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四 神様よろしく少年





 息を切らし、降真はその場に佇んでいた。

 衝撃風によって雲すらも吹き飛ばした、赤みがかった夕空を呆然として見上げ。

「……どうして外した?」

 仰向けに倒れたまま、ヘンタイは尋ねる。

「……あんたを殺したってフロートが生き返るわけじゃねぇ」

 ヘンタイが死を覚悟した瞬間、降真は衝撃風の射出する方向を天へと向けた。

 まるで、神を討つかのように、大空へと向けて衝撃風を放ったのだ。

「それに、あのままあんたの方に衝撃風を放ったら、他のやつらも巻き添えにしちまうだろが」

 屋上の片隅には、まだ富山散華が気を失ったままうな垂れている。

 加えて校舎内に、もう人がいないとは限らない。

「我輩にとどめを刺さなくて良いのか?」

 ヘンタイも同じく、赤みがかった上空を大の字に体を広げ見上げたまま言った。

「あんたがまだ戦うってんなら、応戦はするさ」

 降真は依然、空を見上げたまま言った。

 しかしすでに、両者とも戦闘意欲がない事をお互いにわかりきっていた。

「……我輩達『バランサー』はこの星の人間だ」

 そんな降真に対してか否か、ヘンタイはゆっくりと語りだす。

「その使命はこの地球を『ガイア』の二の舞にせぬよう、覚醒すると思われる生成者を見つけ出し抹殺する事だ。大概の覚醒者は自身のその膨大な力に最初は恐れ戸惑うが、人間とは貪欲な生き物だ。放っておくと、その力に溺れやがては膨大な『マテル』を自分の意のままに操り、自己の満足を得る為だけに使う」

 降真はその言葉に黙ったまま耳を傾ける。

「結果、今の『ガイア』は猛烈な『マテル』不足になってしまった。この、かつての地球のようにな」

 かつて、地球が今の文明にまで栄える何千年も前の昔。

 現代よりももっとはるかに高度な文明にまで発展、発達した地球の民は、現在の『ガイア』同様『マテル』による高度な技術、技法を持っていたという。

 そして、いつの日か『マテル』を奪い合う大規模な戦争へと発展していった。

 戦争では各々『マテル』を駆使した争いが行われたが、中でも覚醒者だけは別格の強さを誇っていた。

 いつしか、覚醒者だけが共闘を組んだ少数の組織、『バランサー』は世界を統べるほどにまで大きく、強くなっていった。

 長い長い戦いの末、戦争は大勢の屍を傷跡とし、覚醒者達を王とする事で終結する。

 しかしその頃にはすでに、世界を包む『マテル』は、酷使しすぎた為と生成者達の死によりそのほとんどが失われてしまっていた。

 加えて大規模な戦争で疲弊しきっていた大地はどんどんとやせ衰え、次第に世界は崩壊への道のりを歩むまでになってしまった。

 それに気づいた『バランサー』の面々は自身の持てる『マテル』を利用して全員が集結、協力し、次の世代へ自分達の住む場所を移ろうと考える。

 いつの日か、この地球の人類が滅びた後、再び文明が発達し世界が美しいまま、『マテル』に満ち溢れるであろうその時代へ。

「大量の『マテル』を駆使し時空間移動を行った。それこそが先ほどユーも使用したタイムアウト(覇者の刻)という大いなる技法。本来ならば、一人で技法を行う事などありえん程に高度な技法だ。この技法を我輩達『バランサー』全員で行い、長い長い時を異空間で過ごした。正確には我輩達の時間にして数十年程度だが、地球はその間に何千年もの時を進めていたというわけだ。そしてこの時代で我輩達のタイムアウト(覇者の刻)は解けた」

