6品目 調理士ギルド 入会試験
(ふぁーあ……ようやくって感じだなぁ)
朝露が草原を銀色に染める中、膳志朗は大きく欠伸した。
ここはゴッタ平原――中央に広がる湖には薄い靄が立ち込め、その向こう岸がぼんやりと霞んでいる。周囲を取りまく森からは名も知らぬ鳥たちの囀りが響き、まるで一枚の絵画のような光景が広がっていた。
「では、これより五級調理士の選定試験を開始いたしますわ」
そんな大自然の中、でん、と置かれた演台で、絹のドレスに身を包んだ金髪の女が声を張りあげる。深い瑠璃色の瞳、磁器にも似た白い肌、やたら上品な口調と物腰――膳志朗がイメージする『お姫様』という言葉を体現したような人物だった。
(さっさと合格して、嬢ちゃんたちを喜ばしてやらねぇとなあ……)
膳志朗はここ数日の騒動を思い返し、「やれやれ」とため息をついた。
調理士試験を受けるには、住民資格とけっこうな値段の受験料が必要らしく、しかも受験日はもう目前。
『えっ、どうしよう、どうしようシローくん!?』
『どうしようって言われてもなぁ……』
グーグーと二人でえらいこっちゃと大慌てしたのがつい先日のこと。結局、マルガネータに泣きつき、(グーグーは軽くシバかれたが)なんとか両方を用立ててもらえたのだった。
ついでに「みすぼらしい恰好で関係者面されちゃ困る」と、服まで見繕ってくれる念の入れようである。おかげで今のシローは、どこからどう見ても街の子供そのものだ。違いがあるとすれば、他の受験者と同じように腰に小さな剣を帯びていることくらいだろうか。
(ったく。世話になりっぱなしで、どうにも収まりが悪ぃが……この名前だけは、どうにかならなかったモンかねぇ)
首から下げた受験票を見て、ふっと笑みをこぼした。
名前の欄には『シロー』とだけ書かれ、その周りには星やハートのシールがべたべたと貼り付けられている。間違いなくグーグーの仕業だろう。
「――という訳で、今回の試験官はわたくし、ウルスラが務めさせていただきますわ」
ウルスラと名乗った試験官の声を聞き流しながら、膳志朗、改めシローは周囲に目を配る。受験者はだいたい60人ほど。人間が最も多いが、グーグーのような獣人もいれば、耳が異様に長い種族や髭モジャでずんぐりした体型の者まで、実に多彩な顔ぶれだ。
「しっかし、屋外で試験なんて珍しいよなぁ」
近くにいた若い男が、知り合いらしき数人にぼそぼそと話しかけている。
「人数が多いからじゃねぇか? 年に3回しかない受験機会だし、それに例のイベント直前だろ」
「それって星照祭のこと?」
「あー、だから受験者が多いのかもな。でも合格率は相変わらずなんだろ? だったら今回は2~3人ってとこか」
「ねえねえ。最近は合格者よりもケガ人の方が多いってウワサは本当なの?」
「そりゃ冒険者ギルドの話だって。俺らが受けるのは調理士ギルドの試験なんだから」
シローの眉がぴくりと動いた。料理の試験で負傷者が出るというのは、いったいどういう了見か――
「そこの方たちっ!」
凛とした声が響き、騒いでいた数人が慌てて背筋を伸ばす。ウルスラは扇子で口元を隠すと、呆れたように受験者たちを睥睨した。
「どうやらみなさまは、試験の内容がずいぶんと気がかりのようでございすわね。よぅござんす、調理士ギルドからの諸注意はこのくらいにしておきましょう。では――」
こほんと一つ、優雅に咳払いする。先ほどまでのざわめきが嘘のように消え、全員の視線がウルスラに集まっていった。
「それでは、今回の試験課題を発表いたします」
朝の爽やかな風さえも、この瞬間だけは妙に寒々しく感じられる。ごくり、と誰かが喉を鳴らした音が聞こえた。
「と言っても、なにも難しいことをしろとは申しません……ここにある食材だけを使って、メインとなる一品を作ってくださいませ」
「……………………へ?」
静寂が数秒続いた。誰もが言葉の意味を咀嚼しているような、妙な時間。受験者の一人が、恐る恐るといった様子で手を挙げた。
「あ、あの……ここにって、どこに食材があるんですか?」
ウルスラがくすくすと笑い声を漏らす。受験者を見つめる視線には、どこか見下したような含みがあった。
