20品目 屋台の焼きそば お試し版
ツンと鼻を刺す清涼な香りが厨房内に満ちている。
シローたちが緋ノ山から帰ってきて三日目。二人は今日も朝から厨房にこもり、満紅生姜を使った紅ショウガ作りに挑み続けていた。
「――あとはコイツを冷暗所に保管して……おっしゃ、これで紅ショウガの完成だ」
「ふっふー♪」
ツボを頭上に掲げるシローと一緒に、グーグーが両手を上げてズンドコ踊っている。エプロンの裾がひらひらと舞い、銀髪が肩で弾んでいた。
「……あれ? でもこの紅ショウガ、まだ赤くなってないよね?」
グーグーが首を傾げながらツボを覗き込む。すんすんと鼻をひくつかせ、中身の匂いを確かめていた。
「赤梅酢を使った着色は、半日から一週間くらいかかるからなぁ。祭りの当日にゃあ、ギリ間に合うって寸法よ」
シローはツボから紅ショウガを一つまみ取り出すと、ためらいなく口に放り込んだ。目を閉じて、じっくりと味を確かめる。
「――うん、味はこの時点で申し分ねぇ。やっぱ紅ショウガってのは、こうでなくっちゃあな」
ピリリとした辛味が舌を刺激し、その後を追うように清涼感あふれる香気が鼻を突き抜ける。会心の出来栄えに、シローの頬が自然とほころびた。
「あ、ずっこ! アタシもっ、アタシも味見したいっっっ!!」
グーグーが「あーん」と大きく口を開ける。まるで餌を待つ雛鳥のような恰好にシローは苦笑しつつ、紅ショウガの欠片を「ほれっ」と放り込んだ。
「むぐむぐ…………ふぉ、おおぉぉおおおおお~っ!」
グーグーの表情が、みるみるうちに変化していく。頬に両手を当て、とろんと垂れた目を輝かせた。
「なにコレ、すっご……」
「だろぉ? この味わいを知っちまったら、その辺で売ってる水っぽい紅ショウガなんぞ食えたもんじゃねえって」
シローは腰に手を当て、えへんと小さな胸を張る。
「んー、完成したのは良かったんだけどさぁ――――いっぱい失敗もしちゃったよねえ」
グーグーが「アハハ」と冷や汗を垂らしながら、厨房の隅へと視線を向ける。
「……嬢ちゃん、そいつは言いっこなしだぜ」
背後に並べられたツボの山から視線をそらした二人は、示し合わせたように大きな溜息を吐いた。失敗作の墓場のようなその光景は、今となっては良い思い出だが、初日は頭を抱えたものである。
思い返せば、苦難の連続だった。
たかが生姜とはいえ、そこは異世界産の満紅生姜。地球の常識はまったく通用しなかった。シローの知る手順通りに作った最初の紅ショウガは、味が薄く着色もイマイチな駄作となってしまったのである。
なにくそと挑んだ二回目は、塩分の加減を誤った。
『味見、アタシがやるねっ!』
意気揚々と紅ショウガを口に放り込んだグーグーは、次の瞬間、ぴたりと動きを止める。目がまん丸になり、顔が強張ったまま、小刻みに身体が震えだして――
『ど、どうした嬢ちゃんっ!?』
返事はない。グーグーは声も出せず、口を押さえたまま、ほとほとと涙をこぼし始めたのだった。
『ペッしな、嬢ちゃん。ペッ!』
慌てたシローが背中をさすりながら、桶を差し出す。それからしばらく、グーグーは水をがぶ飲みし続けるハメに陥った。
それから繰り返すこと、数十回――
試行錯誤を重ね、梅酢の配合を変え、漬け込み時間を調整し、ようやくここに満足いく紅ショウガが爆誕したのである。
「さぁて、お次はいよいよ大本丸、焼きそばの試作に入るとすっか」
「よっ、待ってましたーっ!」
シローが前掛けを締め直す間に、グーグーが手際よく材料を並べていく。
キャベツ、キンタ豚とかいう魔獣の肉、そこから作った自家製ラードに肉カス、どこにでも売ってるような市販の蒸し麺、中農ソース、ネギ、魚の削り粉、そしてシロー特製紅ショウガ(着色中)――
調理台があっという間に食材で埋め尽くされる。
「なんか、あんま焼きそばじゃ見かけない具材があるんだけど……?」
グーグーが肉カスをつまみながら、金色の瞳を揺らした。
「おう。普通の焼きそばを作ったんじゃあ、ちょいと味気ねぇからな。っても、屋台で出すモンだ。あんまり凝ったモンを作るわけにもいかねぇ。だから――ま、見てなって」
シローが備え付けられた鉄板に手をかざす。すぐに伝わるカンカンの熱気を確認すると、自家製ラードを惜しみなく投入していった。
――じゅわわわわっ!
