お嬢様と僕
「いやよ! いや! 絶対にいや!」
暖かい光に満ちた麗らかな午後のひと時、旦那様の執務室にお嬢様の絶叫が響き渡った。
「レンヴァル家の役に立とうとは思わんのか! お前も貴族の娘なら自分の役割ぐらい心得ておるだろう!」
その声に負けぬ音量が、執務机の前に立つ旦那様から発せられる。姿勢の良い長身から出される低い声は、聞くものを問答無用で従わせる威圧感に満ちていた。
一筋の乱れもなくきっちりと後ろに撫で付けられた頭。そろそろ40歳を超える旦那様の頭髪には白いものが混じり始めている。しかし、乗馬と剣術と農作業で鍛えられた体は引き締まり、まだまだ衰えを感じさせない。
「いやなものはいやなの。お父様も人の親なら、父親の役目ぐらい心得ていらっしゃるでしょ!」
旦那様はアール酒の元となるロルエの実の品種改良に乗り出し、従来のものとは比べ物にならぬほどの芳醇な香りとこくをもつ酒を作り出すことに成功した。その酒の独占販売により、地方の一伯爵家に過ぎなかったこのレンヴァル家の名を、中央にまで知らしめるにいたった、やり手と評判のお方だ。だが、娘の教育には少々失敗したようだ。このように口答えをさせるなど、旦那様はお嬢様に甘くていらっしゃる。旦那様は、今は亡きお嬢様の母君をそれは大切になされていたという。亡くなってから6年もたつというのに、未だ再婚もせずに、一粒種であるお嬢様を男手一つで育てられた。こと親子関係に関しては不器用な旦那様は、口ではこのようなおっしゃりようをされる。が、この度の決断も決して家の為だけではない。お嬢様の将来を慮ってのことなのだろう。
「お前というやつは、口ばかり達者になりおって! いいか、今回ばかりは従ってもらう。お前はユーンの乙女となるのだ。今日からお役目の日まで部屋からでることはならん。一歩もだ。分かったな!」
取り合うつもりもないらしい。目じりを吊り上げて飛び掛らんばかりの勢いで旦那様に噛み付くお嬢様から、辟易したように顔を背けると、旦那様は執務机を回って椅子に腰掛けた。
「ひどいわ! 横暴よ!」
なおも食い下がるお嬢様。握り締めた拳は怒りのためにぶるぶると震え、目尻には涙がたまっている。
「クラエス連れて行け」
机の上にあった書類を片手に頬杖をつくと、旦那様はこちらに眼を向けることもなく冷徹に言い放った。
「クラエス! あなたは私の味方よね!?」
お嬢様は薄い茶色の瞳で懇願するように僕を見た。
お嬢様付きの従者である僕の主はと言えば、レンヴァル伯爵その人なわけで、当然命令には逆らえない。
「お嬢様、お部屋に参りましょう」
これ以上興奮させて倒れられる事のないように、努めて穏やかな声を出したのだが………。
「クラエスの裏切り者~!!」
お嬢様のお気にはめされなかったようだ。
暴れるお嬢様を、警備に当たっていた兵の手をかりて2階にあるお嬢様の部屋に押し込むと、僕は鍵をかけた。勿論外側から。お嬢様のお部屋に外側からかかる鍵が、何故とりつけてあるのかは、楽に想像できるでしょう? ねぇ?
