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オーバークック! ~導かれし腹ペコたち~【ブラッシュアップのため更新停止中】  作者: 十返香
二章 「星照祭」編

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19品目 元凶の赤い花

「なんかさぁ……デカくない?」


 グーグーが足を止め、目の前の植物を見上げている。


 対岸から見た時は普通の背丈だと思っていたのに、近づいてみると印象がまるで違う。紅い花をつけた満紅生姜みつべにしょうがの茎は、グーグーが両手を広げても抱えきれないほど太く、まるで小さな木のようだった。


「遠目じゃわかんなかったけど、こりゃなかなかの大物だなぁ」


 隣では、湖から引き上げたばかりのシローが、片足でトントンと飛び跳ねながら、耳の水抜きをおこなっている。


 濡れた服は近くの焚火で乾燥中で、今はその辺にあった手頃な葉っぱを腰に巻いていた。本人は全く気にしていない様子だが、南国の原住民みたいで妙におかしい。


 シローは満紅生姜に近づくと、しゃがみ込んで根元をじっと観察し始めた。


「ほぉ……こいつは上物だぜ。茎の太さといい、葉の色艶といい――こんだけ立派に育ってるってことは、地下の根茎もかなりのモンだろうな」


 料理人らしく、食材を品定めするような目つきだ。鼻先を近づけて香りを確かめると、にやりと笑みをこぼす。


「じゃあ、さっそく掘りまして――」


 鼻歌交じりにグーグーが地面を掘り返していく。鉾槍の柄で土を掻き分け、慎重に根を傷つけないよう周囲から攻めていくと――


「お、おおっ……!」


 シローが感嘆の声を上げる。


 やがて地下から姿を現した根茎は、想像を超える大きさだった。淡紅色の多肉質な塊は、大人が両腕で抱えきれないほど巨大で、掘り出すだけでも一苦労だ。表面はつるりと滑らかで、ところどころに小さな芽が顔を出している。近づけば近づくほど、独特の香りがさらに強烈に漂ってきた。


「うわっ、目がシパシパするっ!」


 思わず目を擦りながら、グーグーは涙目で鉾槍を振るう。涙がじわりと溢れてくるが、それでも根茎をざっくりと切り分けていった。


「おいおい、嬢ちゃん。あんまり雑に扱うなよ。せっかくの上物が台無しになっちまうからな」


「わ、わかってるって! でもこの匂い、けっこうキツいんだもん……」


 鼻を押さえながら、グーグーが涙目で訴える。


 シローはその一片に手を伸ばすと、慣れた手つきで包丁を取り出した。断面を確認し、繊維の走り方を見極める。薄くスライスすると、ためらうことなくそれを口の中に放り込んだ。