白い塊が音を立てて溶けていく。香ばしい匂いが立ち上り、厨房全体に広がっていった。
「まずはラード。こいつを溶かして、鉄板に広げていくんだ。ここは手早くな。じゃねぇと鉄板が焦げちまう」
「シローくん、アタシも手伝うっ!」
「おう、頼むわ」
二人でヘラを使い、溶けたラードを鉄板全体に広げていく。
「んで、ここに――」
シローは肉カスを無造作に放り込むと、パチパチと油が弾ける音が加わった。
「わっ、油が跳ねた!」
「だから顔近づけすぎだって」
グーグーが慌てて一歩下がる。
「――肉カスをざっと炒めると、そっからも油がでるだろ? まずは、ラードと肉カスの油、この二つを馴染ませていくって寸法よ」
グーグーは安全な距離から鼻をひくひくさせる。
「なんか、この時点でお腹が減る匂いがするねぇ」
「まだ油が飛び散るから注意しなよ。顔なんか火傷しちまったら、看板娘の名折れだかんな」
シローは手慣れた動きで包丁を握ると、目にも止まらぬ速さでキャベツを細切りにしていった。
「肉カスとキャベツを入れる順番とか、キャベツの切り方だとか、まぁ人によって色々流派はあるようだが……今回はワシの馴染みでいかせてもらうぜ」
シローはヘラを構えると、手慣れた手つきで肉カスとキャベツをかき混ぜていく。
「嬢ちゃん、そっち側ちょいと焦げかけてるぜ。ヘラで混ぜといてくれっかい?」
「がってんだっ!」
グーグーがやる気満々でヘラを握る。
キャベツと一緒に立ち上る煙まで巻き込むように、じゅっ、じゅっ、じゅっ――と炒めると、それらを鉄板の半分に寄せていく。空いたスペースに、シローはほぐした麺を丁寧に並べていくと、
「麺は炒めすぎると固くなっちまうからな。火入れはほどほどに。んで、ここに――嬢ちゃん、ちいっと湯を入れてくれっかい?」
「ほいきたっ」
グーグーはおっかなびっくり湯を注いでいく。
瞬間、ジャァァッという派手な音と共に、白い蒸気が一気に噴き上がった。
「うわわわっ!?」
驚いたグーグーが飛び退く。
バチバチと油が跳ねる音も加わり、鉄板上が小さな花火大会のような賑わいを見せていた。
「びっくりすんなって。これが当たり前なんだからよぅ」
「え、えぇ~!? ホントに? 爆発してるようにしか見えないよぉ!?」
「ははっ、こんくらいで驚いてちゃあ、屋台は務まんねぇぜ?」
シローがにやりと笑う。
「おっし。最後の工程だ。麺の上にさっきのキャベツと肉カスを乗っけて――フタして蒸しあげりゃあ、出来上がったも同然よ」
「へー! アタシ、蒸した焼きそばって食べるの初めてかもーっ!!」
グーグーの瞳がランランと輝いている。見たこともない焼きそばの作り方に、興奮気味に身を乗り出していた。
「嬢ちゃん、蒸してる間にネギ刻んどいてくれっかい?」
「まっかせといてっ!」
グーグーが慣れない手つきで包丁を握る。トントントン、と不揃いながらもネギを刻んでいく音が響いた。
(――――――おしっ、ここだっ!)
