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オーバークック! ~導かれし腹ペコたち~  作者: 十返香
三章 「新装開店」編

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34/40

34品目 開催! デカ盛り料理対決

 閉店時間が近づいた頃。


 店内に残る客はもう数人だけになり、ようやく落ち着きを取り戻し始めていた。一日中走り回ったせいか、グーグーの足がずしりと重い。だが、冒険者時代に比べれば、なんてことはない疲れに感じていた。


 一番奥の席では、赤髪の女がまだ杯を傾けている。夕方からずっと居座っているあの女、そろそろ追い出すべきだろうか――


 空いたテーブルを拭きながら、そんなことをぼんやりと考えていたグーグーの鼻がぴくりと動く。油と、甘ったるい香水の匂い。客の残り香とは明らかに違う香りが、引き戸の向こうから漂っていた。


 ふいに、乾いた音を立てて引き戸が開く。


「ごめんなさーい。もうラストオーダー、もう終わっちゃって――」


 振り返りざまにそう言ったグーグーの前に、


「むっふっふっふ。いやいや、問題ございませんよ。なにしろワタクシ、客じゃあございませんから」


 でっぷりと太った中年の男が、肩を揺らすようにして笑っていた。


 高そうなスーツを着ているものの、脂ぎった顔と、体中にまとわりつく不快なほど濃い香水の匂いが台無しにしている。だが、グーグーの鼻はその奥に、もっと別の何かを嗅ぎ取っていた。腹の底がざわつくような、嫌な匂い。


 男はエプロンを付けた小柄な少女と一緒に、ずかずかと店内に入ってくる。無遠慮に店内を見渡すと、


「んー、ステキなお店ですねぇ。古くて狭くて見すぼらしい! パーフェクツ!!」


 大げさな身振り手振りを交えながら、男は奇妙なテンションで言い放つ。店内に残っていた客たちが、露骨に嫌な顔をした。一番奥の席に居座っている女だけが、面白そうに口元を緩めている。


「おーっと失敬、自己紹介がまだでしたな。ワタクシ、こういうモノでございます」


 差し出された名刺を、グーグーは怪訝な顔で受け取る。


「あなたの胃袋パンパンに――まんぷく商会 営業マネージャー ゼニフ……さん?」


「ええ、ええ! お初にお目にかかります。では早速、本題をば――――ワタクシたちまんぷく商会は、こちらのお店、八百膳さまに食饌(しょくせん)を申し込ませていただきます」


「…………へ?」


 グーグーは思わず首を傾げた。食饌? 今なんて言った?


 ゼニフは揉み手をしながら、調子よく続ける。


「おや、ご存じない? ワタクシどもは、このヘイヴランド中に外食事業をチェーン展開している商会でしてね。まあ、名前くらいはお聞きになったことがあるのではないかと」


 名刺を持つグーグーの手に、じわりと汗が滲む。と――ゼニフが突然、変な節回しで歌い始めた。


「まんぷく、まんぷく、今日もまんぷく~♪ 食べて食べて食べ尽くせ~♪ 明日のことなど知らないさ~♪」


 音痴な上に歌詞も妙に不穏で、聞いているだけで胸が悪くなる。店内の客たちも、露骨に嫌そうな顔を浮かべていた。


「あ、いや、そういうんじゃなくて、食饌って――」


「ああ、ああっ! そっちのほうでしたか。これは失礼。ぶっちゃけて申しますと、我々まんぷく商会はこの度、エルカドにもチェーン展開を進めていこうと考えておりましてね。ですが、なんの足掛かりもないまま出店したところで、苦労するのは目に見えておりますでしょう? コストも馬鹿みたいにかかっちゃいますし。なので、てっとり早く話題のお店と勝負して――勝てば、そのまま事業所として使わせていただく。これが一番効率的だと思いまして、はい」


 言葉そのものに嘘はなさそうだ。ゼニフの体から立ち上る匂いの中に、虚偽特有の酸っぱさは混じっていない。だが、語られていない何かが奥のほうで澱んでいる。見せてもいい手札だけを並べて、残りを袖の中に隠しているような――そんな匂いだ。


