21品目 変形は漢のロマンだぜ
「ま、七十点ってトコだな。まだまだ改良の余地があるぜ、コリャ」
「――ぶはっ!」
グーグーがいきなりむせかえる。麺が数本、対面のシローに向かってかっ飛んでいった。
「え? えっ? なんで!? これだったら優勝間違いなしの美味しさだと思うよ? それなのに――」
シローは手を挙げてグーグーの言葉を遮る。顔に張りつく麺やキャベツを無表情に取り除くと、
「嬢ちゃんが前に言ってたじゃねえか。今回の祭りにゃあ、すげぇ料理人が出てくるって」
「うぇ? それは、まぁ、そうだけど……」
グーグーが言葉を詰まらせ、もにょもにょと口ごもる。
「あれからワシも、色々とそのヲゥカって野郎のウワサを耳にしたんだがよぉ……」
シローは焼きそばの残りを箸でつつきながら、話を切り出した。
「……市場でな、店の親父たちが祭りの話で盛り上がってたんだよ。『今年の優勝は誰が獲るかな』だの『オレに決まってんだろ』だの、威勢のいいこと言い合ってな。ところがどっこい、ヲゥカの名前が出た途端、みーんな突然黙りやがる――で、誰かが『まぁアイツは別枠だわな』って笑って、すぐに話題を変えちまった」
シローはふっと息をつくと、グーグーの目をまっすぐ見た。
「海千山千のあの連中がだぜ? 揃いも揃って目ぇ逸らしやがった――こりゃ嬢ちゃんの言った通り、いや、それ以上の化け物だと思ってかかったほうがいい」
シローの声が、すっと低くなる。
「ワシはよ。嬢ちゃんとやる店を、絶対に成功させてやりてぇ。いや、させなきゃならねぇって思ってる。それを叶えるためには、祭りの屋台程度の小っせえ勝負で負けるワケにはいかねぇんだよ」
グーグーは箸を持つ手を下げながら、シローの言葉をじっと聞いていた。やがて、「しょうがないなぁ」と呟くと、呆れたように小さく苦笑した。
「シローくんの覚悟はわかったよ……でも、これ以上どうしようっていうの? だってこの焼きそば、すっごくコクがあって、アタシ史上ダントツの美味しさだったんだけど……」
シローは腕を組み、考え込むように目を伏せる。
「確かにな。コクはある。だが、なんてのかな――具材と麺の一体感がなぁ。なぁんかバラバラなのよ。麺は麺。具は具って感じでよぉ」
「どゆこと?」
箸をくわえたまま、グーグーがきょとんと首を傾げた。
「例えばよ、ラーメンのスープが麺に絡むみてぇに、この焼きそばでも何か『つなぎ』が必要な気がすんだよなぁ」
シローは椅子を揺らしながら、ウンウンと唸り始める。
「何かを足すのはカンタンだが、でもなぁ……これ以上足しちまうと、ふっくら蒸された食感を損ねちまう可能性もあるし…………」
「ソースを変えてみるとか?」
「いやぁ、ソースはこれがベストだぜ。問題は別のところにある気がすんだが……」
シローはしばらく考え込んでいたが、ふうっと息をついて顔を上げる。
「ま、あと一週間はあるんだ。当日までに最っ高の焼きそばを作り上げてやるから、嬢ちゃんは楽しみに待っててくれや」
シローが吹っ切れたように薄く笑うのを見て、グーグーが勢いよく手を挙げた。
「はいはいはいっ! シローくん、アタシだって他にもなにかお手伝いしたいっ!!」
「ん? そりゃ助かるが……」
「やたっ! 試食以外でなにかお役に立てることってある? もちろん試食もいっぱい頑張るけどっ!!」
シローは顎に手を当てて少し考えた後、「あっ」と手を打った。
「そうだ。忘れてたけどよ、屋台の準備をいっちょ頼まれてくんねぇかな。こういうヤツなんだが――」
シローがその辺にあった包装紙の裏に、さらさらと図案を描き始める。迷いのない筆さばきで、屋台の全体図がみるみる出来上がっていった。
グーグーが「ほうほう」と覗き込む。そして、ある部分を見た瞬間、かっと目を大きく見開いた。
「なにコレっ!? なんか面白そうなんですけどっ!?」
「だろ? んで、ここなんだけどよ――」
シローが図案の一部を指で示す。
「この庇の部分がな、こう跳ね上がる仕掛けになってんだ。んで、看板はここから――ほれ」
くるりと指を回すジェスチャーをする。
「回転させて、こっち向きにも、あっち向きにも見えるようにできる」
「すっごー! ギミック満載じゃん!!」
グーグーの目がキラキラと輝く。気を良くしたシローが、図案のあちこちを指で叩いてみせる。
「調理スペースもな、ここが展開して広くなる。普段はコンパクトに畳んどけるから、移動も楽になるって寸法よ」
「へぇ~! これって変形するの?」
「ったり前じゃねえか。変形は漢のロマンだぜ」
得意げに胸を張るシロー。それを見ていたグーグーが、ぐっと身を乗り出した。
「ねっ、ねっ! それだったらさ、遠くからでも見えるように、看板をもっと派手にしたらどうかな? ほら、目立つ色とか使ってさ!」
「そりゃあいい。さすが嬢ちゃんだぜ」
シローが図案に書き込みを加えていく。二人で頭を寄せ合いながら、あーでもないこーでもないと屋台の仕様を詰めていった。
鉛筆で頭を掻きながら、シローがちらりとグーグーの顔色をうかがう。
「たぶん、出店の決まりごとには引っかからねぇと思うが……その辺の確認も頼めるかい?」
「まっかせといてよ! 知り合いのドワーフたちにも声をかけて、もうすんごいヤツを作ってきてあげるからっ!!」
図案を握りしめたグーグーが、笑顔で胸をそらす。その自信満々の様子に、シローも安心したように笑顔を浮かべた。
二人の笑い声が、小さな厨房に溢れかえる。
窓の外では、いつの間にか夕暮れの空が赤く染まっていた。大市を片付ける商人たちの声が遠くから聞こえてくる。一日の終わりを告げる鐘の音が、街全体にゆったりと響き渡った。
祭りまであと一週間。
準備はこれから本格的に始まる。最高の焼きそばと、最高の屋台で強敵に挑む――そんな挑戦への高揚感が、静かに、しかし確かに、二人の胸の内で燃え上がっていた。
次回「エルフの料理人」




