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オーバークック! ~導かれし腹ペコたち~【ブラッシュアップのため更新停止中】  作者: 十返香
二章 「星照祭」編

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17品目 猩猩(しょうじょう)の群れ

 眼前には、鏡のように静かな湖が広がっていた。水面に周囲の山々が映り込み、空の青と木々の緑が溶け合っている。


「とーちゃーくっ!」


 グーグーは土埃で汚れた顔をほころばせた。隣のシローも、服のあちこちに草や泥がついている。道中で何度か魔獣に襲われたが、ようやく目的地にまで辿り着いたのだ。


「さてさて、お目当てのモノは……っと」


 対岸に目を向ける。すると、そこには――先端と茎の根元が鮮やかな紅に染まった草が、びっしりと群生していた。清涼感のあるツンとした香りと、どこか甘い芳香が風に乗って漂ってくる。


「あれが満紅生姜みつべにしょうがか……」


 シローが目を細めて対岸を見つめている。


「たしかに、上物の匂いがするじゃねぇか。あの香りだけで鼻がスッと通りやがる」


「アタシにはちょっと刺激が強いかなぁ……なんかピリピリくるし」


 鼻を抑えたグーグーが、くぐもった声をあげた。


「しっかし不思議だな。あんだけ生えてんのに、なんで誰も採りにこねぇんだ?」


「あー、それなんだけど――」


 グーグーが言いかけた、その瞬間だった。


 背筋を冷たいものが駆け抜ける。全身の毛が逆立ち、尻尾がぶわりと膨らんだ。考えるより先に、身体が動き――


「シローくんっ!」


 グーグーはシローを抱きかかえて横っ飛びに跳躍する。直後、二人がいた場所をこぶし大の岩が轟音とともに抉り取った。土と石の破片が飛び散り、湖面に波紋が広がっていく。


「――っ! おいおい、いきなりのご挨拶じゃねえか!!」


 グーグーの腕の中で、シローが舌打ちしながら岩の飛んできた方向をきっと睨む。


「おっかねぇ出迎えしてくれやがって。なんだ、あのクソでけぇ猿どもは」


 近くの稜線に、影が浮かび上がった。一つ、二つ――いや、数えきれない。


 ぞろぞろと姿を現したのは、人間より二回りは大きな赤毛のヒヒたちだった。血走った目でこちらを睨み、黄ばんだ牙を剥き出しにしている。筋骨隆々の腕が地面を叩き、威嚇の金切り声が山肌に反響した。



「――猩猩しょうじょうだよ」



 グーグーはシローを下ろし、鉾槍を構える。


「ここいら一帯をナワバリにしてる魔獣でさ。邪樹イビルツリーと同じく群れで狩りをする厄介なタイプ――これが満紅生姜に誰も近づけない理由ってワケ」


「なるほどな。番人ってえワケか」


 シローがグーグーの横に並び、腰の小剣をすっと手でなぞる。


「ちっ、まいったな。見るからに筋張ってやがる。煮ても焼いても食えそうにねぇぞ」


「実際スジばっかりで美味しくなかったしね」


「――食ったことあんのかい」


「――むかーし、一回だけだけど。マルガネータはおえってしてた」


 軽口を叩く二人の周りを、猩猩たちがじわじわと囲んでいく。三十は下らない。岩を手に持つ者、棍棒のような木の枝を握る者。いずれも殺気立っていた。


「やれやれ、ちと面倒だな。どうする、嬢ちゃん」


「んー、群れのリーダーを倒せば、他は逃げてくれると思うんだけど……」


「見た目の特徴は?」


「見ればわかるよ。赤毛の群れの中で、一匹だけ背中が銀色に輝いてるヤツがいるはずだから――シルバーバックって言ってね。それが長老格のあかし


 猩猩たちがキャアキャアと甲高い声で騒ぎたてる。その包囲の輪が、少しずつ狭まっていた。


「さぁて、と」


 グーグーは鉾槍を構え直し、ぐるりと首を左右に鳴らす。隣でシローも深く息を吐くと、静かに腰を落とした。二人の身体から、じわりと威圧感が滲み出す。


 そして、



「――おう」



 シローの喉から、低い唸りが漏れる。


 その瞬間、二人から()()()と放たれた殺気が、一気に波紋の如く広がっていった。


 最前列にいた何匹かの猩猩たちが、びくりと身をすくませる。本能が警鐘を鳴らしているのだろう。一歩、二歩と後ずさり、怯えたような目で二人を見つめている。


「おうおう、エテ公ども」


 シローが獰猛な笑みを浮かべて、足を一歩前に出す。


「さっきから誰に向かってガンれとんじゃコラぁ」


 グーグーも負けじと獰猛な笑みを浮かべると、


「そうそう。アタシに威嚇するとかさぁ……たかが魔獣の分際で、なに調子ノっちゃってくれてんだろうね」


 がつんと鉾槍の石突きで地面を打つ。鈍い金属音が、湖畔に響き渡っていった。


 二人は同時に息を吸い込む。そして――


「「命が惜しくないヤツから、かかってこいやぁ!」」


 異口同音の啖呵を合図に、猩猩の群れが雪崩を打って襲いかかってきた。



 ◆◇◆



 金切り声が森を震わせる。


 縦横無尽に迫ってくる猩猩しょうじょうたちの赤い目が、殺意に燃えていた。グーグーは一歩前に出る。小さな相棒より先に――群れを護らんとする獣人の本能が、無自覚に体を動かしていた。


