一 神様嫌いの少年
夕闇が辺りの景色を茜色に染め始めた学校よりの帰路。
商店街からはややも離れた人通りの少ないコンクリート塀に囲まれている住宅街を、一人の少年は俯いて歩いていた。少年は落ち込んでいるわけではない。とある事を意識する事が気に喰わないので俯いているのだ。
たまに頭上ですれ違う人々を羨むような目で見る事は、最近ではもうなくなっていた。諦めというものを覚えたからだと本人は思っているのだが、正確には余計に自分が惨めになるからだった。
「お、降真じゃん。今帰りか?」
不意に自分より高い位置から、自分の名を呼ぶ声が聞こえる。
声の主が誰だかはすぐにわかった。幼馴染で古くからの悪友でもある、古親つとむだ。
呼ばれている事はわかっているのだが、やはりすぐには顔を頭上へと向ける事が出来ない。少年はプライドが高かった。
それでもいつまでも古親つとむを無視して俯いているわけにはいかないので、渋々と顔を上へと向けて答える事にする。
「……よぉ、ツトム」
苦い表情を悟られぬようにし、古親つとむを見上げる少年、神薙降真は出来るだけ平静を装いながらそう言った。
そんな風に見上げる神薙降真に対し、先に声をかけた古親つとむの足裏は、ちょうど神薙降真の脳天とほぼ同じ高さに位置していた。神薙降真の身長は高校一年生標準くらいの為、百六十五センチくらいの高さの位置に古親つとむは、ふわふわと体を上下させながら空中より神薙降真を見下ろしているのだ。
「おっす。にしても、お前ってば相変わらず俯いて歩いてるのな。俺、お前の前方から飛んできてたからすぐにお前だって気づいてたぜ?」
神薙降真は少し表情がひきつりそうになったが、それを抑えて答えた。
「そうかよ。それならもっと早めに声かけろよ」
そしておかげで見たくないものが無理やり視界に入ってきた。古親つとむを含め、多くの人々がさも当たり前のように、空を、宙をまるでわがもの顔で闊歩しているのが。
この住宅街は人通りが少ない。それは皆、大地に足をつけていないからだ。しかしこの住宅街の上空は人通りが少なくない。サラリーマン風の男が携帯電話片手に宙を走り、学校帰りの女子高生達が雑談をしながら宙を歩き、買い物カゴをぶらさげながら近所のスーパーへと向かう主婦が宙を漂う。
それが当たり前の光景なのだが、少年、神薙降真にとっては憎らしいものであった。
「相変わらずだな、降真は。それより気をつけとけよ? 最近ニュースでもやってる通りここらで不慮な落下事故が多発してるから、地表で歩いているお前じゃ間違って巻き込まれたりしたら大変だろう?」
古親つとむが少し嫌味を込めてそう言っているのがすぐにわかった神薙降真は、不貞腐れた表情で歩き出し始めながら答えた。
「知ってるよ。余計なお世話だ。じゃあな」
上空にいる古親つとむを通り過ぎながら、手をひらひらと振りながら再び俯き気味に顔を落として神薙降真はその場を去って行く。
そんな様子を古親つとむは、宙でふわふわと漂いながら、小さく笑ってその背中を見つめていた。
空は、この世に生きる全ての者達のものになっていた。
成凛七年。西暦にして二○二○年。平成の世が突如終わりを告げ、その頃にはすでに世界常識はそれまでのものと一変していた。
人が引力という名の枷から開放されたのは、今から二十年ほど前の話。
西暦二○○○年。日本列島の最南端に位置する名も無きひとつの無人島に小隕石が落下した。当初はただの隕石だと思われていたそれには、不思議で未知な成分が付着している事が研究結果から判明された。その成分のひとつに引力に対し、磁力とはまた違った反発する性質を持つものがある事を発見する。政府は総力をあげてその小隕石の研究を国内で極秘裏に行い、数年に渡る研究により、ついにひとつの薬品『グラビティレジスト』を生み出す。それを摂取する事でついに人類は引力という名の枷を自力でコントロールする力を得た。
それからの日本の進歩は急激だった。あらゆる国が日本のその技術を欲し、求めた。それまでも日本は大きな経済国家だったが、この薬の開発より、世界の中心として更に大きな経済効果を世にもたらした。その経済効果のおかげで薬の開発は順調に進み、今では一般庶民が当たり前に購入する事が出来る程に普及した。
「っは。俺こそが正しい人の生き方だっつーの」
神薙降真は、地表では人通りの少ない住宅街を歩きながら、吐き捨てるように呟く。
身体になんの悪影響もなく、空を飛べるようになる薬。まさに夢のような薬はあっという間に人々を虜にした。多くの人々はそれを摂取し、重力コントロールに勤しんだ。神薙降真が知る限りの理屈では、引力に対する斥力(反発力)を体内で生成し、それをコントロールする事で地球という引力に相反する特殊な重力場を自身にもたらし、つまり浮遊する。それが地球という引力以外に働かなかったり、不明瞭で説明のつかない科学的根拠を否定するような現象を引き起こすのは、全て未知の成分に含まれる性質によってだとか。
