勇者様、魔王はそちらではありません
これは、猫の日に捧げる物語
ナァーン
ニャォーン
ウニャー
ここは天国か。
いや、多分本当に天国なんだろうな。
だって私、トラックにひかれたんだし。
それに目の前にいる女の人、めっちゃ女神っぽいし。
……ネコミミ付きだけど。
「植野 幸さん」
「あ、はい。サチです。幸薄いのサチ」
「……随分と自虐的ですね」
「あはは……それであの白い子猫は無事ですか?」
「ええ、無事ですよ。貴方が身を挺して庇って下さったおかげで」
「良かった~。いや、自分が死んだら良くないんですけど。私、春から女子大生になるはずだったんですけど!」
そう言いながら、私は周囲を見回した。
白い壁、白い天井、白い床。
一面白い部屋の中に、無数の猫と猫と猫と、ネコミミを付けた女神様。
やはりここは天国に違いない。
どうやら花の女子大生になることを諦めないといけない状況のようだ……。
ナァオ
ニャァ~
ニャーン
まぁ猫は大好きだし、こうやって多数の猫達に囲まれる天国なら悪くはないかな。
そんな事を思ったんだけど。
「では猫を助けたあ(ニャ~)たへのご褒美として、異世界行きの(フミャァァ)を進呈します」
猫の女神様は笑顔でそう言うけど、「異世界行きのフミャァァって何なんだろう。
周囲にいる猫の鳴き声がうるさくて聞き取れなかったんだけど。
良くある異世界転生ものならこの展開で提示されるものは異世界行きのチケットだろうから、私は勝手にフミャァァをチケットだと脳内変換した。
……でも相手は猫の女神様だし、異世界の猫缶を進呈される可能性もあるのかな……?
「それでサチさん。貴女が(フミィィ)で何をしたいか伺って(ナオーン)のですが」
「えっと、良く聞き取れなったんですが……フミィィへ行ったら……勇者にア~~りたいです!」
……私の言葉にも猫が鳴き声を被せてくるし。
けどまぁ、異世界行きと言ったら勇者が定番だ。
若干……ほんのちょっぴりだけオタク趣味があるけど、平凡な文系女子である私が勇者になるなんて、最高じゃない!
「わかりました。やや奇妙な申し出ですが……賜りました」
「え?そんなに奇妙ですか?割と定番だと思うんですけど」
「そうですか?勇者にあいたい、と言われるのは珍しいと思いますよ」
え?猫の女神様、今なんて言った?
私、「勇者になりたい」って言ったのに、猫の鳴き声が被って「勇者にあいたい」だと思われた!?
「えっと、違うくて!私、勇者にあいたい――」
「ええ、判っていますとも。では勇者に会いに、行ってらっしゃい」
ちょ、このポンコツ猫女神!
私は「勇者にあいたい訳じゃない」って言おうとしたのに、話を最後まで聞かずに――
――見知らぬ部屋の次は、見知らぬ森だった。
いや、これはきっと地獄だな。
だって見るからに密林だし、何の説明もなく……たぶん異世界に放り出されたし。
まず落ち着いて状況を整理しよう。
私の名前は植野 幸。
都内在住の17歳女子高生、推薦入試に合格してるから、今度の春からは某マンモス私大で女子大生になる予定だった。
猫っ毛でまとまりの悪いボブカットに眼鏡を掛け、黒い垂れ目がチャームポイント……と自称しているけど、クラスでは埋没気味なその他大勢の1人。
背が低く童顔であることから、15歳ぐらいに間違われる事も多い。
けど……女神様?
どうせ異世界転生させるなら、もっとこう金髪碧眼でボンキュッボン!的な外見にして下さいよ……!
つまるところ、私ことサチは、日本でいた頃と寸分変わらない姿でフミィィへ放り出された訳だ。
「そうだ、チート能力!こういうときは何か魔法とか、必殺技とか貰ってるはずだよね!?……ステータス、オープン!」
格好付けたポーズと共に私が発した声に応え……近くの茂みから小鳥が驚いた様子で飛び立った。
あれ?何も起きない?呪文が違うのかな?
「アナライズ!……でもないのか……じゃあメニュー・オープン!ディスプレイ!能力開示!」
しばらく色々と叫んでみた結果、私は理解した。
たぶん私、日本にいた頃と何も変わってない。
チート能力どころか自分のステータスすら見ることができない。
いや、確かに実生活でも自分のステータスなんて見れないけどさ!