 ヘンタイ達『バランサー』は驚喜した。

 まさしく彼らの望んだ通りの時代に飛ぶ事が出来たのだから。

 しかし時代というのは人間に対し、残酷に出来ていた。

 彼ら『バランサー』に、活動時間の制限という条件を付け加えさせていたのだ。

「我輩達は基本、昼間の活動は出来ない。この世界の太陽による放射線が我輩達の体に悪影響を与え、肉体を壊死させるのだ」

 その為、彼らは基本日光の差さない状況下での行動を主とする。

「我輩も基本は夜に動く。しかしユーのような危険因子を放置したままに出来ないと判断した時のみ、『マテル』技法で体を守る膜を張って行動するのだ」

 しかしそれには膨大な『マテル』を消費し続けてしまう。よって長時間の活動は不可能であった。

 それでも彼ら『バランサー』はこの『マテル』に満ちた、大平の世界を好み守ろうと方針を決めた。

 それが、覚醒者の抹殺。

 同じ過ちを起こさぬよう、この時代の覚醒者達を全て滅ぼそうという考えに至った。

「もちろん全ての生成者を消してしまうわけではない。覚醒の可能性がある生成者だけだがな」

 そう、彼らが生成者を狙い始めるのは、予兆を受けてから。

 その予兆こそが、バックファイアである。

「バックファイアは二つの段階を踏む。まず第一の段階で急激に周辺の『マテル』を吸い込む。しかし、その後は再びまた『マテル』を生成し、放出する。この段階で止まってしまう生成者も当然いる。そうならば無害ではある。しかし第二段階のバックファイアを引き起こした場合、それはもはや覚醒までのカウントダウンと言える。ボーイの場合、この前のバックファイアがすでに二段階目だったのだ」

 そこで降真は一週間以上前の、古親つとむの言葉を思い出す。

 ――最近ここらで不慮の落下事故が多発しているから。

「我輩はちょうど数週間前、ここ雨季輪町のあるポイントで妙に『マテル』濃度の低い場所を見つけた。それを調べた結果、ボーイ。ユーがすでに第一段階のバックファイアを引き起こしていた事を悟ったのだ」