とにかくそれにより地球という大規模な引力源から開放され、人は宙を舞う。といっても、たかだか十メートル前後の浮遊だ。それ以上飛ぶには人間という小さな物体から生成される重力場には無理があるという事らしい。しかしそれでも人々は歓喜した。すでに制空権は鳥類から人類へと移ったのだ。
と、ここまでが神薙降真含め、多くの一般人が知るこの世界の現状。
神様のいたずらか、その不思議で未知な成分を含んだ薬を摂取しても、空を舞う事が出来ない人間がいる事は、実はあまり知られていない。
専門家や医者の話によると、薬に対する抗体のせいでその『グラビティレジスト』を無効化してしまう人間が、およそ一万分の一という確率でいるそうだ。
それを神薙降真が知る事になったのは、空を舞う事の出来ない自分を不思議に思い、尋ね得た結果だった。
「ただいま」
自宅に着いた神薙降真はぶっきらぼうに靴を脱ぎ捨て、二階にある自分の部屋へと駆け込んだ。
階下より母親が「夕食はどうするの?」と呼んでいたが、神薙降真はわざと無視して、ベッドに寝転がり、普段からベッドの真横に常備しているテレビのリモコンに手を掛けスイッチを入れる。
「新製品! 浮遊用シューズ『スカイウォーカー』のお申し込みは……」
テレビには、まるで飛べない事にコンプレックスを抱いている神薙降真をあざ笑うかのように、浮遊者専用のグッズ商品の紹介をしていた。
「っけ。くっだらねぇ! もっと様々な視聴者を意識した番組は作れないかね!」
がんっ! とテレビのリモコンをテレビへと向かって投げつけ、怒鳴る。
神薙家はいたってごく普通の家庭だ。両親と父方の祖父母。更に二つ下の妹の二世帯合計六人家族だ。そしてこの家族で一人を除き皆、適正者だった。
家族の人間は飛べない神薙降真の事を意識して、あまり彼の前で浮遊する事はしなかった。祖父母から言わせれば、降真が本来の人としての姿なのだから気に病む事など何もないなどと諭してくれたりもしてくれたが、そんなのは馬耳東風であった。
加えて、今日は機嫌が特に悪かった。
「ふざけやがって。なんだって神様ってのはこうも不公平なのかね」
神薙降真の通う楼栄高校は、共学制の普通校だ。最近ではどの高校でも選択授業の中に浮遊カリキュラムというものがあり、そこではなぜ人が『グラビティレジスト』を摂取する事で浮遊する事が出来るかを研究、勉強する。
薬の不適正者である神薙降真は、当然そんなカリキュラムを選びたくなどなかった。しかし、ついてなかった。選択授業を決める当日。神薙降真は風邪で寝込み、数日学校を休んでいた。その間、なんの連絡もなしに、勝手にその浮遊カリキュラムを選択学科に選ばされていたのだ。
当然神薙降真は怒った。一体誰が勝手にそんな事をしたんだと怒った。しかし返ってきた答えはなんとも不可解なものだった。生徒は皆、誰も自分じゃない、知らないと言い切り、教員はいつの間にかお前の選択は浮遊カリキュラムになっていた、と言う。その原因はいまだに不明だったが、すでに他の選択学科は定員いっぱいであり、今から変更は出来ないと言われ、渋々神薙降真はこの決定を受けざるを得なかった。
で、彼が今日こんなにも不機嫌なのはその浮遊カリキュラムでの出来事のせいだった。
今日の授業は、実体験を伴って行う内容だった。つまり、実際に浮遊をする、という事だ。当然、飛ぶ事が出来ない神薙降真は地面からそれを眺めているしかなかった。
生徒達の数人も神薙降真が不適正者で飛べない事は知っていた。だからその事には皆極力触れないようにしてくれていた。しかし、
「あれ? なんでお前飛ばないの? 早く飛べよ。皆待ってんだろうが」
上空数メートルの位置からそう言ったのは、色黒で厳つい体格をしたスポーツ刈りの見知らぬ男子生徒だった。
その発言に、神薙降真を知る生徒達はぎょっとした。
なぜなら神薙降真が飛べない事に多大なコンプレックスを抱いているのは、彼を知る者にとって、触れてはならないタブーであったから。加えて神薙降真は一度キレるとどうしようもない程に暴れる男子としても有名であるからだ。そんな神薙降真に冗談でも飛べない事をネタにして話せる生徒は、古親つとむ以外にはいなかった。
神薙降真の事を知る同じクラスメイトの一人が色黒の厳つい生徒に上空で近寄り、ぼそっと耳打ちをする。
神薙降真もただの馬鹿ではないので、自分の事を知らない生徒が特に深い意味を持たずに言った発言なのだと理解していた。だから、まだ大人しかった。