「あら、おかしいですわね。まさか皆さん、見えてらっしゃらないのかしら?」
彼女の細い指が優雅な弧を描きながら、周囲の自然を指し示していく。
「清流の流れる川、野草が咲き乱れる大地、森深くに住まう獣たち――ここゴッタ平原は、素晴らしい食材たちの宝庫じゃございませんこと?」
理解が広がるにつれて、受験者たちの顔が青ざめていく。
「はぁああっ!?」
「食材を自分で調達しろってこと!?」
「これは調理士試験だろ? オレたちゃ冒険者じゃねえんだぞ!」
悲鳴にも似た抗議の声が次々と上がる中、シローだけは口の端を吊り上げ、目を細めていた。
(ほうほう、そうきたか。こりゃあ面白ぇじゃねぇか)
喧々囂々とする周囲の反応を見たウルスラは、慌てたように手を振るうと、
「あ、でもでもっ! なんでもかんでも調達してこい、なんて冒険者ギルドみたいな野蛮なことは、わたくし言いませんことよ?」
そう言って、今日一番の笑顔でにっこり微笑んだ。
「小麦粉や油、塩といった基本的な調味料はもちろん、調理器具などはこちらで用意させていただきましたからっ」
いやいやいやいや、と首を一斉に振る受験者たち。
その反応を見たウルスラが「えっ? えっ!?」と不安そうな表情を浮かべるも、そばにいた侍女に耳打ちされると、「あっ……!」と何かに気づいたように表情を明るくして、照れたようにコツンと頭を叩く。
「そうですわよね、わたくしとしたことが、うっかりしておりましたわ。釣り竿はもちろん、剣や槍といった道具類も準備しておりますので、どうぞご自由にお使いくださいまし!」
そこじゃねーよ! という受験者たちの魂の叫びが聞こえたような気がしたが、シローとしては我関せず――腕を組んで事の成り行きを見守っている。
「さぁ、調理器具をこちらへ!」
ウルスラの合図で執事とメイドの群れがどこからともなく現れ、一糸乱れぬ動きで様々な道具類をテキパキと並べていく。確かに釣り竿も剣も槍も用意されているが、それを見て安心する受験者は一人もいない。
「この周辺はわたくし――こほん。王族の私有地となっておりますの。周囲の柵を越えたら失格、その時点で退場していただきますので、ご注意くださいませ」
ざっと風が吹き、ウルスラの金髪がさらりと揺れた。
「限られたフィールドの中で食材を確保し、最適な調理を施す。そして――」
ウルスラの瑠璃色の瞳に挑戦的な光が宿る。
「若輩ながら特級厨士をつとめる、このウルスラを満足させる一皿を作っていただければ合格です」
特級厨士。聞きなれない言葉に、シローの片眉がぴくりと上がった。
「制限時間は二時間。皆さまのご武運、心よりお祈り申し上げておりますわ」
ウルスラが優雅に手を挙げ、
「それでは――よーい、はじめっ」
まるでお遊戯のような合図に、受験者たちが困惑の表情を浮かべる。
「…………え、いま始まった、よな?」
誰かがぽつりと呟いた途端、試験会場が一気にざわめき立った。
「たった二時間しかねぇってどういうことだ? とにかく動け! 動け―っ!!」
「安パイは魚か? つ、釣り竿は絶対に確保しとかないと!!」
「なあなあ。ウルスラさま、釣り竿と武器を同じ道具カテゴリで説明してたよな。それって、もしかして……」
「狩れってか? オレらに獣を狩れってか!?」
「おい! オレさっき一角獣の巣を見かけたんだけど……」
「冒険者でもないアタイらが勝てるわきゃないでしょーがっ! 逆に殺られるっつーのっ!!」
パニック状態ながらも、受験者たちは一斉に動き始めた。
「「とにかく急いでメシ作れ――っっっ!!」」
土煙を上げながら、受験者たちが散っていく。大半が湖へ、次いで草原へと向かう中、森を目指す者はほとんどいなかった。
「……んじゃまあ、ワシもそろそろ始めるとすっか」
一人ぽつんと取り残されたシローは、慌てる素振りも見せず、ゆったりとした足取りで周囲に目を配る。
「人と同じことしても、つまらんよなぁ」
そう呟くと、誰も向かわなかった森へ、ゆっくりと歩き出していった。
アップする時間帯でPV数がどう変化するか、ちょっと実験しようと思います。
明日からはいつもより10分遅い時間帯で更新させていただきますね。ご了承くださいませ。
次回「ぶらり食材探索」