 ヘンタイ達は無差別に生成者を殺すわけではなく、第一段階を迎えてしまった生成者に狙いを絞り、殺しに掛かる。

「フロートちゃんはその事を知らなかったのだろう」

 降真にもそれはわかった。

 もし降真が第一段階の予兆を迎えていた事を知っていたならば、降真を拉致しようとは思わないはずだからだ。

「第一段階後の生成者は、普通の生成者となんら変わりはないからな」

 降真はただ黙って空を睨んだ。

 そして思った。

 なんという不運なんだろう、と。

 せめて自分が第二段階のバックファイアまで進んでいたならば、フロートも自分を拉致しようとは思わなかった。

 こんな結末にならなかったのにと。

「……でもフロートは、死んじまった」

 空を仰いでいた降真はそっと、倒れている少女の方へと向き直る。

 フロートは制服を血に染めたまま、動く気配はやはりなかった。

「……ボーイ。人は死ぬと体内に留め貯めておいた『マテル』が徐々にあふれ、大気に返って行くのを知っているか?」

 ヘンタイは尚も仰向けのまま、虚空を見つめて言った。

「なにを……?」

「今のユーならばその感触を、瞳を通じ、確認できるはずだ。フロートちゃんの体から『マテル』は溢れているか?」

 降真は思わずフロートのもとへと駆け寄る。

 相変わらずフロートは動く気配を見せないものの、ヘンタイの言う通りの現象は起きていないように見られた。

「い、いや、なんもなってない!」

 微かな希望を感じる。

「ならばまだ絶命しておらん。ボーイ、我輩を起こしてくれるか?」

「なんだと?」

「ユーのダメージで、満足に動けん。我輩を起こしてフロートちゃんの近くに連れて行けと言っているのだ」

「何をする気だよ?」

「我輩の『マテル』をフロートちゃんの蘇生に注ぐのだ。急げ、死亡してしまってからでは遅い」

 考えるまでもなかった。

 このヘンタイは口八丁で嘯くような輩ではない。

 ならば数パーセントの可能性にでも賭けたかった。

 今度はヘンタイのもとへと駆け寄り担ぎ上げ、フロートのもとへと運ぶ。

 そしてフロートの近くへと降ろした。

「ふむ……」

 ヘンタイはフロートの体を仰向けに起こし、状態を確認する。

 胸元からの出血量が多い為か、フロートの顔色は青ざめていた。

「可能性は低いが、やってみよう。ぬぁ!」

 ヘンタイはフロートの傷口、胸元に両手を宛がい、そこに『マテル』を集中させた。

 途端、フロートの体が淡い黄色の膜に覆われる。

「ぬぅ……ぉっ……おっ……!」

 ヘンタイが相当の『マテル』を駆使して、フロートを救おうとしているのが降真にはわかった。

 その黄色い膜がフロートを包んでから数秒程して、胸元より流れ出ていた出血はかろうじて止まる。

「ぐ……ぬぅ……うぅううう!」

 しかし今度はヘンタイの顔色の方が徐々に色を変えていた。

 治癒、という『マテル』コントロールには、大量の『マテル』を消費するだけではなく、かなりの技術と技法がいると以前にフロートから聞いた事があった。

 降真との戦闘によってかなりのダメージを受けている状態に加え、こんな大怪我からフロートを回復させようというのだから、その労力は並大抵なものではない。

「お、おい! あんた大丈夫か?」

 ヘンタイは顔色を悪くさせているだけに留まらず、体中の血管が浮き出し、ところどころから血を噴出し始めていた。

「わ、我輩の事など、良い。それよりも、……ぐぅぅううう! い、いかん……まるで『マテ

ル』が足らぬ!」

 降真にもそれは感じ取れていた。

 先ほど戦っていた時とは比べ物にならぬ程にヘンタイから発せられる力強さが失われているのがわかったからだ。

 ヘンタイは現在、自身が持つ膨大な『マテル』を注いでいる。にも関わらず一向にフロートの状態が変化しないのは、つまり『マテル』が足らないという事。

「おい、ヘンタイのおっさん! 俺の『マテル』は使えないのか!?」

 降真は依然、大量の『マテル』を保有している。

 それさえ使えればフロートを救えるのではないかと踏んだのだ。

 しかし。

「ぬぅうう……。それは、無理……だっ」

「なんでだよ!?」

「『マテル』の受け渡し自体は我々覚醒者同士なら、問題はない……」

「だったら!」

「だが、しかし……我輩の治癒法を止めねばならぬ。お、おまけに時間もかなり要す。もはやフロートちゃんには一刻の猶予もない! よってそんな事をしている暇がないのだ」

 つまり『マテル』の受け渡しと治癒は、両方同時に進行は出来ないという事だ。

 くそ! と降真は舌打ち、歯がゆそうにフロートを見つめる。

 途端、今までフロートを包んでいた淡い黄色の膜は色を消した。

「ど、どうしたんだよ! 治療が終わったのか?」

 そう問い掛ける降真に、ヘンタイはかなりの労力を要した為か、顔や全身を汗にまみれさせつつポツリと答えた。

「……エンプティ。我輩の『マテル』が底をついたのだ……」

「なっ! フ、フロートは……助かりそうなのか!?」

「……」

 ヘンタイは何も答えずに、小さく首を横に振った。

 降真はがくん、と膝を落とし地面へと崩れ落ちる。

「……くそ。くそ! なんとか……なんとかならないのかよ! なぁ!?」

 しかしその問いに答える者はなかった。

 降真は考える。

「そうだ! その治癒法を俺にも教えてくれ! そうすりゃあ」

「無理だ。いくらユーが特殊な存在でも、治癒とはまた別の『マテル』コントロール法。一長一短で覚えられる物ではない。空を舞う事や衝撃風を放つ事とはまるで違う」

「でも! 俺にはそのタイムアウト(覇者の刻)とやらが使えた! だったら……」

「ノー! たしかにそれは特殊な技法だが、それと治癒は違いすぎる! とにかく無理なのだ! 我輩とてたまたま使用できたからこそ試したまで。我々の同胞に扱える者とてそうはいないのだ!」