中からお嬢様が扉を叩く音がひっきりなしに聞こえる。
「クラエス! この馬鹿! さっさと鍵をあけなさいよっ」
よくもこれだけ叫び続ける事が出来るものだ。毎度の事ながらお嬢様の声帯の頑丈さには感心させられる。
「お茶をもらって参りますので少々お待ちください」
「ちょっと、クラエス! 待ちなさいったら」
叫び声の響くお嬢様の部屋を後にして、僕は外にある納屋へと向かった。薄暗い納屋の中から一本のロープを探し出すと、十分な長さと強度がある事を確認して、帯の下に巻きつける。次に医務所にいき、塗り薬を一瓶拝借すると、最後に厨房に寄ってミリラ産の茶葉をつかってお茶を淹れた。
熱いお茶が冷めぬよう、厚手の布をぽっとにかぶせて、カップと共に盆にのせる。そうそう、甘い蜜の入った小瓶も忘れずに。お嬢様は甘いミリラ産の茶を好まれる。今日は特に甘めに淹れて差し上げよう。喉を痛めぬようにね。
「お嬢様、クラエスです」
扉の前で声をかけるも、返事はない。
「お嬢様? 開けますよ?」
扉の前に立つ兵士に盆を預けると、鍵穴に懐から取り出した鍵を差し込む。カチャリと冷たい音がした。と、同時に凄まじい勢いで扉が内側から開かれた。金糸の如く輝く、真っ直ぐに伸びた長い髪が目の前でなびく。
「はい、そこまでです」
部屋から勢いよく飛び出したお嬢様を、がっちりと右腕で抱え込むようにして押しとどめる。
「クラエス! お願いよ。見逃して頂戴」
腕の中でもがくお嬢様を僕は見下ろした。
「僕が見逃して、それで逃げ切れるとお思いですか? 見張りの兵や使用人達をどう突破なさるおつもりなんです?」
うっ、とお嬢様が言葉につまる。
「そ、それは、気合と根性で………」
琥珀色の瞳を明後日の方角に向けてお嬢様はしどろもどろに言い募った。
「気合と根性でどうにかなるものでしたら、今まで53回も脱走に失敗していませんよ。さあ、お部屋にお戻りください」
「違うわ! まだ52回よ!」
お嬢様は瑞々しい果実のような唇をへの字に曲げて僕を睨んだ。
「今回で53回目です。さ、お早く。お茶が冷めてしまいます」
ちらりと兵に預けたままの盆に目をやると、お嬢様は喉に手を当てた。さすがに、喚き通しで喉の渇きを覚えたらしい。
「………とりあえず、お茶を淹れてちょうだい」
渋々といったていでそう呟くと、お嬢様は素直に部屋の中へと戻った。
「クラエス、お茶」
部屋へ戻っても、お茶の用意をはじめない僕に、お嬢様が不満げに眉を顰める。
「お茶の前に、お手を」
「手?」
ソファに沈み込むように腰掛けて、足を抱えて座るお嬢様の前に跪き、掌を差し出した。
「お怪我をされているでしょう。あのように扉を叩かれてはなりませんよ」
お嬢様の白い手の甲は赤くなり、擦り切れて血が滲んでいる箇所もある。
自分の手を見つめると、お嬢様は小さくため息をもらし、不貞腐れた態度で投げやりに掌を重ねた。
先ほど医務室から拝借してきた薬瓶を懐から取り出すと、蓋を開ける。すっと鼻にくる匂いが瓶から立ち上った。
僕は指の先で薬を掬い取ると、無言でお嬢様の手に塗りこんでゆく。ゆっくりと、お嬢様の心をほぐすように。
「クラエス」
じっと薬がすり込まれていく手の甲を眺めていたお嬢様は、ぽつりと僕の名を呼んだ。
「お願い、クラエス。私を逃がして頂戴。私、どうしても嫌なの!」
僕は薬を塗る手を止めてお嬢様を見た。
「何故です? お家の為にも、お嬢様にとっても、願ってもない話なのですよ?」
そう、いくら事業で成功しようとも、豊富な資金があろうとも、成り上がりに過ぎないこのレンヴァル家の地位を確固たるものとし、かつ、お嬢様の経歴にも箔が付く。これ以上ない程の話だ。