「えっと……どうするの、これ。勇者がどうとか言う以前の問題だよね?」
思わずその場にしゃがみ込み、そんな弱音を吐いてしまう。
見知らぬ異世界フミィィへ放り出されて、魔法も何もなしでどうやって生き延びたらいいんだろう。
そもそも、ここどこなんだ?
人里とか……あるの?
そんな事を考えたとたん、お腹がクゥと鳴いた。
そうだ、私お昼ご飯を買いにコンビニへ行く途中だったんだっけ……。
「どこかに、ご飯食べられるところ、無いかな……」
そんな事を呟いた瞬間。視界に矢印と文字が浮かび上がった。
「……直進3Km先、宿兼食堂『ラッコ亭』……ってなにこれ!?いやそれ以前にこの世界ってラッコいるの!?」
自分でも混乱しているのが判る。
いや、ツッコミどころはラッコじゃないでしょ、私。
「……最寄りの水場はどこ?」
私の言葉に反応し、視界の中に映し出された矢印が右向きに変化する。
矢印と共に表示されたのは「右方向250m先、泉。飲用可」の文字。
「……ナビゲーション能力……ってこと?」
でももしかしたら矢印と文字が出てるだけで情報が嘘だったり不正確だったりするかもしれない。
お父さんが昔使ってたカーナビで海の中へルート案内されそうになった……って言ってたし。
今いるのは森の中で、前後に伸びる道の真ん中に私は座り込んでいる。
そして「ラッコ亭」なる食堂は道の前方、泉があるのは右手の森の中だ。
情報を確認するにしても3Km先まで行って空振りなのはさすがにキツいから、最寄りの水場が本当に存在するのかを確かめることにした。
お腹はすいたけど、250mぐらいなら寄り道しても平気だろうからね。
けど、その考えは甘かった……。
「うわっ!」
森歩きなんて子供の頃の林間学校以来で、ナビを見ながら歩いていた私は木の根っこに足を取られそうになった。
転ぶことはかろうじて避けられたけど、眼鏡が落ちてしまった……。
そしてぼやけた視界の中で、私はある事に気が付いた。
「……ナビが、消えてる?」
ふと足下の眼鏡を拾い上げると……眼鏡のレンズにナビが表示されている。
え、これって……私にナビ能力が与えられたんじゃなくて、眼鏡がスマートグラスになったってこと!?
「全然チート感がない……。腑に落ちない!」
そうは言ってみたものの、実際森の中を250m歩いた結果、種類の良くわからない動物が水を飲んでいる泉を見つけることができたので、とりあえず私はこの眼鏡を信じることにした。
冷たい水を手酌ですくって喉を潤し、私はあることに気が付いた。
そう言えば私、勇者に会うためにこの異世界フミィィへ来たんだっけ。
「ナビ、勇者の居場所を示して!」
……って、自分でも無茶ぶりだとは思う。
こんな事で勇者の居場所がわかったら苦労しないよ。
そう思ったんだけど。
「後方170m……160m……間もなく目的地に到着?」
後ろ向きの矢印と共に、どんどん小さくなる距離が表示されている。なにこれ!?
振り返った後方は森の奥だ。これがモンスターの接近情報なら理解出来るけど……勇者が森の中から出てくるの?
この世界の勇者ってモンスターなの?
驚きのあまり、私が硬直している間にナビの距離は10mになり、目的地に到着しましたという表示に切り替わる。
いや、目的地に到着したんじゃなくて、目的地が到着したんだよね!?
心の中でそんなツッコミを入れている間に、目の前の茂みがガサガサと揺れると……ソレが姿を現した。
……終わった。
乙女の人生は儚かった。
私が観念したのも仕方ないだろう。
だって茂みから姿を現したのは、鎧を身につけ大剣を背負った金髪三白眼の……見るからに野盗めいた大男だったから。
「……どこやねん、ここ」
「あのっ、お金は持ってません!殺さないで!」
「なんやねん、おまえ。……てか、日本語?」
「へ?」
「あんた、日本人なんか?」
「あ、はい。サチっていいます。幸薄いのサチです」
森の中から現れた野盗は、何故か日本語……それも関西弁で話しかけてきた。
え、ここって異世界フミィィじゃなくて日本の……大阪あたりなの?