「――独り占めなんてずりぃじゃねえか、嬢ちゃん」


 シローがずいっと隣に並ぶ。子供の見た目らしからぬ落ち着きで、群れてくる魔獣たちを睥睨すると、


「嬢ちゃんは、まぁハデに暴れてくれや」


「シローくんはどうする気?」


「ワシは露払いしながら親玉を探す。見つけたら合図すっから、あとは出たとこ勝負ってことで」


「……無茶しちゃダメだからね?」


 心配そうに見下ろすグーグーに、シローはふんっと鼻を鳴らした。


「あたぼうよ。ワシはこの後、焼きそば作りも控えてんだからな」


 グーグーは思わず「ふひっ」と忍び笑いを漏らした。命がけの戦いを前にして料理のことばかり考えている少年――まったく、敵わない。


 グーグーは深く息を吸い込んだ。全身の筋肉に意識を巡らせ、体の奥底に眠る力を順次呼び覚ましていく。


「スキル発動――咆哮ウォークライ瞬動クイックムーブ飛翔フェザリング…………」


 スキル――それは種族や職業経験によって得られる特殊技能である。グーグーはそれを三つ並列パラレル発動させ、攻撃力、行動速度、跳躍力を一気に引き上げていく。


 ふぅ、と身体の熱が呼気となって口から抜けていった。全身の毛がちりちりと逆立ち、瞳孔がきゅっと細くなる。


「んじゃ、お先っ!」


 気合と共に大地を蹴った瞬間、景色が後方へと吹っ飛んでいった。



「――『桜雷旋オウライセン』っ!」



 鉾槍の一閃が銀の糸となってくうに煌めく。刃に沿って青白い電光が奔り、空気が焦げる匂いが鼻をついた。



 ィキィィィッ、ギギ――ッ!



 飛びかかってきた猩猩たちの血飛沫が霧のように舞う。悲鳴を上げた数匹がバランスを崩し、地面へ顔から突っ込んでいった。


 着地と同時に周囲を見渡す。まだまだ数が多い。



「かーらーのぉお――――『華弐閃カニセン』っっっ!!」



 鉾槍を振り上げた瞬間、電光を纏った二つの斬撃が地面に深い溝を刻みながら、猩猩の群れを背後から追いかけていく。



 ウキャァーッ! キキッ! キャカカカカッ!!



 飛ぶ斬撃に切り裂かれた猩猩たちが、悲鳴を上げて次々と崩れ落ちていった。



 その時、グーグーの視界がガクンと揺れた。



 たたらを踏んで踏みとどまる。横合いから飛び出した一匹の拳が、側頭部をしたたかに捉えたのだ。


「……いったぁ」


 頭の芯がじんと痺れる。だが、痺れたのは一瞬だけだった。咆哮ウォークライで底上げされた体がすぐに衝撃を押し返す。スキルなしで今の一撃をもらっていたら――そう考えると、背筋がぞくりとした。


(やっぱこいつら、シャレになんない馬鹿力……)


 歯噛みした一瞬の隙を、猩猩たちは見逃さなかった。


 左から一匹、右から二匹。さらに頭上からもう一匹が、金切り声をあげながら落下してくる。囲まれた――四方から同時に迫る殺気に、グーグーの尻尾がぶわりと逆立った。


 頭上の一匹を鉾槍の柄で打ち払い、左の突進を紙一重で躱す。だが右からの二匹には対応しきれず、咄嗟に腕で庇った脇腹に重い衝撃が走った。


「ぐっ……! こんのぉ――!!」


 歯を食いしばって鉾槍を薙ぐ。三匹がまとめて弾き飛んだ。だが、倒しても倒しても次が来る。グーグーの息が、次第に上がり始めていた。


 ――と、視界の端を小さな影が横切っていく。


「おうおう。んな汚ぇ手で嬢ちゃんになにしようってんだ?」



 どごん、という鈍い音が響く。いつの間に回り込んだのか、シローの小さな拳が猩猩の腹部に深々と突き刺さっていた。巨体が吐瀉物を吐き散らしながら膝をつく狭間に、左右から新たな二匹が飛びかかる。


 だが、シローに慌てる様子はない。すいっと両手を伸ばし、猩猩たちの鼻を左右の指でつまみ上げると、



「――『流転るてん』」



 ただ軽く手首を捻っただけなのに、二匹の猩猩が錐揉きりもみを打ちながら地面へと突っ込んでいく。


「あんがとね」


「おう、お粗末さん」


 シローがふわりと宙を舞う。その動きは羽のように軽やかだった。


(さっきのシローくんの技……スキルとかじゃないよね? どっちにしろ、まじすっごいんですけど…………)


 シローの短い気声と共に放たれる打突と蹴りが、次々と猩猩たちの急所を穿っていく。まるで舞を踊るような流麗な動きで、周囲に悶絶する猩猩たちが山のように積み上がっていった。



 ――料理がうまくて、強くて、可愛い不思議な子。



 あんな小さな体のどこに、これほどまでの力が秘められているのだろう。謎は多いけど、だからこそ一緒にいてワクワクが止まらないのかもしれない。


 そんなことを思いながら、グーグーの尻尾が嬉しそうに揺れ動いていた。

次回「起死回生の一撃」

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