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終 神様帰来の少年

 




「こーま君、デート行こうよデート!」

 まるで昨日の出来事が夢だったかのように、無邪気な少女は元気よく楽しそうに言った。

「無理。俺は体が痛い。痛すぎる。んなもん行ったらひゃくぱー死ぬ」

 ベッドの上で布団を頭まですっぽりと被ったまま降真は返す。

 昨日の出来事が夢などではないと認識させてくれるのは、その全身を襲う恐ろしい程の筋肉痛。

 まったくもって、今日が土曜日で本当によかったと降真は思った。

 こうして昼過ぎまで寝ていられるのだから。

「ぶー! こーま君のうそつき!」

 と、膨れるフロートに、いや、嘘はついてないんですけどね。と、いつもの降真ならそこで突っ込みを入れるところだが、あいにくそれすらも億劫だった。

 それよりも、元気な少女には気がかりな点がある。

 そちらの方が体の痛みよりも降真を悩ませていた。

 だがしかし、今日はもう考えても仕方がない。このまま一日ごろごろして過ごそう。そう決めた時。

 ぴーんぽーん、という軽快なチャイムの音が家の中に響く。

 母親はパート、父親は出社、祖父母は近所のゲートボール大会、妹は友達と映画館、とそれぞれ出払ってしまった為、家の中には降真とフロートしかいない。

 そして降真は体が痛い。

 なので、誰だかわからないがこんな時に訪ねてくるなよ、と布団の中でぶつぶつ言いながら一向にその場から動こうとはしなかった。

 しかし。

「はぁい。今でまーす」

 と元気な声で、フロートが降真の部屋を飛び出してしまった。

 途端に部屋は静まりかえった。

 まぁいいか、と思い降真は再び布団の中で眠りにつこうとしていると、

「ちぃーっす。って、おいおい! まだ寝てんのかよ降真!」

「お邪魔しまーす。神薙くーん、もうお昼ですよー」

 騒々しく、部屋の静寂は破られてしまう。

「そうなの。さっきから私が出かけようって言ってるのにちっとも返事してくれないの」

 フロートは不満げに言う。

 一体何がどうなってるのかさっぱりわけがわからない。誰か俺に説明を願います。降真は布団の中で震えながらそう思った。

 いや、ついに思うだけに留まらず、ようやく布団をはいで怒鳴る。

「だぁああああ! もう何がどうなってんだ! なんでお前らが来てるんだ!」

 それをきょとんと見つめる三人の瞳。

 そして勢いよく布団をはぎ、上半身を起こしたせいで、

「ぐぁああああああ! いてぇええええええええ!」

 と叫びつつ、再びボフン、とベッドに横たわった。

 呆気に取られつつも、フロートは降真へと近づく。

「こ、こーま君、だいじょぶ?」

「だ、だいじょばない。すんごく痛い……」

 降真は体をびくびくと痙攣させながら、悶えていた。

「……はぁ、これじゃあほんとに出掛けるのは無理そうだね」

 その様子を見つつ、古親つとむと富山散華は手に持っていたコンビニの袋から、ジュースやらお菓子やらをテーブルの上へと広げる。

「本当にフロートさんの言う通りだったな。ほれ降真。コレ買ってきたから後で飲んどけ」

 古親つとむはそう言いながら、滋養強壮剤系のドリンク瓶を降真へと見せ付けテーブルの上へと置いた。

「私はシップとか持ってきたよ。あとねぇ、じゃーん! ピッポエレキばん! これで筋肉痛なんてすぐ直っちゃうよ!」

 富山散華も古親つとむ同様、そう言うと、それらをテーブルの上へと置いた。

「な、なんだぁお前ら。知ってたのかよ?」

 降真はその様子を不思議そうに見つめる。

 そしてその問いに答えたのは富山散華だった。

「うん。さっきね、フロートさんから電話あったの。神薙君が筋肉痛で動けないから遊びに来てって」

