13品目 繁盛店の条件
「今日のお昼はあそこで食べよっか」
昼時になると、グーグーは大通りから外れた路地へシローの手を引いた。人気店の行列を横目に、古びた看板の店へと入っていく。
「嬢ちゃんの行きつけかい?」
「うんっ。エスニック料理だったらこの街で一番美味しいトコでさぁ――あ、おばちゃん、おっひさー! 二人ねっ」
店内に入るなり、グーグーが大きな声で挨拶する。カウンターの奥から、恰幅の良い獣人の女性が顔を出した。
「あら、いらっしゃい……どうしたのさ、グーグー。アンタが若いツバメなんか連れこむなんて、珍しいこともあるモンじゃないの」
苦笑したグーグーは「ちがうちがう」と手を振って、慣れた様子で窓際の席へと向かっていく。他の客と軽く挨拶を交わす様子から、常連なのが見て取れた。
(……趣のあるいい店だなぁ)
シローは店内を見回した。
グーグーの店と似た造りだが、こちらの方が年季が入っている。壁も天井も、厨房から薄く漂う煙に燻されて、すっかり飴色に染まっていた。
「アタシのおススメでいい?」
「おう。腹にたまるヤツを頼まぁ」
注文を終えると間もなく、湯気を立てる麺料理が運ばれてくる。
ちゃんぽんを思わせる白濁したスープに太めの麺、大振りの海老にもやし、油揚げなどの具材が彩りよく盛られていた。
「ほほう、こいつぁ……ラクサ麺か」
シローの顔がぱっと明るくなる。懐かしい料理との再会に、思わず頬が緩んだ。
「いっただっきまーす! ――――んーっっっ! これこれっ!!!! この深みのある味わいがたまんないんだよねぇ」
グーグーがずぞぞぞっ! と豪快に麺をすすり上げる。椅子の後ろで、尻尾が木の脚をぺんぺんと叩く音がした。その勢いに釣られ、シローも箸を取る。
(どれ、お手並み拝見――)
一口含んだ瞬間、複雑な味わいが口の中に広がっていく。ココナッツミルクのまろやかさ、海老の旨み、スパイスのピリッとした刺激。本格的な味わいだ。
「どう、シローくん。おいしー?」
「おう。ずいぶんとご無沙汰の味だから顔がニヤケちまうぜ」
「あれ? どっかで食べたことあった?」
「もと居た世界でな。それでもけっこう味の違いがあって、これはこれで面白ぇ」
二人は夢中で麺をすする。店主が遠くから、その様子を微笑ましそうに眺めていた。
「――醤油や味噌がある時点でそうだろうな、とは思ったんだけどよ」
ふと、シローが箸を止めて呟く。
「この世界には、ワシ以外にも転生してきた料理人がずいぶんといるみてぇだな。それも日本以外からよ」
「ふぁんで――むぐむぐゴックン――なんでそう思ったの?」
口いっぱいの麺を飲み込んでから、グーグーが首を傾げる。
「いや、大市にあった屋台とかもそうだけどな、大陸料理、中華、和食、エスニック…………いろんな食のジャンルを、みんな自然に口にしていただろ?」
「へ? ……あー、……そう、かも?」
グーグーが視線をさ迷わせている。絶対わかってない顔だ。
「あー、なんだ。たとえば嬢ちゃん、和食って言葉の意味、ちゃんと理解してんのかい?」
「んん? 意味? 和食は和食じゃないの?」
グーグーの無邪気な答えに、シローは何とも言えない複雑な表情を浮かべた。
この世界の住人にとって、これらの料理は由来なんて関係なく、概念として根付いてしまうくらい馴染んでしまったものなのだろう。
「――ここでは、ワシが違う世界からやってきた、なぁんてことを言うのは、控えておいたほうがいいのかもしんねえなぁ」
シローがふと漏らした独り言に、
「うん、それはアタシも賛成。だってシローくんがウソつきだって思われたくないもん」
グーグーの明後日な方向の心配に、シローは思わず苦笑した。
だが、胸の内に温かい気持ちがじんわりと広がっていく。それをごまかすように、シローは窓の外を眺めながら、小さくため息をついた。
「神さんはワシなんかをここに連れてきて、いったい何をさせたかったんだろうなぁ……」
◆◇◆
「「ご馳走さん「さまーっ!」」
声を揃えて手を合わせる。テーブルの上には皿の山。五人前はあろうかという量を、二人はあっという間に平らげてしまっていた。
「どうだった? 美味しかったでしょ?」
「おう。堪能したぜ」
満足気に腹をさするシローに、グーグーが笑みをこぼす。
「――でもさ。こんだけ美味しいのに、この店がぜんぜん流行ってないのって、どうしてなんだろうね? ま、空いてるからお客の立場でいえば嬉しいんだけど」
