24品目 ダルマ一家 参上
客商売をやっていると、嫌でも覚えることがある。
調子がいいときほど、厄介ごとは決まって最悪のタイミングでやってくる、ということを――
「よぉ姉ちゃん、ちょっといいかい?」
祭りの終わりまで、あと一時間を切った頃。
行列整理に追われていたグーグーは、額に張りついた銀髪をふっと吹き上げると、「はーい! ただいまー!!」と満面の笑顔で振り返った。
直後、表情がぴしりと凍りつく。
そこには、腕を組んだ大男が睨みつけるようにふんぞり返っていた。その背後では、ガラの悪いチンピラどもがにやにやとこちらを窺っている。
(あー、はいはい。このパターンかぁ……)
グーグーは接客用の笑顔をぺたりと貼りつけたまま、内心で盛大にため息をついた。
うすら笑いを浮かべた大男は、のしのしとグーグーに近づき、のぞき込むように身をかがめると、
「なあ、獣人の姉ちゃんよぉ。おめーら新参ものだろ? オレらのショバを使っておいて挨拶もなしたぁ、ちっとばかし礼儀がなってねぇようだなぁ?」
「……えっと、おたくらどちら様?」
グーグーが眉をひそめた途端、取り巻きどもが色めき立ってわめきだす。
「おうおう、兄貴が優しゅう言ってんのに、ずいぶんな態度じゃねーか女ぁ!」
「このお方の恐ろしさを分かっとらんようじゃのうボケぇ!」
「……よせよせ。この姉ちゃんはカタギなんだからよぅ。大目に見てやろうじゃねえか」
兄貴分がやれやれと肩をすくめると、ずいっと顔を突き出して声を潜める。
「姉ちゃんよ、知らねーことは罪じゃねぇし、オレさまもまどろっこしいのは好きじゃねぇ。だからアホでも分かるように分かりやすーく言ってやる」
兄貴分の口元が、にやりと歪んだ。
「オレら天下のダルマ一家ってモンだ。黙ってとっととショバ代払えや……じゃねーと屋台もろとも、あのガキもぶっ飛ばされっぞ? あぁん?」
ダルマ一家。
エルカドの住人なら誰もが知っている侠客の名前が出た途端、周囲の空気が凍りついたように静まり返っていった。
「やっべ。マジかよ、死んだぞあいつら……」
「ねぇちょっと、誰か早くギルドのひと呼んできてあげなよ……」
行列に並んでいた一部の客たちが、ざわざわと不安げに囁き合っている。チンピラどもが満足げに胸を張る姿を見て、グーグーの全身の毛がぶわりと逆立った。
(あぁ、どうしよう。ぶっ飛ばしたい。いまスグこいつらぶっ飛ばしてやりたい)
ぐるる、と小さく喉が鳴る。拳を振れば、一発で済むことだ。こんなザコども、そう、アタシだったら一瞬で――
その時、ふわり、とソースの香りがグーグーの鼻をくすぐった。
振り返らなくても分かる。いまこの瞬間も、シローはお客さん相手に焼きそばを作り続けながら、きっと自分のことを見守ってくれているであろうということを――
グーグーは身体の力を抜くと、静かに大きく息をついた。
「場所、変えよっか。お客さんの迷惑になるし」
グーグーは男たちに向き直ると、屋台から少し離れた場所へ顎をしゃくった。
口元を歪ませた男たちが、ニヤニヤしながら後をついてくる。さてさて、どう平穏無事に済ませたモノか。グーグーが「うーん」と眉根を寄せて考えようとした、その時――
じゃりっ
砂を踏む音がして、長い影がチンピラたちの足元に落ちた。
「よぉ、兄ちゃんたち。いま、あたしらのことを呼んだかい?」
低く、それでいて妙に色気のある女の声が、男たちの背後から響いてくる。
「あぁん?」
振り返ったチンピラどもの顔から、さっと血の気が引いていった。
そこには、高く結い上げた赤髪に丸眼鏡、今日はローブ替わりに法被を纏った女――マルガネータとその子分たちが、剣呑な目つきで凄んでいたのだから。
「な、なんだぁ、テメェらはっ!?」
唾を飛ばして怒鳴るチンピラたちを、マルガネータは路傍の虫でも見るような冷たい目で一瞥する。
「あぁん? 先に声をかけたのはそっちだろ? わざわざ出向いてやったってのに、なーに言ってんだろうねこのスカポンタンどもは」