 それに頷きながら、今度は古親つとむが座布団の上に座りつつ答えた。

「俺はそのついで。たまたま富山さんの傍にいたからくっついてきただけ」

 そしてフロートも続ける。

「私、お金持ってないし、どう看病したらいいかとか全然わかんなかったから、不安だったの」

 という事らしい。

 しかし、だったらなぜ先ほどから出掛けよう出掛けようとしつこかったのか。

「だって、こーま君が本当に動けない程筋肉痛なのかどうか、わかんなかったんだもん」

 そう質問する前に、フロートは勝手に答えた。

「……まぁとりあえず礼を言っとく。サンキュウ二人とも」

 と降真が言った時にはすでに古親つとむも富山散華も、話をまるで聞いていなかった。

 それどころか古親つとむは勝手に部屋の中をあさっていた。

「えーと、たしかこの辺に……。ぉおあったあった! 富山さん、フロートさん、これやろうぜ! これ、皆でやると面白いのよ!」

「……渡る世間は鬼人生? 何このヘンな名前のゲーム」

「私、ゲームとかやったことないから全然わかんないよ?」

「だいじょーぶ! すっげー簡単な人生ゲームみたいなもん! それに俺が説明すっから!」

 三人はいつの間にやらそのゲームの話にのめりこみ、降真は完全に放置されていた。

「あ、そうだ! ゲームを始める前にフロートさん、下からコップ持ってきてくんね? 台所の棚右上に客人用のガラスコップがあるから、それを四つな! それとなんか適当なお皿。俺達が持ってきたお菓子を広げたいからさ」

「はぁい」

「あ、フロートさん一人じゃ大変だろうから、富山さんも手伝ってやってくれるか? 俺、その間にゲームの準備しとくからさ!」

「うん、わかった」

 古親つとむに命じられ、フロートと富山散華は言われるがままコップを取りに階下へと降りていった。

「ここは俺の家だぞ……」

 降真は呆れるように言う。

「まぁまぁ。かてーこと言うなっつの! それより……」

 古親つとむは、女性陣の気配がない事を確認しきると、急に真面目な表情で小さく降真に問いだす。

「……お前、ほんとは屋上で何してたんだ?」

「え?」

「まさか、マジでフロートさんと、い、いか、いかがわしい事をしてたのかっ?」

 古親つとむの表情が、徐々に下卑ていくのがわかった。

「はぁああああああああああああああ!?」

 再び降真はベッドから上半身だけを起こし叫ぶ。

「ぐぁぁあああああああああああああ!」

 そしてまた、痛みでベッドへと倒れこんだ。

「今は男同士、その辺の話をきっちりと話そうじゃないか、降真君!」

 降真は全身の痛みと、この弁解にどうすべきかで頭がいっぱいになっていった。





 昨日の夜、屋上でのあれから。

 本格的に降り始めた雨に、体を冷やしては不味いと思った降真は、フロートを担ぎその場を去ろうとしていた。

 フロートはすでに危機状態を乗り越え、今はただ眠っているだけだとヘンタイは言っていた。それにしても、この雨にいつまでも打たせておくのはしのびない。

 ひとまずフロートを校舎の中へと運び、次にいまだ屋上の片隅で意識を失っている富山散華のもとへと歩み寄る。

「……ぐっ! こ、こいつも結構重いな」

 疲弊しきっている体にムチ打ちながら、降真は富山散華も校舎内へと運ぶ。

 富山散華に関しては、ヘンタイがただ眠らせただけだと言っていた。

 ヘンタイは、降真を始末すべく、夕方楼栄高校屋上その上空より『人払い』法によるフィールドを展開させた。しかし、なぜか先日に引き続き富山散華はその影響による効果を受け付けず、屋上で古親つとむを待ち続けていた。

 騒ぎになるのを怖れたヘンタイは、仕方なく『マテル』技法による催眠効果(フロートが初めて神薙家へ訪れた時に使用した技法と同様のもの)を試み、かろうじてそれは成功した。