「いやいや、兄ちゃん。そりゃ、ぶっちゃけ過ぎってモンだぜ」


 調理場から手を拭きながら、シローが出てきた。顔は笑っているものの、小さな体に似合わない鋭い眼光でゼニフを見据えている。


「……おんやぁ~? あなたがヲゥカさまと引き分けたという、話題の天才ちびっ子調理士くんですかぁ? お会いできて光栄ですねぇ、むっふっふっふっふ!」


 品定めするような視線が、シローの頭から爪先までをゆっくりとなぞった。グーグーは思わず隠すように、シローの前に立ちはだかる。


「で、どうします、食饌。受けてくれます? それとも――断っちゃいますぅ?」


 煽るような口調。グーグーは次第にむかっ腹が立ってきた。こんな馬鹿げた話、相手にする必要もない。今すぐ、このデブを店から叩き出してやろうと腕まくりをした、その時――


 シローが、くい、とグーグーの裾を引いた。


(……嬢ちゃん、ここは受けるぞ。こいつ、ワシらが断りゃあスグにでも逃げたのなんだの言いふらして、店の評判を落とそうって顔をしてやがる)


(でも……)


 グーグーは唇を噛んだ。今日一日で実感した、料理を見る客たちの期待に満ちた眼差し。星照祭というイベントを呼び水に、せっかく築いた信頼に泥をかけられてしまうのは、シローにとっても不本意に違いない。


(……わかった。シローくんの言うとおりにする)


 不安に揺れるグーグーに向かって、任せとけ、と言わんばかりにシローが小さく頷いた。


「おう、兄ちゃん。ずいぶんと威勢がいいみてぇだが、その食饌ってのは――互いに何を賭け合うもんなんだろ? そっちは何を賭けようってんだい」


「むっふっふっふっふ! こんな薄汚れた店自体に大した価値なんてございませんけどねぇ……ですが、ここで逃げられても困っちゃいますし。ん~、よござんす! 我々まんぷく商会で叶えられることであれば、どんな願いでも一つだけ叶えて差し上げましょう!!」


「言いやがったなコラ?」


「そっちこそ、吐いたツバ飲まんといてくださいよぉ?」


 二人が睨み合う。その間に、グーグーは改めてゼニフの後ろに立つ少女へ視線を向けた。


「おや、失礼。紹介が遅れましたねぇ。こちらが、今回の食饌で我が商会を代表する調理士――ほら、ハルエン。前に出るんですよ、グズグズしない」


 ゼニフに背中をどんと押されて、ハルエンと呼ばれた少女がつんのめるように前に出る。


 腰まで伸びた洗いざらしの小豆色の髪。月のような若葉色の瞳は、本来ならば美しく輝くはずだろう。だが今は、どこか暗く濁って見える。子供にしか見えない小柄な体躯だが、耳の先が少し尖っているのが珍しい。


「あっ、草原族(グラスランナー)じゃん……ひっさびさに見たなー」


 ハルエンと呼ばれた少女から漂う匂いは、怯えとも少し違っているように感じた。もっと奥深い場所で、何かを丸ごと手放してしまったような匂い。自分の中の火種に自分で砂をかけて、燃え残りすら見ないようにしている――そういう雰囲気をグーグーは感じていた。


「ん? そのちんまいのが、ワシと勝負する調理士なのか?」


「う、うぅ……ジロジロ見んな、だべ…………」


 観察するようにじっと見つめるシローの視線に耐えかねて、ハルエンはますます身を縮めていく。


「では、食饌は成立ということでよろしいですね?」


「おう、こっちは問題ねぇ。勝負のお題はどうすんだ?」


 シローがゼニフに視線を向ける。


「んーそーですねー」


 ゼニフがわざとらしく首を傾げて、後ろを振り返った。


「ハルエン」


「………………えっと」


 ハルエンの視線が、この様子を眺めている客たちのテーブル、そしてシローの背後にある厨房に向かう。使い込まれた鉄鍋、ずらりと並んだ包丁、年季の入ったまな板。そのひとつひとつを目で追っていたハルエンが、おずおずといった調子で声をあげた。


