36品目 いざ行かん、冒険者ギルドへ
翌日の水曜日。昼の営業が終わったシローは、グーグーに案内されて西門エリアへとやってきていた。
「ほら、あそこにあるのが冒険者ギルドだよ」
グーグーが指差した先には、どっしりとした石造りの建物が見える。
東門エリアの調理士ギルドは豪奢な建物だった。大理石の柱に、磨き上げられた床。まるで宮殿のような造りで、訪れるたびに背筋が伸びる思いがしたものだ。
しかし、この冒険者ギルドはというと――
「ほぁー、こりゃまた随分と……いかつい建物じゃねえか」
シローは思わず呟いた。装飾はほとんどない。むき出しの石壁に、太い梁。実用性だけを追求したような造りだ。だが、それがかえって頼もしく見える。ここが冒険者たちの拠点なのだと、一目で分かる佇まいだった。
扉を開けると、むわっと熱気が押し寄せてくる。
「――おおっ」
シローは目を見開く。中は人でごった返していた。受付には長い列ができ、あちこちで冒険者たちが声を張り上げている。
鉄と革の匂い、汗の匂い、そして何か焦げたような匂い――厨房とはまるで違う、荒々しい空気が鼻をついた。
「おいおい、えれぇ繁盛してんなぁ」
シローがきょろきょろと周囲を見回す。大剣を背負った筋骨隆々の男、杖を持った魔法使い風の女性、軽装の盗賊らしき人物――誰も彼もが、物々しい雰囲気を纏っていた。
「そりゃあ、この街の冒険者たちの拠点だしね」
グーグーがにこにこしながら、シローの肩に後ろからそっと手を添える。
「美食時代って呼ばれている今の時代、調理士の次くらいに冒険者は花形の職業って言われてるし」
「ほーん、なるほどねぇ……だからこそ、いろんな依頼や情報がここに集まる可能性があるってわけかい」
シローが納得したように頷く。その時、すれ違った冒険者の男が、なんで子供が? と不思議そうにしている。魔法使い風の女性は、目を細めると「かわいー」などと小声で呟き、小さく手を振ってくる始末だ。
「――あれ、グーグーじゃないか?」
ふと、別の冒険者が声を上げる。
「は、マジで? 引退したって聞いたけど」
「いや、間違いねぇって。あの銀髪を見ろよ」
あちこちからひそひそと声が上がり始める。グーグーは「あはは……」と笑いながら小さく手を振っていたが、すぐに踵を返すと、つかつかと歩き出した。手をかざしてきょろきょろと辺りを見回している。食材に詳しそうな人間を探しているのだろうか。
その時だった。
「――うん? キミはたしか……」
背後から声をかけられ、シローは振り返る。そこに立っていたのは、見覚えのある顔だった。長身で筋骨隆々、腰に長剣を帯びた男。調理士ギルドの試験会場で見た、あの――
「ありゃ? アンタはたしか――」
「あれー! フクチヨさんじゃん!?」
シローの肩越しに、グーグーが弾んだ声を上げる。
「なになに、シローくん、フクチヨさんと知り合いなの?」
「いや、知り合いってほどじゃねえが……」
シローが答えかけたところで、フクチヨが驚いたように口を挟む。
「なっ……グーグー? なんでお前がここに!?」
フクチヨと呼ばれた男は、グーグーを見て明らかにげんなりとした表情を浮かべた。大柄な体を少しのけぞらせて、露骨に嫌そうな顔をする。
「やあやあ、ひっさしぶりー! 元気してた?」
グーグーはフクチヨの背中をバシバシと叩く。
「っ、お、おい……」
フクチヨは痛そうに顔をしかめる。その様子を見ながら、シローは首を傾げた。
「なんでい、嬢ちゃんの馴染みなのかよ」
「うん、そだよ。昔すっごくお世話になってさぁ」
グーグーがにこにこしながら答える。
「ああ、すっごくお世話してやったよコイツにはなぁ」
フクチヨが憎々し気に言った。ギルド職員たちが仕事の手を止めて、チラチラとこちらの様子をうかがっている。周囲の冒険者たちの視線も、じわじわと集まり始めた。