「へ? 飛べない? ぶ。おい、マジでか!? アイツださくね?」
色黒で厳つい生徒は、神薙降真を見下ろしながらそう言った。たしかにそう言った。
五月現在。浮遊カリキュラムは今まで屋外での実体験授業はなかった。今日が初の屋外授業だった。だからこれまでに神薙降真が飛べないという事を知る者は、クラスメイト以外では少なかった。
神薙降真を知る生徒達は一斉に表情を青くした。気まずい空気が流れる中、地面から上空を見上げている教員の一人が言った。
「こら、大神! そういう事を言うんじゃない! それと全員もう降りろ。実験は終わりだ」
生徒達は皆、神薙降真から少し離れた位置で着陸する。色黒で厳つい大神と呼ばれた生徒はそんな事などおかまいなしに普通に着陸する。
「飛べないとか、マジありえねぇ」
大神は軽く笑いながら、更にそう言った。
「大神! だからそういう事を言うのはやめなさい! 神薙も気にするんじゃ……」
教員が神薙降真に振り返りながらそう言った時、思わず教員は二の句を飲んだ。
神薙降真は、この世のものとは思えないほどニコニコとした笑顔だったからだ。
「お、おい神薙……?」
そう呼びかけてくる教員を無視し、神薙降真はゆっくりと大神の方へ歩み寄り、そして眩しいほどの笑顔を保ったまま、
「死ね」
と、語尾にハートマークがついているのではないかと思うほど、優しい声で言いながら思い切り、力の限りを込めたグー拳で大神のアゴを打ち砕いた。ゴキっと小気味良い音が辺りに響いた。
そしてそれは喧嘩になどならなかった。なぜならその一発で大神は見事にノックアウトされていたからだ。しかし、更に追従して大神を殴ろうとしていた神薙を教員と生徒達は必死になだめながら止めるのだった。
その後、職員室に呼び出され説教を食らったのは言うまでもなかった。幸い処分等はなかったが、全ては飛べない自分が悪いと神を呪わずにはいられなかった。
当然大神も共に説教を食らっていたが、大神はその最中も神薙降真を小馬鹿にしたような表情で見ていたものだから、怒りは再びたぎっていった。
「あーもう! 思い出すだけで腹が立つわ! あの大神とかってヤロウ! ってか、だいたい神って名前に入ってるだけで気に食わねぇんだよ! しかもでかい神様ってか? まさしく俺の天敵だわ! 殴り足んねぇ!」
自分のベッドに何度もグーパンチを繰り出し布団をボフボフ言わせながら、神薙降真は怒鳴った。
その時、不意に部屋の扉が勢いよく開く。
「ちょっと、おにいちゃんさっきからウルサイよ! 何どたばた一人で暴れてんの?」
部屋の入り口で腰に両手をおいてそう怒鳴っているのは妹の神薙涼風だった。
見た目は全くもってごく普通の男子高校生で、体躯も一般高校生と変わらず、髪の色が少し茶色掛かっている事を除けば特に目立つ容姿を持たない神薙降真に反して、妹は歳不相応にとても幼く見えた。今年で十四歳の中学二年であるにも関わらず、身長は百四十センチあるかないかくらい。当然胸などペッタンコもペッタンコだ。服装次第では小学校低学年に見られる事も多々ある。妹自身曰く、この体型はその手の方々からひっじょーに需要が多いのよ、だそうだ。
「す、涼風か。悪い。大人しくする……」
神薙降真はどちらかと言われるまでもなく、喧嘩っぱやい。筋の通らない事や、自分のコンプレックスに触れられたりすると、気づけば言葉より先に拳が出ている。そんな神薙降真にも苦手なものがあった。それがこの小学生よろしく妹の神薙涼風だ。
「わかればよろしい。今日は私、体調悪いんだからあんまりうるさくしてると『涼風すぺしゃる』をお見舞いだからね?」
「お、おう……」
神薙涼風は納得した表情をすると、部屋の扉を閉め、階下へと降りて行く足音が聞こえなくなるまで神薙降真は硬直していた。
神薙涼風はああ見えて、柔道黒帯の実力者だ。幼い頃、男子にチビと馬鹿されたのが悔しくて見返そうと格闘技を習い始めたのがきっかけだった。センスのある神薙涼風はみるみるうちに実力をつけ、いまや大人相手でも通用するほどの実力を持っている。
以前、些細な事から兄妹喧嘩した時、本気で怒った神薙涼風は中学生では禁止されている関節技のひとつ、腕挫十字固を決め神薙降真の肩を脱臼寸前にまで追い込んだ事があった。それから神薙涼風はそれを『涼風すぺしゃる』と言い、ことあるごとに神薙降真への脅し文句として利用している。
「くそ……なんで俺ばっかりこんな目に……!」
それもこれも、一万分の一で自分を選んだ神が悪い。そんな風に怒りの矛先が不明瞭になるといつも対象は架空の『神』だった。
やり場のない理不尽な怒りを、近くにあった枕で扉へと向かってぶつけようとした。
それと同時に再び部屋の扉が開いた。