しかし、お嬢様はおぞましくてたまらないというように、ぶるりと身震いする。
「顔も見た事のない殿下のもとになど、誰が行きたいと思うというの。私、好きでもない相手のために窮屈なだけの城の暮らしに耐えるなんて出来ないわ!」
本当に、困ったお嬢様だ。お嬢様ももう16歳。いつまでも夢ばかりみてはいられないというのに。
「ですが、お嬢様。なにもまだ殿下の妃に迎えられると決まったわけではないのですから。聖獣ユーンの乙女と選ばれるは、この国の娘ならば誰もが一度は憧れること。お嬢様も、ユーンに会ってみたいと、そうおっしゃっていたではありませんか」
ユーンは女神が使わされた聖なる獣。4年に1度行われる大礼で乙女の役を務めることは、若い娘にとって何よりの誉れとされている。そして、乙女の中からこの国の王太子妃が選ばれるのが慣例となっていた。
「ユーンには確かに会いたいわ! でもね、ユーンの乙女から殿下の妃が選ばれる決まりなのでしょう? お父様の事だもの、あれこれと手をまわして、私を妃としてねじ込ませるに決まっているわ!」
お嬢様が心配されるのも無理はない。旦那様の手腕は農業だけにはとどまらない。ここ数年は王都キノスとの行き来を頻繁にして、人脈作りにも余念がなかった。王都へ出向かれるたびに、いったいどれほどの金をばら撒いてこられるのか。
「どうかお願いクラエス。私を助けて頂戴」
お嬢様は僕の手を、両手で包み込むように握り締めた。しっとりと吸い付くような柔らかなお嬢様の掌の感触。僕はお嬢様の目をうかがうように覗き込んだ。
「お嬢様。お嬢様のためならば、僕に出来ることは何でもしてさしあげたい。けれど僕の力だけではどうにもならないのです」
「クラエス、お願いよ」
悲痛な顔で首を振る僕に、お嬢様はたたみかけるように訴える。
「………お嬢様」
琥珀色の瞳に見つめられて、お嬢様の手をきつく握り返す。
「分かりました」
僕はとうとう折れた。ぱあっと光がさすように笑顔を浮かべるお嬢様。そんなお嬢様に僕は少し困った顔をして見せた。
「一晩です。僕の力では、一晩が限界です。領内にはお父上の息のかかったものが五万といるのです。彼らの目を欺きお嬢様をかくまえるのはそれが限界です」
「一晩では、領地を出られないわ………」
目に見えて肩を落とすお嬢様。だが次の瞬間がばりと勢いよく顔をあげた。
「クラエス。あなた一晩私と過ごしなさい」
「お嬢様?」
驚いて眉根を寄せる僕を見て、お嬢様はにんまりと唇をつりあげた。
「以前、教えてくれたわよね。乙女となる条件を」
「え、ええ」
「乙女となるには清らかな身でなくてはならない。乙女の資格を捨ててしまえばいいのよ」
ふつふつと黒い笑いを漏らすお嬢様。
「しっしかし。僕にお嬢様のお相手など………」
上ずった声で答える僕に、お嬢様は頬を染めて千切れんばかりに首をふる。
「ちっちがうわよ! 勘違いしないで。一緒に一晩同じ部屋で過ごすだけよ! 一晩男と二人きりだったという実績さえ作ってしまえば、いくらお父様だって私を乙女にしようとは思わないでしょう? 純潔を保っていないと神の怒りにふれて命を落としてしまうんですもの」
「ですが………」
気の抜けた声で答える僕にお構いなしに、お嬢様はぐっと握りこぶしをつくると天に向けて突き上げた。
「嫁の貰い手がなくなったって、かまうもんですか。そのときには女伯爵となってお父様のあとを継ぐのよ!」
声が高いですよ、お嬢様。
「うふふ、いいわ。どうして今まで思いつかなかったのかしら」
やれやれ、僕は肩をすくめて立ち上がった。