ふぅ、と煙管から紫煙をふかし、マルガネータが啖呵を切る。
「ダルマ一家が若頭、マルガネータってのはあたしのことさ。で――」
煙管の先が、兄貴分の顎をくい、と持ち上げる。
「テメーらだろ? ウチのシマで看板騙って小銭を巻き上げてるっつう、命知らずのボンクラどもってぇのは……」
煙管が離れた途端、兄貴分とその取り巻きたちは、「あ、あば、あばばばばばばば……」と歯を鳴らしながら、その場にへたり込んでいった。
マルガネータがわざとらしくため息をつき、ぱちん、と指を鳴らす。
すると、周囲を漂う煙管の紫煙が、ぞろり、と蛇のようにうねりをあげて、男たちの手足に巻きつき、ぎりぎりと締め上げていく。
「ぎゃ、い、痛ェ! ど、どうか命ばかりは……」
「とりあえず埋めとけ」
「「へいっ」」
子分たちが麻袋でも担ぐような手つきでチンピラどもを肩に乗せ、次々と運び去っていく。その鮮やかな手並みに、見ていた客たちからどっと拍手が起こった。
「マルガネータ! もー、遅いよっ!!」
ぷりぷりと頬を膨らませるグーグーに、マルガネータは煙管を咥えたまま、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「いや、悪かったねぇ……今年はどうしたことか、ああいう頭の足りない阿呆がおおくてね」
そう言うと、疲労の色が滲む顔でマズそうに紫煙を吐く。
ふと、マルガネータの視線が横に流れた。その先を追うと――シローが騒ぎなんてなんのその、今は子供連れの客たちと笑顔でやり取りしながら、次々と焼きそばを作っているではないか。
「よかった……あっちの方は、騒ぎに気づかなかったみたい」
グーグーは胸をおさえて、ほっと一息つく。いろいろあったものの、行列は途切れるどころか更に伸びてすらいるようにも見えた。
「なかなかどうして、繁盛してるじゃあないか。こりゃ坊やの差し金かい?」
「あ、わかる?」
「当然だろ。金貸し舐めんじゃないよ」
煙管の先で、こつん、とグーグーは額を小突かれた。
「っといけない。邪魔して悪かったね。あたしらもさっさと退散させてもらうよ」
踵を返しかけたマルガネータが、ふと足を止めると、客たちに向かって大声を張り上げる。
「みんなも祭りを存分に楽しんでいっておくれ! ハメを外した馬鹿どもを見かけたら、あたしらダルマ一家に声かけてくんなっ!!」
おっかなびっくり様子を見ていた観衆たちから、わぁっ、と歓声が上がる。
「ちょい待ち、姐さんっ!」
そのまま歩きかけたマルガネータの背中に、シローが駆け寄っていく。両手で抱えた容器から、湯気がもうもうと立ち上っていた。
「――なんだい、こいつは?」
マルガネータが、眼鏡の奥で目を瞬かせる。
「またメシ食いっぱぐれてんだろ? さっきの礼っつったらアレだけどよ、遠慮なくもっていってくんな」
「いや、そういうわけには――」
マルガネータの腕に、グーグーがするりと絡みつく。
「まぁまぁ、遠慮しなさんなって。アタシの耳には、さっきからアンタのお腹が鳴ってる音がダダ聞こえ――あいたっ、痛いってば!」
マルガネータの膝が、グーグーの尻をげしげしと蹴り上げる。
尻を押さえて「お、おおぅ……」と涙目で振り返ると、マルガネータが不器用な手つきで、シローの頭にそっと手を置いていた。
「……ありがとよ、坊や。子分どもと美味しく頂かせてもらうからね」
それだけ言うと、マルガネータは颯爽と見回りへ戻っていった。
グーグーはその背に小さく手を振って見送る。隣で、シローはぺこりと頭を下げていた。
「「――さて、と」」
声がぴったり重なって、思わずシローと顔を見合わせる。お互い、口元に浮かんだ微笑みだけで、言葉なんていらなかった。
(よっしゃ! ラストスパート、まだまだがんばるぞっ!!)
グーグーとシローは手をとると、一緒に屋台へと駆け戻っていった。
次回「優勝はだれの手に」




