4品目 名(?)コンビ誕生
「――じゃあ、さっきの料理の作り方を、とっくりと見せてもらおうじゃないか」
厨房に入ったマルガネータは、腕を組んでじろりと睨む。膳志朗は「へいへい」と調理台の前に立つと、さっきまでの子供っぽさが嘘のように、きりっとした表情を浮かべた。
「あの玉子焼きはな、ちょっくら火入れの仕方が変わってるだけで、別段たいしたことをやってるわけじゃねぇんだよ」
そう言いながら、膳志朗は余っていた抱卵走鳥の卵液をボウルにあけた。黄身の比率が高いため、普通の卵よりどろりと濃厚な色合いをしている。
「まず下準備だが――」
膳志朗は手早く卵液を混ぜ、調味料を加えていく。途中で「こっちの世界にも醤油ってあるんだなぁ……」などと意味不明なことを呟いてはいたものの、その手つきに迷いはなく、まるで何百回もこの作業をしてきたかのようにスムーズなものだった。
「嬢ちゃん、耐熱容器に油塗っといてくれるか」
「はーい!」
グーグーが嬉しそうに手伝う間に、膳志朗は深めのフライパンに水を入れて火にかけた。
「こっからが普通の玉子焼きと手順が違うんだが、姐さんはわかるかね」
マルガネータが身を乗りだして覗きこむ。ほっそりとした顎に指を添わせながら、
「――湯煎ってやつかい?」
当てずっぽうだったものの、どうやら正解だったらしい。膳志朗がにやりと口角をあげる。
「そう。だが、ただの湯煎じゃねぇぞ。ここに布巾を沈めて、その上に容器を置く。こうすることで、温度を一定に保てるんだ」
水が小さな泡を立て始めると、膳志朗はすぐに火を弱火に落とした。
「さぁて、こっからが肝心だ。抱卵走鳥の卵が固まり始める温度は、普通の卵より低いみてえだからな。70度前後――それより上げちまうと、さっき姐さんが心配したとおり、カッチコチになっちまう」
容器に卵液を流し込み、布巾を敷いた湯煎鍋にそっと置く。蓋をして、あとは待つだけのようだ。
「はぁ~ん、なるほどねぇ。つまり、焼くんじゃなくて蒸すってわけかい」
「その通りだぜ。これなら温度管理が楽だし、均一に火が通るしよ。水分も逃げねぇから、あのジューシーさが生まれるんだ」
マルガネータは感心したように頷いた。
そうして待つこと15分後――
「ほい、出来上がりっと」
蓋を開けると、湯気と共に濃厚な卵の香りが調理場いっぱいに広がった。容器をひっくり返すと、表面にうっすら焦げ目のついた玉子焼きが、ぽんと皿に落ちる。その瞬間、全体がぷるんと揺れた。
「はぁー、こりゃ見事なモンだねぇ」
マルガネータは指でツンツンとつつく。ぷるんぷると揺れる弾力は、先ほど食べたものとまったく同じだった。
「これって、茶わん蒸しとかプリンみたいな作り方だよね?」
グーグーが興味深そうに覗きこみながら、膳志朗へ質問する。
「おう、その通りだぜ。だから『焼かない玉子焼き』って訳よ」
マルガネータが一切れつまんで口に入れると、
「……参った。完全に同じ味だ」
悔しそうに、でも満足そうに呟いた。
「坊や、アンタ本当に初めて抱卵走鳥の卵を扱ったのかい?」
「ん? ああ、初めてだぜ。だが卵ってのは大体似たようなもんだろ? 中身が固まる温度さえ分かりゃあ、あとは応用でなんとかすんのが腕ってモンよ」
マルガネータが何か言いかけたが、こみ上げる笑いをガマンできなくなって大爆笑した。
「あーあ、参ったねこりゃ。完敗だよ、完敗。あたしの負けだっ!」
◆◇◆
マルガネータが指をパチリと鳴らす。すると、マルガネータと膳志朗の身体が青白く光った。
「おわっ」
膳志朗がびっくりしたように自分の身体を見る。光はすぐに消え、白い煙のような残滓が溶けるように室内へ広がっていった。
「盟約はここに成就せり――ほい、魔法はこれで解呪しといたよ」
「えっ? えっ!? じゃあさ、じゃあさ! アタシの借金もチャラってことで――」
グーグーが尻尾をぶんぶんさせながら期待に目を輝かせるも、
「あたしゃ返済を待つだけって言ったんだよ。アンタの魔法までは解呪してないからね、このスカタン」