 ヘンタイは悔しそうに顔を歪め、床を叩く。

 しかしそんなヘンタイの横から割り込み、降真は両手をフロートの胸元へと当てた。

「出来ない事なんてねぇ! こいつは言ってた。『マテル』を操るのに最も重要なのはイメージだと。だったらそいつを強くイメージすればいい!」

 降真は瞳を閉じ、両手に意識を集中する。

 怪我を治す。フロートを治す。絶対死なせない! そう、強く念じる。

 信ずるものは、頼れる誰かじゃない。

「俺は、俺の力を信じる。信じぬく! こいつを絶対死なせねぇ!」

 両手に熱を帯び始める。

「違う……こうじゃねぇ……。これじゃあ衝撃風を生み出しちまう……」

 その熱を一度冷まし、再び意識を両手へと集中させる。

 助ける。助けたい。そして彼女を故郷へ帰すんだ! そう、強く思う。

 信ずるべきは、架空の神様なんかじゃない。

 全ては、己自身。

「ボーイ。無駄な足掻きは……」

 ヘンタイが諦めるように促そうとしたその時。

 ぽうっと、フロートの全身が再び淡く黄色の膜に包まれ出した。

「なんと……っ!」

 ヘンタイは思わず驚愕した。

 降真は、自分の力のみで治癒法を編み出し、施術する事に成功したのだ。

「なんと、なんという驚くべきポテンシャルの高さ! ボーイ、ユーは本当にただの覚醒者なのか……っ?」

 しかし降真にはそんなヘンタイの賞賛など、耳に入っていなかった。

「ぐ、ぅ、っううううううううううううううううううううううううううううっ!」

 施行する事自体は実現したが、その異常なまでの『マテル』消費と、身体に掛かる負担は例えようのないものであった。

「うっぐ……はっ! ……はっ!」

 満足に呼吸をすることすら、ままならない。

 降真の中にある何かが急速に失われていくのが、自身でもわかる。

 全てを抜き取られていくような、亡失感。

「ううぅっ! ぐぅうっ」

 顔を悲痛に歪めて、しかし降真は施術を止めない。

「ボーイ、無茶だ! 付け焼刃の治癒法では『マテル』だけではなく己の体自体が持たぬぞ!」

 そんなヘンタイの言葉に思わず降真は顔を苦痛に歪めつつも微笑した。

「へ、へへ……。お、俺を散々……殺そうとしといて……何を心配、してるん、だか……」

 ヘンタイは思わず言葉を飲み込む。

 たしかにその通りであった。

 ヘンタイ達『バランサー』からすれば、降真は忌むべき敵。消すべき対象。

「こ、好都合……だろ? ぐっ! ……これ、で……俺が力尽きれば……」

 その通り。

 その通りなのだ。

 ヘンタイにとって、それこそが理想的な結末。

 なのに。

「……ぬ、うぅぅ」

 ヘンタイの中で未知の葛藤が生まれていた。

 なぜか、この少年を、そして少女を死なせたくないという不思議な葛藤が。

 そんな葛藤にさい悩まされているヘンタイを他所に、降真は先ほどのヘンタイ同様体中の血管が浮き出し、ところどころから血しぶきを噴出し始めていた。

「ぐぅ、うぁあっ!」

 全身を引き裂かれるような激痛が襲う。

 しかし、それでも降真は両手をフロートから離さない。

「なぜ……なぜ、そこまでするボーイ!? フロートちゃんとの付き合いなどたかが知れているのであろう! 命を懸ける理由など、どこにも……」

「ある、さ」

「ワ、ワット?」

「こ、こいつは俺の命を救って……ぐぅうっ! くれた、からな」

 だから、だからといってなぜここまで? そう問い続けたかった。

 しかし降真の、その真剣な表情と必死さに、ヘンタイはこれ以上言葉を紡ぐ事に意味を持たないと感じる。

「ぐぅうううう! や、やべぇ!」

 治癒を続ける降真にも感じ始めてしまった。

 フロートの状態は先刻よりもいくらかマシにはなったように思われるも、一命を取り留めるまでに治癒を続ける事が困難だと、わかり始めてしまった。

 段々と両手から放出されている変質した『マテル』の量が小さくなっていく様子から察し、自身に残されたその残量が残りわずかだと。

「くぅううっ!」

 悔しさと、歯がゆさと、憤りを感じる。

 もしこれでフロートを救う事が叶わなかったら、きっと自分は一生後悔する。

 そう思えてならない。

「俺は……俺はどうなってもかまわねぇ! こいつを救いたい! 救いてぇんだ!」

 自身へと言い聞かせる。

 しかし無情にも、フロートへ流れている『マテル』はどんどんとその力強さを失っていた。

 その時。

「ぬぅうううううううううう!」

 降真の横で葛藤に悩まされていたはずのヘンタイが、フロートへと両手を宛がっていた。

「あ、あんた、何を!?」

