22品目 エルフの料理人
夕暮れ前の陽光が、星照祭を迎えたエルカドの南門を照らしている。豪奢な馬車から降り立った青年が、眩しそうに目を細めながら呟いた。
「うーん、エルカドの街は相変わらず賑やかだなぁ」
金糸の刺繍が施された濃緑の外套が、風に揺れて優雅に翻る。
フードを下ろすと、陽光を受けて輝く長い金髪が現れた。好奇心に満ちた翡翠色の瞳、そして天を衝く尖った耳――紛れもなくエルフである。
「――さっさと荷物を運び入れるぞっ! 商人ギルドの搬入やらなんやらで、後続の馬車が詰まってるんだ! 交易路を塞がないように、どんどん手を動かせっ!!」
号令に応じて、エルフの男たちが「おうっ!」と機敏に動き始める。
彼らの所作は森に住む同族とは明らかに違っていた。街での生活が長いせいか、どこか垢抜けた雰囲気を纏っている。都市生活に順応した者特有の、効率的で無駄のない動きだった。
「やあやあ、貴方さまは――」
人々の輪から一人、年配のエルフが歩み寄ってくる。穏やかな微笑みを浮かべたその男は、青年に向かって深々と頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました。街で暮らすエルフを代表して歓迎いたします」
「やあ、顔役。忙しそうなところに、突然声をかけてしまってすまなかった。暫くの間、どうかよろしく頼むよ」
青年の気さくな返事に、顔役と呼ばれた男の表情が和らぐ。
「もちろんでございます。ご滞在の間は、何なりとお申し付けくださいませ」
顔役に促されるまま、青年は街を歩き出した。
エルカドの南門から東エリアへ向かう道すがら、街の喧騒は次第に大きくなっていく。
露店の呼び込み、子供たちの歓声、荷車の軋む音、そして遠くから聞こえるパンパンという花火――すべてが混然一体となって、祭りの前の高揚感を生みだしている。
(おや、この匂い……)
炭火焼きの屋台の前を通りかかったとき、青年の足がわずかに緩んだ。
(へぇ、いい炭の組み方してるなぁ……あの火加減なら、皮目はパリッといくだろうね)
思わず足を止めかけたが、顔役の足取りに合わせて歩みを戻す。
「もともと活気がある街だけど、今日の混雑はまた一段とすごいモンだねぇ」
青年は獣人の子供たちが駆け抜けていくのを、おっかなびっくり避けながら苦笑いを浮かべた。その様子を、顔役は温かい眼差しで見守っている。
「今日は星照祭の当日ですから――夜になれば、よりすごい光景がご覧になれますよ」
ふと空を見上げると、西の空が茜色に染まり始めていた。屋台の開始を告げる鐘が鳴るのも、もうすぐだろう。
「さ、こちらです」
広場に足を踏み入れた瞬間、青年の目に飛び込んできたのは、所狭しと並ぶ屋台の群れだった。
料理人たちが最後の準備に追われ、あちこちから威勢の良い声が飛び交っている。その喧騒をかき分けて進むと、広場の壁際に陣取った一画に、ひときわ立派な屋台が設営されていた。
近くで作業をしていた別のエルフたちが青年に気づくと、一斉に作業の手を止めて頭を垂れる。その表情には、尊敬と期待が入り混じっていた。
「こちらが我々のほうで用意させていただきました、貴方さまの屋台でございます」
「いやぁ、立派なモノだね――どれどれ」
青年は遠慮なく屋台の中に入り込むと、細部まで入念にチェックし始めた。
調理器具の配置、火力の調整、そして魔法棚から食材を一つ一つ取り出して状態を確認していく。その真剣な眼差しに、周囲のエルフたちに緊張が走った。
やがて青年が顔を上げ、満足そうに微笑むと、
「うん、バッチリだ。ボクの指定どおりになっている。皆、感謝するよ」
その言葉に、準備に携わっていたエルフたちが小さな歓声を上げた。
慣れない大工仕事に精をだしたのだろう、傷ついた指で嬉しそうに手を取り合っている。その姿を見て、青年は彼らの期待に応えねばと心に誓った、その時――
「おいおい、なんだありゃあ?」
素っ頓狂な声に引かれて振り返ると、妙な光景が目に入った。
「よぉし、あとちょっとだよ、シローくん! 気合いれていこー!! はい、おーえす、おーえす……」
ねじり鉢巻きに法被姿の獣人の女と小さな子供が、車輪のついた巨大な木材の塊を懸命に引っ張っている。長い距離を移動してきたのだろう、二人の額にはうっすらと汗が光っていた。
「おらい、おーらーいっ……はい、すとーっぷ!」
「――ふう。ワシたちの屋台の場所は、ここで合ってんよな……? おっしゃ。んじゃあ早速、組み立てていこうぜ」
「がってんだっ!」
二人はぴったりとあった呼吸で、テキパキと折りたたまれていたパーツを展開していく。木材の中に組み込まれていた歯車を回していくと、見る見るうちに木材の四隅から柱が伸びていき、なんと屋根が形作られていくではないか。
「……なんだ、アレ?」
青年は呆然とその様子を眺めていた。
屋根に煙突が生えたかと思うと派手に煙が噴き出るわ、左右にメニューを描いた看板が飛び出してくるわ、鉄板が回転しながら正面奥に三枚並ぶわ、その変化には暇がない。
最後にガシャンと大きな音を立てて、すべてのパーツが噛み合った。
「「完成っ! 変形合体・焼きそば屋台――っっっ!!」」
いえーい、と二人がハイタッチを交わすと、周囲から感嘆の声が上がる。
「な、なんと面妖な……」
いつの間にか隣に来ていた顔役が、目を丸くして呟いた。無理もない。皆が汗水垂らして組み立てた屋台を、この二人はものの数分で、しかもより複雑な仕掛けを持ったモノを完成させてしまったのだから。
「グーグー、なんだよその屋台! 超カッケーじぇねぇか!」
「でしょー! ドワーフの親方たちにも手伝ってもらったんだー!!」
(……グーグー? えっ、あの女の娘、グーグーちゃんだったの!?)