 しかしこのあと、戦場になると予想されるここで、彼女を巻き込むまいとせめて屋上の端へと運んであげたのだという。

「ふぅ……」

 人気のない、夜の校舎内に二人を運び込むと、降真はその場でがくん、と膝を落とした。

「あ、れ?」

 そして床へと倒れこむ。

「や、べぇ。体が……」

 動かない。

 痛みこそ、さほど感じていなかったが、酷使しすぎた体はすでに限界寸前だった。

 そして襲い来る、猛烈な眠気。

「く……そ」

 そこで降真の意識は一旦途切れる。

 次に目を覚ました時は、自宅のベッドだった。

 ハッと体を起こし時計を見ると、まだ時刻はさほど経過しておらず、夜の九時にさしかかろうかというところ。

「こーま君!」

 目覚めた降真に気づいたフロートがその名を呼ぶ。

「フロート、気がついてたのか? ってか、一体どうなって……」

 フロートは泣きそうな表情で、ベッドの上の降真へと抱きつく。

「よかった! よかったぁ……私、こーま君が死んじゃったのかと思って……」

 嗚咽を漏らしつつ、フロートは降真の名を呼び、よかったとそれだけを繰り返す。

 しばらくして、少し落ち着きを取り戻したフロートに状況を聞くと、なんでも校舎内で目が覚めたフロートは、目の前で倒れる降真を見て驚いたが、そのままにしておくわけもなく、降真の家へと彼を運んだのだという。

「富山は? あいつも居ただろ?」

 しかしフロートは首を横に振った。

 倒れていたのは降真だけで、すでに富山散華の姿はなかったのだという。

 それが気に掛かった降真は、急ぎ携帯電話を取り富山散華に電話した。

 かなりコールしたのち、富山散華は電話を取った。

「や、やぁ神薙クン。ど、どうしたの?」

 ひどく動揺しているのを悟った降真が、その理由を知るのは翌日の事。

 とにかく話を聞いたところ、富山散華はフロートが目覚める前に気がつき、そして自分で帰ったのだという。

 ひとまず富山散華の安否も確認でき、降真はホっと胸を撫で下ろしていた。

 自分も、フロートも無事。

 なにもかもがうまくいった、そう降真は勘違いしていた。

 ベッドの横でちょこんと可愛く正座し、心配そうに降真を見つめるフロートの頭をぽん、と優しく撫でる。

「ったく。お前のおかげで色んな目にあったぜ」

 フロートは少し不思議そうな顔で、

「何が……あったの?」

 と尋ねる。

 降真はやれやれ、と若干呆れつつもゆっくりと経緯を説明しようとした。

 フロートが倒れてから、自分に起こった事、ヘンタイの事、そしてフロートは利用されているかもしれない事。

 降真は全てを一気に、語りきった。

 それによってフロートがどう反応を見せるかが気にはなる。

 しかしどんな結論を出そうと、降真はすでに心に決めていた。

 フロートの力になってやろうという揺らぐ事のない決意。

 それは何も『ガイア』の為に動こうというのではない。あくまで彼女の手助けをしてあげたいと思ったのだ。

 しかし、彼女の反応は降真が予想していたどれとも適合する事のない、まったくもってずれた反応だった。

「えっと……ね、こーま君」

「なんだ?」

「ご、ごめんね? 怒らないでね? 『マテル』とかヘンタイとか……なんの話?」

「な、に?」

 フロートは申し訳なさそうに、おずおずと話しだす。

「あ、あの、ね。わ、私もそういうファンタジー系のお話、好きだけど、こーま君のその話ってなんか……ゲームとか、アニメとかじゃなくて、ほんとの話、なんだよね?」

 降真は頭がどうにかなりそうだった。

 目の前の少女の、言っている意味がさっぱりわからなかった。

 唖然としたまま、フロートを見据える。

「あ、お、怒らないでね! こーま君をバカにしてるわけじゃないから! ただ、その、なんかそのお話、よく意味がわかんなくって……」

「フ、フロート……」

「たしかに私、ちょっと向こうでの生活が長かったから、こっちの文化にまだ馴染めてないかもしれないけど、それでもこーま君のお話にはなんていうか、ついていけないっていうか……」

