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3-2

◇ 

「きっとライオルは、『ありがとう』って言ったんだと思うぜ?」


 イーシュの部屋で、その主と向かい合って座るベルンが、幼い日の思い出を聞いてほほえましく笑う。イーシュも頷いた。今だからわかるのだろう。

 風がカーテンを揺らす。日暮れの心地よい風が部屋に入ってくる。


「しかし……見えねえものが見えるって、はた聞きにはかっこいいもんだが、いざとなるとなんだか大変だな」


 頬を撫でたこの風にも何か見えないものが含まれているのではと思案するようなベルンの顔つきだ。

 イーシュはまだライオルの剣を大事そうに握り締めていた。


「ええ、でも今は平気ですよ。よほどのことが無い限り。防護の方法も覚えましたから」


 その微笑みは修行を重ねた自信の賜物だろう。ベルンは再びため息をこぼす。今度は感嘆でだ。


「しかし、それでも戦場とか行ったらやばそうだな。そうとう死んでるからな。いろんなのがうようよいそうだ」


 南のアンデルア皇国との戦いが始まってからすでに二十年以上が経つ。幾度も刃を合わせた戦場も数多い。兵士の間では真偽不明の噂話が横行している。

 その話題に、イーシュはまるで他人事のように微笑んだ。神職にある自分が戦場に赴くなど、何が起ころうと絶対にありえない、という顔だ。


「ええ。そうとう気を張っていかないといけないでしょうね」

「……ああ、なるほど。だから神官の規則では戦場に入るのを禁止しているのか。ああ、それに精霊祭前には清めとかいって引き篭もるのか」

「ええ、そうです。よくご存知ですね」


 静かな時間が流れた。

 表の、おそらく婦人方のおしゃべりはますます勢いを増していく。なにやら何かの準備をすすめているらしい物音も増えてきた。

 そんな現実的な雑音は、在りし日、同じように幸福だった西津森のことを、今話している故人のことを、余計に二人に思い出させた。

 ベルンはまぶたを伏せ、懐かしそうに何度か小さく頷く。


「あいつ、根はホントいい奴だったよ。……根だぞ、根。孤児だったがすれてないっていうか。見た目は生意気極まりなかったがな。とにかく、いつもうっとおしいくらい元気でよ」


 笑うだけでイーシュは否定しない。ベルンはそんな少女を意味ありげに横目で見る。


「実はライオルからその話はうっすら聞いててさ……傍にいてやらなきゃいけない子がいるって。やっぱりあんたのことだったんだな。まあそうだとは思ってたけどな」

「どうしてですか?」


 神職にいる人間ということを差し引いても、疎すぎる少女は元々丸い目をもっと丸く大きくする。

 その仕草はベルンを苦笑させるのに十分だった。


「どうしてって……あんたといる時のあいつの様子を見てたら、嫌でもわかるよ」

「私、見た目に分かるほど、そんなにライオルに頼っていたんでしょうか……」

 

 イーシュの思考はあさっての方向に進む。よくあることだが。

 ベルンはますますほほえましい苦笑いを深くする。


「違うって……あんたじゃなくて、ライオルの方。態度がさ……。あんたって、人の素の部分をむき出しにするからな」


 ますますわからない、という顔をイーシュは返した。その反応が予想通りだったのだろう。ベルンはついに「くっく」という笑い声を漏らした。


「……いや、まあいいさ。しかし、その話が出てくるってことはあんたがそろそろ精霊祭の巫女になった頃だな」

「ええ。その次の年でした」

「ライオルとは関係ないが、よかったら精霊祭の時のことを聞かせてくれよ。後学のためにもさ」


 困ったようにベルンを見つめ返しているばかりで、イーシュはなかなか口を開かない。ベルンは自分の頭を指でさすった。


「ああ、もしかして神官機関では緘口令がひかれてんのか? 閉鎖的な……いや神秘主義的な機関だからな」

「あ……いえ、違うんです。特に……面白みがある話でもないと思いましたから。宗教的な話、と感じられるでしょうから……」

「いや、そういうのが聞きたいんだ」

「そうですか……? ではお話させていただきますね。ああ、それからあのことも。ライオルがすでにお話ししていることとは思いますが……」


 ベルンの言葉に押されてイーシュは初めて御霊入れを務めた精霊祭の夜のことを語り始めた。




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