「――ほぉ、こいつはゴキゲンじゃねえか」


 シローが目を細めて何度か咀嚼すると、頬をゆるめて笑いだす。


「水分量もちょうどいい。辛味も申し分ねぇ。こいつなら最高の紅ショウガが作れるぜ…………む? ちょい待ち。こいつぁ……」


 怪訝そうな表情を浮かべるシローを見て、グーグーが待ちきれないとばかりに、ぐっと身を乗り出した。


「アタシもー! あっじみ! あっじみ!!」


 シローから「ほいっ」と差し出された一切れを遠慮なく(かじ)ったその瞬間――グーグーの目が大きく見開かれる。


「むぐむぐ……わ、わぁああああっ――」


 咀嚼するうちに、グーグーの様子がみるみる変わっていく。


 まず垂れていた耳がぴんと立ち、次いで疲れで丸まっていた背筋がすっと伸びた。ヘニャっていた尻尾も元気よく左右に振れ始める。


「う、うっそ……疲れが…………っ!?」


 グーグーが自分の手を見つめる。さっきまでの疲労が嘘のように消えている。体の奥底から、ポカポカと熱が湧いてくるような感覚さえ覚えるほどだ。


「おう、ワシもたまげたぜ。ここまで滋養強壮の効果があるとは……さすがは異世界産のショウガってとこか。こりゃあとんでもねぇ代物を手に入れちまったなぁ」


 シローもまた効果を実感しているのか、ふむふむと何度も頷いていた。


「おっしゃ、これで目的達成――なんだがなぁ」


 シローの表情がわずかに曇る。


「うん……」


 グーグーは小さく頷き、湖に浮かぶ猩猩たちの亡骸に視線を向けた。


「なんであの猩猩たち、あんなに好戦的だったんだろうね? 普通はもっと、こう……逃げるタイミングとかあるはずなのに」



 ふと、風が吹く。



 満紅生姜の清涼な香りに混じって、甘ったるい匂いが漂ってきた。あれ、この匂いは――?


「おう。嬢ちゃんも気づいたか」


 そう呟いたシローが、近くの生姜の根元にしゃがみ込む。


 そこには、満紅生姜に混じって小さな赤い花が咲いていた。可憐な花びらが風に揺れ、ざわざわと葉が揺れる音をたてている。


「あの猿どもの様子がおかしかったのは、たぶんコイツのせいだろうなぁ」


「なにコレ? 紅くてキレイなお花だけど――」


 手を伸ばしかけたグーグーの手首を、シローがそっと掴んだ。


「触っちゃだめだぜ。そいつはたぶん、芥子けしの花よ」


「……芥子? これが!?」


 グーグーは慌てて手を引っ込めた。芥子の樹液が中毒性のある薬物の原料になることは知ってる。でも、実物を見たことがなかったので、まさかこんな可憐な花だとは思わなかった。


(なんでシローくんが……? あ、そっか。たしか料理で薬味に使われることがあるんだっけ)


 そして改めて周囲を見渡すと、確かに満紅生姜の赤い色に紛れて、おびただしい数の芥子が咲いていることに気づく。満紅生姜の群生地全体に、まるで侵食するように広がっていた。


「満紅生姜も赤いから、遠目じゃ全然わかんなかったよ」


 シローが葉っぱの腰巻きに両手を当てながら、「そうだな」と神妙な面持ちで頷いた。


「……あの子たちも、ある意味被害者だったんだね」


 小さく呟いて、グーグーは肩を落とした。


「うーん。こりゃあ、冒険者ギルドに連絡して芥子をなんとかしてもらわないといけないなぁ。また同じことが起きちゃったら、あの猩猩たちが浮かばれないもん」


 風に揺れる赤い花々を見渡しながら、グーグーが呟いた。



 二人の間に、しばらく沈黙が続く。



「ま、なにはともあれ――」


 気を取り直すように、グーグーがにっこりと笑って言った。


「生姜はゲットできたね! これですっごい焼きそば作れるよっ!!」


「おうよ。嬢ちゃんのおかげだな」


 シローが明るく応じて、グーグーの腰をポンと叩く。


「ワシだけじゃあ、この生姜を手に入れることなんてできなかっただろうからなぁ」


 そう言いながら、シローは切り分けた生姜を魔法鞄マジックバックに手早く詰め込んでいく。グーグーが手伝ったこともあり、あっという間に必要な分が採取できた。


「ねえねえ。アタシもいっぱいお手伝いするからさ、試食だってじゃんじゃん任せてよ!」


 満面の笑みを浮かべながら、グーグーが期待に満ちた瞳を向ける。その様子はまるで、ご褒美を待つ子犬を思わせた。


「おう、頼りにしてるぜ」


 シローがにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「これから祭り本番まで、メシは当分焼きそばメインになるだろうからよお。いやぁ、嬢ちゃんはホントに頼りになる相棒で、ワシャあ果報者だぜ――」


 その言葉の意味を理解した瞬間、グーグーの顔がすっと青ざめる。


「ええっ!? さすがにたまには違うの食べたーい!」


 悲痛な叫びが、静寂の戻った緋ノ山に響き渡っていく。


「へへっ、冗談だって。ちゃんと嬢ちゃんの好きなモンも作ってやるからさ」


 シローの愉快そうな笑い声がそれに続き、二人の声は遠く山々にこだまして、ゆっくりと消えていった。

次回「屋台の焼きそば お試し版」

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