 降真は愕然とした。

 少女は、記憶を失っている。

 そうとしか思えない、その反応。

「フロート……。お前、屋上で何があったか、覚えてないのか?」

「えっと……うん……。気づいたらこーま君が倒れてた」

 幸か不幸か、フロートは本当に何もかもを忘れてしまっていた。

 いや、正確には改ざんされてしまっていた。

 それから降真が一方的に質問を繰り返した所、フロートの記憶は都合良く全てを改ざんしていた。

 フロートは、ネットで知り合った神薙降真という少年と仲良くなり、次第に恋心を抱くようになる。そしてついに想いは行動に移され、数日前にこの神薙家へとホームステイする運びとなった。普通の、ただの、高校生として。

 追求し、降真はフロート自身の生まれや育ちを尋ねた所、それについてもフロートは饒舌に、

「アメリカ、ガイアって名前の小さな村。両親は早くに他界しちゃったから、親戚の叔父さん夫婦にお世話になってた」

 と、答えた。

 更に降真は空を舞う事についても尋ねてみる。

「え? 空は飛べるよ? 私もちゃんと小さい時に『グラビティレジスト』を投与したからね」

 完全に、この地球の環境に合わせて、その記憶は改ざんされきっていた。

 この現象が何を意味しているのか、降真にはよくわからなかった。

 しかし、逆にこれはこれでよかったのかもしれないと思う。

 真実を知れば、フロートは今まで信じてきたはずの上司や仲間達を疑って生きなければならないのだから。それに、降真と過ごしたこの数日間の事は忘れていなかったのだから。

「それが……こーま君がさっき話した内容と何か関係があるの?」

 神様は、まったくもって、不可思議な事をする。そう一瞬思ったが、その思考を取り消した。

 今日、決めたばかりだ。自分が神なのだと。

 だったら、この運命は自分がフロートに与えた事象なのだ。

 ならば、と思い降真は自分も改ざんしてしまおうと考えた。

「……いや」

 降真は曇っていた表情を両手で頬を叩いて吹き飛ばし、やわらかく笑って言った。

「まだまだだな、フロート」

 それにフロートは困惑する。

「え?」

「お前はまだこっちの文化をなんもわかっちゃいない! いついかなる時も、俺達は夢と希望とファンタジーに満ちあふれているのだ!」

「えー! なにそれ? さっきはあんな大真面目な表情だった癖に……」

「くくく、騙されおったな、小娘! そんなんではこちらの文化で通用せぬぞ!」

「ぶぅ!」

 と、膨れる無垢の少女に、降真は思わず涙が溢れそうになった。

 彼女の記憶は改ざんされている。

 それはつまり、彼女が今まで培ってきた全てを否定されている事と同意義。

 降真と共に過ごしたこの短い期間だけの、薄っぺらな少女。

 しかし降真は先を見据えていた。

 だから、悲しくなった。

 現実はきっと、彼女に合わせてはくれない。しかしそれでも。

「どうしたの? こーま君?」

 降真は頭を布団へと伏せ、その顔を悟られぬようにし、この少女を守ってあげようと誓った。





「俺が屋上に駆けつけたのは夜になり始めた頃。なぜかはわかんねぇけど、お前と屋上で待ち合わせをしていた事をその頃にようやく思い出したんだ」

 古親つとむは言った。

 もしかしたらヘンタイが死んでしまった事で、ヘンタイの作り上げた『人払い』法によって影響を受けた者の運命を押し戻したのかもしれない。と、降真は思った。

「んで、お前の携帯に何回かけても繋がらないから、急いで学校へ戻って屋上へ向かってたら、途中でばったりと富山さんに出くわしたんだよ。そこで富山さんから聞いたんだ、なんもかんも、な」