グーグーがぽしょぽしょと小声で呟く。確かに、これだけの味なのに客は数えるほどしかいない。
「まぁ、流行る流行らないってのに味はそれほど関係ないからなぁ」
「えっ!? そうなの!?」
目を丸くするグーグーに、シローは香辛料が入った茶を啜りながら、
「美味いってのは、人によって物差しが変わるからな。店の繁盛の基準としちゃあ、それほどアテにならねえモンなのよ――嬢ちゃんだって、マルガネの姐さんが美味いって絶賛した店に、必ず行ってみてえ、なぁんて思ったりしないだろ?」
「…………あー、うー、それはたしかに」
納得したような、しないような顔で、グーグーが頷く。
シローはグーグーに、かいつまんで商売の現実を語り始めた。話題性の大切さ、宣伝の必要性、立地の問題。かつて経営していた飲食店での経験を交えながら、繁盛する店の条件を指折り数えていく。
「かわいい子供シェフがいる店ってだけじゃダメ?」
「舐められて逆に客が寄りつかねぇよ。あとワシャ爺ぃだ」
シローは空になったコップを置くと、テーブルに肘をつく。
「あのな、嬢ちゃん。店のことを人に知ってもらうってのは、実はすげぇ大変なことなんだぜ? ――まぁ、金がありゃ、広告をやたらめったら打ちまくるって手もあるけどよ」
「もう借金はイヤだよぉ……」
グーグーが両耳を押さえて、テーブルに突っ伏した。
試験のときに偶然手に入れた大猪豚の肉をギルドに売って得た金は、臨時収入としては結構な額になったものの、グーグーの店の再建資金としては心もとない。
さてさて、どうやって店を軌道に乗せたモンか――
「そういや聞いてなかったけどよ。嬢ちゃんは、どんな店をやるつもりだったんだ?」
顔を上げたグーグーが、照れくさそうに前髪をいじる。
「……笑わない?」
「笑わねぇよ」
「えっとね……漠然としたイメージだけはあるんだけど」
「おう」
「……笑顔がたくさん溢れるいいお店」
一瞬、呆けたような顔をしたシローは、ぎりっと奥歯を噛みしめて、笑顔がこぼれそうになるのをぐっと堪える。
「そりゃ大層な夢じゃねえか…………ライバルになる店は多そうだけどなぁ」
ちょうどお茶のお代わりを運んできた店主の後ろ、壁に貼られた色鮮やかな引札がシローの目に飛び込む。そこには、
『星照祭 開催日のお知らせ』
とハデなイラスト付きで描かれてあった。
「――おばちゃん、ありゃなんだい?」
シローが指さす引札を見て、店主が目を細める。
「ああコレかい? 星照祭って言ってねぇ。もうすぐ大きなお祭りがこの街で開催されるんだよ」
グーグーがもぞりと起き上がると、
「そうそう。毎年やってんだけどね。二週間後にほら、大市を開いていた広場があったでしょ? あそこなんて屋台で埋め尽くされて、それがもうすっごく美味しいモノばっかりで――」
ほっぺたを押さえながら、夢見ごこちで身体を揺らし始める。
「そっかぁ、もうそんな時期なんだぁ……シローくん、楽しみにしててねっ! いろんなところで出し物とか祭事とかがあって、すっごい盛り上がるからっ!! 街の外からもいっぱい人が来るから、珍しいモノが食べれたりするかもよ?」
金色の瞳をキラキラさせて、グーグーがうきうきと身振り手振りを交えながら説明する。
「そうそう。屋台の売上順位とかも発表されるから、毎年どんどんお店も豪華になっちゃって、おばちゃんったらもう――――」
「……ちょい待ち。今なんつった?」
シローの声に、おばちゃんがきょとんとする。
「え? お店が豪華って話?」
「いや、その前。売上順位がどうとかってとこ」
「あー、うん。毎年、屋台の売上を集計して順位が発表されてねぇ。一位になったお店はすっごい注目されるでしょ? だからどこのお店も張り切っちゃってまぁ――」
突如、シローの目が鋭く光る。
売上一位の店には、街中の注目が集まる。しかも祭りには街の外からも人が押し寄せるという。つまりこの祭りで勝てば、名前が一気に広まって――
「それだっっっ!!!!」
がたん、とシローが突然立ち上がった。グーグーやおばちゃん、店にいた数人の客が、何事かと目を丸くしてシローに注目する。
「話題性――そう、話題性だよ、嬢ちゃん! 初出店の店が、その屋台の売上で一位をかっさらう――――ちょいとベタだが悪かねぇ」
シローがふんふんと鼻息荒く、グーグーの手を掴む。
「嬢ちゃん、ワシたちもこの星照祭ってのに参加すんぞ。ほんでもって――この街の話題を、ワシたちが独り占めにしてやろうじゃねえか……!」
次回「焼きそば、なんてどうよ?」