シローは激しい音が落ち着いてきたタイミングでフタを取ると、麺を鉄板全体に広げていく。空気を入れ込むように上下にかえしながら、丁寧に焼き上げる――麺の一本一本に均等に火が通るよう、細心の注意を払っていた。
「嬢ちゃん、ソース」
「ほいっ」
受け取ったソースを全体に回しかけ、素早く混ぜ合わせる。甘辛い香りが厨房内にぶわっと拡散し、部屋の空気が一瞬で染め変えられていった。
「最後に嬢ちゃんが刻んでくれたネギと魚の削り粉、さっき作った紅ショウガをのっけて――――おっしゃ! ワシ特製『屋台の焼きそば』の完成でいっ!!」
「あぁ……もうダメ、この匂い……っ! 我慢できなーいっっっ!!!!」
グーグーは待ちきれないといった様子で駆けていき、素早く箸を二膳取って戻ってくる。そのまま鉄板から直接、二人は焼きそばを摘まみ上げた。
「いっただっきまーすっ! ――――んー! んまっ……! んまいんまいんまいっっっ!!!!」
グーグーはずぞぞぞっ! と夢中で麺をすすっていく。頬をソースで汚しながら、猛烈な勢いで箸を動かしていた。
その様子を苦笑しながら見守りつつ、シローも麺を口に運ぶと、目を細めて味を分析する。
(むぐむぐむぐ……ほぉ、こいつぁ――――)
まずはソースの香ばしさが鼻腔をガツンと抜けていく。焦げ付く寸前の尖った香り――これは鉄板の高火力でなければ生まれない、屋台ならではの醍醐味だ。
太麺はモチモチとした弾力があり、噛むほどに小麦の風味が広がった。キャベツは芯まで火が通っているのにバリッとした食感を残しており、野菜の甘みが濃厚なソースの重さを絶妙に持ち上げている。
(肉カスがいい仕事してんじゃねえか。脂身の甘さがソースに溶け込んで、後味を豊かにしてくれてるぜ)
「シローくんっ! これ、これっ……すっごく美味しいねぇっ!!」
グーグーが興奮した様子で箸を振り回している。
「おう、そいつは良かったぜ。んじゃ、次は紅ショウガと一緒に麺も食ってみな」
シローに促され、グーグーは麺の上に紅ショウガを乗せて、ぱくりと頬張る。次の瞬間、グーグーの金色の瞳が驚きでまん丸になった。
「ふぉおお……っ! なにコレ……紅ショウガ入れただけで、こんなに変わるモンなのぉ……?」
口角を持ち上げたシローが、同じように紅ショウガと一緒に麺を口に運ぶ。
しゃくっ―― モチモチ、ぶりんっ!
紅ショウガの軽快な歯ごたえの後に、太麺の弾力が弾けて口内を踊りまわる。舌先をピリッと刺激する鮮烈な辛味が、濃厚なソースの重さを一瞬で切り裂いていった。
後から追いかけてくるのは、梅酢のまろやかな酸味と、鼻を抜ける清涼感。
紅ショウガが加わることで、すべての味がひとつにまとまっていく。麺もキャベツも肉カスも、それぞれがくっきりと輪郭を持ちながら、口の中で渾然一体となって溶け合っていった。
シローは目を細め、満足そうに息をつく。
「これよこれ――紅ショウガが入ると、味が一気に引き締まるよなぁ」
そのまま箸をことりと置くと、シローは残りの焼きそばをじっと見つめ始めながら、
「――ま、七十点ってトコだな。まだまだ改良の余地があるぜ、コリャ」
そう言って、にんまりとどこか楽しそうに口元を綻ばせた。
ここで作ってる焼きそばのイメージは『富士宮やきそば』です。
あれ、モチモチしててすごい美味しいですよね。
次回「変形は漢のロマンだぜ」