「俺はイサミや。勇者の勇やから、ガキ共はユウしゃんって呼んどるけどな」
「へー、ユウしゃんですか」
自分の声が平坦になったのが判った。
このナビ、「勇者」の場所じゃなくて「野盗のユウしゃん」の場所を示しやがりましたよ……。
「それで、ここはどこなんですか?奈良?それとも京都ですか?」
「は?何いうとんねん。ここは異世界に決まっとるやろ!」
「ええ!?じゃあなんで異世界の野盗が関西弁なんですか!?」
「誰が野盗やねん!それに俺は日本人や!」
あ、あの裏拳でつっこんでくる動き、お笑い動画で見たことがある。
じゃあこの人、本当に日本人?
でも異世界って……。
「じゃあここは異世界フミィィですか!?」
「なんやねん、その猫の鳴き声みたいなんは……。ここは……なんやっけ?」
「30分ぐらい前に到着した私に聞かれても……」
「んー、あ、せや!確かあのジジイ、ソロモンがどうとかって言うとったな」
「ジジイってどこのご老人ですか……」
「なんや知らんけど、王様やいうとったで」
王様をジジイ扱い!?
いや、それ以前に王様と面識のある関西出身の野盗って何!?
結論から言えばこの野盗っぽい人は本当に勇者だった。
それも女神様に選ばれて、チートも貰ってるらしい。
なにそれズルくない?
「で、その勇者様がなんでこんな所にいるの?」
「なんで、ってそりゃお前、魔物を倒してこれから街へ帰るとこに決まっとるやろ」
「……わざわざ森の中を通って?道が近くにあるのに?」
「なんやて!?いくら探しても道、見つかれへんかったのに!」
……方向音痴か、この勇者。
森の中で漫才をやっていても仕方ないので、私がナビをして街へ向かうことになった。
道中、イサミと話をして彼が大阪出身の高校生であること、そして私より年下である事を知った。
イサミはイサミで私の方が1つ年上ということに盛大に驚いていたけど、それはお互い様だろう。
イサミは半月ほど前にこの世界に召喚され、王様から魔王を倒して攫われた姫を助ける依頼を受けたそうだ。
え、なにそれ楽しそう。
それって私がやりたかった異世界ライフだよね?
私だってナビ眼鏡じゃなくて魔法の剣でも貰えれば、バンバン魔物を倒す勇者になれたのに!
ちなみにイサミが向かっていた街は「ラッコ亭」のある街で、残念ながらこの世界にラッコはいないらしい。
じゃあラッコとはなんだと聞いた私に対して、イサミは店主の名前だと面倒くさそうに言った。
名称詐欺だよね、それ。
というかこの世界、私にとって色々と理不尽な気がするんだけど。
しかも!この世界って魔王が沢山……具体的に言うと72人も。
さっきイサミがソロモンと口走っていたことと合わせて考えると……きっとソロモン王の72柱の悪魔だ!
「だよね!?」
「いや、知らんし。だいたいソロモンって誰やねん」
「ええー!ソロモン王と72柱の悪魔って義務教育で習う基本中の基本だよ!?」
「どこの異世界基準やねん……」
あれ?義務教育じゃなくてオタク基礎教養だっけ……?
いや、それよりもそんなに沢山魔王がいるなら、だ。
私だって1体ぐらい倒してもいいよね?
そんな事を言っている間に私達はエデンという街に到着した。
イサミが魔物を報告をするために冒険者ギルドへ行くというので、ギルドなるモノを一度見てみたかった私も同行することにした。
けどイサミは街の入口で固まって動かない。
「勇者様?もしかしてギルドの場所がわからないとか?」
「う、うっさいわ!こんなスマホナビも無いとこで場所わかる方がおかしいんや!」
「いやいや、地元の人達は普通に地図無しで生活してるよね?」
私の言葉にイサミは悔しそうだけど、事実だから反論できないようだ。
ひとしきり鬱憤晴らしをして満足した私は、ナビを使って冒険者ギルドまでの道を案内する。
いや、本当なら初めてここへ来た私の方が案内される側のはずなんだけどね。
「ところで魔物を倒したってどうやって証明するの?」
「そりゃ、証拠を見せるに決まっとるやろ」
そうは言うけどイサミは背中に背負った剣以外は手ぶらだ。
ああ、そうか。こういうときって耳とか牙とか、そういう討伐証明部位を持って行くのが定番だっけ。
そういう小物ならポケットに入るしね。
……そう思っていた時期が私にもありました。
「ね、これなに?」
「ライノ……なんとかやな」
「サイっぽいからライノビーストかな?いや、そうじゃなくて。どっから出て来たの、このデカいの」
「そりゃお前、アイテムボックスに決まっとるやん」
アイテムボックス!
