18品目 起死回生の一撃
――激しい戦闘が続いて、どれくらい経っただろうか。グーグーとシローは背中合わせになって、荒い息を整えている。
「嬢ちゃん……ちと様子がおかしくねえか?」
シローが肩越しに問いかけてくる。声色に疲労が滲んでいた。
「アタシもそう思う」
これだけ仲間をやられているのに、猩猩たちの勢いが衰えない。むしろ目の色がどんどん濁り、凶暴性が増しているようにさえ見える。
血と獣臭、満紅生姜と――なんだか甘ったるい匂い。グーグーの鼻はとうの昔にバカになっており、頭が霧がかったようにぼうっとしていた。
「こんだけ仲間がぶっ飛ばされてたら、群れのリーダーが逃走指示くらい出してもおかしくないハズなんだけど――」
だが、猩猩たちの戦意が衰える気配はまるでない。
(うーん。作戦、失敗ちゃったかなぁ)
グーグーはぐっと唇を噛む。
邪樹の時のように、痛めつけて追い払う――そんな手加減が通じる相手ではなさそうだ。目の前の猩猩たちは、明らかに正気を失っている。力を抑えていたら、いつか不覚をとってしまうかもしれない。
(食べないヤツは……仕留めたくないんだけど…………)
だが、迷っている余裕はなさそうだ。ちらりと見れば、シローの表情にも苦渋の色が浮かんでいる。きっと、自分と同じように苦悩しているのだろう。この子を守るためにも、いまは全力を出さざるを得ない。
「――嬢ちゃんが言ってたボス猿のことなんだけどよぉ……」
シローが頬についた返り血を袖で拭いながら、疲れた声で呟く。
「さっきから探しちゃいるが、ワシの目も曇っちまったのか、さっぱり見つかんねぇ」
背中越しに伝わってくるシローの息遣いが、明らかに乱れていた。子供の体では長時間の戦闘は厳しいのだろう。グーグーは心配そうに、少し体を寄せた。
「なあ、嬢ちゃん。自慢の鼻でなんとかなったりしねぇモンかい?」
「ごめん、ムリ。さっきから試してるけど、全然ダメ」
申し訳なさに、尻尾がしょんぼりと垂れ下がる。
ウキャァーッ! キキッ! キャカカカカッ!!
その間にも、猩猩たちは歯を剥き出しにして威嚇を続けている。じりじりと包囲網を狭めてくる様子は、まるで獲物を追い詰める狩人のようだった。
「ボス猿を狙うって当初の作戦は、いったん置いとこうぜ。じゃねえとワシらがジリ貧だ」
シローの提案に、グーグーは肩越しに小さな相棒を見つめた。
「アイツらをまとめてやっつけるってこと? どんだけ時間かかるかわかんないし、アタシもそんなに余力は残ってないよ?」
グーグーは正直に告白する。シローを守ろうと必要以上に動き回っていたせいで、スタミナも集中力も限界に近づいていた。
シローは少し考え込むような仕草を見せた後、ふと顔を上げる。
「嬢ちゃんは、カミナリみてぇなビリビリする技が得意だよな。あと何発打てる?」
「大技だったら一発、最初に使ってたようなのだったら、五、六発って感じだけど……」
ぼうっとする頭を叱咤しながら、余力を計算する。魔法が使えない近接戦士にとって、スタミナ管理は生死を分ける重要な要素だ。
「上等。んじゃ、ワシが合図したら、その大技ってのを一発撃ってくんねぇか?」
「いいけど、どこに?」
シローが振り返り、平然とした様子で自分を指さす。
「ワシに」
「――はい?」
グーグーの思考が一瞬停止する。何を言っているのか理解できない。
「じゃ、頼んだぜ」
だがシローは、まるで散歩にでも行くような気軽さでそう言い残すと、一目散に猩猩の群れへ飛び込んでいった。
「シローくんっ!」
思わず追いかけようとしたが、シローがちらりと振り返る。その顔は――笑っている? その不敵な表情を見て、グーグーはぐっと踏みとどまった。
「――あーもうっ! 無茶しちゃダメってあんだけ言ったのに!!」
文句を言いながらも、グーグーは鉾槍を地面に突き立て、深く息を吸い込むと、
「剛腕、幸運、頑強……」
ぎりっと歯を食いしばり、複数のスキルを直列で重ね掛けしていく。
シローが猩猩の群れへ突っ込んでくれたおかげで、敵愾心はすべてあちらに向いている。いまのうちに、最大火力を溜めるしかない。
通常なら避けるべき高負荷な技術。身体が内側から焼けるように熱くなり、鼻の奥がつんと痛んだ。温かい血が一筋、鼻から顎へ垂れ落ちる。
それでもグーグーは止まらない。相棒を信じて、最大の力を解放するために。
「――掛けまくも畏き 火雷大神並びに奉斎の諸神等の広厚き御神徳を仰ぎ奉り恐み恐みも白さく――――」
古祝詞を紡ぎながら、グーグーの体から青白い電光が幾筋も立ち上った。
銀髪が逆立ち、全身から稲妻のような光が迸る。充血した眼をかっと見開き、戦場を見渡すと、
(シローくんはどこ!? 合図はまだっ!?)