「わ、我輩の『マテル』はすでにない。し、しかし、それに代わる何かを消費すれば……ぬうぅううううっ! ち、治癒法は出来る……のだ!」

 代わりの何か。

 それは説明されるまでもなく、降真にはわかった。

 命、だ。

 ヘンタイも治癒法に加わった事で、フロートを包む淡い黄色の膜は再びその力強さを取り戻し始める。

「そ、そんな事したら、あんたがやばいんじゃないのかっ!?」

 そう問い掛ける降真に、しかしヘンタイは降真の方を見て、にやりと優しい笑みを浮かべるだけで何も答えようとはしなかった。

 そしてそれ以上何かを問う事を、降真はもうしなかった。

「ぐぅぅううううううううっ!」

「ぬぅぅううううううううっ!」

 それは奇妙な構図だった。

 つい先ほどまで命がけの争いをしていた両者が、今は共に一人の少女を救おうと命を懸けている。

 内心でそんな事を思うと、なんだかおかしくなった降真だったが、きっとそれが人というものなのだろう、などと勝手に解釈していた。

 そしてそんな風に考える自分についても、またおかしかった。

「くっ……も、どれ……フローっ、トォ!」

「ぬぁぁぁぁああああああああああああ!」

 二人の覚醒者が現在望む事はただひとつ。

 儚く消えかけている少女の命を救う事。

 直後、

「うっ……」

 降真の両手より放たれていた『マテル』が光りを失う。

 ついに降真もそれが底をついたのだ。

「く、くそぉ! まだだ!」

 しかし降真もまだ諦めない。

 隣で命を懸けるヘンタイの見よう見まねで、再び治癒法を試みる。

「よ、よせ、ボーイ! こ、これは禁呪である! 本当に死ぬぞ!」

「うるせぇ!」

 先ほど成功した治癒法という『マテル』コントロールを再び、施行する。

 そして降真がそれを出来たと、感じた瞬間。

「う、ぐぁああああぁあああああああっ!」

 声だけでなく体中が悲鳴を上げた。

 ヘンタイの言う通り、これは本当に死ぬかもしれない、と降真に思わせるほどその全身に掛かる異常な激痛に気を失い掛ける。

 それをなんとか持ちこたえ、堪え、施術を続ける。

「よすんだボーイ! もう後一息である! 後は我輩だけで……」

「ぐうぅうう! う、うるせぇバカヤロウ! あ、後一息なんだろ? だったら大丈夫だ!」

 『マテル』の尽きた普通の一般人となんら変わらない者が、本来『マテル』を利用して行うべきの技法である治癒を行う。

 それは生命活動に必要とする体内のありとあらゆる機関を自己体内で強制的に『マテル』へと変質させる事。

 人の寿命とは、細胞分裂の限界を意味する。その限界に達すると人は肉体を正常に活動させる事が困難になり、やがては老衰していく。

 降真達の行っている禁呪とは、つまりその細胞分裂の限界回数を無理やり『マテル』へと置換してしまう。よって死を早めるのだ。

 しかし、そんな事などどうでもよかった。

 たしかにこの激痛には耐えがたいものがあるが、それでフロートが救えるのなら降真にはその命すら惜しくなかった。

 フロートに出会う事がなければ、降真はわけもわからぬうちに、ただの一度も空を舞う事なく殺されていたのだろうから。

 降真は叫ぶ。

「こ、この命はもともとお前のもんだ! だったら、お前の為に利用しきってやる!」

 それを聞いたヘンタイも叫ぶ。

「ならば、我輩の命はボーイ、ユーのものだ! ここで力尽きようと、もはや惜しくはない!」

 一層、大きな膜をフロートが包む。

 二人の男が少女を救おうとする意思の表れ。フロートへの治癒法をぐんぐんとその効力を高めていった。

 降真は強く意思を保つ。激痛に耐えながら。

 神様、どうかこの、健気な少女を救って下さい。

 以前の降真なら、そう願ったかもしれない。それは、今まで何ひとつ叶えてくれなかったのだから、せめてこれくらいは、という自分勝手な理屈で。

 でも違う。

 神様などという降真にとって都合の良いものなど、最初から存在しないのだ。

 自分のエゴに過ぎないのだと、降真はようやく気づいた。

 自分勝手なエゴに付き合う神などない。だから降真は思った。

 自分こそが神なのだ、と。

 なにも大それたものになろうってわけじゃない。

 ただ、今までの償いをしているだけだった。無罪の神に無理やり責任を押し付けていた自分への。

 だから、自分こそが神。

 神とはそれを超越するもののない事を言う。

 不運や、力が及ばなければ、神である自分が全て悪い。

 逆に良好な時は、自分の力で得た結果。

 天は自ら助くる者を助く。

 だから。

「俺は、神様を、てめぇ(自分)を信じるっ!」

 そして一つの命が、一つの命をすげ替えようとしていた。