冒険者の憧れのあれか!
「アイテムボックス、オープン!」
私が声高に呼ばわると……冒険者ギルドの受付嬢が迷惑そうな顔でこちらを見た。
ええ、知ってましたとも。
「……何やっとんねん」
「ねぇ、どうして私にはアイテムボックスが使えないの?どうやって手に入れるの?」
「俺に聞かれてもしらんわ。まぁ俺は女神にもろうたんやけどな」
「猫の女神様、えこひいきが過ぎない?」
「なんやねん、猫の女神って……」
ギルドのスタッフがイサミの倒して来た魔物を査定している間に待ち合わせ室で話を聞いたところによると、どうやらイサミを異世界へ誘ったのは猫の女神じゃなかったらしい。
なんでも小学校の時の担任の先生に似た女神……って何そのローカル感。
「いや、ネコミミ付けて猫まみれの部屋におる女神の方が頭おかしいやろ」
「まぁ、頭は弱そうだったけど……でも猫天国だったよ?」
「俺もいっぺん見てみたかったなぁ、そこ。くしゃみで死にそうになりそうやけど」
どうやらイサミも猫好きらしいけど、同時に猫アレルギーでもあるらしい。
そんなどうでもいい話をしている間に査定が終わり、イサミはギルドマスターに呼び出しを受けた。
部外者だけど、1人でここにいても仕方ないので私も後をついて行く。
「おお、来たか勇者よ!良くライノビーストを倒した!これなら貴殿に魔王討伐を任せることができる!」
「……なに、勇者なのに信用されてなかったの?」
「む、なんだね、君は」
「あ、ただの通りすがりなんでお構いなく」
「通りすがりが何故ギルドの応接室にいる……?」
50がらみの髭面で顔面に傷のある、ザ・ギルドマスターコンテストに出したら優勝しそうなギルマスは私の事を不審者を見るような目で見た。
いや、私ってどこにでもいる普通の女の子だから、どこにいても不思議じゃないと思うんだけど。
ちなみにギルマスや受付嬢の言葉が理解出来るのはナビ眼鏡のおかげらしく、試しにちょっと眼鏡を外してみたんだけどこの世界の人が何を言っているのかさっぱり理解出来なくなった。
つまり眼鏡を無くしたり壊したりしたら私は詰むってことだ。
で、ギルマスとイサミの話を聞いていると、魔王が沢山いるこの世界では魔王へ挑む自称勇者もまた無数にいるらしく、騙りとはいえ無駄死にさせないためにある程度の実力を示さないと魔王にまつわる情報を手に入れられないようになっているらしい
安心設計というか、フラグを立てないと先に進めないゲーム感があるというか……。
ともあれ、イサミはその試験をクリアして魔王討伐に向かう資格を得たらしい。
「あれ?でもイサミって王様に討伐の依頼を受けてるんじゃなかったっけ?」
「ああ、せやな」
「なっ……それは本当か!?何故その事を言わなかった!」
「……忘れとったわ」
イサミのあんまりにもあんまりな言葉に、ギルマスはがくりと頭を垂れた。
どうやら王家が召喚し、直接討伐依頼を出しているイサミは本来この試験を受ける必要が無かったらしい。
そりゃそうだ。もし試験に落ちたら姫を助けに行けないんだから。
「ではイサミ殿……もしや王家の紹介状などはお持ちか?」
「紹介状……?んー、これか?」
しばらくアイテムボックスの中を漁っていたイサミが取り出したのは、一通の封筒だった。
赤い蝋で封緘が施されてるけど……まるで小学生が机の奥に突っ込んでいたプリントのようにしわくちゃになっている。
ああ、間違い無い。
イサミは整理整頓の出来ない駄目な子だ。
「これは確かに王家の封蝋!……ですが、このしわくちゃぶりは……不敬罪で斬首刑になりますぞ……」
「うわっ、えんがちょやん!そんなんいらんから、捨てといて!」
「しわくちゃになっただけで斬首されるんだから、不法投棄したら地の果てまで衛兵が追ってきそうじゃない?」
そんなどうでも良い……いや、どうでも良くはないか?ことを言いながら、私達は魔王に関する情報をギルマスから聞き出した。
なぜ部外者の私が話を聞いたかというと、記憶力が残念なイサミは折角教えて貰った情報を聞いているしりから忘れていたからだ。
どうせ資料を貰ってもまた机の奥でぐしゃぐしゃにするのが目に見えていたし。
「悪りぃな、サチ」
「一応、私の方が年上なんだけど?ヤンキーは年功序列にうるさいんじゃなかったっけ」
