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オーバークック! ~導かれし腹ペコたち~【ブラッシュアップのため更新停止中】  作者: 十返香
二章 「星照祭」編

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27品目 天翔ける祈りの星々

「ほいよ。お待っとさん」


「ありがとう。じゃあボクも――はい、これ」


 出来たての焼きそばの包みと、油紙に包まれたクレープが、二人の手の間で交差する。


 湯気を立てる焼きそばを受け取ったヲゥカが、嬉しそうに目を細めた。シローの手には、『ガラスフルーツの煌玉(こうぎょく)クレープ』――篝火の灯りを受けて、淡い橙と碧が万華鏡のように煌めいている。


「おいおい、一位同士の味比べとか……いったいどうなっちまうんだ?」


 二人を見守っていた観衆たちが、声を潜めてヒソヒソと囁く。いまや公園にいる全員の注目が、興味深げにシローとヲゥカに向けられていた。


 シローがゆっくりと包みを開ける。その瞬間――煌びやかな輝きがシローの顔を照らし出した。


「なんだこりゃ……まるで宝石箱みてぇじゃねえか」


 眩しそうに目を細めたシローの眼が、次の瞬間、鋭く見開かれた。


 透明感のあるイチゴ、細工物のようなバナナ、光を通すキウイ――様々な果物が純白のクレープ生地の上に、所狭しと配置されている。照明の灯りを受けて、果実の一つ一つが内側からキラキラと異なった輝きを放っていた。


「この果物……まるで本物のガラスみてぇだぜ」


 シローが思わず呟いた言葉に、ヲゥカが嬉しそうに首肯する。


「水晶の森でしか採れない特別な品種さ。硝子果物(ガラスフルーツ)と呼ばれていてね。普通の果物とは細胞の構造から違うんだそうだよ」


 ほぉう、とシローは断面をじっくりと観察する。果実が薄く、均等に、そして果肉を一切潰すことなく完璧にカットされている。光を透過する断面は、まるで研磨されたクリスタルのように滑らかだった。


(この切り口……髪の毛一本分のブレもなく包丁を制御しなきゃ出来ねえ神業だ。こんな繊細な食材を、ここまで美しく切り分けるたぁ……)


 それに見落としがちだが、クレープ生地も尋常ではなさそうだ。純白で、薄く、それでいてしっかりとした張りを保っている。まるで絹のような質感だ。


「それじゃあ、冷めないうちにいただこうか」


「――あ? ああ、そうだな……ワシも遠慮なく食わせてもらうぜ」


 二人が同時に、それぞれの料理を口に運ぶ。直会に参加していた者たちが固唾を呑んで、二人を見つめていた。


(どれ、お手並み拝見――)


 シローがゆっくりと、それでいて躊躇うことなく、クレープを口に運ぶ。すると――





 シャリンッ





 クレープを咀嚼したとは思えないほど金属的な響きが、口の中で反響した。


(――なっ!? こ、こいつぁ……!?)


 ガラスフルーツが砕ける瞬間、ふわり、と信じられないほど繊細な食感が舌を刺激する。まるで雪の結晶が溶けていくような、儚くも鮮烈な感触だ。


 だがその直後、果実の濃厚な果汁が一気に口内へ溢れ出す。爽やかな酸味が舌先を駆け抜けたかと思えば、蜂蜜よりも深く上品な甘味が口いっぱいに広がっていった。


 つぎに訪れたのは、微かな苦味のアクセント。それが舌先の味覚を明瞭にすると、さらにまた別の風味へ――噛むたびに、異なる味わいが万華鏡のように移ろっていく。


(なんだこりゃ……!? 味そのものが、ひっきりなしに変わっていきやがる……!?)


 だがそれだけではない。真に恐るべきは、このクレープ生地の存在感だ。


 ガラスフルーツの複雑な味の変化を、どっしりと完璧に受け止めている。もちもちとした食感、ほのかな酸味と深いコク――それらが果実の味を引き立てながら、決して邪魔をせず、一つの料理として味をまとめあげている。


(待てよ……、この生地、発酵させている? ただのクレープ生地じゃねぇ。この独特の酸味と香りは、まさか――――)


 味の記憶を反芻していたその時、キャラメリゼされた表面から焼き梨のような香ばしさが、ガツンと鼻腔を駆けのぼった。


 その衝撃でシローの記憶が一気に蘇る。


(あん野郎(にゃろ)ぉ……なんてことを思いつきやがったんだ)


 シローの顔が、興奮でわずかに歪む。


 それでもクレープを食べる手は止まらない。甘く、痺れるような余韻が舌の上で、いつまでも踊り続けていた。まるで次の一口を催促するかのように、喉を通り過ぎた後も、口の中には幸福な香りが漂い続けている。