蒸らしすぎたお茶を淹れ、蜜をたっぷりと垂らすと、お嬢様は少々ぬるくなったそれを一気に飲み干した。お嬢様の目が逸れたその隙に、服の下に忍ばせておいた縄をとりだして、テーブルの上に乗せる。
「縄?どうして?」
突如あらわれた縄にお嬢様は首を捻った。
「こんな事もあろうかと失敬してまいりました。また2回から飛び降りて足をくじかれては敵いませんからね。お嬢様、時がたてば決行は難しくなります。今夜いたしましょう」
「それは、また急ね………」
縄を見つめたまま、憮然として呟くお嬢様。思いついたばかりの話が、とうとうと流れる川のように転がっていく事に不安を覚えたようだ。
「こそこそと時間をかけては旦那様に怪しまれます。それでは僕はお嬢様に近づけなくなってしまうかもしれません。兵士を幾人か買収して、突破口をつくります。なに、大丈夫ですよ。僕は信用がありますからね。お嬢様と悟られぬように、城内で逢引していた娘を返しそびれたとでも言って通してもらえるように手はずしておきますよ。今夜の鐘が9つなりましたら、お嬢様は窓からその縄をつたって降りてきてください。窓の下でお待ちしております」
ゆれる琥珀の瞳を僕は力をこめて見つめる。
「え、ええ。わかったわ」
迷いをふっきるように、お嬢様は強くうなずいた。
お嬢様と僕はまんまと脱出に成功した。外套にすっぽりと包まれたお嬢様をつれて、城の門を抜けると昼間のうちに厩から連れ出して、森の中に繋いでおいた馬に跨り、一路街を目指して駆けた。
乗馬には慣れているお嬢様が、あまりの速さに驚いて僕の前で身を固くしている。しかし、歩を緩めるわけにはいかない。お嬢様にはああいったが、一晩はもたないかもしれないと分かっていたから。見つかる前に、なんとしても一定の時間をかせいでおく必要がある。
闇夜を駆け抜け、街にたどり着くと、街で一番大きな宿屋の前で馬をおりる。馬番に手綱を押し付けて、僕は街で一番大きな宿屋の一番良い部屋へとお嬢様を案内した。
「いい部屋ねぇ」
ばさりと外套のローブを払い顔をだしたお嬢様が部屋の中を眺めまして感心したように言った。
それは、そうだろう。
「ねえ、クラエっ………!?」
くるりと振り返り、何かを言いかけたお嬢様。しかしその先の言葉は僕の唇にかき消された。
「んっ、んっん!」
苦しげに顔をしかめて僕の腕の中から逃げ出そうとするお嬢様。呼吸の為に薄く開けられた唇に素早く舌を割り込ませる。
「んんー!?んー!んー!!」
お嬢様は驚愕に目を見開いて、どんどんと僕の胸に拳を打ちつける。
僕はお嬢様の背中にまわした腕に力をこめて、咥内に舌をはわせた。
「んっ………んん」
お嬢様の声に甘い響きが混じるまでたっぷりと唇を堪能すると、僕は顔を離した。
「なっなっ、く、くら。くらえ。なにっ」
真っ赤な顔で呂律も回らぬお嬢様の目尻に、吸い寄せられるように唇をよせて溜まった涙をすいとる。
「く!!、くらー!!」
羞恥と混乱に体を震わし、叫ぶお嬢様の唇を再度ふさいだ。もちろん唇で。
「んっ……」
体をかき抱き、首筋をなで、お嬢様の体から力が抜けたのを確認すると、僕はようやくお嬢様を解放した。
「お静かに、宿の者がきますよ」
「なっ、なにが、お静かによっ! あなた、いったいどういうつもりで、こんなっ………」
再び近づく僕の顔に、ようやくお嬢様が静かになる。
「クラエス、どういうつもりなの」
どうやら、大声を出すとキスをされると学習したらしい。今度は小声で話しはじめた。
「どういうつもりもなにも、僕は据え膳は我慢せずにいただく性分ですから」
「すえっ!………あー、えー。クラエス。確認したいんだけど、計画では『ふり』だけだったわよね?」
