14品目 焼きそば、なんてどうよ?
「あ゛~、やぁっと終わったぁ~」
エルカドの街、東エリア――その中でもひときわ豪奢な石造りの建物を背に、グーグーは大きく伸びをした。隣を見れば、シローも同じようにくたびれた顔をして肩を叩いている。
「いやー、まぢでギリギリでしたな、シローくん……」
「ほんとツいてたぜ。屋台のエントリー締め切りが、まさか今日までだったとはよぉ……」
二人揃って、はふぅと安堵の息を漏らす。
背後にそびえ立つのは、調理士ギルドのエルカド支部。この街で料理に携わる者たちの拠点であり、様々な依頼や情報が集まる場所だ。
昼食を終えた二人は勇んでここへ駆け込み、無事に星照祭の出店登録を済ませたところだったのである。
「で? で? アタシたちの屋台の場所は、っと――」
グーグーがギルドからもらった関係者用のパンフレットを広げた。シローも「どれどれ」と顔を寄せ、会場の見取り図を覗きこむ。
「なぁ、嬢ちゃん……コレ、めちゃくちゃ端っこのほうだよなぁ…………?」
「……わぁお」
シローが指さす場所は、会場の隅も隅――屋台の導線から外れた、見るからに人通りの少なそうな一角だった。
二人は顔を見合わせ、渋い表情を浮かべる。
「……で、でもでもっ! 前向きに考えていこーよ、シローくんっ」
グーグーがぐっとこぶしを握りしめた。
「ほら、このタイミングで参加できたってだけでも御の字じゃない? 今回はたまたまキャンセル枠があったけどさ、普通は〆切り当日にエントリーなんて絶対ムリだって!」
「…………へっ、違ェねえ」
シローが真っ黒な髪を掻きあげ、小さく鼻を鳴らす。
「そうと決まったら、いっちょ気張ってみようかねぇ――料理人の腕の見せどころってモンだぜ」
むん、と袖を捲り上げるシローに、グーグーが「よっシローくんっ! かっこいー!!」と無責任に囃し立てた。
◆◇◆
「うーむ、むむむむぅ……」
「ねぇねぇ、シローくん。さっきからパンフばっか見てるけど、どーかしたの?」
人通りの多い通りを、二人はゆっくりとした歩調で歩いている。
石畳の上を行き交うのは、地元民よりも旅行者の方が多いようだ。耳に飛び込んでくるのはグーグーも聞き慣れない異国の言葉ばかりで、道を塞いでいる屋台に何やら文句を言っている一団もいた。
そんな雑踏の中、シローはパンフレットを食い入るように見つめたまま、前も見ずに歩いている。危なっかしいことこの上ない。グーグーはその両肩に手を置くと、人波にぶつからないようかじを取った。
「いやぁ、見れば見るほど、面白そうな食いモンの店ばっか載っててよ。目移りしちまうぜ」
「あー、わかる。エルカドは美食の街って言われてるくらいだもんねぇ」
調理士ギルドの受付で、星照祭の屋台出店は過去最多になったと聞いている。その数、およそ200店超。長くエルカドで暮らすグーグーですら聞いたことのない規模感だ。
「どれどれ、どんな美味しそーな屋台があるのかなっ――――と」
シローの肩越しに、グーグーがパンフレットを覗きこむ。出店者の一覧を目で追っていくと、ふいに見覚えのある名前が目についた。
「うげっ、マジぃ!?」
「――っ、どうしたんでい、嬢ちゃん。耳元で叫ぶなよ、くすぐってぇ」
首をすくめるシローの抗議を無視して、グーグーは食い入るようにパンフレットを睨みつける。
「いやだって、ココ見てよ!」
パンフレットの一か所を、ぴしぴしと指で叩く。
「こーこっ! これっ! ヲゥカさんも出店してるなんて、アタシ聞いてないしっ!!」
あまりの慌てように、シローが「うん?」と首をかしげた。
「ヲゥカ? なんだ、そんなにスゲぇ料理人なのか?」
「えっ!? ……っあー、そっかぁ。シローくんは知らなくて当然だよね。んーとぉ……」