 しとしとと、さめざめ泣くような雨が夜の校舎に降り注ぎ始めた。

 五月とはいえ、夜ともなるとまだ肌寒さを感じさせるこの時期に、二人の男はそんな事を感じさせないように、雨を凌ごうとせずただ、打たれていた。

 いや、そうではなく、むしろ気持ち良いとすら感じていた。

 燃え尽きたはずの体の熱はいまだ冷める事なく、それを中和するかの如く、恵みの雨は二人の男を優しく打つ。

「ボーイ、生きているか?」

 ヘンタイは仰向けでその雨に打たれつつ、隣で同じように体を広げ寝そべる少年に問い掛ける。

「なんとか」

 言葉の通りだった。

 降真はそれ以上の言葉を発するのが億劫なほどに衰弱しきっていた。

 二人がフロートの治癒を止めて、すでに数十分ほど経過していた。

 その間、一言も会話をせずに二人は夜の校舎、その屋上で寝そべっていた。

「……そうか」

 ヘンタイはかなりの間を空けて、それだけ答える。

 不思議な感覚だった。

 怒りも、悲しみも、憂いも、何も感じない。ただ、無心。

 今の降真は本当にその通りであった。

「最後に」

 ヘンタイは言った。

「ボーイ。ユーは生きろ」

 降真はその言葉の意味を深く考えずに、

「当然だ」

 と答える。

「『ガイア』に行く事を我輩は進めん」

「……なんでだ?」

「……『ガイア』の真の危機、それは覚醒者による横暴。それによって大規模な戦争が近々起こると我輩達『バランサー』は睨んでいる。結果は火を見るより明らかだ。単なる『マテル』不足などではない。血で血を洗う戦いの末、『ガイア』は疲弊し滅ぶであろう。そしてユーは利用されるのだ。その戦争に」

 空っぽだったはずの、降真の心が揺さぶりを覚える。

「フロートちゃんの組織について詳しくはわからんが、我輩が睨む通りならば、真に欲しているのはただの生成者ではない。覚醒者の方である」

「……なに?」

「来るべき戦争に備えようというのであろう。その戦力を。だからこそ覚醒してしまっているユーでも拉致せよとフロートちゃんは命じられているはずだ」

 合点がいった。

 降真は以前、フロートに尋ねている。『マテル』を生成しなくなった自分は不要なのではないか、と。

 それに対し、生成者の素質が必要だからと言っていた。そしてその語尾には。

「……って事は」

 瞬間、劣悪な考えが頭をよぎる。

「フロートちゃんは覚醒についてほとんど知らされていない。ただ『マテル』の回復を試みようという名目でユーを拉致しようとしていた。つまり」

「なんてこった……こいつも騙されていたって事か」

「そうだ」

 星を救う為、というそのもっともらしい格言でフロート達のような工作員をこの地球に遣わす真の理由。

 それにようやく気づく。

「だから我輩は彼女らのように何も知らぬ人間を手に掛けたくはなかったのだ」

 再び、心に怒りの炎が灯り出す。

 フロートのボス、というその上司を殴りたくなった。

「ふざけやがって」

 怒鳴り散らしたかった。しかしそれ以上に声が出ない。

「すまなかったな、ボーイ。色々と」

「……いや、もう気にしてねぇよ」

 降真はこのヘンタイの事を、嫌いではなかった。

 この男も、自身の使命という葛藤の中で、それでもフロートの事を想って行動してくれた。

 それが嬉しかったからだ。

「ユーは生きろ。この星で……」

 ヘンタイは、妙に小さくなっていく声でそう言った。

 それに異変を感じ、降真は顔を横へと向けてヘンタイを見る。

「おい……?」

 ヘンタイはいつの間にか、瞳を閉じていた。

 それを怪訝な表情で降真は見つめる。

「さらばだ、ボーイ」

 かろうじて搾り出すヘンタイのその声を最期に、途端静寂が訪れた。

「なに……を……?」

 言って、と続けようとしたその時。

 ヘンタイの体が、その存在が希薄に感じた。

 直後、そこから薄い光がほんの少しだけ、漏れ、そして消え去った。ように見えた。

 ――絶命した人間の体からは『マテル』が大気に返っていく。

 ヘンタイの言葉を思い出す。

「おい!」

 もう、ヘンタイは動かなかった。

 最期の最期で、ほんの少しだけわかりあえた気がしたというのに。

 大気へと消えていったほんの少量の光こそ、彼を信ずるべき証拠だと思った。

 覚醒者は自動的に大気の『マテル』を吸収するという、彼も覚醒者だったという何よりの証拠だった。

「……」

 そして亡骸に、かける言葉は見つからなかった。

 ただ、一言だけ。

「ありがとう……」






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