35品目 悩ましいお題
怒涛の開店初日から一夜明けた火曜日の夜。二日目の営業も無事に終わり、後片付けまで済ませたグーグーは、意気揚々と厨房に飛び込んでいった。
「シローくーん、片付け終わったよー! 一緒に銭湯いこうぜー!!」
だが、その足がぴたりと止まる。
「って、なにしてんの?」
シローは椅子に座ったまま瞑目していた。傍らの湯呑は、すっかり冷めきっている。営業が終わってから、ずっとこうしていたに違いない。仕事着の小さな体は、疲れて眠り込んでしまった子供のようにも見える。だが、眉間に刻まれた皺と、きゅっと結ばれた唇が、それを否定していた。
「いやなに、月曜の勝負にだす料理をどうしようかと思ってよぉ」
シローがゆっくりと目を開ける。
「勝負の料理……?」
グーグーが視線を巡らせると、調理台の上に食材が所狭しと並んでいた。三つ葉、かぼちゃ、銀杏、玉ねぎ、エリンギ、ちくわ――昼の中休みに太市へ走ったのだろう。一見すると何を作るのか見当もつかない組み合わせに、グーグーは首を傾げながら近づいていった。
「なあ。嬢ちゃんなら、デカ盛り料理って言われたら、どんなヤツが思い浮かぶ?」
唐突な質問に、グーグーは人差し指を唇に当てて考える。
「んー? そうだなぁ、無難にラーメン……カレーとか?」
「そう。どれも一品で完結する料理なんだよな」
シローは腕を組んで、じいっと天井を見上げた。
「今回の勝負のお題だがよ、けっこう悩ましいぜ」
「どういうこと?」
「うちの定食メニューを増量したところで、それはデカ盛りじゃねぇ。ただの大食いメニューになっちまうしなぁ」
「……ん? それってどっか違うの?」
グーグーの素朴な疑問に、シローが人差し指を立てた。
「モチのロンよ。定食ってモンは米に主菜、副菜、汁物を一揃いにすることで、はじめて満足感が得られるようにできてっからな。主菜だけをバカみたいに増やしちまったら、バランスが崩れちまって満腹感しか得られねぇ」
講義でもするかのように語るシローに、なるほど、とグーグーが頷く。ふっと表情を緩めたシローが、どこか感慨深げに呟いた。
「しっかし感心したぜ。あのちみっこの指定料理、ちゃあんと客のことが見えてやがる」
「ハルエンちゃん……だっけ。あの子のこと?」
「おうよ」
シローはそう言うと、腕を組んで小首を傾げる。
「しっかし、不思議だぜ。あんだけ料理のことを考えてるクセに、あのちみっこ、ずっと湿気った顔をしてやがったんだよなぁ。それに――」
グーグーはきょとんとした。シローが誰かのことをこんな風に気にかけるのは、珍しい。
「――ま、いいさ」
シローはそれ以上語ろうとはしなかった。だが、その横顔にはまだどこか引っかかるものが残っているようにも見える。
「それよか嬢ちゃん、今日の昼、気づかなかったかい。お客さんの中に、ちょいと量が足りねえって顔してた方がいらしただろ」
確かに、何人かの労働者が「美味いけど、もうちょい量があればなぁ」と呟いていた。
「早いトコ手ぇ打つつもりだったんだが……せっかくならこの勝負を活かして、新メニューを一丁こさえてやるとすっかね」
言うが早いか、シローが椅子から飛び降りた。小さな足が床に着地する音が、パタンと響く。
「もう作るものは決まったの?」
「やっぱ定食屋なら丼ものの一つも出せねぇのはウソだよな、ってことで、ワシはかき揚げ丼でいくつもりだぜ」
「へー、かき揚げかぁ」
グーグーがうっとりとした表情になる。
「あのザクッ! じゅわっ! な感じがたまんないよねぇ」
よだれが出そうになって、慌てて口元を拭うグーグー。そんな彼女を横目に、シローは食材を吟味し始めた。
「でもさぁ、かき揚げにこんなの使うっけ?」
グーグーがエリンギとちくわを手に取る。
「ホタテとかイカが太市で見当たらなかったからな、代わりにこいつを使おうと思ってよ」
シローは手際よくエリンギを輪切りにしていく。包丁さばきは、とても子供とは思えない正確さだ。表面に格子状の切り込みを入れると、バターを溶かしたフライパンに焦げ目がつくように並べていった。
