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4-3

「あの時の精霊祭……俺も覚えているよ。すばらしい舞だった」


 自分の中の記憶を語ったイーシュに、ベルンは心の中にまざまざと過去を蘇らせることができたらしい。あの時、舞を終えたイーシュが覗き見た人々の顔のように、ベルンの表情は恍惚に包まれていた。

 

「ありがとうございます。……でも、あの時の舞は、今考えればまだまだ……お恥ずかしい限りです」

「この森でも精霊祭の巫女に選ばれたんだって聞いてるぜ。そりゃあ素晴らしい舞を披露したんだってな」


 イーシュは心底謙遜して、慌てて小さく首を振った。

 だがベルンは視界に入れてすらいない。


「俺も見たかったぜ……あの時、脚さえうごいてくれりゃあな」

「森さえ平穏なら、いつでも精霊祭は行われます。来年は見られますよ。その時は私ではない巫女が舞うでしょうけれど」

「なに言ってんだよ。来年もあんただよ。この森でも数多くの男どもを魅了したって奥方様の話じゃないか。それが証拠だ」

「魅了なんて……ただ西津森式の舞が珍しかっただけですよ。それに精霊舞の本質は人を魅了するかどうかではありませんし」

「ああ、そうだったな。あんたの話を聞いて驚いていたのももう忘れてしまっていた」


 イーシュが困ったような優しい微笑でベルンを見つめる。

 その微笑みはおよそ十代の娘とは思えないほどの慈愛を含んだものだった。

 どこか女神像でも前にした時のような気恥ずかしさを匂わせて、ベルンは顔を背ける。


「それに西津森の旦那様か……。ライオルから話は聞いていたんだ。っていうか俺から無理矢理聞いたんだ。その剣どうしたんだ? ってな」

「あんまり上等なものですからね」

「そうだ。盗みをする奴ではないとは信じてはいたが……盗んだって聞いた方が驚かなかっただろうな。本当にあの時はびっくりした」

「ええ……ライオルはあの時、ただのいち小隊の副隊長でしかありませんでしたからね」

「ああ……でも、理由はあとになってわかったよ。あの、西津森最後の日にな……」


 イーシュの顔に暗さがかかる。

 ベルンは早まったというように渋く顔を濁らせた。


「……まあ、その話はまたあとで出てくるだろうからな。今はよしておこう」


 ベルンは深いため息をつき、目を閉じた。

 小鳥が窓の外でさえずる。庭にいるらしい婦人方のおしゃべりがいつのまにか消えていた。


「ところで、話の最後でライオルが将軍になって森を、みんなを守りたいって言ったあと、あいつ、変な顔してなかったか?」

「変な? ……ああ、まあ、そうですね、変というか……何か言いたいことがあるようなむずがゆいような顔をしていましたけれど……どうしてご存知なんですか? なにか後日ベルン様に言っていましたか?」

「いや。聞いてない。ただ、今なんとなくそう思ったんだ」


 口元に指を引き寄せ、イーシュが首を傾げる。


「そうですか……やはりなにか言いたかったんでしょうか……。あまり気にしてなかったのですが……」

「いや、別に今さら気にすることじゃない。答えは十分、今はあんたもわかってるだろうからな」

「え? わからないのですが……」

「そんなことはない。気づいてなくても、ライオルのことを話し終えた頃にはわかるよ。大事な部分はちゃんと。ってか、ほんと、今でもわかってるはずだぜ?」

「そうでしょうか……」


 ベルンが少しだけ笑ったようだった。まるで子供を見るような目で。


「まあ、いい、話を続けてくれ……そうだな、その次の年にはなにがあったっけかな……ああ、……皇国の攻撃が目に見えて激化し始めた年だったな」


 イーシュが心持ちうなだれた。

 なぜだか分かったベルンが、にわかに慌て始める。弾みで腰を椅子から半分浮いた。


「いや、あんたの精霊舞が精霊を呼び寄せられなかったってことじゃない。あんたが務めた年はどれも豊作で病もはやらなかった。ただ人間どうしの戦争には、精霊や目に見えないなんやかんやが関与できるモンじゃねえ。そうだろ? 学も信仰心もろくにない俺にだって分かってるよ。みんなだって分かってるよ」


 さっきの言葉は、イーシュの精霊舞を責める言葉にも取れるのだとベルンは気づいたのだ。精霊舞は森に幸をもたらす為の儀式だからだ。

 それを聞いて、イーシュはほっとした顔をするどころかますます哀しそうにうつむいた。ベルンが舞を責めるはずが無いことくらい、イーシュにはわかっていたらしい。


「……神官様、御霊入れ様などと呼んでくださっていますが、こういう時、私たちはなんて無力な存在なのでしょうね……」


 ベルンがここぞとばかりに具足のついた硬い足を床にどんと打ち鳴らした。


「得手不得手、ってもんがある。安心しろ。こんな時のための俺たち、兵士だ」


 イーシュがはきっと、この世に憎しみや争いがあること、それに対して慈愛をとく神官が何の役にも立たないことを言いたかったのに違いないのだが、ベルンはそれには気がつかなかったようだ。

 しかし、それ以上を語っても答えの無い問いだ。イーシュが一番よくそれを知っていた。さりげなく、話題を流した。


「思えば、この精霊祭の年が最後だったかもしれませんね……」


 足りないイーシュの言葉だったが、ベルンは神妙な面持ちで頷く


「そうだな……まだあの時は、わずかでも穏やかな時間が残されていた……」


 ベルンの言葉に導かれるようにして、イーシュは再び過去を語り始めた。





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