 気づけば、シローはあっという間に煌玉(こうぎょく)クレープを完食してしまっていた。



「――ははっ!」



 想像以上の味の体験に、シローが無邪気に笑う。


 ふと横を見ると、運よくご相伴に預かったグーグーが、目を丸くして口を押さえていた。ふるふると小刻みに揺れる尻尾は、最上級の感動の現れであろう。



「どうだった? ボクのクレープは」



 ヲゥカが焼きそばをすすりながら、楽し気に尋ねてきた。


 その表情には、自分の料理に対する絶対的な自信が滲んでいる。だが、それは傲慢さではない。料理人として、自分の作品に誇りを持つ者の、当然の表情だった。


「極上だったぜ。まったく、たまんねぇな」


 シンプルだが心からの賞賛に、ヲゥカが相貌を崩した。


硝子果物(ガラスフルーツ)特性(ポテンシャル)を、これ以上ないってくらい完璧に活かしてただろ? あの食感、あの味の変化……全部を計算するの、もの凄くタイヘンだったんだぁ!」


 嬉しそうにずるずると焼きそばをすするヲゥカの様子に、シローが神妙な面持ちでうんうんと頷き返す。


「だが、本当に驚いたのは、あの生地だ。まさか『ドーサ』とはなぁ……あれをクレープ生地に応用するなんて、普通は思いついてもやらねぇよ」


 その言葉に、ヲゥカの箸がぴたりと止まった。


 目を見開いたヲゥカが、まじまじとシローを見つめる。その翡翠色の瞳に、初めて驚きの色が浮かんでいた。


「君……その年齢で、よくドーサに気づいたねぇ…………」


 成り行きを見守っていた誰かが「ドーサ……? なんだそりゃ」と呟いた。「米と豆を発酵させた生地で作る、南の大陸のクレープみてえな伝統料理だよ」と、もの知り顔の親父が小声で答えている。



 ヲゥカはシローの顔を観察するように見つめ、やがてゆっくりと笑みを浮かべた。



「ふぅん。気に入った。ボクと同率一位を獲ったのも、伊達じゃないってことなんだろうね」


 そう言って、ヲゥカは焼きそばの最後の一口を勢いよくすすり上げる。


「ご馳走。いやぁ、本当に美味しかったよ」


 箸を置いたヲゥカが、満足気に腹を撫でた。


「ふぅ――キミの料理もすごいモンだ。こんなに美味しい焼きそばを食べたのは、ボクの長い人生の中でも初めての経験だったかもしれない」


 特級厨士の忖度ない賛辞の言葉に、グーグーと屋台の親父たちが「おおっ」と小さい歓声をあげた。


「蒸し工程を挟むことで、麺がふっくらとしている。だが同時に、鉄板の高火力で表面はカリッと仕上げてあるなんて――相反する二つの食感の対比が、とても興味深かったよ」


 そこでヲゥカが、ふっと眉根を寄せる。


「だが――あの麺とソースの一体感……アレは、なんだったんだろう?」


 その一言で、シローの背筋に冷たいものが走る。


「普通、焼きそばというのは麺と具材が別々に存在している。それぞれが美味しくても、どこか独立している感覚があるものだ。だが君の焼きそばは違う。麺と具材、ソースと紅ショウガ、すべてが渾然一体となっていた」


 ヲゥカはもう一度、味を思い出すように目を閉じた。


「この不思議な調和……まるで麺が最初からこの味を纏っていたかのような……」


 シローの額に、じわりと汗が浮かぶ。


(まさか……気づいたってのか……?)


 ヲゥカがゆっくりと目を開ける。その双眸が、まるで手品のタネを見つけた少年のように、キラキラと輝いていた。


「ああ、そっか。なるほど……ふふっ! そういうことねぇ」


 ヲゥカの口元に、感心したような笑みが浮かぶ。


「麺を蒸す時の差し水に、野菜の出汁を使ったんだね。だからあの一体感が生まれたってワケか」


 今度はシローが驚愕する番だった。何日もかけて見つけた渾身の工夫を、一発で看破されたのだから。それも食べただけで、あの複雑な工程を理解するとは――


 シローは平静を装おうと努めたが、動揺を隠しきれずにいた。額の汗を手の甲で拭うと、


「……ご名答だぜ」


 悔し気に絞りだした言葉を聞いて、ヲゥカは満足そうに微笑んだ。


「うん。素晴らしい発想だ。蒸し焼きという工程を、ただの調理法ではなく、味を染み込ませる手段として使うなんて……ボクはキミの料理に、心から感動しているよ」


 周囲の観衆たちから、「あのヲゥカが味を認めやがった!」「ウソだろ!? あのガキ、マジすげぇっ!!」という驚きの声が次々と上がっている。「でしょー! シローくんはすごいんだからね!!」という、グーグーの自慢げな声まで聞こえてくる有様だ。