「おにいちゃん、お母さんが夕食どうするって呼んで……」
ボスっと、枕は本来当たるべき場所を大きく外れ、神薙涼風の顔面に当たりストンと落下した。
「あ……涼風……さん……?」
数秒後、涼風すぺしゃるがおよそ数ヶ月ぶりに発動していたのは言うまでもなく。
――同日、深夜。
ひとつの影が、宙を闊歩していた。
これ自体はこの世界常識としてさほど珍しい光景ではない。
しかしその影が闊歩している高さ。異常なのはそれにあった。
前述でもあるように、人類が生成する重力場で浮遊可能な高さはおよそ十メートル。もちろんこの高さには若干の個人差がある。しかしそれでも十メートルプラスマイナス一メートルあるかないか程度だ。
今ではオリンピック競技種目にするかとの案もあるこの浮遊力だが、現在世界で知られている最も高く飛ぶ人間でも、十五メートルが関の山だった。
しかしこの影が浮遊している位置は、地表よりおよそ数千メートル以上にも及ぶ高さ。いくら制空権を手にしたばかりの人類でも飛行機等を使用しなければ到底、辿り着ける高さではなかった。
その影と神薙降真が出会う事になるのは、ほんの少し後になる。
神薙家の夜は静かだった。
両親は共に早朝より仕事へと出勤の為、夜の九時には就寝し、妹も部活(もちろん柔道部)の朝練がある為、同じくらいには床に就く。祖父母に関しては、もともと習慣で早寝だ。
だから深夜の十二時過ぎともなれば、この家で起きている者は神薙降真ただ一人だった。
深夜まで何をしているかというと、たいした話ではない。ただのゲームだ。
無類のRPG好きな神薙降真は、夜はRPGをするもの! と自身に銘打っている。しかし自分がゲーム好きだということを家族や友人に悟られたくないというよくわからないプライドがあり、ゲームをするのは家族全員が寝静まった後と決めている。
しかしそれではゲームのハードだけがあっておかしいと思われたくない神薙降真は、わざとスポーツゲームや格闘ゲームだけを目に入る場所に置き、肝心のRPGは秘密の隠し場所にこっそりと潜ませているのだ。
このよくわからない秘密RPGプレイ作業は今も誰一人としてバレてはいない。(と思っている)
特に両親からはゲームをやっちゃダメとか言われているわけでもなく、むしろ妹などはRPGが大好きな女の子で、おにいちゃんも面白いからやってみなよと言われる事もしばしばあった。そしてその時決まって言う文句は「俺はそんな軟弱なゲームはやらん」だった。
どうも神薙降真の中では理想の男像みたいなものがあり、その理想の男はゲームなど基本はやらないらしい。それに加え、理想の男は喧嘩に強くなくてはならない。そして人よりも優れた存在でなくてはならないらしい。
これが神薙降真を悩ませるコンプレックスの原因でもあった。
まず、その一であるゲームを基本やらない。は、なんとかクリアできている。スポーツゲームや格闘ゲームはあくまで友人が遊びに来た時用のものだと言い張っているからだ。
そしてそのニである喧嘩に強くなくてはならないもクリアしていると自分では思っている。まぁこれに関してはどういうわけか実際に強い。手が早い性格上、喧嘩が堪えなかった為によるものだろう。妹だけは対象外だが。
しかし問題はその三だ。人より優れた存在でなくてはならない。
それは当然文武両道という意味合いでだ。つまり知性も身体能力も優れていなくてはならないのである。知性に関しては、実はそこそこクリア出来ていたりする。こう見えて神薙降真は成績優秀であった。それもこれも以外と勤勉な性格だったからだ。プライドの高い彼だからこその努力と言えよう。
問題はそう、身体能力だ。
運動神経自体は良い。陸上競技に関しては同学年でもトップクラスの実力をほこる。だから問題は『浮遊』に関する事だ。
一万分の一という不幸に見舞われた彼は、幼少よりそれが猛烈なコンプレックスとなっていた。努力はした。それはもうおおいに努力した。医者に相談したり、体質改善をしてみたりと。しかし、こればっかりはどうにもならなかった。だからこそ、悔しい。
そしてそのうっぷんを晴らしてくれるのが、この深夜秘密RPGプレイだった。
神薙降真はRPGが大好きだ。特に、なんの変哲もない主人公が次々と活躍し、最後には強大な悪を滅ぼす姿は、まさしく自分の理想像でもあり最も好んでプレイする。主人公は自分の分身であると考える彼は、絶対にパーティが全滅しないよう、キャラクターを最強にまで育ててからラスボスに臨む。そして圧倒的な実力で倒すのが快感なのだ。
今日のプレイは記念すべきラスボス討伐の日だった。すでにパーティのレベルはマックス。装備も最強武具を揃え、後はラストダンジョンを踏破するだけだった。