「こ、この店に足りないメニュー……なんて、どうだべか?」


「……ほぉう? 具体的には?」


 刺々しかったシローの瞳に、興味深そうな光が宿る。


「で、デカ盛り料理、なんだけど――」


「のった」


 即答したシローに向かって、グーグーは慌てて振り返る。そんな簡単に決めちゃって大丈夫なの!? という不安はあるものの、シローの横顔を見る限り、何か考えがあるようだったので口を挟めない。


「ではでは。さっそく盟約の儀を使える魔術師の手配を――」


「それならここにいるぞー」


 一番奥の席から、のんびりとした声が響く。


「マルガネータ……! あんたまで、この騒ぎに加わるっていうの?」


「別にいいじゃないのさ。ケチケチしなさんなって――あ、坊や。あとでご飯のお代わり頼めるかい?」


「あいよ」


 空いた茶碗をシローに渡しながら、マルガネータがのそりと立ち上がる。


「で、食饌なんだけど。勝負は来週の月曜、夜の部開始と同時に執り行うってことでどうだい?」


「ワシはいいぜ」


「こちらも問題ございませんが……審査員はどうするおつもりで?」


 マルガネータはほっそりとした指を顎にあてて、「そうだねぇ」と短く思案する。


「ここは定食屋だ。夜の部が始まって最初に来た客三人を審査員に見立てて、そいつらの多数決ってことでどうだい?」


「おっとぉ? それはちょいと不公平じゃございませんかねぇ? 相手のホームで、しかもそのお客に審査員を頼むだなんて」


 ゼニフが揉み手をしながら口を挟むものの、


「だったら、最初に来た客じゃなく、通りすがりの三人にでも頼むかい?」


「いや、そのままでいいだろ」


 シローがつまらなそうに口を挟んだ。


「そもそも新装開店したばっかの店に来る客だ。別にウチの常連客ってワケでもねえ。そもそも、この街の住人だったら、美味いもんは美味い、マズいもんはマズいって遠慮なくぶっちゃけてくれんだろ?」


 ゼニフの目が一瞬細くなる――が、すぐに貼り付けたような笑顔を浮かべて、シローの意見に頷いた。


「むっふっふ。そこまで言われるなら、しょうがないですねぇ。ええ。そちらのおっしゃる通りで結構ですよ」


「おし。じゃあ調理時間は15分。その時間内にデカ盛り料理を提供して、美味かった方が勝ち。それで二人とも文句は無いね?」


 全員の同意を確かめると、マルガネータは呪文を唱え始めた。


 薄暗くなった店内に青白い光が広がり、空気の温度がすっと下がる。床板の上に盟約の紋章が浮かび上がり、シローとゼニフの足元をゆっくりと這い上がっていった。


 だが――


「え? ねえ、ちょっと……! なんでアタシまでぇ!?」


 紋章の光がグーグーの腕にも絡みつき、肌に染み込むように刻まれていく。


「この店のオーナーだろ? だったら当然さね」


 くっくっく、とマルガネータが心底楽しそうに笑う。


 そうして盟約が結ばれたあと、ゼニフとハルエンはさっさと店を出て行った。その時、ハルエンが一瞬だけ振り返ったのをグーグーは覚えている。


 扉の隙間から差し込む月明かりによって照らされた若葉色の瞳は、じっとグーグーを見つめていた。そして、ハルエンはゆっくりと目を伏せ、扉の向こうへ消えていく。


「開店初日から食饌ふっかけられるとは、話題にことかかない店になったねぇ」


 マルガネータの言葉に、グーグーは深くため息をついた。


 それにしても――デカ盛り料理対決。いったい、シローはどんなものを作るつもりなのだろう。


 だが、それよりも気になるのは、あの少女のことだった。お題を口にした瞬間、グーグーの鼻が確かに捉えた、あの煙の匂い。埋もれていた火種のような、微かな燻り。


(あの子……本当は、料理のことがキライなんじゃないのかなぁ?)


 グーグーは引き戸の向こうに消えた少女のことを想って、しばらく考え続けていた。

次回「悩ましいお題」

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