「――さて、と」



 優雅に立ち上がったヲゥカが、外套を翻す。


「まったく。想定外のいい出会いだった。シローくん、グーグーちゃん、今夜はどうもありがとう。久しぶりに楽しかったよ」


 そこで一度言葉を切り、シローに向けて穏やかに微笑んだ。


「次にキミの料理を食べるその時を、楽しみにしているよ。キミの料理が、どこまで進化しているのか――それを確かめるためにもね」


「おうよ。次は絶対ぇアンタに勝ってやるからな」


 ふっと口元を綻ばせて立ち去るヲゥカの背中に、グーグーが大きく手を振う。


「ヲゥカ先輩、お元気でーっ!」


周囲の親父たちも、尊敬の眼差しでヲゥカを見送っている。シローは黙ったまま、静かに腕を組んだ。


(次に会う時は……必ず、アンタの料理を超えてやっからな)


 心の中でそう誓いながら、シローはヲゥカの背中を見送った。金髪が夜風に揺れ、やがて人混みの中に消えていく。


(嬢ちゃんの話がホントなら、この異世界には、こんなにすげぇ料理人があと七人もいるってか……)


 前世で料理を極める道中のシローは、酷く孤独だった。だが、この世界には――特級厨士という、本物の料理人(バケモノ)たちがいる。


(へっ、面白ぇ)


 胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。と、その時――





 空に、無数の光が浮かび上がった。





「――なんでい、ありゃあ?」


 自分の世界に浸っていたシローが、素っ頓狂な声をあげる。


 空を見上げると、オレンジ色の光球がゆらゆらと天に昇り始めていた。一つ、二つ、十、百……数え切れないほどの光が、まるで逆さまに流れる天の川のように、夜空へと吸い込まれていく。


「あれが天燈(てんとう)だよ」


 いつの間にか隣に立っていたグーグーが、にっこり笑って空を見上げた。


「この時期、ヘイヴランドには年に一度、大規模な流星群がやってくるんだけどね」


 その声は、いつもの明るさとは違う。どこか懐かしむような、祈るような憂いを帯びていた。


「昔の人たちは、それがただの流れ星だとは思わなかった。あの光る星たちに、死んでしまった大切な人の魂が乗って、年に一度だけこの世に帰ってくるんだって――そう信じていたんだって」


 シローは黙って耳を傾ける。


「だから街の人たちは、帰ってきた魂たちを歓迎するために、盛大な祭りを開くようになってね。それが星照祭の始まりだって言われているんだよ」


 さっきまで騒いでいた親父たちも、酒を片手に空を見上げ、無言で光の軌跡を追っている。


「美味しいものを食べてもらって、楽しい催しを見てもらって、生きている人たちが元気にしているところを見せてあげるの。『心配しないで。アタシたちは、ちゃんとやってるよ』って」


 月明かりに照らされて、オレンジ色の光が星空に溶けていく。その様子は、本当に誰かの魂が昇天していくようにシローの眼に映った。


「そして祭りが終わったら、願い事を書いた紙を貼った熱気球――天燈を飛ばして、魂たちを天に送り返すお手伝いをしてあげるんだ」


 グーグーは手を合わせて、そっと目を閉じる。


「『来年もまた来てください』『あの世(あっち)でも元気でいてください』って、願いを込めてね」


 シローは黙ったまま、もう一度空を見上げた。


 天燈の光が、一つ、また一つと星空に消えていく。その光景は、言葉にできないほど美しかった。荘厳で、神聖で、そして――どこか切なかった。


(なるほど、星照祭ってのは、日本の盆みてぇなモンなんだったんだなぁ)


 したり顔のシローを見て、グーグーが静かに笑みを浮かべる。


「アタシたちは直会(なおらい)で参加できなかったけど、こうして見上げて手を合わせれば、願い事を一緒に運んでいってもらえるって言われてるんだけど――」


 グーグーが身をかがめて、シローの顔を覗きこんだ。


「シローくんは? 何かお願いしちゃう?」


「そうだなぁ……」


 シローは空を見上げたまま、おもむろに手を合わせると、






 ――嬢ちゃんとやっていく店が、繁盛しますように






 前世での未練も、孤独も、すべて手放して。この新しい人生で、心強い相棒と共に歩んでいく。その決意だけを、心に秘めて――


(だが、それだけが、今のワシの本心だぜ)


 そして二人は、肩を寄せ合うように座りながら、最後の天燈が星空に消えていくまで、ずっと空を見上げていた。


 涼やかな夜風が吹き抜け、祭りの余韻を運んでいく。街全体が、静かな祈りの時間に包まれていた。


 やがて最後の天燈が、小さな光の点となって夜空に消える。



 今日という特別な日の締めくくりとして、これ以上ないほど美しい幕引きだった。



キリがいいところで告知です。


拙作を楽しんでいただけましたら、一人でも多くの方に読んでもらうきっかけに繋がりますので、なんらかリアクションを頂けると嬉しいです。


よろしければブックマークも是非。


次回は番外編として、星照祭の裏側で起こっていた『ある事件』を描きます。

闘うお姫様、ウルスラの活躍をお楽しみくださいませ。




次回 番外編「死幇だいぱん

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