「お、なんかこの階段を下りたら最後っぽいな」
神薙降真はわくわくする気持ちを胸いっぱいにし、その階段を下りる前に一度ゲームのコントローラーを床に置いた。
「さぁーて、ラスボス討伐前にお茶菓子とジュースでも持ってきて乾杯するかなぁ」
そう小さく呟きながら、部屋の扉をそっと開け、寝静まっている皆を起こさないよう静かに台所を目指した。
神薙家は全員寝つきが非常に良い。なので、台所を漁る程度の物音では誰も起きてなどこなかった。それは今日も同じくであった。
目的のジュースとポテトチップスを手に入れた神薙降真は、焦る気持ちを落ち着かせながらゆっくりと階段をのぼり部屋の扉を開けた。
そして、ウキウキ顔の神薙降真が扉を開けた瞬間、その表情は凍りついた。
何も考えられなかった。
こんな事が現実にあってはならないからだ。
「な……な……」
呆気に取られている神薙降真の瞳には、何も映し出されていないテレビ画面(正確には砂嵐)と無残にも踏み潰されているゲームのハードとソフトだった。
「なんじゃこりゃあああぁぁぁぁぁぁ!?」
「ジュースだあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
神薙降真が叫ぶのと同時に、ゲームを踏み潰していた謎の女の子も叫んだ。
神薙降真には当然この女の子が見えている。だが、それはあくまで瞳に映っているだけであり、今現在最も意識を集中させているのは、その無残にも踏み潰されているゲームソフトだった。女の子の事など、道端の石ころ同然にしか考えていなかった。
「あ……お……俺の……汗と涙と百五十時間の結晶が……あ……あ……」
「ねぇねぇ、このジュースもらってもいい? いいよね? ね?」
愕然としながら、膝をつき、崩れ落ちる神薙降真に対し、謎の女の子はジュースをくれと必死にねだる。
「ねぇ、いいでしょ? いいよね? もう飲んじゃってるけど。うふ」
神薙降真は必死で思考を整理した。
(今、自分の部屋で起きているのはなんだ? 落ち着け。まず俺はラストダンジョンまでゲームを進めていた。そしてラスボス手前の所で、台所へ行き飲み物とお茶菓子を取りに行った。そして帰ってきたら、俺のゲームは大破していた)
「どういう事だぁぁぁああああああ!」
男らしく涙をおんおんと流し、床へとうな垂れ、神薙降真は絶叫した。
「はぁ、おいしかった!」
女の子はごちそうさまと言って、空っぽになったコップを床に置いた。
そこでようやく、ようやく神薙降真は怒りという感情を思い出した。そしてその矛先も。
「て、ててててて、てんめえぇぇぇえええええ! よくも……よくも俺の勇者レベル九十九と最強装備を破壊してくれやがったなぁぁぁああああああ!」
噛み付く勢いでその女の子の胸ぐらを掴み上げながら立ち上がり、神薙降真は鬼の形相で涙を流しながら怒鳴った。
「ぇ? え? 何? なになに?」
女の子は困惑した表情で神薙降真を見つめた。
「なになにじゃねぇぇぇえええ! てめぇの足元だ馬鹿野郎! こいつを見ろ! この無残な……ああ……うわぁぁぁぁん!」
「あはは! 君、面白い顔だぁ。泣きながら怒ってる人、初めて見たよ」
女の子は、神薙降真とは対照に楽しそうに笑っている。
「こ、ここ、このクソアマ! もう勘弁ならねぇ! 俺は基本、女は殴らねぇのが信条だが、てめぇだけは許せねぇ! 人の努力の結晶を破壊しておいて何がそんなに楽しいんだぁぁあああ!」
右手の拳を力強く握り締め、大きく振りかぶった時、
「う……ごめんなさい……。ぅ……う……」
急に女の子は表情を一変させ、涙をぽろぽろと流しながら謝りだした。
「ぐっ!!」
それを見て、振り上げた拳を急停止させた。
女の子を泣かすのは、男ではない。女の子を泣かせるヤツはむしろ自分が退治する。弱きを守り、強きを挫く。それが男だと思っていた神薙降真の目の前で泣いている女の子は、誰が原因で泣いているのか? 自分だ。そう思った神薙降真は強く握り締めていた拳をゆっくりと解き、女の子の胸ぐらから手を放した。
「く、クソ……」
そのおかげでようやく少し冷静さを取り戻した神薙降真は、力なく床へとへたり込み、大きく溜め息をついた。
「う……ぅ……ごめんなさい……」
女の子はまだ、泣きじゃくっている。
それを見ていると、少し申し訳ない気持ちになったのか、声のトーンを落として神薙降真は彼女へと言った。
「……謝ってくれれば、もういいよ……」
「あ、そう? ならよかった!」
先ほどまで泣きじゃくっていた女の子は急に表情を明るくし、あっけらかんと答えた。
「ぐ……!」
あまりの変わり身の早さに、多少イラつきを覚えるも、一度言った事を反故には出来ない。渋々と神薙降真は本題の質問へと切り替える事にした。
