2品目 少年料理人の必殺メニュー
「――どうだい、坊や。この卵だけを使って、あたしが見たこともないような旨いメシを作ってくれないかい?」
マルガネータから卵を受け取った善志朗は、それを光にかざして観察する。「ほうほう」と興味深げに呟きながら、手のひらで重さを確かめた。
「ちょ、マルガネータ! なに言ってんのさ!! 卵だけの料理なんて、スクランブルエッグかオムレツくらいしかないじゃない!! それをこんな子供に、見たこともない料理だなんて――」
「グーグー。アンタはちょいと黙ってな」
煙管がカァンと音を立ててテーブルを打つ。再びグーグーの体に魔法陣が浮かび上がると、「あばばばばばっ!?」と耐えがたい激痛が全身を駆け巡った。
「あたしはこの子と話してんだ――で、どうだい。やってみるかい?」
「こいつは面白ぇな。いいぜ。作ってやるよ」
「いい返事だね。ますます気に入った……ただし、わかってんだろうね」
マルガネータが身を乗り出し、少年に顔を近づける。二人の足元に複雑な魔法陣が浮かび上がり、青白い光が螺旋を描きながら立ち上った。眼鏡越しに見える暗灰色の瞳が、獲物を見定める蛇のように鋭く光る。
「坊やの料理、あたしがちょっっっとでも納得いかなかった、そのときは――」
「ワシも一緒に売り飛ばそうってか? ふん、上等よ」
少年は臆することなく睨み返す。その瞳には、年齢に似合わない確固たる自信が宿っていた。
マルガネータの顔に、満足げな笑みが広がっていく。
「よし、決まりだ! 我、マルガネータの名において、この者、クリヤマゼンシローと共に食饌を宣言する――盟約締結!!」
まばゆい閃光が店内を包む。光が収まると、何事もなかったかのような静寂が戻ってきた。
「なんでい、いまの光は?」
目をしばたかせながら、少年が眉根を寄せる。
「あたしと坊やの身体に、今の約束を魔法で縛ったのさ。これでもう逃げられないよ」
少年は興味なさそうに「ふぅん」と鼻を鳴らす。一方、グーグーは血相を変えて立ち上がった。
「ちょっとぉ! マルガネータ!! その子は関係ないでしょっ!!」
「なに言ってんだい。ここまでやっといて無関係で済ませてやるほど、あたしゃヌルくないよ」
グーグーが視線を巡らせると、倒れていた子分たちが息を吹き返していた。痛みに顔をしかめながら、よろよろと立ち上がろうとしている。
「べつにワシは構わないぜ。それよりも――」
少年がグーグーの袖をくいっと引っ張る。強く引かれたわけでもないのに、グーグーは「……あれっ?」とバランスを崩して少年の隣にぺたんと座り込んだ。
「初めて使う食材に厨房だ。この嬢ちゃんの手ェ借りても構わねぇだろ?」
マルガネータが鷹揚に頷く。煙管の煙が、ゆらゆらと天井に向かって立ち上っていった。
「じゃ、ちょっと待ってな。すぐに作ってやっからよ」
「え? あ、ちょっとぉ……!?」
少年は軽い足取りで店の奥へと向かってしまったので、グーグーは慌てて後を追いかける。
厨房に入るなり、グーグーはバンと調理台を叩いて少年を詰め寄った。鼻息も荒く、耳のピクピクが止まらない。
「ねぇ! ちょっとキミ!! なんだってこんな……あぁもう! 盟約まで結んじゃって、どうするつもりなのよ!!」
「盟約? ってのはさっきのピカピカしたヤツのことか?」
あっけらかんとした少年の態度に、グーグーが鼻白む。
「そ、そうだよっ! 絶対に破れない厄介な魔法なんだから!! さっきマルガネータが言ってたでしょ!? この料理勝負に負けたら、なんでも言うこと聞かないといけなくなっちゃうんだよ、キミっっ!!」