「いうても、サチはガキにしか見えへんからなぁ……」
外見で人を判断するけしからんイサミの足に蹴りを入れたけど、さすが勇者だけあってびくともしない。
腑に落ちない。
ちなみにイサミがヤンキーだというのは本人に聞いた。
なんでも中学時代までは剣道を頑張ってたそうだけど、高校に入ってからは部活も辞めて盛り場でたむろするテンプレ不良をやっているそうだ。
まぁ家庭の事情は人それぞれだから、詳しいことは聞かなかったけど、本人は割とあっけらかんとした様子で語ったので私が配慮する必要はないのだろう。
ともあれ、魔王を助け姫を倒す……いや、逆だ。姫を助け魔王を倒すための旅が始まった。
もちろん倒すのはイサミの役目で、私はただ物見遊山的に同行するだけだけど。
で、その旅の主役であるイサミは勇者だけあって強かった。
魔王の城がある場所――私のナビだと、エデンの街を出発する時点で前方207Km先だと表示されていた――へ向かう途中、何度か魔物やら盗賊やらに襲われたけど、余裕で全て撃退してたんだ。
「ね、それが勇者のチートパワーって奴?それとも勇者ソードのおかげ?」
「なんやねん、勇者ソードて。そんなんちゃうわ」
どうやらイサミが使っているのは国王が最初にくれた50ゴールドで買った鉄の剣らしく、お金が足りなくて防具は革の鎧になったそうだ。
いや、なんで国の命運を託す勇者に端金しか渡さないよ、国王。
けど最初の街で買えそうな装備でかなり強そうな魔物をばったばったと倒している所をみると、やはりイサミは勇者なんだと、今さらになって感心したものだ。
ただし方向音痴は相変わらずで、分岐点がある度にほぼ確実に間違った方向へイサミは進もうとした。
これはある種の才能かもしれない。
いや、イサミだけに勇み足ってやつか……。
そんな事を思いながら、私はイサミが道を誤る度に告げる。
「勇者様、魔王はそちらではありません!」
そして魔王の城があるという深い森に到着した。
ギルドで聞いた話ではここは迷いの森と呼ばれているらしく、下手に足を踏み入れると進むことも戻る事もできない恐ろしい場所なのだそうだ。
うん、方向音痴のイサミにとっては死の罠になりかねない凶悪な森だよね。
「ナビ、魔王の城へのルートを出して」
私の言葉に眼鏡に前方300mで右折、さらにその先50mで左折という情報が表示される。
どうやら迷いの森だけど、一切迷わず攻略できそうだ。
そうだというか、徒歩20分で私たちは迷いの森を通過した。
眼鏡に表示された「目的地に到着しました。案内を終了します」という文字を見るまでもなく、私達の目の前にはいかにもな魔王城がそびえている。
「……サチ、すげぇな」
「私じゃなくてナビが凄いんだよ。それで、魔王城まで来たけど……魔王のこと、覚えてる?名前はなんだった?」
「……だんだん畑」
「どこの農家なのよ、それ。ダンタリオンでしょ」
「名前なんかどうでもええやろ!顔がぎょおさんあるバケモノなんやから、顔の数数えて倒したらしまいや」
「まぁ、姫様に顔は複数ついてないと思うけど……ついてないよね?」
「俺に聞くなや!」
お姫様が双頭だったりしないことを祈りながら、私たちは魔王の城へと足を踏み入れる。
外見上の禍々しさとは裏腹に、城の中は整然としていて魔物がいそうな気配すら無い。
これならナビ無しでも魔王のいるところまで辿り着けるだろう。
だって城門から真っ直ぐ進んだ先に大きくて立派な扉が見えるし、あそこ以外に魔王がいたら逆にびっくりしそうだし。
「魔王、覚悟せぇや!姫さん、助けに来たで!」
「……不意打ちとか、闇討ちとかしたほうが楽そうだけど……まぁいいや」
豪華な扉を開き、馬鹿正直に大声で訪問目的を告げるイサミに頭痛を感じながら、私も玉座の間に足を踏み入れる。
そこにいたのは……複数の頭を持ち二足歩行する醜悪な魔物と、部屋の隅で怯えた様子を見せる少女の姿だった。
「サチ!こいつやんな!?」
「Groooowl!」
イサミの言葉に眼前の魔物、魔王ダンタリオンが吠え声で応える。
剣を構えたイサミはその吠え声に警戒しつつ、斬り込む隙をうかがっている。
……けど、私は違和感を感じた。
魔王と呼ばれている存在が言葉を話さず、ただ吠えるだけなんて事があるんだろうか?