「で、お前はなんなんだ? どこから俺の部屋に入った? こんな深夜になんの用だ?」
謎の女の子は、よいしょっと言いながら勝手に神薙降真の布団に上がり、そこへ座り込んでから答えた。
「えとえと、改めて初めましてこんばんは。私はフロート。天井を突き破ってきました」
フロートと名乗った女の子は顔を上に向けて、天井を指差しながら答えた。
絶句した。本当に天井に、綺麗にぽっかりと穴が開いているからだ。それは強引に突き破ったのではなく、元からそういう円形の穴が開いているかのように、実に綺麗に夜空を映し出してくれていた。
「ば、馬鹿な……。どうやってあんなに綺麗に穴が……音だってなかったぞ……」
「んまぁ、細かい説明は抜きで。それより君、神薙こーま君だよね?」
神薙降真は、不思議そうに天井と、自分の名を問い掛けてくる少女、フロートを交互に見つめた。
よくよく見ると、少女は少し不思議な格好をしていた。
見た感じから年齢は十五、六と言ったところだろうか。身長は神薙降真よりやや小さ目で細身のそんな彼女は、薄いピンクのワンピースをスレンダーに着こなし、それにはところどころに大小さまざまな白いフリルを付けている。首元と手首にはさらに白いファーが一周巻いてあった。そしてその薄いピンクのワンピースを映えさせるように、腰ほどまでに伸ばされた長く、綺麗な淡い青色のロングヘアー。癖っ毛なのか、頭上にはちょこんとまとまった髪の毛の数本が立っていた。また、更に不可思議だったのが、ワンピースの上から腰まわりにいくつも付けられている、紅い球状の物体。
しかし何よりも釘付けにさせられたのが、顔だ。
淡い青のロングヘアーに飾られた、小顔の中にある目鼻たちはバランス良く整い、そしてやや大きめに作られた唇。更につぶらで大きな瞳はこれまた澄んだ青色をしていた。つまり、少女は可愛かった。
「そうだけど……一体どういう事だよ!? お前は誰なんだよ!」
不可解な出来事と謎の少女。二つの事象が激しく理解出来ず、おかげで的を射るような質問も満足に出来なかった。
「うん。えっとね、とりあえず、時間がないかな」
少女フロートはこれまたよくわからない事を言った。
「は?」
「多分、もう……あ、こーま君、そろそろ……」
少女は何かに気がついたのか、頭上を見上げて何かを言おうとした。次の言葉までほんの数秒、間があいた。
「そろそろ?」
「ヤヴァイかも」
え? と神薙降真は聞き返したかったのだが、それはとある轟音によって遮られた。
突如、神薙降真の部屋西側にある、窓ガラスが派手に砕け散り、何かが部屋に転がり込んできた。
「うえぇ!? な、なんだ!?」
「あーあ……来ちゃった……」
次々起こる不測の事態に、もはや常識という見解からの理解力は及ばなかった。そんな神薙降真に相反して、少女フロートは実に無気力に、大きく溜め息をついていた。
「はーっはっはっはっは! 見つけた! ついに見つけたぞぉ! 我輩め! よく見つけたな! 我輩ったら天才! はーっはっはっはっは!」
神薙降真の部屋に突如、窓を破壊して転がりこんできた、謎の男は馬鹿でかい声でそう叫んでいた。
しばし呆気に取られる事、数十秒間。神薙降真はこの再び訪れた謎の来訪者をまじまじと見つめた。
やたらと発達したムキムキの筋肉をアピールするが如く、上半身真っ白のタンクトップとピチピチの真っ黒な短パンを履いた、体格は優に神薙降真の身長を頭一つ分抜き出るくらいの大柄な男は、今もマッスルポーズをとったまま、煌びやかに白い歯を光らせながらニッコリ笑うその姿は一言で言えば『変態さん』に間違いなかった。
「な、なんなんだお前!? ヘンタイさんか!?」
激しく困惑した表情で神薙降真は言った。そしてそれだけはなぜか的を射ていた。
「え、こーま君すごいね。よくわかったね!」
ベッドの上で先ほどまで座っていた少女、フロートは神薙降真をそう褒めつつ、いつの間にか神薙降真を庇うように、神薙降真の前へと立ち上がっていた。
「イエェェーーーッス! 我輩こそ世紀の大天才、ヘン・タインシュケル博士だ! 少年、よくぞ一目で我輩の名を当てたな! 初見で我輩の名を当てたのはユーが初めてだ!」
神薙降真の眼前に突如現れた筋肉ムキムキの変態さん、ヘン・タインシュケルは相変わらず馬鹿みたいにでかい声でそう叫んだ。
「まったく、ヘンタイってば相変わらずKYだよね。もうちょっと空気読んでくれる? まだ私の自己紹介だって満足に済んでないっていうのにぃ」
神薙降真を背にし、少女フロートは眼前にいる、まごうことなき変態さんを相手に微塵もひるむ事なく、凛としてそう言った。