じゅわああああ……
香ばしい匂いが立ち上る。エリンギが踊るように油の中で転がった。さっと炒めて、最後にコショウをぱらりと振れば――焼き色のついたエリンギは、元の姿からは想像もつかない見た目に変貌していた。
「わ、すごっ! ホタテみたいになってる!?」
続いてシローは、おもむろにちくわを取り出した。斜めにすとんと切り分けて、今度はゴマ油を引いたフライパンへ。じっくりと火を通していくと、水分が飛んで表面がきつね色に変わっていく。弾力が増していくのが、見ているだけでわかる。
「これもイカみたいに見えんだろ?」
「うん、見た目そっくり!」
「ほれ、食ってみな」
グーグーはまずエリンギを指で摘まみ上げると、ふーふーと息を吹きかけてから頬張った。むぎゅっと噛んだ瞬間、目を丸くする。
「え、ウソ? 味までホタテそっくりじゃん!」
バターの香りがふわっと追いかけてきて、ますます本物と区別がつかない。続いてちくわを噛みしめると、コリッと小気味いい歯ごたえが返ってきた。
「美味っしー! これもイカにそっくりの味になってる!! ていうか、ゴマ油のぶん本物のイカより美味しくなってるかも!?」
頬を押さえて騒ぐグーグーに、シローも満足げな顔を見せた。
「おっしゃ。こいつでホタテの貝柱とイカの代用品は完成っと」
腕を組んで代用食材を眺めるシローだったが、その顔がすぐに曇る。
「だがなぁ……肝心のエビがねぇんだよ。ったく。なんで太市には海産物がまったくねぇんだ? この街は港からの交易路って話だろ?」
深いため息をつくシローに、グーグーは指についた油をぺろぺろと舐めながら答えた。
「あー……なんか最近、全然獲れないらしいんだよねぇ。お魚もなかったっしょ?」
「道理でな……大型海獣の冷凍モノなんてイカれたもんしか見当たらなかった訳だぜ」
「だけど、かき揚げにエビって、そんなに重要なの?」
グーグーの素朴な疑問に、シローは「はあ!?」と大げさに驚いて見せた。
「おいおい嬢ちゃん、なんてこと言いやがる。エビのねぇかき揚げなんざ、紅ショウガのねぇ焼きそばみてぇなモンだろうが」
「そ、そこまで!?」
「ったり前よ。あのプリッとした食感に、パッと目を引く赤。あいつがいるといねぇとじゃ、まるっきり別モンなんだよ」
ぶちぶちと文句を言うシローが、盛大にため息をつく。
「あークソ。エビ、どうすっかなぁ……」
グーグーは少し考えてから、ぽんと手を打った。
「じゃあさ、いっそのこと、そういう情報が集まるところに行って聞いてみない?」
「うん? そりゃ調理士ギルドのことかい?」
「んー、ギルドはギルドなんだけど、こういうのは冒険者ギルドに行ったほうが話は早いかな」
ほぉう、と感心したような声をシローがあげる。
「あそこだったら、エビの入手方法とか、誰か知ってるかもしれないって思ってさ。なんだったらエビ獲ってきてって依頼をだしてもいいし」
シローの表情がぱっと明るくなった。
「いいじゃねえか、嬢ちゃん。そりゃ名案だぜ」
普段は料理のことで頼られてばかりだ。こういう場面で自分が役に立てるのは、素直に嬉しい。グーグーはふふーんと胸を張った。
「じゃあ明日、行ってみる?」
「そうだな。明日の昼の部が終わったら、さっそく行って――」
「そうと決まったら、早く銭湯入りにいっちゃおうぜー!」
グーグーがシローの手を掴んで引っ張り始めた。
「わっ、ちょ、待て――」
「待たない! ほっといたらシローくん、いつまでたっても考え込んじゃうんだから。ほらほら、さっさと行くよー!!」
ぐいぐいとシローの手を引きながら、グーグーはにんまりと笑った。明日が楽しみだ。冒険者ギルドに行けば、きっと良い情報が手に入る。
かき揚げ丼――そしてエビ。勝負まであと五日。
時間は限られているけれど、なんとかなる気がして、グーグーは「ふひっ」と笑顔をのぞかせた。
次回「いざ行かん、冒険者ギルドへ」




