりずっと小さく見えた。肩が小刻みに震えている。


「泣いているの?」


 亡骸たちの隙間を通り抜け、背後から少年の肩に触れると、ようやくいつものつっけんどんな声が聞こえた。


「な、泣いてなんかねえよ!」


 そうは言いつつも顔を上げない。イーシュの心配する声がかかるのは当たり前だ。


「でも……」

「違うと言ったら違うんだよ! これは汗だよ」

「はい……わかりました」


 イーシュは仕方なく、ライオルがすがり付いて泣いていた遺体に目を向ける。

 鎧は無く、包帯を頭に巻いている。腕にも、足にも、胴にも。

 服は泥だらけでぼろぼろ、硬直した蝋のような肌。森の民だということを差し引いてもあまり大柄な男ではない。髪にはまだ色がある。壮年に差し掛かってはいたがまだ青年と言うべき男だった。


「この方は……?」


 ようやく搾り出したイーシュの問いに、さきほどよりは落ち着いたのだろうライオルの声が返ってきた。


「……この人さ、館の門兵だったんだ……」


 イーシュにはそれだけで、わかった。

 聞いたことがある。ライオルがまだ小さかった頃、剣を教えてもらっていた兵がいると。


「……戦続きで兵士が減ってるだろ? だから、門兵を辞めて戦場に出るって言ってたんだ……。俺はやめとけって言ったんだよ……でも、弟子の俺が戦場で戦ってるのに、師匠が前線から離れた館の門の警護なんておかしいだろ? なんて言ってさ……。あんまり腕の立つ人じゃなかったのは俺も知ってたんだ……。でも……優しい人だった……。兄貴なんていないけど、兄貴ってこんな感じなのかなって……大好きだった……」


 ベルンを紹介してくれたという門兵だ。

 その後も、きっと交流は絶えず、ずっと可愛がってもらっていたのに違いない。ライオルの掠れた声はそんなことを想像させた。

 座り込み、拳を硬くして緩めないライオルの隣に、イーシュはすっと静かに膝をついた。そして手を組み、祈る。

 広間に満ちるすすり泣きの隙間に、外の雨音が染み込んでくる。

 手を解いたイーシュにライオルが見せたのは、きつく寄せた眉の下にこみ上げた微かな笑みだった。


「ありがとうイーシュ。きっとこの人……兄貴も喜んでるよ」


 いつもならもう少し多弁なライオルが、それ以上話をしようとせずにその場を立ち上がり、静かに去っていく。心に負ったものの深さをイーシュに垣間見せながら。


「ライオル……」


 こんな時かける言葉を人は知らない。

 イーシュも暗く冷たい空の下へ、濡れに出て行くライオルを見送ることしかできなかった。






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