グーグーはこめかみを指でトントンと叩きながら、どう説明したモンかと言葉を探す。
「あのさ、エルカドの街って、いっぱいご飯屋さんがあるじゃない?」
「まあな」
「ってことは、ヘイヴランド中を見渡せば、もっともーっっっっといっぱい、ご飯屋さんがあるってことでしょ?」
グーグーはシローの肩を掴むと、くるりとこちらを向かせた。
周囲を歩く人々が、邪魔そうに二人を避けていく。だが構っていられない。グーグーはしゃがみ込んでシローと目線を合わせると、真剣な眼差しで真っ直ぐに見つめた。
「ヲゥカさんはね、そんなヘイヴランド中の調理士の中でも、七指に入るくらいスゴイ人なの。色んな逸話があるんだけど、例えばね――」
曰く、ドワーフとエルフの諍いを料理によって停戦させた。街を襲撃しにきたドラゴンを餌付けして追い返した。ヲゥカの料理目当てに魔界から押し寄せてきた魔族を、拳一つでぶん殴って蹴散らした――
どれも荒唐無稽な話(最後のヤツはもはや武勇伝の類)だが、火のない所に煙は立たない。
「おうおう、そりゃまた剛毅な話だなぁ」
シローの朔夜の如き瞳が、ぎらりと光る。
「この世界にきて早々、そんなスゲぇ料理人と勝負できるってのは幸先いいじゃねえか……くくっ、血がたぎってきやがるぜ」
シローの声が熱を帯びていく。らんらんとした目つきでブツブツと物騒なことを呟く姿は、正直ちょっと可愛くない。
グーグーはなんとか話題をそらそうと、
「……あー、あのさ…………そう、そうだよっ! シローくんはさ、どういう屋台をやるつもりなの?」
「――ぅん? あー、そうだなぁ」
急に現実に引き戻されたシローは、ぼんやりと空を見上げた。青く澄んだ空の下、色とりどりの旗が風に揺れている。
しばしの沈黙のあと、
「…………焼きそば、なんてどうよ?」
そう、ポツリと呟いた。
「へ? 焼きそば? なんかショボくない?」
「おいおい、嬢ちゃん。焼きそばってのはすごいんだぜ?」
思わずこぼれたグーグーの不躾な本音に、シローが腰に手を当て抗議する。
「なんせ縁日のメシの中じゃあ利益率がべらぼうに高ぇんだからな」
「り、りえきりつ……?」
急に難しい言葉で諭されたグーグーは、口をもにょもにょさせて押し黙る。
「おう。一番儲かるのは、やっぱ王道のたこ焼きサマだけどよ。王道ってヤツぁ、得てしてライバルも多いモンだ。それに意外と調理の手間がかかっちまうし――」
シローはくっくっと喉の奥で笑った。
「ワシと嬢ちゃんの二人で屋台を回すことを考えると、そういうモンに手ぇ出しちまうのはちと厳しい。だからこそ、低原価かつ高利益な焼きそばこそが屋台最強だってぇことを、ワシたちで証明してやろうじゃねえか」
その後も、なにやら早口でブツブツと難しいことを呟き続けるシローに、グーグーは「はぁ」「そーだよねー」と当たり障りのない相槌を打っていると――
「ま、いろいろと言ってはみたがよぉ」
考えを吐き出してスッキリしたのか、シローがふぅと息をついた。
「嬢ちゃんが先に言ったとおり、ただの焼きそばを作っても面白くもなんともねぇ。客のド肝を抜くような、すげぇモンをこさえてやるつもりだぜ」
「お、その自信あふれたカワイイお顔――なんかアイデアあるの?」
「ったりめえよ。さっそく材料を仕入れにいこうじゃねえか」
「荷物持ちならまっかせなさーいっ」
グーグーが胸を張って請け合う。と、その鼻がひくひくと動いた。
「――あ、シローくんシローくん。あそこの串焼き、めっちゃいい匂いしない?」
「お、ほんとだ。腹ごしらえしてから行くか」
二人はそそくさと屋台で串焼きを買うと、頬張りながら大通りをゆったり歩いていった。
次回「満紅生姜」