 いやーな、予感がする。

「お、屋上で、お前とフロートさんが、な、仲良く眠ってるって!」

 降真は頭を抱えて大げさにハァっと溜め息をつきたかったが、体が痛かったので溜め息だけついた。

 しかしこの話の方向性を変える、妙案が浮かぶ。

「で、ツトム。お前さんは富山と付き合う事になったのか?」

 今度は逆に古親つとむが面食らったような表情になる。

「な、なぜわかった!? まだお前には言ってなかったのに……」

「だから今日も二人で来たんだろうなと思ったよ」

 ということは、そのばったり出くわした富山は見事告白に成功したという事だ。

 昨日電話した時の富山散華の狼狽ぶりは、降真達の事と、古親つとむの事とで頭がいっぱいだった為だろうと思われる。

「俺達は天体観測してただけだよ」

 そのうち雨が降り出した為、校舎内に非難したのち、話し込んでいつの間にか眠ってしまった、と降真は昨日の夜、フロートにも告げた内容と同様の適当な嘘でごまかした。

「で、降真。お前、なんか俺に用があるんじゃなかったのか?」

 たしかにそういう名目で古親つとむを呼び出していた事を思い出す。

「ん、あ、そうだっけ? わりぃ忘れちまった」

 と、降真がとぼけたところで、ようやく階下より女性陣が戻ってくる。

 フロートと富山散華は楽しそうに、コップと皿をテーブルへと置き、まるで何かのパーティでも開くかのような盛り上がりを見せる。

「はい、こーま君!」

 グラスいっぱいに注がれたコーラを降真へとかいがいしく手渡すフロートを見て、富山散華と古親つとむがものすごくニヤニヤしていたが、もう無視した。

「おう、さんきゅう」

 今度はゆっくりと上半身を起こし、体の痛みを堪えながらそれを受け取る。

 フロートは満面の笑みだった。

 そんな彼女を見ていると、心が少し痛む。

 彼女は本当に、なにもかも忘れてしまったのだろうか、と疑問に思いつつもやはり真実を伝える気にはなれなかった。





 それから数日の日々が、何事もなく過ぎ去っていった。

 フロートは、学校生活でも、神薙家の生活でも、特に不自由もなく今まで通り平穏に過ごしている。

 降真があの屋上での一件以来、『マテル』を操る技法が一切出来ない事に気がついたのはつい先日の事。あの時の感覚を思い出し、同じ様に『マテル』を操ろうとしても、何も出来ない。何も感じられなくなっていた。つまり、再び空を舞えない少年に戻ってしまっていた。

 どういう理由かはわからないが、そのおかげで一人の少女を救うことが出来たと思えば安いものだと思っていた。それに別段その事で不自由する事などなかった。今まで通りの生活スタイルに戻ったというだけなのだから。

 そしてフロートに至っては、この世界の環境に合わせているのか、地球の人間達同様、十メートル以上の浮遊はしないし、その他『マテル』を操り何かをするような素振りも見せる事もなかった。降真が試しにそれ以上空高く飛べないのかと聞いてみても、無理だよとしか答えなかった。

 そんなフロートとの共同生活も次第に慣れ、降真はこのままずっとこの状況が続くのも悪くないなと思い始めていた。そしていまだ、フロートの記憶は戻らず、何事もなく平穏な日々は過ぎ去っていった。ささやかな幸せと共に。

「こーま君? どしたの?」

 朝。

 自力で空を舞う事が結局出来ない降真だったが、幸い今はフロートがいる。

 フロートと共に学校へ向かうのに、彼女の浮遊のおかげ五分と掛からない為、だいぶ朝がのんびり出来る。

 そんな彼女は無邪気な表情で降真の顔を覗き込んだ。

「な、なんでもねーよ」

 降真は少女の事を、妙に意識し始めていた。

 周囲が囃し立てるのも加えて、フロートの事を過敏に考えてしまう。

 彼女の記憶はいまだ、戻る気配を見せない。

 降真は結局空を舞えない少年に戻った。

 けど。

「変なの? なんで顔背けるの?」

 この少女は自分とは生きる世界が違う。

 いつまでもこのかりそめな生活が続くなんて事はありえない。そう思うと、少しだけ寂しく感じる。

 こんな偽りの少女を騙したままで、降真の気が治まるわけもない。

 だから降真は誓った。いつの日か、この少女に真実を伝え、そして彼女の故郷に帰す術を探そうと。

「お前って、ほんと、変なヤツ」

「えええええええええええ? なんで? なにが!?」

 なぜか、無邪気な彼女を見ると憎まれ口を叩きたくなる衝動に駆られ、思わず心にもない事を言ってしまう。

 そして、また、その反応に楽しんでいる自分がいる事も、降真にはわかっていた。





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