「嬢ちゃん。ケジメはちゃんと付けるモンだぜ」
「……はぅ~、そ、そうですよねぇ」
グーグーは耳と尻尾をへんにゃりさせながら、悲し気にうなだれた。
「でも、待ってもらったところで、どうやってお金を工面すればいいか……」
萎れっぱなしで指をこねるグーグーを見て、マルガネータが心底呆れたようにため息をつく。
「んなモン、この坊やとコンビを組んで店を再開すりゃいいだけじゃないか」
ワシと? とばかりに膳志朗が自分を指さす。
「なあ、坊や。アンタ行くとこなくて困ってるだろ?」
「なんでマルガネータがそんなこと知ってんのよ」
「見りゃわかるからに決まってんだろ。ただの迷子がボロボロの服を着て、こんな裏町に近い場所を裸足で徘徊してるわきゃないだろーが」
マルガネータに見つめられた膳志朗は、困ったように頭をポリポリとかいた。
「……ま、そうだな。これからどうすっか、ちっとばかり難儀してたとこだぜ」
マルガネータがタバコを煙管につめながら、ニヤリと笑う。
「じゃあ話は簡単だ。このバカ――」
アタシのこと? とグーグーが首をかしげる。その様子があざとくて、マルガネータは片眉をぴくりと上げた。
「――このクソボンクラは、飯屋を開いたはいいものの、商いってのがまるでわかっちゃいなくてね。雇う予定だった料理人にも愛想つかされて、オープン前にトンズラされちまう始末さ。せっかく店はあるってのに、このままじゃ宝の持ち腐れってもんだろ? だから――」
ぱん、と膳志朗とグーグーの肩に手をあてる。
「坊やは寝泊りさせてもらうかわりに、メシを作る。グーグーは今度こそ店を繁盛させて、借金をあたしに返す。どうだい? カンペキな筋書きだろ?」
膳志朗とグーグーは顔を見合わせた。
「ワシはまぁ助かるが、嬢ちゃんはそれでいいのかい?」
「へっ? あ、うん! ぜんぜんっ! むしろドンと来いだけど!?」
その様子を見て、マルガネータは満足そうに頷いた。
「んじゃ、あたしはそろそろ退散するとしようかね――――おい、グーグー。店の再開祝いだ。借金の返済期限をどーするかなんて、しみったれたことは言わないどいてやるよ」
「えっ! ほんとっ!?」
「待たされた分は、利子につけとくからね」
ぎろりと睨まれたグーグーは、「ですよねー」と冷や汗をたらした。
「あ、そうそう坊や。一つ忠告だ」
店を出る間際、マルガネータが振り返る。
「アンタみたいな腕のたつ料理人の噂は、この街じゃあすぐに広まるもんさ。いろんな連中が寄ってくるかもしれないけど、気をつけるんだよ」
真意は伝わってはいないのだろうが、賢そうな少年だ。こちらの表情を読んで冗談ではないと理解したのだろう。膳志朗は意味深な表情でこくんと頷いた。
「んじゃ、そいうことで……また来るよ。坊や、ごっそさん」
「おうよ。姐さんもありがとな」
ふっと笑い返して店を出たマルガネータに、どっと子分が詰め寄る。
「いいんですか、姐さん!? あんなこと言って……」
どうやら聞き耳を立てていたらしい様子に、マルガネータは心底呆れながら、
「問題ないよ、親分にはあたしから言っとくから」
「でも……」
言いよどむ子分たちを、上目遣いで睨む。
「いいかい? より儲かって恩が売れるほうに賭ける。それがあたしら金貸しの醍醐味――いや、矜持ってもんだろうが。大丈夫だよ、親分だってきっと分かってくれるハズさ」
マルガネータは、かっかっかと笑いながら歩き始める。
(それに、あの坊や……ただのガキじゃない。いったい何者なんだろうね)
空には月が上り始めたころ。夕飯時を迎えるためか、いたるところから食材を仕込む匂いが漂っている。
さてさて、次はどんなメシを喰わせてもらおうかね――マルガネータはこの街に新しい楽しみができたことに、静かに満足していた。
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次回「少年の 正体みたり クソ爺ぃ」