「まぁ、ここじゃなんだし――」
フクチヨはため息をつくと、手招きをした。
「こっちゃこい。落ち着いて話ができる場所がある」
そうして案内されたのは、ギルドの二階にある小さなスペースだった。吹き抜けになっていて、手すりから階下の様子がよく見える。騒がしい声が下から聞こえてくるが、ここは比較的静かだった。
三人は椅子に座った。フクチヨはグーグーをじろりと上目遣いで睨む。
「で? グーグー。お前はとっくに引退したんじゃなかったのか?」
低い声で問いかける。その視線には、明らかな警戒心が宿っていた。
「今度はどんな厄介ごとをギルドに持ち込もうってんだ。さっさと吐け。その方が身のためだぞ?」
シローはぎょっとしてグーグーを見ると、
「や、ちがっ……ちがうって! 今日はお客さんとして相談に来ただけだからっ!!」
グーグーが両手を振って、即座に否定する。
「あ~ん? 客ぅ~?」
フクチヨが眉根を寄せた。まるっきり信用されていないことが、一目でありありとわかるくらいの疑わしそうな目を向けている。
「なんだよ、どういう風の吹き回しだ?」
「いや、実はアタシ、念願のお店を構えることができたんだけどね――」
グーグーは照れ笑いを浮かべながら、これまでの経緯を話し始めた。星照祭での優勝、八百膳の開店、そして食饌の申し込み。たどたどしい説明だったが、それをフクチヨは黙って聞いていた。
「――なぁるほど、エビ、ねぇ……」
話を聞き終えたフクチヨは、腕を組んでうーんと考え込んでいた。しばらく黙っていたものの、やがて近くにいた職員に手招きして呼び寄せる。何やら耳元で囁くと、頷いた職員が小走りに階段を降りていった。
「もしかして、なんか心当たりがあんのか?」
シローが身を乗り出す。
「まあな。ちょっと待ってろ」
フクチヨは腕を組んだまま、階下を見下ろしていた。
静寂が訪れる。三人とも黙って、職員が戻ってくるのを待った。階下からは相変わらず騒がしい声が聞こえてくる。依頼の交渉をする声、仲間を募る声、酒盛りを始めている声――
その時。
ガシャアアアン!
何かが倒れる音と共に、怒号が響いた。
「てめぇ! 俺の酒にぶつかりやがって!」
「悪ぃって言ってんだろうが!」
「うるせーぞ!!」
フクチヨが立ち上がり、手すりから身を乗り出して怒鳴った。その声は階下全体に響き渡る。
「こっちは客の対応をしてんだ、静かにしねぇヤツはつまみだすぞ!!」
階下が一瞬静まり返った。やがて「すんまーせん」という声が聞こえ、また元の騒がしさに戻っていく。フクチヨはふんと鼻を鳴らして、再び椅子に座った。
「元気いっぱいのヤツが多そうで、けっこうじゃねぇか」
シローが楽しげに言う。
「冒険者ってのは、そういう連中ばっかりだからな」
フクチヨがぼやくように言った。
それからまもなく、職員が戻ってきた。人数分のお茶と共に、一枚の紙切れを持っている。
「おう。ずいぶん前から焦げ付いてるヤツだから、まぁ部外者にも見せて構わんだろう」
フクチヨが紙を広げる。
「なにそれ? 依頼書?」
グーグーが身を乗り出した。シローも覗き込んだ。紙は日に焼けて黄ばんでおり、手書きの文字も絵もだいぶかすれている。何かの生き物が描かれているようだが、輪郭がぼやけてよく分からない。絵の周りには、仄かな光を表現するような線が引かれていた。
「こりゃあ……エビか?」
シローが目を凝らした。かすれた線の向こうに、透けるような殻と、細く伸びた脚が見える。
「これ、なんて書いてあるんだ?」
シローが依頼書の文字を指差す。グーグーが読み上げた。
「えっと……『霧涌き谷・地底湖調査――蛍エビの生態調査を含む』だって」
次回「蛍エビ」