「はーっはっはっはっは! フロートちゃんに先を越されていないかと我輩も必死だったのだ! というか、本来ならば、我輩の方がフロートちゃんより早くにその少年と出会う事が出来たはずだったのだが、大天才にも小さな失敗あり! 上空、高度二千メートルの位置まで飛行していたのがユーとの小さなタイムラグを生んでしまったのだ! ああ、なんたる悲劇!」
ヘン・タインシュケルは美しくも華麗に悩む彫像の如く、手のひらをひたいにあてていた。
現段階で神薙降真に理解できるのは、この謎の少女フロートと謎の変態さん、ヘンタイが顔見知りであるという事だけだった。
「というわけで、ここに悲劇極まれり! ユーとはどうも因縁めいたものがあるらしいな! フロートちゃん!」
ヘンタイは、ビシッ! と少女フロートに向けて人差し指で彼女を指差した。
「こっちはもうあんたに会いたくなんてなかったんだけどね……」
フロートはヘンタイにそう言うと、呆れ顔のままちらりと背後にいる神薙降真へと振り返った。
「ごめんねこーま君。詳しい説明はもうちょっと後になっちゃうかも」
「ぇ? え?」
もはや完全に置いてけぼりを食らっている神薙降真は、何が何やらわけがわからなかった。少女フロートが謝っている意味も理解不能だった。
「まるで磁石の同極同士が反発しあうように、我輩たちは常に争い合う運命にあるようだな。つまり! ユーは我輩の宿敵と書いてトモと呼ぶ存在!」
「か、勘弁してくれる!? あんたなんかとそんな漢字を使ってもトモと言われるような関係になんてなりたくないよ!」
「だがしかぁぁあし! 親友と書いてトモと呼ぶ関係にもなれないのはたしか! いや、もうよそう。時に言葉は無意味だ! ここでやり合っても我輩には全く不都合はないが、どうするかね!」
「ありがと。あんたのそういう変な律儀さだけは認めてあげる。というわけでさっそくだけど飛ぶよ!」
フロートは突然、後ろにいた神薙降真の腕をがっしりと掴むと、
「こーま君。急上昇するから、耳塞いでた方がいいかも!」
そう言い、顔を頭上へと向けた。
直後、神薙降真の景色は一変する。
突如襲い来る、頭上からの轟風。そして体中にかかる圧力。
それらはほんの数秒を得て終わった。次に神薙降真の瞳に映し出された景色は、百万ドルとは言えないまでも、そこそこに鮮やかで綺麗な自分の住む町の夜景だった。
一瞬、その景色に見惚れもしたが、すぐに理性は取り戻された。自分は今、大地に足をつけていない。足の下には何もない。夜景のど真ん中に浮かんでいるのだと理解した。
「お、あ、わぁぁ!?」
パニックを起こしかけた神薙降真に優しく声をかけたのは、今も腕をしっかりと掴んでくれているフロートだった。
「だいじょぶ。落ち着いて。こーま君は今、私のフィールドにいるから、落ちることはないよ。私の半径一メートル以内ならフィールドが生きてるから」
そう説明した直後、フロートは今まで掴んでいた神薙降真の腕を放した。しかし彼にはそれがとてつもなく恐ろしい行為に思えた。落ちる。落下する! と思わずにいられなかった。だからフロートが手を放した直後、今度は神薙降真がフロートにしがみついた。
「きゃっ! ちょ、ちょっとこーま君! 変なところ触らないで!」
「ば、ばば、ばかやろう! 手を放したらおっこちちまうだろうがぁ! 俺は……俺は皆みたいに空を飛べないんだぞ!?」
「だから大丈夫だってば! それにこーま君は生成者なんだから、飛べなくて当たり前だよ!」
「な、何わけわかんねぇ事を! お、おちるぅ」
神薙降真はしがみついた体を放す事はしなかった。どんな説明を受けようと、この恐怖感は拭えなかったのだ。
フロートは何度も納得してもらえるよう説明を試みたが、それでも神薙降真はしがみついた体をフロートから放そうとはしなかった。
そして、そんなやりとりはもう一人の人物が訪れてもなお続いた。
「はーっはっはっはっは! 待たせたなフロートちゃん! 相変わらずのコントロールぶり、見事と言えよう! さて、余興と茶番はここまでだ! 今日こそ因縁に決着をつける時! 準備はよろしいか!」
そんなヘンタイの言葉は、残念ながら誰の耳にも届いていなかった。なぜなら当のフロートと神薙降真は今も手を放して! いやだ! の押し問答が続いていた為だ。
「ふぅむ。どうやら取り込み中のようだな。しかぁし! 我輩もそこまで甘くはないのであった! 我輩はこれをあえて好機と見る! 破綻の申し子はユーの思惑とは裏腹にここで力尽きるのだ!」
ヘンタイは決めマッスルポーズを取った直後、クラウチングスタートの体勢を取り、
「よぅい、どん!」
と、自身の掛け声と共に、猛烈なスピードでフロート達へと向かって突っ込んで来た。突っ込むとはまさしく読んで字の如く、頭の先端をフロート達へと向けて、まるで射出されたロケットのように、宙を飛来しているのだ。