必死に小さな姿を探す。そして、見つけた――湖岸まで猩猩たちを誘導したシローが、まるで曲芸師のように敵の頭や肩を踏み台にして跳ね回っている姿を。
「おうおう、どうしたエテ公ども! しゃきっとせんかいっ!!」
挑発するシローに、猩猩たちが怒り狂う。
ゥキャァーッ、キィッ、キャカカカカッッッ――――!!!!
水しぶきを上げながら、腰まで湖に浸かった猩猩たちが我先にとシローへ殺到していく。だがシローは、その巨大な手さえも足場にして、さらに高く跳躍した。
まるで空を飛んでいるかのような、美しい放物線を描く小さな体。そして――
「いまだ、嬢ちゃんっっっ!!」
(信じてるからね、シローくん!)
グーグーは全身全霊を込めて、鉾槍を振り上げた。
「うぁあああああああっっっっっ! 『天雷』ィィィイイイィイイイ――――――――ッッッ!!!!!!」
視界のすべてが白に染まる。
刹那、大轟音をともなって放たれた極太の雷撃は、まるで生きた龍のようにうねりながら空を駆け、ジグザグの軌跡を描いてシローへと向かっていく。
稲光に照らされたシローの顔に恐れはない。それどころか、まるで待ちわびていたかのように両手を広げ、不敵な笑みさえ浮かべているではないか――
「さすが嬢ちゃん、申し分ねぇ」
にやりと笑うと、シローは諸手を左右に掲げあげ、
「止まることなく、淀むことなく。星々の巡り、水の流れ、この生命の営みのごとく――これ即ち、万物は正道をもって流転する」
シローの両手を中心に、周囲の空気が陽炎のように歪み始める。それは闘気とも魔力とも違う、グーグーには見覚えのない現象だった。
眼前にせまる『天雷』の光。シローが両手を突き出すと、ありえないことが起きた。雷撃ごと空間を鷲掴みにしたかのように、グーグーの放った『天雷』がシローの手の中で踊り狂うと――
「――っしゃ! いっくぜぇえええっ!!!! ――――『雷堕落し』っっっ!!!!」
シローは全身を使って、雷撃を真下へ投げつけた。軌道を無理やり折り曲げられた『天雷』は、さらに勢いを増して猩猩の群れへと突き刺さる。
「は?」
グーグーの口がぽかんと開いた。あまりにも常識外れな光景に、思考が追いつかない。
「いっけぇえええええええええっっっっっ!!!!!!」
シローの叫びと共に、『天雷』が水面で炸裂した。
ギギガァァァァッ!? キィ、キィ、キャアアアアァァアアァアアッッッッ!!!!
湖に浸かっていた猩猩たちにとって、それは逃げ場のない地獄だった。全身を電撃が駆け巡り、痙攣しながらのたうち回りながら、絶叫を繰り返す。
そして――轟く雷鳴の柱が天を衝くと、凄まじい勢いで周囲一帯を破壊的な衝撃波が薙ぎ払っていった。
光が収まると、漂ってくるのは焼け焦げた毛髪の異臭。猩猩たちの目は熱で白濁し、だらりと垂れた舌から泡を吹きながら、ぷかりと水面に浮かんでいた。まるで茹で上がった海老のように、体を反らしたまま動かなくなっているものもいる。
「――おーい、嬢ちゃん! そこの銀色のヤツ、もしかして親玉の猩猩ってヤツじゃねえかーいっ!?」
はっとして視線を向けると、確かに身体中の毛が銀色に輝く巨大な猩猩が、腹を上にして湖に浮いていた。他の個体より明らかに大きく、立派な牙が口から覗いている。
「やった! やったよ、シローくん! なんか色々あったけど、全員やっつけられたよーっ!!」
ぴょんぴょんと飛び上がって歓声を上げるグーグー。だが返事の代わりに聞こえてきたのは――
「やっべ、着地のこと考えてなかったわ」
空中で器用に腕を組んで悩むシローの姿があった。直後、ドボンという派手な水音と共に、シローは湖へ落下していった。
次回「元凶の赤い花」




