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オレンジのカーテン  作者: T.M
7/9

第7章 蕁麻疹

中学では軟式テニス部に入った。祖母からは剣道を勧められてたが、女子はダメと言われた。

ならば、小学校の同級生の居ない部活にしたかった。

祖母は「テニスはラケットにお金がかかるからダメ」と。

竹刀のほうが高そうな気がしたが、私は何も言わなかった。

ラケットは部活の指導講師のおさがりを500円で譲ってもらった。


部活には朝練と夜練がある

朝練には出られなかった。弟を小学校に送らなければいけなかったからだ。

夜練にも出られなかった

祖母が許さなかったからだ

理由を説明したことがあったのか、もう覚えてない。

ただ、気が付けばまた浮いていた。


2年の夏、水泳大会があった。地区大会に学校代表で出られることになった

少し嬉しかった

けれど祖母は「家族旅行に行くから駄目」私は「出たい」とその時は少し頑張った。でも駄目だった・・


2年の後期、志望校を書く紙が配られた。

私はなるべく遠い学校を書いた。家から出たかった。

先生には「お前の成績なら国立高専以外ならどこでもいける」と言われていた。

けれど中学の近くには誰でも入れる分校があった。同級生の半分くらいはそこを志望しているらしい。

私は嫌だった。あの場所の続きを生きる気がしなかった。

祖母は強く反対した。

「近くにあるんだからそこにしなさい」「勉強なんてやる気になればどこでもできる」

そして最後に

「あんたが他に行ったら弟はどうする」と言った

その時初めて、私は自分が家の中で何の役をしていたのか少しわかった気がした。


どうしても近くの分校だけは嫌で先生に聞いた

「同級生があまり行かない高校はどこですか?」

今みたいに個人情報がどうとか、そういう時代ではなかった。

先生は普通に教えてくれた。けれどもそこにも同級生はいた。

私を「ばい菌」と呼ぶ人。

誕生日を「悪魔が生まれた日」と笑った人

どこへいっても、もう誰かが先にいる気がした。

だんだん進学する気がなくなってきた。

”卒業したら家を出よう”

弟には悪いと思った。でも、私は逃げたかった。

たった2日だが学校を休んだ。

祖母に児童相談所連れていかれた。

相談員と話した「叩かれるのは嫌だ」というと「躾だからね」と返された。

相談員が何か聞こうとすると、祖母は「家の事情ですから」

私は何故連れてこられたのか、なんの相談だったのだろう・・・疑問だけが残った

その頃から朝と夕方に蕁麻疹が出るようになった。病院では

「アクの強いものや、刺激物は避けなさい」とだけ言われた


毎朝登校前に、注射を打った。眠くなる薬だった。

授業中は睡眠学習のような感じで何度もあてられた。完全には寝てないから答えられた。

それが気に入らなかったのか、周りのあたりは強くなった。

夕方になるとまた蕁麻疹がでた。


今ならわかる。


学校に行きたくなかった

家にも帰りたくなかった

だから蕁麻疹がでていたのだと。

父の葬式の次の日にでた蕁麻疹もきっと同じだったんだ。

あの頃の私は、自分で悲しいとも苦しいとも言えなかった。


その代わりに身体が反応していたんだと。


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