15品目 満紅生姜(みつべにしょうが)
窓から差し込む西日が、店内を茜色に染めている。
「キャベツとニンジン、玉ネギさん♪ 麺に豚バラ、肉カスくん――っと……これでおっけー!」
シローと共に買い出しを終えたグーグーが、店に備え付けられていた魔法貯蔵庫に食材をポンポンと放り込んでいく。
この貯蔵庫の中に入れたモノは、時間経過が驚くほど緩やかになり、食材の長期保存が可能になる。エルカドの街にある飲食店ならどこにでもある、広く流通している保存器具だ。
「ありがとよ、嬢ちゃん。いやしかし、えれぇ歩いたな」
シローが肩をとんとんと叩きながら、どさりと椅子に腰を下ろす。大市を二人で歩き回って、焼きそばの材料になりそうな食材をしこたま仕入れてきたのだ。
「いやー、こうやって見てみると、けっこう壮観なモンだねぇ……」
グーグーは買い出しメモをしまいながら、パンパンに詰め込まれた貯蔵庫の中を覗き込む。ぜんぶ捌き切れるのだろうか、という不安がほのかに胸をよぎった。
「おうおう、嬢ちゃん。ナニ怖気づいてやがんでい」
腕を組んだシローが、にやりと笑った。
「今日は食材だけだからな。調味料やトッピングを明日以降に揃えてってなると……まだまだ、こんなモンじゃすまねえぞ?」
「うーっ! アタシ、屋台とかそういうの初めてだから、準備だけでもおっかなビックリなんですけどっ…………って、アレぇ?」
グーグーがふと首を傾げる。
「焼きそばにトッピングなんかあったっけ?」
「ったり前じゃねえか。ほら、あんだろ? 青のりとか鰹節とか、あとは――」
シローが指折り数えて説明する。その途中で、ふいに言葉が途切れた。
「なんといっても大事なのは紅ショウガなんだがよぉ……大市では良いのが見つからなかったんだよなぁ…………」
しょんぼりと肩を落とすシローを見て、グーグーが不思議そうに瞬きする。
「あれ? でも、試しに買ってきた紅ショウガがあったよね?」
魔法貯蔵庫の中を漁り「ほら、これ」と小さな袋を持ち上げた。
「コイツのなにが不満なの?」
袋を開けて一口パクリ。シローも椅子から腰を上げると、黙って一口パクついたが、
「――いやダメだ。こんなモン、水っぽ過ぎて使えやしねぇ」
首を横に振ったシロー曰く、どうやらこの辺りで一般流通しているショウガは、どれも味がぼやけているらしい。
「油っこい焼きそばの後味を、清々しい風味と歯ごたえでリセットしてくれる――ショウガってのはちっぽけな食材だけどよ。彩りだけの添えモンじゃねえ。あのさっぱりとした味わいこそが、皿の上で絶妙な調和を生みだしてくれるんだ」
シローにとって、紅ショウガは焼きそばの影の主役と言っても過言ではないのだろう。その目は真剣そのものだった。
「んー、でもそうなると、もう作るしか手はないよねぇ」
グーグーはシローの隣に椅子を引き寄せると、「どっこいしょ」と腰を下ろした。
「とはいえなぁ……自分たちで作るにしたって、材料のショウガをどっから調達したらいいモンか――」
シローが天井を仰いで小さく唸る。その横顔を見つめていたグーグーが、何ともなしに呟いた。
「それじゃあ、アタシと一緒に採りに行こっか?」
「…………ぅん?」
シローがゆっくりと首をまわす。
「嬢ちゃん。まさかこの世界じゃあ、ショウガがその辺に生えてんのかい?」
「そだよ。って言っても、ちょっと行った場所にあるから、往復で半日くらいかかるけど」
目をまん丸にしたシローが、仰天したように息を飲んだ。
「マジか……いや、驚いた。ワシが前にいた世界じゃあ、野生のショウガなんてモンは未発見の食材だったもんでなぁ。こっちの世界でも栽培したヤツが流通してんのかと勝手に思ってたぜ」
呆けたように呟くシローが、俄然興味を持ったように目を輝かせた。
「で、で? そのショウガはどこで採れるんだ?」
「緋ノ山ってところにね、『満紅生姜』っていうとびっきりのヤツがいっぱい生えてる場所があるんだけど――でもね、シローくん」
グーグーが声を潜めて、わざとらしく身を乗りだす。
「そこは、まるで侵入者を阻むかのようにうっそうとした樹々が蔓延る、魔の樹海なんだよぉぉおお〜」
おどろおどろしい表情を浮かべて、両手を広げながらシローへぐっと顔を近づけた。
「複数の探索ルートが冒険者によって発見されているけど、正解のルートはただ一つ! 凶悪な魔獣たちの住処を超えた先にしか、満紅生姜へたどり着けないのだ〜っ!!」
「……嬢ちゃん、その芝居がかった言い方はなんなんだよ」
「えへへ、ちょっと盛ってみた」
「ったく、しょうがねえなぁ」
シローはがしがしと頭を掻くと、目を細めてグーグーの瞳をじっと覗きこむ。
「その満紅生姜ってぇのは、そんだけの苦労に見合う食材なのかい?」
「たしか、すっごい香りが強くて、一口齧るだけでどんな眠気もふっ飛ぶほどの清涼感があるんだって――たまに行く定食屋のおっちゃんが話してたんだよね」
グーグーは記憶を手繰り寄せるように、視線を宙にさまよわせながら、
「数メートル離れた場所からでも香るとか、なんとか。大市でもめったにお目にかかれない超高級品らしいよ」
そう言って、にっこりとシローへ笑いかける。
「アタシも食べたことないけど――これ、シローくんが求める食材にぴったりだと思うんだけど、どうかな? 気になるでしょ?」
シローは腕を組んで、しばし黙り込んだ。
グーグーはそっとシローの表情を窺う。魔獣の住む樹海。それなりの危険が伴う場所だし、断られちゃうかな――
だが次の瞬間、シローはふっと笑うと、膝を叩いて勢いよく立ち上がった。
「美味ぇ食材があるってわかったのに、それを求めないで、なぁにが料理人かってんだ」
その黒い瞳には、揺るぎない決意がみなぎっている。
「行こうぜ、嬢ちゃん。いまっから準備して、さっそく明日にでもその満紅生姜――採りに行ってやろうじゃねえか」
「ふひっ! そうこなくっちゃ!!」
グーグーが嬉しそうに尻尾を振りながら椅子から飛び上がると、互いの拳をこつんとぶつけ合った。
※いまの地球上で野生のショウガは発見されたことがないため、現在でもショウガの原産地は不確定なんだそうです。何気にロマン食材、すごいぞショウガ先輩。
次回「緋ノ山 駆ける銀狼」




