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オーバークック! ~導かれし腹ペコたち~【ブラッシュアップのため更新停止中】  作者: 十返香
三章 「新装開店」編

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37品目 蛍エビ

「――えっと……『霧涌き谷・地底湖調査――蛍エビの生態調査を含む』だって」


 シローは依頼書に描かれたイラストをじっと見つめた。かすれた線の向こうに、透けるような殻と細く伸びた脚。その周囲には、仄かな光を表すような線が添えられている。


「蛍エビ……ってことは、このエビ、光るのか?」


「ああ。まだまだ謎の多い食材でな。ただ、光っている間は甘くて濃厚な味がする、という話だぜ」


 シローはイラストのエビを指先でなぞる。透き通った身、ぷりっとした食感、口の中に広がる甘味——そんな想像が、頭の中で像を結んでいった。


「いいねぇ……そそる食材じゃねぇか」


 自然と口元がゆるんだ。窓から差し込む午後の陽射しが、テーブルの上の依頼書を柔らかく照らしている。吹き抜けの下からは、冒険者たちの喧騒がひっきりなしに聞こえてきていた。


「ただ、霧涌き谷ってのは結構厄介なダンジョンでな」


 フクチヨが腕を組みながら説明を続ける。


「やたら深いわ、ジメジメしてて魔獣も多いわで、よっぽどの物好きじゃないと近寄ろうとも思わない場所だ。まあ、蛍エビが生息していると言われている地底湖までなら日帰りで行けると思うし、エビ自体も捕まえやすいって話だぜ」


「んん? じゃあ、なんでこの依頼、焦げ付いてるの?」


 グーグーが首を傾げた。シローも同じことを思っていた。日帰りで行けて、捕まえやすい。それなら楽な部類の依頼のはずだ。


「問題はふたつある」


 フクチヨの声に、さっきまでとは違う重みが混じった。


「ひとつ目が龍之大蛇タツノウワバミっていう厄介な魔獣の存在だ」


「そいつって強いの?」


「四級冒険者のパーティでもまず勝てないだろうな……おい、グーグー。お前冒険者辞めてから、けっこう経ってんだろ。そんな訛った腕じゃあ歯が立たないと思ったほうが身のためだぞ」


「ワシもいるぞ?」


 シローが自分を指さすと、フクチヨがじろりと見下ろしてきた。傷だらけの顔に浮かぶ表情は、どこか呆れているようにも見える。


「お前があの大猪豚ホグジラを一人で絞めたのは知ってる。だが、龍之大蛇タツノウワバミは別格だ。アレとは比べもんにならねえよ」


「……へぇ、そりゃおっかねえなぁ」


 グーグーがシローの顔を覗き込んできた。


「大丈夫だよ、シローくん。出くわさないように注意すればいいだけなんだから。アタシの耳と鼻があれば、よゆーよゆー」


 シローは「そうだな」と短く頷いた。目的はあくまで蛍エビだ。階下で誰かが大声で笑い、その声が吹き抜けに反響して消えていった。


 フクチヨが依頼書を指でトントンと叩く。


「と、そこで出てくるのが二つ目の問題だ。運よく地底湖まで行けたとしても、蛍エビってのはとにかく足が早いみたいでな……そいつのせいで、誰も依頼を完遂できなかったって訳だ」


 足——鮮度のことか。シローの頭に、前世の市場の光景がよぎった。氷の上に並べられた魚介類、威勢のいい競りの声、鮮度が命だと口酸っぱく言っていた親方の顔――


「そんなの、魔法鞄(マジックバック)に生きたまま入れればいいじゃん」


 グーグーが軽い調子で言った。フクチヨが呆れた顔で睨みつける。


「魔法鞄の中に生き物は入れられねえだろうが、この阿呆」


「あ、そっか」


「それにな、魔法鞄の中は時間が止まるわけじゃねえ。ゆっくりとだが、時間は進んでるだろ? そのわずかな時間ですら、絞めた蛍エビは傷んじまうって話だぜ。とても食材として持ち帰ってこれる代物じゃねえよ」


 フクチヨは苦い顔でそう言い切ると、窓の外に目をやった。青い空を鳥が一羽、横切っていく。


「だからこの依頼は焦げ付いてんだ。龍之大蛇タツノウワバミに出くわしたら命はねぇ、持ち帰りもできねえ、オマケに報酬も微妙とくれば、誰も手を出そうとは思わねえだろ?」


 シローは顎に手を当てて、しばし考え込んだ。


 足が早い。魔法鞄でも間に合わない。生きたまま運ぶこともできない。となると、方法は限られてくる。


「その蛍エビってのは、どのくらいの大きさだ?」


「ん? 普通のエビくらいって話だったぞ?」


 普通のエビ——だったら、あの技がつかえるかもしれない。シローの口元が、にやりと持ち上がった。


「だったらエビの足のことは問題ねぇ。ワシにちょいと策がある。任せといてくれ」


「策って、どうやって——」


「昔取った杵柄ってやつでな」


 フクチヨが天井を仰ぎ、大きな溜め息をついた。太い梁が何本も渡された高い天井、その隙間から午後の光が斜めに差し込んでいる。


「……お前ら、本当に二人だけで大丈夫か?」


 信用していない声色だった。まあ、無理もない。四級パーティでも苦戦する魔獣がいるダンジョンに、子供と腕の訛った元冒険者の二人組で乗り込もうというのだ。フクチヨが心配するのも当然だろう。


「んー、そうだなぁ……ねねっ、シローくん。助っ人を呼んでも大丈夫?」


 グーグーが身を乗り出してきた。その目がきらきらと輝いている。


「三人でいくってことか。別に構わねぇが——誰でいそいつは?」


「ふっふっふ。シローくんも知ってるヤツだから、当日をお楽しみにっ」


 口元が悪戯っぽく歪んでいる。グーグーがあの顔をしているときは、あまりいい予感がしない。


「いつ行くつもりだ?」


 フクチヨが話を戻す。


「つぎの土曜日に決行しよっか」


「おう、それでいいぜ」


 頷きながらも、グーグーの横顔をちらりと見た。「知ってるヤツ」。あの笑み。どうにも引っかかるものがある。


 まさか、な——。


 シローは小さく首を振って、視線を依頼書に戻した。羊皮紙の上で、蛍エビが静かに光を描いている。階下の喧騒が、まるで遠い世界の出来事のように聞こえていた。


 光るエビ。足の早い幻の食材。いったい、どんな味がするのだろう。シローの頭は、さっきからそのことでいっぱいになっていた。

次回「霧涌き谷の鍾乳洞」

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