「へぇ、そりゃおっかねえ」
少年はまるで他人事のように鼻で笑う。その態度に、グーグーは苛立たしげに地面をどん、と踏み鳴らした。
「お互いの約束をぜっっったいに守らせる、呪いみたいなモンだって言えばわかる!? やぶろうとしたらすっごい痛いんだよっ!? あたしでもヘニャってなって、尻尾がボワってなるくらい――――って、そんなことも知らない子に盟約を結ぶとか、マルガネータ、あのヤロぅ……」
唸り声を漏らしながら、グーグーは厨房の外に鋭い視線を向ける。
「まぁ、なんだ嬢ちゃん。落ち着きなって」
善志朗と名乗った少年は、近くに掛かっていた大きなエプロンに手を伸ばす。床を引きずりそうなほど長いエプロンが、ばさりと少年の小さな体を包み込んだ。
「心配してくれるのはありがてぇけどな。成り行きとは言え、さっきも言ったばかりじゃねぇか。『料理人のいざこざは料理で解決する』ってよ」
「だけどっ!」
「ま、ワシに任せとけって」
少年は慣れた手つきで調味料棚を漁り始める。フライパンや調理器具を次々と並べていくが、背が低くて顔が調理台に半分隠れてしまっていた。
「はあ、まったく――――ところでさ」
グーグーは呆れたようにため息をつくと、ひょいと少年を抱き上げた。そして近くにあった空き箱を足で手繰り寄せ、その上に少年を立たせる。
「今さらなんだけど、キミってばどこの子? この辺りじゃ見かけないよね」
グーグーの問いかけに、それまでしれっとしていた少年の表情に、一瞬影が差す。
「あー、それなぁ。ちぃーっっっとばかり訳ありでよう……ま、あの姐さんを帰したら教えてやっから、ちょいとあとにしといてもらっていいかい?」
グーグーは渋々といった様子で頷く。耳がぺたんと垂れているので、不満が見え見えだ。
「えっと、あの……ジェンシローくん?」
「……膳志朗」
「……ジェ? し、シロー?」
少年は大きくため息をついた。
「ま、好きなように呼んでくれや」
「あははー」
グーグーが誤魔化すように笑う。尻尾が申し訳なさそうに小さく揺れた。
「で。シローくんはさ、何の料理を作るつもりなの? マルガネータのヤツ、『見たこともない料理』なんて無茶ぶりしてたけど……なんかアテでもあるの?」
「おうよ」
少年の口元に、不敵な笑みが浮かぶ。くつくつという笑い声が、妙に老成した響きを含んでいた。
「なぁに、なんてこたぁねえ、ワシ特製の『玉子焼き』をチョチョイとな」
「え? ――――――えぇぇええええ! た、玉子焼きぃぃいいい!?」
グーグーの叫び声が厨房に響き渡る。
「な、なに考えてんのさ、キミはっ!? そんなの、誰だって知ってる料理じゃん! ねぇ、ホントにわかってる? この勝負に負けちゃったら、キミは――――」
金色の目を真ん丸にして、グーグーが少年に詰め寄っていく。だが善志朗は、小さな手で彼女の肩を押しとどめると、
「わかってる! わかってるから、落ち着きなって嬢ちゃん!! 顔が近ぇしツバ飛ばしなさんなっ!」
グーグーが「ぐるる」と喉の奥で小さく唸る。じとっとした目で睨まれた少年は、なだめるように両手を上げた。
「ワシだってな、ただの玉子焼きじゃツマんねぇのは百も承知さ。だがよぅ――――焼かない玉子焼きっつーモンを、嬢ちゃんは見たことがあんのかい?」
「……へ?」
グーグーの思考が停止する。焼かない、玉子焼き? その言葉の組み合わせ自体が、まったくイメージできない。
「ま、そこで待ってな。いまから面白ぇモン、食わしてやっからよ」
戸惑うグーグーをよそに、少年の瞳には確かな自信の光が宿っていた。
次回「焼かない玉子焼き」