それにフロート達がようやく気づいた時には、すでに手遅れだった。
ヘンタイの猛烈なスピードでの接近を確認した時、フロートとヘンタイの空間距離はおよそ一メートル。とても避けきれるものではなかった。
あのスピードでヘンタイの直撃を神薙降真と共に受ければひとたまりもないと悟ったフロートは、仕方なしに神薙降真だけでも逃がす為、わざと自身のフィールドを解いた。
「え」
その瞬間、突如神薙降真に訪れる本来あるべき引力が働き、フロートにしがみついていた体は、なすすべもなく地表へと向かって落下していった。
高度はおよそ数百メートルにも及ぶその高さから落下して、地面に叩き付けられればまず間違いなく待ち受けているのは、『死』だった。
「う、うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫びつつ落下しながら、神薙降真はこれまでを振り返った。
もし仮に自分も、『グラビティレジスト』の効力があったなら、それを使いなんとか死を免れる事が出来たかもしれない。
財布をなくした時もそうだ。自分に『グラビティレジスト』の効力があったなら財布をなくさなかった。その日はたまたま財布が入ったバッグを自転車の前カゴに入れていた。それをひったくられたのだ。必死に追いかけようとしたが、当然ひったくり犯は『グラビティレジスト』の効力で飛んで逃げていってしまった。辺りには人通りもまるでなく、誰もその現場を目撃していなかったので、神薙降真にはどうすることもできなかったのだ。
電車で乗り過ごして終電が終わってしまった時だってそうだ。あの日は結局、徒歩で数時間も掛けて帰ったのだが、『グラビティレジスト』の効力があればもっと早くに帰宅できたはずだ。空路には自身の歩む先を遮る障害物が少ないのだから。おかげで翌日の学校に遅刻した。
ヤンキー風の危ないおにいさん達に絡まれた時だって、自分にも『グラビティレジスト』の効力があれば、もっと善戦出来たはずだ。ヤンキー風のおにいさん達は、当たり前の如く数人掛かりで空中戦を挑んできた。しかも、こちらが飛べないと知ると、それを利用して神薙降真を掴み上げ、めいっぱい高く飛んだ。そして金を出さないと落とすぞと脅されたのだ。
中学校で行った修学旅行の時だってそうだ。北海道への旅行という事で飛行機に皆で乗ったのだが、離陸後、すぐに機内放送で「エンジントラブルを起こしました」と簡単げに告げた。昨今、飛行機やスカイダイビングによる不慮な落下事故での死亡者は激減した。それと言うのも『グラビティレジスト』の効力を利用し、個々に飛行機から飛び降りてもらい、後は自力で着陸するだけで済むのだから。十メートル程度の反発引力しか持たない重力場と言えど、それでも生存率は大幅に違った。
この『グラビティレジスト』による反発力は、なぜか地表十メートル付近にまで及ぶと、猛烈な反発力を生み出す。まるで地上十メートル付近から大きく弾力性のあるクッションのようなショックアブソーバの役割を果たす。飛行機ほどの高度から落ちた際、人の落下速度は終端速度であるおよそ時速二百キロメートル程度に到達しそこで一定速度を保つ為、つまりはどの高さから落ちても『グラビティレジスト』を意識して発動させれば死亡はおろか、無傷の生還もざらではなかった。よって、この時も機内での放送は「救命具を着用後は、自身の『グラビティレジスト』をいつでも発揮していられるよう気を失わないようにしてください」だった。ふざけるなと神薙降真は思った。幸いこの時は飛行機の予備エンジンが生きていた為、落下には至らず無事に不時着してくれたのだが。
とにかく、とにかく今の世界はなんでもかんでも『グラビティレジスト』ありきだった。
悔しかった。どうして、なんで自分だけ他の皆と同じように飛ぶ事が出来ないのか。自問自答を繰り返す日々は、次第に一万分の一で自分を選んだ架空の神様を憎むようになっていた。
今、この瞬間もそうだ。
神薙降真も当然、一般に普及され始めた時期より『グラビティレジスト』を摂取した。
しかし、いつまで経っても神薙降真だけは宙を舞う事が出来なかった。
だから神様が大嫌いだった。
いつだって、どんな時だって、神様は自分の願いを叶えてくれた事などなかった。
しかし、この時。
今日だけは、叫ばずにいられなかった。今までの借りを返せと言わんばかりに叫んで、叫んで、叫びまくってくれた。胸がはちきれんばかりの大声で、
「神様! どうか! いい加減この俺を救ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」