性懲りもなく叫びかけたお嬢様は、眉を上げて顔を寄せようとした僕をみて、一転、静かに声を出した。
「ふりで、旦那様がだましとおせると本当にお思いですか? こんなに何でも顔に出てしまうのに?」
耳まで赤くなったお嬢様の様子に、思わずくすりと笑いがこぼれる。
「だからって、こんなっ」
馬鹿にされたと思ったのか、お嬢様は目をつりあげて僕を睨んだ。宝石のような瞳に、嬉しそうに笑う僕がうつっている。
「僕では、お嫌ですか?」
「えっ?」
お嬢様の瞳にうつる僕が、楽しげに笑う僕が、ふと、その表情を不安げにゆがめた。
「お慕いしております。お嬢様。」
「え?え?えっと、あの?」
「ずっと、ずっと、お慕いしておりました。僕にお嬢様の相手は務まりませんか? 王太子の妃の一人となるより、幸せにしてみせます。必ず」
「クラエス………」
そう呟いたきりお嬢様は、信じられないというふうに首を小さく左右に振り、ぼうっと僕の顔を見つめる。僕は、ただ待った。どれほどの時をそうして過ごしたのか、零れ落ちそうなほどに大きく目を開けたかと思うと、ぎゅっとつぶり、それから恐る恐る瞼を持ち上げ、お嬢様は僕をみた。
「クラエスは、私でいいの?」
お嬢様の声は震えていた。
「はい。お嬢様がいいんです――――お嬢様は?」
はやる心を抑え、精一杯柔らかく微笑むと、お嬢様は涙の溜まった瞳で僕を見つめて、こくりと頷いた。
「私も、クラエスが、いい」
それは、そうだろう。
お嬢様の気持ちが僕に向くように、おつかえしたその時から、ゆっくりゆっくり時間をかけてきたのだから。
僕は資産のない男爵家の三男坊だ。兄が家を継げば僕に居場所はなくなる。兵士になるか家庭教師でもして食いつなぐより他に道はない。僕は体格に恵まれているとは言いがたい、兵士になっても先はしれている。家庭教師もさして魅力を感じる仕事ではなかった。どうやって身を立てていこうと悩んでいたときに、レンヴァル伯爵家の噂を聞いた。奥方を亡くされた伯爵が一人娘の家庭教師兼従者を探していると。それが6年前。レンヴァル家がめきめきと頭角を現し始めた頃だった。願ってもない機会だと思った。伯爵に取り入り娘を手なずけ、将来は婿養子に入る。それが僕の計画だった。
僕はまず、従順な振りをして伯爵の信を得、そして母を亡くし心細さに震えるお嬢様を少しずつゆっくりと懐柔していったのだ。甘い蜜に近づく虫を駆除しつつ、優しい兄のような存在から異性へとお嬢様が意識するように慎重に事を運んできた。
ところが、成功したレンヴァル伯爵は新たな野心を持つ。お嬢様を乙女とし、王太子の妃に推そうとしたのだ。跡取りには遠縁の子供を迎えるつもりだったようだ。おかげで僕は計画の変更を余儀なくされた。お嬢様に王太子の悪い噂を吹き込み、城の生活がどんなに陰惨なものかを吹聴して、お嬢様が乙女となる事を拒むように仕向けた。乙女の資格についても教え、お嬢様が今夜の企てを思いつくように誘導した。この宿は一流だ。勤めている者も口が堅く、客に対する余計な詮索はしない。しかし、あの馬番だけは別だった。旦那様がお嬢様を取り戻しにくれば騒ぎになる。明日にはお嬢様の噂は街中に広がっているだろう。
「お嬢様、愛しております」
頬を染めるお嬢様を抱き上げてベッドへと運ぶ。きしりと音を立ててベッドが沈んだ。薔薇色に染まった頬に唇をあてると、お嬢様はそっと瞼を閉じた。
まったく面白いように筋書き通りだ。
僕の顔に浮かんだ狡い笑みを、目を閉じたお嬢様は知らない………。
けれど、ただ一つ予定になかった事がある。子猫のように僕を慕うお嬢様に、僕はいつしか―――――心を囚われてしまっていたのだ。