青年の記憶にある冒険者時代のグーグーとは、雰囲気がまるで違う。以前の彼女はがむしゃらになって戦いに明け暮れていたものが、今は生き生きとした表情で、人々との交流を楽しんでいるように見えた。
「おや、彼女をご存じで?」
顔役の問いに、青年は懐かしそうに頷く。
「うん、昔ちょっとね。そばにいる少年には見覚えないけど、まさか彼女の子どもじゃないよねぇ?」
気っぷの良さと持ち前の愛嬌で人気者だった彼女が、今こうして新しい道を歩んでいる。その姿を、青年は成長を見守る兄のような眼差しで見つめていた。
「おうおう、まさかこの坊主が調理するってんじゃねーだろうなぁ」
近くの屋台の厳つい親父が、少年の頭をわしわしと撫でながら声をかける。
「そのまさかよ。シローってんだ。新参者だがよろしく頼むぜ」
小さな体で堂々と答える少年の姿に、周囲がざわめいた。
「あ、オレ知ってるぞ! オメー、こないだの調理士試験で最年少合格したってウワサのガキだろ!?」
「へー! そりゃ大したモンじゃねえか。あとでオレんとこのメシと交換っこしねえ?」
「あ、それ、アタイの店も混ぜてよ」
「ウチもウチも!」
わらわらと大人たちに集られても、シローと名乗った少年は物怖じしない。
その小さな体から発せられる不思議な存在感に、気の荒い親父やおかみさん連中も、いつの間にか子か孫でも見るような優しい目をして彼と交流していた。
(ああ、彼が件の少年か。ウルスラちゃんが気にしていたみたいだったけど――)
なるほど、確かに只者ではなさそうだ。あの鉄板三枚の扇状の配置……温度の勾配を使い分ける気だろう。あの歳で、火についてそこまで理解しているとは――
もっとよく観察しようと青年が一歩踏み出したそのとき、顔役が遠慮がちに声をかけてきた。
「失礼します。準備が整いましたので、スタッフたちと販売の流れについて、確認をお願いしたいのですが……」
「……ああ。うん。そうだったね。すまない、任せっきりにしてしまって」
「なにを仰いますか。非才である我らが御身のお役に立てるのであれば、これ以上の喜びはございません」
自分の屋台に戻った青年は、手伝いのエルフたちと軽く打ち合わせを始める。今回提供するメニューは『アレ』一品のみ。シンプルだが、だからこそ完璧を期す必要がある。
その時、空にきらりと一条の光が流れた。星照祭の始まりを告げる、最初の流れ星だ。
「――エルカドの空に星堕つるとき、我らの戦もまた始まらん」
「「長老っ!」」
杖をついた老人の声が響き渡ると、広場中の料理人たちが一斉に手を止める。長老と呼ばれた老人の周りに集合し、全員が戦士のような気迫を漂わせた。
「皆の者、準備はできておるな?」
「あったぼうよ! 今年こそ完売御礼を目指してやらぁ!!」
「くっくっく……キタキタキタ! 感じるか、この地面の振動をよぉ!? ハラぁすかせた客どもが、ウチらの屋台を目指して近づいてきてやがるぜっ!!」
「よう、兄弟。いったい何百人の客が、ここに向かってきてるんだろうなぁ」
「へへっ、武者震いが止まらねぇ……っ!」
屋台の親父たちが歯茎をむき出し、脂汗で顔をテラテラさせながら笑いあっている。立ち昇る闘志は、まさに戦場に赴く決死隊のそれだった。
「グーグー、そしてシローと申したな――お主たちの初陣、しかと見届けさせてもらうぞ」
「まっかせといてよ! 長老!!」
グーグーが胸をぽんと叩く。その自信に満ちた様子に、シローも小さくうなずいた。
ちなみに長老というのは、風貌からつけられた単なるあだ名であるらしい。顔役がこっそり耳打ちしてきて、青年は心底くだらないと苦笑を漏らす。
この屋台に参加している生粋のエルカドっ子は、基本的にノリと酔狂だけで生きてきたような者ばかりである。規律と礼儀に縛られたエルフ社会に辟易している青年からすれば、こういう自由な雰囲気は眺めているだけでも面白い。
「いくぞ皆の者! 今宵は稼ぎ時じゃぁああああああっ!」
「うおっっっっっっしゃ――――っ!!!!」
雄叫びが広場に響き渡る。顔役は眉をひそめているが、青年の胸には久しぶりの高揚感が湧き上がっていた。
「さあ、ボクたちも負けないように頑張ろうか」
振り返った青年の瞳には、静かな闘志が宿っていた。
「ええ。ヲゥカさまが久しぶりに腕を振るわれるこの機会――街の住人だけでなく、ヘイヴランド中の美食家たちに、特級厨士たる神技の冴えをご披露くださいませ」
顔役の言葉に、青年――ヲゥカは不敵な笑みを浮かべる。
星照祭の夜が、今まさに始まろうとしていた。
次回「星照祭」