それに……そもそもソロモン王の悪魔であるダンタリオンって知性枠だったはずだけど。
そう考えた私は無意識のうちに叫んでいた。
「ナビ、魔王の位置を教えて!」
眼鏡に表示された内容は……左に曲がった矢印と「直進方向10m先を左折」の文字。そして、その矢印が指す場所にいるのは――!
私は今まさに魔王に斬りかからんとするイサミに対して、大声で叫んだ。
「勇者様、魔王はそちらではありません!」
私の言葉にイサミは振り上げた剣を途中で止め、困惑した表情で私を見る。
「え?なんや!?どういうことや!?」
「ナビ、姫様の位置を教えて!」
続けて私が発した言葉に眼鏡が表示したのは「目的地に到着しました」の文字だった。
やっぱり!
「イサミ!これは姫様!魔王は……部屋の奥で姫様のフリをしてるアイツだよ!」
そう、悪魔ダンタリオンの持つ能力は人の思考を自在に操り、自在に幻像を投影できるというものだ。
なら邪悪な魔王が姫様と自分の姿を入れ替えて、勇者であるイサミに姫殺しをさせようとする可能性は高い!
「ほんまか!?斬ってから姫さんとかやったら、洒落にならんで!?」
「私と魔王、どっちを信じるの!」
「……そりゃ、サチやな!」
そう言うとイサミは部屋の片隅にいた姫――の姿をした魔王――に斬りかかった。
「いや、サチのおかげで姫殺しにならんですんだわ!」
「びっくりだよね。まさかこんな罠を仕掛けてくるなんて」
「ああ、勇者様!助けて頂き、ありがとうございました!是非王城にてお礼を……」
「あー、わりぃ。俺そういうのはいらんから。サチ、次の魔王はどこや?」
「……ん、左方向397Km先って出てるよ」
「じゃ、ちゃっちゃと次も片付けにいくか」
「勇者さま!?お待ちを……」
イサミは姫を放置して、魔王城を後にする。
……まぁ、迷わなければいつかは姫様も外に出られるだろう。
私はそんな事を思いながら、見当違いの方向へ向かって自信満々に歩き出す勇者の後を追う。
「勇者様、魔王はそちらではありません!」
~~~~~~~
猫の女神はため息をつくと、傍らにいた白い子猫に話しかけた。
「……これで、良かったのですか?」
「うむ。連中に目を付けられんようにするためには、こうやって体裁を整える必要がある」
「でも、主様が子猫のフリをしてまで、こんなことを……」
「あの娘がおれば、ネズミ共に対する嫌がらせぐらいはできるじゃろうからな」
二股になった尻尾を優雅に振る白い子猫は、空間に投影されたサチ達の姿を見ながら、そう呟いた――
読んで頂きありがとうございました!
サチとイサミの旅は始まったばかりですが、今回は短編ですのでここでひとまず物語は終了になります
よければ★評価、リアクション、感想等で応援頂けると猫の女神様が喜びます!
沢山応援頂ければ、短編から長編へと昇格する可能性も……




